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水泳の先生視点

 エリカ様は変わってしまった。私にとっては良い方向に。

 以前のエリカ様は水に浸かるのもあまり好きではなかったので私に言われるまではプールに入るなんてことはなかった。

 理由は髪が痛むから。あれだけ綺麗に手入れしている髪なら無理もない。

 シリコンタイプの水泳帽なら水を通さないとはいえ、それでもあまりプールに入りたくはない様子だった。


 少し話した感じでは、元々体を動かすこと自体がそこまで好きではなさそうだ。

 本音を言えば私もあまり無理強いをしたくなかったが、お金を貰っている以上、最低限の指導はしなければならない。


 しかし今日のエリカ様はどうだったか。準備運動もなしで勝手に入って、しかもクロールで25メートルを泳ぎきった。

 最初はあまりの光景に足を滑らせて溺れたのかと思ったぐらいだ。

 だが沈んでいるのではなく、泳いでいることは見て取れた。その楽しそうにも苦しそうにも泳いでいる顔を見て、嬉しくなってしまった。


 どこでそれを? と聞くとテレビで見て……と返ってきた。

 私は嬉しかった。どんな理由であれ、自分から泳ぎだしてくれたことが。

 本当に本当に、嬉しかったのだ。


 エリカ様に水泳を教え始めてから、幾度となく悩んでいた。エリカ様は水泳がお嫌いなのではないか、と。どうすれば好きになってもらえるかとも。

 髪が痛むというのはもはや回避できない。だったらそれ以上に泳ぐことが楽しいと思ってもらうしかない。

 ただ、そこに行き着くにはまず泳げるようにならなければならない。

 そのためにはプールに入って練習しなければならない。そうなれば髪が痛む。堂々巡りだ。

 だがその第一関門を自分で乗り越えてくれた。そしてあの楽しそうな顔。

 私は嬉しくてたまらなかった。


 下世話な話だが、エリカ様が水泳を辞めてしまったら私は職を一つ失う。そういう面でも嬉しかったのも事実だ。

 だが、それ以上に、彼女が楽しそうに泳いでいることが嬉しかった。

 プールサイドに佇む姿は幼いながらもどこかつまらなさそうな表情で、明らかに「やらされてます」って表情だった。

 その姿が少し、痛ましく感じていた。やる気のない習い事ほどつまらないものはない。

 この子に少しでも楽しんでほしかった。

 でも今日の姿を見るにそれは杞憂だったのかもしれない。



 しかし、クロールをテレビでひと目見ただけで出来てしまうとは……

 緑園寺家の血筋が為せる技なのだろうか。エリカ様に水泳の才能があるのだろうか。


 と思っていたら平泳ぎも見せて貰えた。


 ここで気が付いた。


 

 天才だ。彼女は天才なのだ。

 見ただけでここまで出来るなんて、考えられない。

 手放しで褒めちぎってしまった。

 エリカ様は嬉しそうに泳いでいる。


 だが冷静にもなった。





 おかしくないか?


 先週までバタ足しか教えてなかった六歳の女の子が平泳ぎ……?

 ビート板を使ってあっぷあっぷ言いながら水面に顔を付けていた女の子がクロール……?

 しかも25メートル泳ぎ切る……?

 





 これは、本気で”上”を目指せるのでは?


 もちろんわかっている。彼女は緑園寺家のご令嬢であり、別に水泳選手になるため通っているわけではない。

 彼女の日常の運動として選ばれただけだ。


 だから楽しんで続けてもらえることが一番だ。私の仕事のことを考えても、厳しくするよりも楽しんで、泳ぐことが好きになってもらえるほうがよっぽど良い。

 わかっている。わかっているが、軽く、軽くだけ平泳ぎの足の使い方について指導してみた。

 すると興味深そうに見て、実践していた。

 よく出来ていたので「お上手です」と褒めると嬉しそうにしていた。


 ……奥様との事前の打ち合わせでは一年でクロールができるように、ぐらいだった。


 少しだけ、本気でスケジュールを考えてもいいのかもしれない。

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