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鳩の縛め  作者: ベンゼン環P
第四章 巣立ち
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第七節 第四十六話 野望

 あまりにも例外な事象が続いたユミの孵卵。門番に説明するのも骨が折れた。

 しかし一通りの検分が終わると、巣への報告は明日で良いだろうとの気遣いを見せられた。


「お疲れでしょうヤミさん」

 クイはヤミの手を取り、畳の上へと横たえさせた。

 トミサの自宅へ足を踏み入れるのもおよそ280日ぶりとなる。

「ハリ……」

 クイの手を離さずヤミは小声で呟いた。じわっと目頭が熱くなる。

 我が家へと帰り着いた安堵感も相俟って、緊張の糸が緩んでいたのだった。


「あのソラさんと言う方、ユミさんとは姉妹のように育って来たとは聞いておりましたが、まるで違いますね。眼はよく似ていましたが」

「うん……、そうね。きっとソラならハリを大事にしてくれると思う……」

 クイの手を握るヤミの手にぐっと力がこもる。

「ヤミさんがウラヤに常駐できるように相談しましょう」

「……クイは?」

「もちろん私も一緒に」

「良かった……」

 ヤミの眼から涙が零れ落ちた。


「さて、せっかくトミサへ帰って来たんです。どうでしょう、トキさんとスナさんの元へ訪ねてみませんか? 自宅に居ればの話ですが」

「……そうね。あの2人に会わすことが出来ないのは残念だけど、私達の子供が生まれたって教えて上げないと」

 ヤミはゆっくりと体を起こし、正座していたクイへと身を委ねる。

「でも、もう少しだけこのままでいさせて」

「はい。気が済むまでこうしていてください」

 クイは優しく微笑み、ヤミの肩へと腕を回した。

 


 ――――



 忌引休暇が始まってから七日目の朝を迎えていた。

 明日にはトミサの巣へと顔を出しに行かなくてはならないのだが、依然として体が思うように動かない。

 トキは畳に敷かれた布団へと体を横たえたまま、枕元に置かれた砂時計を手に取りそれをひっくり返す。

 

「スナ……」

 流れ落ちていく砂に向かって絞り出すような声で呼びかけた。しかし、当然返事は返ってこない。

 虚しくなって掛け布団を頭まで被り眼を閉じる。

 思い浮かぶ情景は、トミサで寝泊まりするようになってから間もない、雛の初日の出来事だった。

 

 孵卵で世話になった監督には鳩の学舎の前までは案内された。

 中に入って良いものかと扉の前で立ち尽くしていたところ、前触れもなく背中に大きな衝撃が伝わってくる。何が起こったのか考える間もなく、気づけば前のめりに倒れていた。

 痛む背中をさすりながら体をくるりと反転させる。尻もちをついた状態になって、衝撃を食らわせた原因を探す。いや、探すまでも無かった。

 トキの瞳は、既にそこに立つ女の姿を捉えていた。左足を軸にして右足を大きく蹴り上げている。そしてその姿勢のまま微動だにしない。


「邪魔だ。蹴り飛ばすぞ」

 凛とした、女の第一声だった。

 

 トキはその美しい体幹に見惚れ、呆然としていた。

 もう蹴っただろうとの抗議が喉まで出かかったが、口を開いたまま声にならない。

 

 やがて女の右足がすっと下ろされる。足が地に着くとかつんと小気味の良い音がした。

「お前も今日から雛か?」

 トキを見下ろしながら問いかけてくる。

「お、おう……」

「なんだ情けない。ほらよ」

 腰を抜かしたトキに向かって、女が右手を差し出してくる。トキは反射的にその手を取った。

「おらぁ!」

 凄まじい掛け声とともに、トキの体が引っ張られる。

 一瞬だけ起立の姿勢となったが、またすぐに前のめりに倒れ込む。

「ぐべ……」

 出したことも無い声が出ていた。


「おいおい、そのでかい体は見掛け倒しか? そんなのでよく孵卵に受かったな……」

 嘲笑を含んだその言動に、トキはようやく自我を取り戻す。

「お、お前がばけもんなんだよ! 俺を転がす奴なんて初めて会ったぞ!」

 立ち上がりながら精一杯声を張り上げた。

 対する女は不敵な笑みを浮かべている。トキの拳に自然と力が籠ってくるのを感じていた。

「お? 殴るか? いいぞ、来いよ。指一本で止めてやる」

 女は人差し指を立て、見せつけてくる。次いでその手をくるりと返し手の甲をトキに向けると、指をくいくいと動かした。実に分かりやすい挑発である。

 

 トキの拳はぶるぶると震えていた。

 しかし、最大限の理性を働かせて拳を開き、自らの頬を強く打つ。


 ばちん。

 一瞬、視界が白くなる。

 頭がふらふらと揺れていた。

 

「お前バカか?」

 女は呆れた様子を見せる。

 トキは首を左右に振ると、真っすぐ視線を投げた。

 

「女を殴れるかよ!」

「え……? お前……、私のこと女って言ったか?」

 そう言うや否や、口に両手を当てる。まるで女を思わせる挙動だった。

「そうだよ! どっからどう見ても女だろうが!」

「そ、そうか……。お前意外と見る眼があるじゃないかぁ……」

 先ほどまでの威勢はどこへ行ったのやら、不自然なほどしおらしくなっている。


「な、なあ……。名前は何ていうんだ?」

 口に当てていた両手は、今では女の胸の前にあり、人差し指同士を合わせてもじもじとして見せる。

「トキだ。時々(トキドキ)とかのトキだ」

「何だと!?」

 女は眼を見開き、右手を自身の襟の中へ突っ込んだ。

 そして程なくして握り拳が上衣から現れる。その拳から伸びる鎖は、女の首と繋がって1つの輪を描いていた。

 

「私はスナ」

 スナは名乗ると握りこぶしを突き出し、その場でばっと広げて見せる。

「砂時計のスナだ!」

「砂……、時計?」

「なんだよ。これ見たことないのか?」

 スナの開いた手がぐっとトキの眼前に迫る。

 掌の上に載せられたそれは、外殻の透き通った瓢箪のような見た目をしており、その中では白い小さな粒が絶え間なく流れ落ちていた。

「これが砂時計……」

「そうだ。刻まれていく時を砂が可視化させてるんだ」

「時と砂!」

 スナの言わんとすることがようやくトキにも伝わった。

「さっきは蹴飛ばして悪かったな。これから共に歩んで行く仲だ。よろしくな!」

 スナはにっこりと微笑む。


「共に歩むって言ったじゃないかぁ。スナぁ……」

「だったら起きろ!」

 背中に強い衝撃を感じ、トキは現実に引き戻された。


 

「ぐっ……」

 反射的に呻いてしまったが、物足りなさを感じる。スナの蹴りはこの程度では無かった。

「サイか。毎日すまんなぁ……」

 寝返りを打ち、声の主の姿を確認する。

 胸を張り、足を肩幅に開いて立つ姿は美しくも逞しい。脇には風呂敷包みを抱えている。


「すまんじゃねぇ。起きろっつってんだよ!」

 サイは顔も声も鴦のものとよく似ている。トキの目頭が熱くなる。しかし、体に力が入らない。

「……すまん」

「ああもう!」

 サイはその場で1つ足踏みをした。どすんと鈍い音がする。

 そして既に砂の落ち切った砂時計を拾い上げ、その場でひっくり返す。


「砂が落ち切る前に起きないと蹴り飛ばす」

 トキを冷ややかな眼で見下ろし言い放った。

「もう蹴っただろうが……」

 記憶の中では声にならなかった言葉が、ぽろりと零れ落ちる。


「今度は玉だ。姉さんを失ったからって不埒を働かない様にぶっ潰してやる」

「ひっ……」

 本能的に股間を押さえていた。大きな体が情けなくも縮こまる。

 サイの口から、はぁと大きなため息が漏れた。

 

「興醒めだ」

 サイは持っていた風呂敷をトキの顔に向かって投げつける。

「朝飯だ。ちゃんと食っとけよ」

 サイは踵を返し、すたすたとその場から離れていく。

 そして廊下へと続く引き戸に手をかけ、乱暴に開いた。

 そこで思い出したように、寝そべったままのトキへと振り返る。

 

「明日から孵卵だ。暫く顔も出せなくなるぞ」

 ぶっきらぼうに言い放つ。

「なんだと!?」

 トキにとってはあまりにも衝撃的な発言だった。

 腰元に朝飯と称された風呂敷が落ちる。自然と上体が起き上がっていたようだ。

 

「やっと起きたか……」

 サイは呆れたように首をすくめた。

「安心してくれ。姉さんの後は私が引き継ぐ。義兄さんがこのまま立ち上がれなくても立派に働いてやるさ」

「待ってくれ! 森は危険だ! お前まで居なくなったら俺は――」

 サイに向かって必死に手を伸ばす。しかし足は動かない。

「私を止めるのか? そのしょぼくれた体で?」

 トキを指差しあざ笑う。

「姉さんもあっちで笑ってるだろうよ。じゃあな!」

 

 ぴしゃり。

 引き戸が閉められた。


「あ、あ……」

 伸ばした手が限界を迎え、だらりと落ちる。

 同時に、その手に温もりが伝わってくる。腰元の風呂敷包みに触れていたようだ。

「食うか……」

 トキは膝の上に風呂敷を置き、ゆっくりとその結び目を解く。

 中には笹の葉に包まれた握り飯が3つ入っていた。白い米粒が青菜の漬物の斑点で彩られている。

 その内の1つを掴み、おずおずと口に近づける。

「うまい……」

 米の塊が胃に落ちていくのを感じる。そこでようやく空腹を自覚した。

 

「髭も剃らねぇとなぁ……」

 口周りについた米粒を剥がす度に、指にちくちくとした違和感を感じる。

 

「サイ……。無事でいてくれよ」

 トキが失ったものはスナに留まらない。

 孵卵の監督を任されたと言って、280日程前に出て行った2人の友人が帰ってこない。

 鳩も万能ではないのだと言う実例だ。

 まだ未熟なサイが森に入ったらと考えると、背筋の凍り付く思いがした。

 

 ――――


 たとえ気持ちが乗らなくとも、形だけでも整えようと風呂を浴び、床屋で髭を剃ってきた。

 昼食を口にできるほど食欲は湧かなかったが、最近巷で流行っているという瓶詰の飲み物を飲んでみた。

 タンポポの根を煮出した汁に砂糖を加え、牛の乳で割ったものらしい。

 今までに飲んだことの無い味わいで、悪くないものだと感じた。しかしスナがもう味わうことも無いのかと思うと、途端に虚しくなってしまう。


 一方のサイは何故あそこまで強く、前を向き続けることが出来るのか。

 借住まいの我が家の畳へ大の字になり、天井を見つめながら考える。

 こうしている間にも、時間は流れて行くのだ。


 サイと出会った当初から、彼女が姉を慕う姿は見て取れた。

 スナにじゃれて背後から抱き着いたかと思うと、首を肘窩(ちゅうか)で捉え締め上げる。しかしスナは余裕の表情で、背中に密着したサイを腹筋を駆使して投げ飛ばす。

 悔しそうに、いつかぶっ飛ばしてやると言うサイと、それを見てにやりと笑うスナ。


 サイにとってスナは大きな目標だったはずだ。

 ぶっ飛ばす対象が居なくなった今、目標の果たし方を改めようとしているのではないだろうか。孵卵への挑戦という形にして。


 対するトキはどうだろう。

 巨体を有するトキを、軽々とあしらうスナに興味を抱いたのは事実だ。

 雛を終える頃、スナはトキに対して私を倒せたら鴦になってやるなどと宣言していた。

 飽くまでもスナが一方的に言い出したことだ。結局いつまでも殴ってこないトキに焦れたのか、自ら相撲勝負を持ちかけてくる。どうせ勝てる訳ないと仕方なく勝負を受けてやったトキだったが、肩の辺りに張り手を1つ食らわせただけでスナは後ろ手に倒れていく。

 呆然とその姿を見つめていたが、なかなか起き上がらないスナに向かって手を差し伸べてみる。するとスナはその手を取り、トキの体ごと引き寄せた。そして今日からお前が私の鴛だと呟いた。


 こうして振り返ってみれば、トキはスナに導かれるがまま行動していたと言える。サイの様に目標を持った営みとは異なる。

 故に導き手を失い、いつまでも立ち上がることが出来ないでいるのだ。


 一方でトキも、クイに慕われているという自覚はあった。

 クイの腹黒さを理解した上で受け入れようとしたことが、彼の胸を打ったらしい。

 トキにとってはそれが自然なことであったが、クイはそれ以来トキを導き手として認識していた。

 しかしむしろ、トキもそんなクイに支えられていたと言って良いだろう。

 そのクイも今は安否が不明なままである。


 今のトキに拠り所は無いが、今朝のサイとのやり取りで義務感は生まれていた。

 この分なら、明日巣へと赴くことも出来そうだと思いながら、もう一眠りしようかと眼を閉じた。

 

 ――――


 こんこんと戸を叩く音がする。

 結局眠りに就くことも出来ず、冗長とした時間を過ごしていた。

 起き上がるきっかけが出来たと思い、体を起こして音のした方へと向かう。


「トキさん、いらっしゃいますか?」

 戸の向こう側から聞き覚えのある声がした。

 ぼうっとした頭が一気に冴えわたる。考えるよりも早く引き戸に手が伸びていた。

 

「クイ? ヤミ?」

 勢いよく戸を開いた先には信じられない顔が2つ並んでいた。

「お前ら無事だったのか?」

 眼の前の姿は心なしかやつれたような印象を受ける。


「ご心配おかけしましたね。申し訳ありません。ですがこうして戻って参りましたよ」

「お、おう。お帰り……。ヤミもまた会えて良かった」

「ええ、私も嬉しいわ。ところで――」

 ヤミは笑顔を浮かべつつ、トキの後方を探るように体を傾けた。

 ヤミの言わんとすることに察しはつく。事実を隠し通すことなど出来ようはずもない。


「スナは死んだ」

 無機質に呟く。

「えっ……」

 ヤミは口を開いたまま動かない。しかし、脚が小刻みに震えているのが見て取れた。

 クイはとっさにヤミの肩を抱く。

「どういうことです、トキさん?」

 驚愕の表情を浮かべ問いかける。


「言った通りの意味だ。森で……、鹿に一突きでな……」

「鹿に? あのスナさんが?」

「ああ、腹に穴が……」

「やめてっ!」

 ヤミは耳を塞ぎ、叫びあげる。


「す、すまん……」

 トキは首を小さく俯かせた。

「いえ、トキさんもお辛いでしょうに……。話して頂きありがとうございます」

「ああ。俺もお前らの話を聞きたい。良ければ上げって行ってくれねぇか? もちろんヤミが辛いなら日を改めるが……」

 トキの言葉を受け、クイはヤミの顔を覗き込んだ。

「どうです? ヤミさん」

「ええ、大丈夫。スナのことちゃんと知っておかないと……」


 ――――


 トキの話の続きは部屋の中で聞くことになる。

 腰を下ろし初めの内こそ冷静な様子のトキだったが、次第に情が昂っていくようだった。

「もちろん、血を流すスナを必死で助けようとした。持ち合わせの包帯じゃ足りなくなって、着ていたものを裂いて傷に当てがった。それでも血は止まらない」

 対するクイは額に汗を浮かべながら聞いていた。

 腕に抱いているヤミは終始肩を震わせ、眼には涙を浮かべている。

「ナガラに運んでやろうとも思った。でもスナの体を持ち上げようとすると苦しそうに呻くんだ……。出血も余計に激しくなる。だから俺は……」

 トキは鼻をすする。

「『もういい。お前に出会えてよかった』だなんてスナの最期の言葉を鵜呑みにするしかなかった……」

 クイの眼に項垂れたトキの姿が映る。

「俺は誰かに助けて欲しかった。でも森の中には他に誰もいない。助けを呼びに行こうもんなら、スナの場所に二度と戻って来れなくなる。結局スナの意識が失われた後に、ナガラへ運んでやったんだが腕の中で体はどんどん冷たくなっていく。村へ着いた頃にはもう手遅れだった」

 トキはふうと息をついた。


「すまねぇな。ついさっきまで俺は悲しみに暮れてたんだ。だがスナの妹が孵卵を受けるって言い出してな。俺も前を向かなきゃならないってようやく起き上がれたところなんだ」

「そうでしたか。そんな中押しかけてしまって申し訳ありません」

 トキを訪ねたのは我が子が生まれたと報告するためだった。しかし、この状況において新たな命のことなど口に出来るはずも無かった。

「気にしないでくれ。とにかくお前らに話せてよかった。そうだ……」

 トキは顔を上げる。そしてクイの眼を真っ直ぐに見据えた。

「どうしました?」

「サイがもし鳩になれたら俺が面倒を見てやりたい。気は早いかもしれんが、学舎の長に掛け合ってみよう。あいつの雛の担当になれないかって」

 先ほど目標について考えていたところだった。

 体がでかいからとナガラの生家からは追い出され、スナに導かれるように今日まで生きて来た。そこに自分の意思など反映されていないかのように。

 もしサイを鳩として導くことが出来るのなら、これからもスナに胸を張って歩めるだろうと思い至った。


「トキさん」

 クイはトキの視線に応えていた。

「どうした?」

「とても立派な考えだと思います」

「お、ありがとな……」

 数日ぶりにトキの頬が綻んだ。

 

「そしてお願いがあります」

「なんだ突然?」

「私はこの280日間、ユミという者の孵卵の監督を務めて参りました」

「そうだったな。ユミと言うのか。……にしてもそいつ、280日も大丈夫だったのか?」

 遅くとも10日で完結する孵卵である。当然の疑問を投げかけた。


「ええ。一旦経緯は省きますが、見事にウラヤの村へ帰還して見せましたよ。それを以て私は合格と判断しました」

「そ、そうか。世の中には特殊な例もあるんだろうな……」

 トキは動揺を隠しきれないが、ひとまずは傾聴する姿勢を見せる。


「お願いというのは、ユミさんの担当になってくれないかということです。スナさんの妹さんがこれから孵卵に挑むのなら、時期的にもちょうど同じ班になれるのではないでしょうか」

「なんだそんなことか。断る理由も無い」

 改めてクイが慕ってくれていると感じた。それに嬉しくなる。久方ぶりの心の動きだった。

「ええ、トキさんの決意に便乗するお願いにも聞こえるでしょう。ですがユミさんはあまりにも異端です」

「それはまあ……、そうなんだろうな。だが気にすることは無い。些細な問題だろう」

「ユミさんが居れば、スナさんの状況も打開することが出来たかもしれない、とさえ私は考えています」

「何だと!?」

 クイの聞き捨てならない言葉に、思わず前のめりになる。


「彼女はなんでも覚えます。歩いた森の道のりでさえも」

「そんなことが?」

 冷静なクイに対して、トキは心が逸るを感じていた。

「先ほどトキさんは誰かに助けて欲しかったとおっしゃいましたよね。もしその場に彼女が居たのなら、近くの村へ応援を要請し、再びスナさんの元へ戻ってくることも可能だったはずです」

「にわかには信じがたいことだが……、むしろ信じたい。その事実はスナの為にもなるはずだ」

「私もそう思います。ですが彼女の力を発揮するためには大きな弊害があります」

「鳩の……、縛めか……」

 イイバの民を守るために定められたと聞き及ぶ鳩の縛め。結果としてスナを守ることは出来なかった。

「その通りです。ユミさんの担当になる上で、トキさんには大きな決断をして頂かなくてはなりません」

「どうでもいい。もっと話を聞かせてくれ」

「はい。ヤミさんもいいですね? もしかしたらハリと自由に暮らす足がかりとなるかもしれません」

 いつの間にか、腕の中のヤミの震えは止まっていた。

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