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鳩の縛め  作者: ベンゼン環P
第四章 巣立ち
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第三節 第四十二話 活路

「ソラが、ユミの妹?」

 サイは眼を点にして呟いた。

「そう、腹違いのね」

「つまり……、私のお父さんはユミのお父さんでもあるってこと?」

 ソラは首を傾げる。

「うん、ケンのこと。昔からソラとは姉妹みたいって言われてたけど、本当に姉妹だったんだよ」

 依然として残る父への嫌悪感から、ユミの言葉には棘が含まれている。

 

「ソラの父親って言えば、今ナガレにいるんだっけ? ギンが挨拶しに行くんだって言ってたよな?」

「そう、それがケン。先生の知り合いでもあるみたいだね」

 改めて口にしてみれば、不思議な縁だと感じてしまう。


「私、ユミと姉妹だって言われる度にお母さん――ハコさんが私のお母さんなんだって思うようにしてた。なのにお父さんの方だったなんて――」

「ちょっと待て!」

 感傷に浸るソラの声を遮るようにサイは叫んだ。

「なんでそんなに簡単に納得してんだよ! ユミとソラがケンの眼と似てるってだけだろ? その根拠だけで姉妹だって言い切れるのか?」

「似てるんじゃないよ。同じだよ、この眼は」

 ユミは自身の眼とソラの眼を交互に指差す。

「確かに……」

 サイの視線がユミの指先を追いかけると、ユミにはその様子が滑稽に思えてくる。

 そのまま指をサイの顔まで持って行き、眼の前でぐるぐると回してみた。案の定、サイの瞳もぐるぐると回る。


「わー、めがまわるー」

 そう言ったのも束の間、ぺしっとユミの手を払いのけサイは立ち上がる。

 

「じゃねぇ! 誰がトンボだ!? いつもいつもおちょくりやがって! 根拠を出せっつってんだ!」

「重要なのは私がケンの娘であることの真偽じゃないよ。私がケンと同じ眼を持ってるってこと」

「むむむ?」

 サイが根拠にこだわっているのは、他でもないユミとソラのためだった。

 自身でも思考力に至ってはユミに劣っている自覚はあった。それでも状況が状況だけに、物事は慎重に進めるべきである。

 

 ユミがもりすを使い、鳩の縛めを犯す時はそれが七班の総意であること。そして全員が責任を負うこと。

 七班の縛めで約束されたことである。しかしこの場には、七班の内サイしかいない。ユミの行動計画に欠落点があるならばサイが正してやらねばならないのだ。

 

 今日こそは舌先三寸のユミの話術に惑わされず、議論を()わそうと息巻いていたのだが、あっけなく言いくるめられてしまいそうだ。


「ごめんね、ソラ。今から言うことはソラを傷つけることになると思う」

「うん、大丈夫。ユミの言いたいこと、多分分かる」

 ソラは力強く頷いた。

「なんだよぉ。また私は置いてけぼりかよぉ」

 姉妹に向かってサイは頬を膨らませた。


「さっきも言った通り、アイはソラのことを本質的には求めていない。これが分かる事実は何でしょう? はい、サイくん」

「……ユミのことをソラって呼んでるくらいだもんな。実の娘だと見間違えたユミでもいいからアイは欲しいのか」

 ユミの口ぶりに引っかかりを覚えながらも、サイは努めて冷静に答えていく。

「そう、そして何故見間違えたか。答えは私とソラが共通の物を持っているから。それは何?」

「眼か……」

 散々ユミにからかわれたこともあり、サイもすんなりと答えに辿り着くことが出来た。


「私は孵卵で森をさまよった挙句、偶然にもラシノに足を踏み入れてアイに出会った。それで監禁されそうになった。目隠しまでされてね。そこで出てくるのがこの一文」

 ユミはアイの文を両手で示す。非常に読みにくい文ではあるが、読むべき個所の端と端に人差し指を置く。


 ――約束したでしょうその眼を誰にも見せちゃダメってなのに空の眼は今誰を見てるの誰に見られてるの

 

「ここでいう空がユミのことになるのか。……お前そんな約束したのか?」

「バカ!」

 少々理不尽であろうとは感じたが、サイの頬を平手で打つ。

「そんな訳ないでしょ! アイが勝手に言っただけだよ!」

「……それはそうか」

 打たれた頬を撫でながら呟くが、やがてその手を離してソラを手招きする。

「ソラちょっとこっち来い」

「え?」

 ソラは不思議そうな顔を浮かべながらも、素直に立ち上がりサイの隣へと腰を下ろした。

 サイは満足気にソラの手首を掴み、先ほど打たれた頬へ引き寄せ撫でさせる。

「これが本当の手当てって奴だな。これだけで痛みが引いてくんだもんな。ソラは医師としての才能があったんだなぁ」

「サイさんは私を何だと思ってるの?」

 ソラは苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「そのままでいいから聞いててね。アイはとにかくこの眼に異常な執着を持ってる。眼の持ち主を差し置いて」

「そう言うことなんだろうね……。だからアイさんは私の眼を……」

 その続きを口に出すことが出来なかった。サイに触れている手が震えるが、むしろその頬の温もりに救われた気分になる。

 

「ソラと私、どっちでもいいなんて言ってたしね、あの時」

 ユミは再びアイの文へ指を巡らせ、文末近くを示した。


 ――空は剣の代わりなんだから


「これに尽きるでしょ。アイは今もケンのことが好き。ケンと同じ眼を持つソラと私のことはその代わりとしか思ってない」

「なるほど、ソラには酷な話かもしれんが有り体に言えばそうなるのか。で、ユミがケンの娘であろうとなかろうとどっちでもいいと。ケンと同じ眼を持っていさえすれば」

 サイは納得したように呟くが、その声には憐みの念も含まれていた。

 

「本当はもう1つ、ケンが父親だって言う根拠はあるんだけどね」

「あるのかよ! 全く勿体ぶりやがって……」

 勿体ぶると言うよりも、内容が内容なだけに、できれば口に出さないで起きたかった根拠である。


「ソラ、昔お母さんは百舌鳥だったんだって」

「え? そうなの?」

 ソラにとってもそれは意外なことであったようだ。思わずサイの頬から手が離れる。


「で、あのケンのば……。ケンがお母さんを(たぶら)かすようなことをしたみたい。お母さんって美人だからケンも我慢できなったんだろうね。お母さんはまんざらでもなかったみたいだけど……」

 ハコから聞いた話に、ほんのわずかばかり脚色を加える。

「ケンは不義理だよね。お母さんを奪っておきながら名乗りもしなかったんだから――」

「ねえユミ」

 ソラは我慢できなくなってユミの言葉を遮る。

「さっきからケン、ケンって……。お父さんなんだよ?」

「ソラも私のこと言えないでしょ!」

「あう……」

 ユミの反論は当然だった。

 親に対して許せないことがあるのはソラも同じだ。

「確かにあのアイさんのことはまだお母さんと呼びたくはないけど……。それでもいつか許せるようにって思いはあるよ。ユミはお父さんに対してそう思わない?」

「結局ソラはまだ許せてないってことでしょ? どうせまたアイと対面したらお母さんなんて呼びたくなくなるよ!」

 ソラの疑問には答えず、彼女をなじる。

「そ、そんな……。努力はするもん……」

「それにね、ソラ。私はソラのお姉ちゃんなんだよ? お姉ちゃんのことをお姉ちゃんと呼ばないのはどうして?」

「お姉ちゃん……、か。うん、やっぱりユミって呼ぼうかな」

 ソラはとびっきりの笑顔を見せた。

「ソラ、お前までユミから悪い影響を……」

 サイは呆然と呟いた。


「あ……。で、何なんだよ。ユミがケンの娘である根拠って」

 似た者同士の2人を見て、やはり姉妹なんだという考えに流されてしまいそうになったが、本題に戻す。

「ケンの口癖だよ」

「口癖?」

「『やめてくれ、手加減が出来なくなる』ってやつ。……口に出すと気持ち悪いなこれ。なんかかっこつけてるみたいで。こんなこと言うのケンしか居ないよ」

 ユミは眉を顰める。

「そう? 私はかっこいいと思うな」

「ソラは優しいねぇ。ケンが聞いたら大喜びだよきっと」

 皮肉めいた口調だが、いつかソラのように優しい気持ちになれるだろうかという願いも込めたささやきだった。


「その口癖が出るのはケンの代償が絡んでいるっぽい。クイはそうなんじゃないかって。ねえ、サイは食欲を抑えられなくなって自我を失ったことってある?」

 サイは首を横に振る。

「いや、さすがにないぞ。やばいと思った時はあるけど。渡りの時とか……」

「確かにそんな感じはしたね。ソラにも感覚は分かるんだよね。お母さんから逃げる様に森へ駆けて行った時、ほとんど意識が無かったんじゃないの?」

「うん……。森の中でユミの声が聞こえたから我に返ったんだけど、それまでのことほとんど覚えてない」

「やっぱりそうなんだね」

 ユミは納得した様子で頷いた。


「代償は帰巣本能を得る代わりに浮き彫りになった負の面、トキ教官はそう言ってたよね。負の面は人それぞれ違うみたいだし、程度も人によって差があるみたい。ひどい人では何かのきっかけで自我まで失ってしまうようになる」

「私のあれはそういうことだったんだ……」

「そう、だからソラは気に病むことは無いよ」

 励ますような言葉だが、依然としてソラの表情は複雑なままだった。


「ケンにとって自我を失うきっかけが暴力衝動と……、せ、せ、せ……いよくなんだとおもぅ」

 日頃口にしない言葉を使おうとして、ユミは赤面する。ソラの方を見やると概ね似たような反応を見せていた。やはり親の性事情ほどおぞましい物はない。


「私はキリと別れなくちゃいけないってなった時にケンの胸を叩いた。あれもほとんど八つ当たりだったけどね。その時にケンの口癖を聞いたの」

 口癖と言うだけに、ユミはもう2度ほどその言葉を耳にしていたのだが、代表的な例を挙げた。

「それで、これはお母さんから聞いたんだけど……。ケンは魅力的なお母さんの前に、手加減が出来なくなるって言ったんだって。それを聞いた時に私は気づいちゃった。ケンが父親なんだって……」

 口に出してから気づく。母とケンが少ないながらも言葉を交わしていたということに。

 それは意外にも、ケンの行動は理性的なものだったことを意味する。


「どう? サイ。信憑性が増したんじゃないかな。これを話すのは辛かったから信じてもらえると嬉しい」

「お、おう、いいだろう。すまんな……」

 気まずそうに口をへの字にさせる様は、なんともサイらしくない。

 

「アイが求めているのはケンだって分かれば、アイがキリに辛く当たる理由も見えてくる」

「そっか……。キリくんはキリくんのお父さんが居なくなってから、アイさんに叩かれるようになったって言ってたんだよね。でも同時に私のお父さんもラシノに行かなくなった。行けなくなったって言う方が正確なんだろうけど」

 ソラは俯く。

「お父さん、ナガレに送られちゃったから……。キリくんのお父さんに何かしたせいで」

 ほぼ会ったことの無いような父親ではあるが、その不埒を恥じているようだ。

 しかしそれは、ソラが父親との結びつきを感じているからだとも言えるだろう。

「うん、多分そのせい。アイはケンに会えなくなった苛立ちをキリにぶつけてる。なんならキリのせいでケンが居なくなったとでも思ってるのかもしれないね」

 

 話始める前、ソラが辛くなるだろうと念は押していた。

 しかし案の定、ソラの落胆が深くなっていく様を見て、ユミは心苦しくなってしまう。

 それでも明らかにしておきたいことはあった。

「ケンの代償が暴力として発現するんだとして、お義父さんを殴った一因になっているんだとは思う。ソラには代償について気に病むことはないとは言ったけど、それは誰にも迷惑をかけていないから。私が追いかければ済む話だったからね。でもお義父さんについては一生ものの怪我を負わせられた。ケンがナガレに行くのは妥当だと思ってる」

「それについては私も同意するよ。でも、きっとお父さんだって反省はしてるはず。だから、私だけでも優しく接して上げちゃダメかな?」

 縋るような視線をユミへと送ってくる。


「それはソラの判断ですりゃいいさ。人に対する評価なんて誰かの評価を参考にしてちゃきりがない」

 ユミが答える前にサイが答えた。

「ソラ、私のこと好きか?」

「もちろんだよ、サイさん」

 即答したソラの頭をサイは撫でてやる。

「ありがとう。もちろん私もソラが好きだ。でもな、私のことを嫌いな奴っていっぱいいるんだよ。この前も賽子(さいころ)勝負で負かした相手に背中から刺されそうになった。もちろん返り討ちにしてナガレ送りにしてやったけどな」

 事も無げに物騒なことを暴露する。

「え……。大丈夫かな、お父さん。そんな人と一緒に居て」

「大丈夫だよ、ソラ。ケンはそんなやわじゃない。ナガレを制圧できる力だって持ってるよ」

 もはや父親の暴状について開き直っていた。


「ごめん。かなり遠回りになっちゃたけど私が言いたいのは、アイが本当に求めているのはソラじゃなくてケン。アイはソラと私の眼からケンの面影を見出していただけ」

「うん、もう納得してる。自分の子供のことが大切ならキリくんをいじめたりしないよね……」

 ソラも母の狂気に開き直っている様子だ。

「ねえソラ。私が孵卵で家を空けている間、私の代わりにお母さんの娘になろうとしてくれてたんだよね」

「うん……。でもやっぱりお母さん、あの時はまだユミと私との認識に差があるみたいだったし、ユミにも怒られちゃった……」

「それに関しては本当にごめん。でも、それで思ったことがあったの。本来母親なら子供をこうやって大事にするものだよなって。お母さんはケンのことが好きになって、ソラと私はそれと同じ眼を持っているのに、飽くまでも私のことを愛してくれた。これはアイとの大きな差なんだと思う」

 今でこそハコはソラのことを実の娘のように扱っている。しかしソラはまだそれについて確信が得られていないはずだ。

「お母さん、今ではソラのことを本当の娘だと思ってるよ。あれ以来、眼を見た訳でもないのに」

 ソラがギンと正式に鴛鴦になり、トミサへやってくる前に2人の関係ははっきりさせておきたいとユミは考えていた。

「お母さん……」

 ソラの中に、温かいものがこみ上げる。


「そう言えばウラヤに一人、心優しい百舌鳥が居たはずだ。今はもう引退しているのだろうが。あの方が空の母親になってくれないかとさえ思ってしまいます」

「ユミ?」

「覚えてる? ソラ。ケンの文に書かれてた一文だよ」

 たとえ忌み嫌う者の言葉であっても、ユミのもりすを以てすれば記憶にはしっかりと刻まれていた。


「心優しい百舌鳥って……、もしかしてお母さん?」

「うん、間違いないと思う。ケンの願いは叶ってたんだよ」

 ケンにとって母は百舌鳥の一人でしかなかったのだろうが、その中でも何か特別な感情を抱いていたのかもしれない。


「そっか……。お父さん喜んでくれるかな?」

 感慨深いソラの声が部屋に響き渡った。


「で、これからどうすんだ?」

 姉妹の間に流れる温かい余韻を裂くように、サイがぽんと手を打った。

「ケンをアイに引き合わせる。それがキリを助けるための答えだと思う」

「うん。私もそれには同意見」

 複雑な顔を浮かべながらも、ソラは強く頷いた。

 

「じゃあナガレに行くってことか?」

「うん。それも七班の皆から承諾を得たことでしょ」

「確かにそうだったな……。本来の目的とは違うが、私が引き止めることは出来んな」

 本来の目的は2つあった。

 1つはギンの手からソラの文をケンに届けること。ギンは殴られる覚悟で義父へと挨拶をする決意である。

 そしてもう1つは、ミズの近況をアサに伝えてやることだ。

 前者の目的は、ここにいる人員では果たすことは出来ないが、日を改めれば良いだけの話だ。

 

 ユミは立ちあがる。

「もう行くのか? 私は構わんけど」

 サイも立ち上がり、右手で作った握り拳を左手で覆いぽきぽきと鳴らし始める。

「ちょっとサイさん! 殴り込みに行くわけじゃ……、殴り込みに行くのかな?」

「場合によってはそうなるかもね。あそこの空間では鳩の縛めも機能しないから」

 口に出してみることで、改めて縛めの恩恵を認識する。


「少しでも懸念を減らすために、得られる情報は予め得ておきたい」

「得られる情報?」

「そう、ヤミさんに話を話しを聞きに行こう。そろそろ帰ってるはずだからね。ヤミさんがナガレで囚われている間に、知り得たこともあったはず。それを聞いておきたい」

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