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鳩の縛め  作者: ベンゼン環P
第二章 雛
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第九節 第二十二話 出門

 雛の実習である渡り。初日は森を抜け、トキの生まれ故郷であるナガラの村へと向かうことになる。

 やはりユミの母は、その実習が不安なようであった。ユミ自身も雛の講義で散々森の危険性を学んで来たため、孵卵の受験中よりもむしろ危機意識は高まっていた。

 出発の日の早朝、母の腕に抱かれながらもユミは緊張を悟られぬよう、その眼に決意の光を宿す。そして、今後は何度も森へ足を踏み入れることになる旨を告げ、思いを断ち切るように長屋の自宅を発った。

 

 集合場所は鳩の学舎前だ。いつもの講義より早い朝靄のかかる刻限ではあるが、ユミが到着する頃にはトキ、ギン、テコの3人が揃っていた。

「おはよう、ユミ」

 普段のギンであればユミの姿を目にすると満面の笑みを見せるのだが、今日はその声からは緊張した様子が伝わった。

「おはよう」

 ユミの返事からもいつもの彼に対する冷淡さが欠落している。

 

「よし、皆揃ったようだな。出発するぞ!」

 皆の緊張を解くためか、トキはテコの肩に手を置き歯を出して笑う。

「ま、まだサイが来てないよー」

 雛の開始以来、ほぼ毎日のように披露されたトキの冗談なのだが、テコは真に受けたように嘆く。

「お、悪い悪い。ところでお前ら、朝飯食ったか?」

 ユミとギンはおずおずと頷いたが、テコは体を強張らせたままだった。

「ちょっと吐き気がして……」

「いかんぞー、テコ。そんなんじゃとてもナガラまで辿り着けん。ちょうどあそこの食堂でもりもり食ってるやつがいるからな。お前も体をあっためてくるといい」

 トキはそう言うと、(くだん)の食堂へと顔を向ける。ユミらも釣られて目をやった。

 暴飲暴食、そんな言葉の似合う光景が屋根の下で繰り広げられていた。冷静であれば気づけたはずのその有様も、目に入らないぐらい視野が狭くなっていたのだろう。

「サイ!」

 テコは大食の少女に向かって駆け出して行った。


「おはよう、サイ!」

「ぶふっ!」

 掻きこんでいた米を茶碗に向かって噴き出す。

「大丈夫?」

「お、おう。急に声かけられてびっくりしただけだ。おはよう」

 挨拶を返したサイはテコの頭の上に手を乗せる。先ほどまでの焦燥はどこへ行ったのやら、テコが笑顔を見せると同時にその腹からぐーと音が鳴る。

「お、テコ。飯まだか? 一緒に食う?」

「うん!」

「おばちゃん! 卵焼きと青菜の味噌汁一人前な。あと飯も大盛りで!」

「あいよ!」

 

 テコは空いた椅子をサイの近くへと運び寄せ、そこに座る。

 程なくして給仕の女が湯気の立つ盆を運んでくる。テコはその香りを胸いっぱいに吸い込み、笑顔を見せた。

 後に続いてやってきたユミらも、その姿を見て次第に緊張が解れていく。

 さも安堵した様子のトキは給仕に向かって問いかける。

「おばちゃん、頼んでた物出来てるか?」

「もちろんさ。ほらよ」

 まるでトキの言葉を待っていたかのように、後ろ手に持っていた風呂敷を彼の前へと突き出す。

「おう、ありがとな」

 トキは風呂敷を肩から斜めがけに背負う。


「トキ教官、それは?」

「ああ、昼飯だ。ナガラに着く頃には日が暮れてしまうからな。ちゃんと5人前、いや10人前と頼んである。お前らもおばちゃんに礼を言っとけよ」

 いつものように笑顔を湛える給仕に向かってユミは声をかける。

「おばちゃんありがとう!」

「どういたしまして、ユミちゃん。また元気な姿を見せておくれよ」

「うん、私頑張る!」

 すっかり元気を取り戻したユミと、それを見て不敵な笑みを浮かべるギン。

 各々まだ動機に歪みこそあれど、仲間同士の連携が取れているのだとトキは一定の評価を与えることにした。

 

 ――――

 

 サイとテコの朝食が終わり、七班の一行はトミサの外へ出るため大通りの上を歩いていた。

 大通りは鳩の学舎を中心に四方へと伸びており、トミサを囲う塀と突き当たるところに門がある。

 外界へ赴くため、4つある門の内、いずれかの下を通り抜けることになる。

 門をくぐるのはサイとギンにとっては孵卵以来、ユミとテコにとっては移住以来の体験だ。

 

「お前らちゃんと覚えてるか? 森に入った時の基本。サイ、答えてみろ」

 森へ立ち入る前の最後の復習だとばかりに、歩きながらトキが問う。

「えー……、行動を共にする者から10歩以上離れない」

「そうだ。両者の距離が10歩以内であれば、たとえ眼を離してもはぐれることはない……、と言われている」

「あの、トキ教官? 私の孵卵の時、クイさんとヤミさんはずっと10歩以内の傍に居てくれたと言うことでしょうか?」

 ユミがずっと疑問に思っていたことである。孵卵で森を歩いていた時、傍に人の気配を感じたことは無かった。

 試験が始まってからクイと合流するまでの267日間、10歩以内の距離に人が居たのなら察知することは出来たのでないかと感じていた。

「そうだな。まず前提として、10歩以内と言っても人によって差がある。俺ほどでかいやつもそう居ないとは思うが、俺にとっての10歩でもはぐれないというのが、鳩の共通認識だ」

 ユミは自身の視野の狭さを感じた。つい自身の尺度で考えてしまっていたが、トキの10歩ともなると想定の倍ほどの距離はありそうだ。

 

「そして10歩以内であれば一度目を背けてしまった相手でも、振り返ればまた見つけることが出来る。ギン、そのために必要なことは?」

「はい。地には足を着けたままその場から移動せず、腰から上を捻って相手の位置を確認する」

 問いに答えるギンは大げさなしたり顔を見せる。先日トキから頭が良いと評価されていたこともあって、自信が湧いてきたのだろうか。

「いいぞ。その場から離れてしまったら相手との距離が遠くなってしまうことがあるからな。とにかく一度見失っても焦らないことだ」

 基本的にトキは褒めて伸ばす気質のようだ。そのこともあって、ユミが初めて対面した時に感じた威圧感はとうに失われていた。

 

「それからユミの質問に対する答えの続きにもなるんだが、恐らくクイたちはもっと遠くからお前のことを見ていた」

「え……?」

 ユミとトキが知る由もないことなのだが、ヤミの妊娠が発覚してからというもの、クイらは何度もユミのことを見過ごしていた。従って、ユミの遥か遠くに居たことは正しいのだが、見ていたという点においては誤っている。

 クイらは昼間ユミとキリが森の探索に出かけている間、イチカと名付けられた洞穴に身を潜めていた。幸いにもイチカには食料がふんだんに集められていたので、それらを拝借することでクイとヤミは命を繋いでいた、というのが真相だった。

 ユミには優れた記憶力が備わっているため、夕暮れ頃にイチカへ戻ると食料の減っていることに気付いてはいた。しかし、キリと2人で食べきれるものでもないし、森に棲む獣たちが持って行ってしまったのだろうぐらいに考えていた。

 従って、クイとヤミが職務を放棄していたなどとは思ってもみないことなのだ。

 

 とは言えクイとヤミの行動は、ユミに危険が及ぶものだった。

「ユミとの距離が離れていても、クイがお前のことを見失いさえしなければ問題ない。危険が及んだ際にはすぐに駆け付けられたはずだ」

 当然、ユミのすぐ傍に居なければ駆けつけることなどできない。ユミが森で行き倒れていればそれまでだった。

 ナガレへ辿り着いた時にクイが駆けつけられたのも、偶然ヤミの調子が良くユミの後を追うことが出来ていたからだ。少し違う運命を辿っていれば、今頃ユミは(からす)らの手籠めにされていたかもしれないのだ。

 しかしながらユミが見た事象だけを重ねれば、クイは勇敢にもケンに立ち向かっていたことになる。そしてヤミの身体には随分と負担をかけた。雛の講義を受けるにつれ、その事実が次第にユミの胸へとつっかえる様になってきた。

 クイの性格も相まって、未だ素直な対応ができないでいたのだが、この渡りを修了する頃にはもっと彼の気持ちに近づけるのではないかと考えていた。


 研修というには些か朗らかすぎる雰囲気の中、やがて一行は大通りの終点へ到達し、目の前に門が迫る。

「テコがトミサへ入って来た時はこの門をくぐったんだったな」

「うん」

「それでユミはこれとは異なる門だったんだよな」

「はい」

 4つある門の見た目はどれもほぼ差異が無い。その両脇に門番が構えているのも同様である。

 トミサへ入って来た時は気にも留めていなかったことであるが、門番は外側に2人、内側にも2人配置されているようだ。

 鳩でも無い者が門をくぐることは滅多にないというだけあって、外側の2人は鳩であることが必須とされる。一方の内側の者達はその限りでは無いようだ。

 

「よし、じゃあテコ。これら4つの門の違いは何だ?」

「え……、えっと、えとえとぉ……」

 突然の質問にテコはしどろもどろになりなる。縋るようにサイへと上目遣いを見せるが、そんな彼女も頭に疑問符を浮かべているようだった。座学の成績で言えば、テコの方が上位なのだ。

「テコ、落ち着いて思い出せばいい。サイは本当に分かってないようだから、テコの答えを聞いて考えるように」

 サイがふくれっ面を見せると、テコから笑みが零れる。それで落ち着いたのかゆっくりと答え始めた。

「えっと、トミサはイイバの中心にあって、他の村はトミサを取り囲むようにあってぇ……」

「いいぞ」

「他の村からトミサへ向かって歩いた時に、一番近い門を通る……?」

「いいだろう。言葉足らずなところはあるが、理解できているのは分かった」

 トキの大きな手がテコの頭の上にぽんと置かれ、優しく撫でる。次いでサイの方を見やる。

「それを踏まえてサイ、ユミとテコが違う門をくぐって入ってきたこと、それとこれから向かうモバラへはこの門を通ること。それが何を意味するか分かるか?」

「うん、ちゃんと思い出したよ。テコが生まれたモバラと義兄さんが生まれたナガラはこの門からまっすぐ行ったところにあるってことだな。そんでユミのウラヤは、別の門からまっすぐ行った先にあるってことだ」

 得意げなサイの様子に、トキは満足そうに微笑んだ。

 

「よし、先ほどの反応は不安だったが、きっかけさえあれば思い出せるぐらいには身になっているようだな」

「ちゃんと間違えたところは復習したんだからな!」

「偉い! 何よりもそれが大事だ。間違う度にそれを認め、確認する。それを繰り返すうちにやがて確かなものとなっていく。この渡りは失敗できる機会だと思っていい。危険を感じたら俺が全力で助けてやるからな」

 その言葉からは七班の雛達への信頼感が見て取れる。ユミらが森に入る最低限の心構えが出来ていると判断したのだろう。


「これからトミサを出ることになるんだが、ユミとテコが入ってきた時と同じように検分を受けることになる。普通ならトミサとトミサ以外の鳩の組み合わせで出門となるが、渡りに関しては例外だ。ユミ!」

「は、はい!」

「サイとギンがトミサで、俺はナガラ、ユミはウラヤ、テコはモバラの生まれだな。通常ならやりようもないことだが、七班の力を併せればモバラとウラヤの間を移動することも出来てしまう。それを行動に移すかどうかは俺ら次第ということだ。……妙なことをするんじゃないぞ?」

「はいぃ……」

「クイからは身勝手な行動が多いと聞いてたから不安だったんだが、最近のお前の行動を見ている限りは大丈夫そうだな」

 不意に名前の挙がったクイの笑顔を思い出し、ユミは心外だと感じたが、思い当たる節があるのも事実だ。

 

「しかし、万が一ということもある。はぐれた時は迷わず帰巣本能に従い、トミサでもウラヤでもモバラでも向かえばいい。もちろん、推奨される行動ではないが、どこの村にもトミサへ帰り着ける鳩は配置されているからな。渡りは落第になるが、また挑戦すればいい。失敗できる機会というのはそういうことだ」

 告げるべき注意事項は全て言い終わった。その合図なのかトキは意味もなく「ガハハハッ」と笑い、門番の元へと赴いた。

 

 ――――


 当然ながらナガラへの道中はトキが先導となって進むことになる。10歩以上離れない、その縛めを守りユミらは後に続いていく。

 テコはサイと手を繋ぎたがっていたので、彼女はそれに応える。通常通り握手する形での繋ぎ方ではあるが。

 その様子にトキは苦々しい表情を浮かべたが、「今はいいか」と一言だけ発しあまり見ないようにしているようだった。

 ユミはキリと歩いた時には鴛鴦繋(おしつな)ぎだったなと少しだけ優越感に浸っていた。ギンが物欲しそうに見つめてくるのは無視をした。

 

 

「日が昇り切ったな。お前ら飯にするか!」

 前を歩くトキが振り向きざまに声を上げる。そして肩から掛けていた風呂敷を下し、結び目のところ持って目の前でぶらぶらとさせる。

「義兄さん、私もう……、お腹ぺこぺこだったよぉ」

 今朝あれだけ食べていたと言うのに、サイは苦痛に耐えられないといった表情だ。

「サイの代償って大変なんだね。おれ、料理とか覚えよっかな……」

「テコ、私のために? お前やっぱりいい奴だなぁ。なあ、私の鴛にならないか?」

「え!? ほんとに!?」

「ああ、お前が大人になったら……。そうだな、私を倒せたら鴦になってやるよ!」

 一瞬輝かせて見せたテコの顔が曇る。

「え……。そんなの無理だよ……」

「ふふふ。今までに私を倒した男なんていないからな。私も安くないってことさ!」

「うー……」

 サイはあくまでも冗談のつもりだったのだろうが、テコは神妙な面持ちになった。


「明日からは森に食い物を持ち込むことはできん。水だけは許されているがな。それでも今日のところはおばちゃんに握り飯を用意してもらった。ユミには俺の目的が分かるか?」

「え……、トキ教官の……、お情け?」

 不意を打たれてとっさに答える。ユミももはや食べることしか考えていなかったのだ。

 答えを口に出してしまってから、そんなこと学んだかなと記憶を辿るが思い当たるものは無かった。

「ガハハハッ! まあ、それも無くはない。だが、お前らにはちゃんと知っといてもらいたいんだ。鳩は鳩でない者によって支えられていることを」

 一度豪快に笑って見せたかと思うと、トキはすぐに真剣な表情を見せた。

「有り体に言えば、鳩になった奴の中にはすぐ調子乗る奴もいるんだ。この世界は鳩によって成り立っていると思い込んでいる奴らがいる」

「なあ、義兄さん……。食いながらじゃダメか、その話?」

 空腹が頂点に達したのか、サイは苛立ちを隠そうともしない。

「おう、すまんな。確かに食いながらの方がありがたみも分かるかもしれん」

 トキは風呂敷の結び目を解き、笹の葉の包みを雛達に配り始めた。


「あー、うめー……。おばちゃんありがとー!」

 サイは包みを受け取るや否や、その場に座り込み握り飯を口いっぱいに頬張る。なんとも幸せそうな笑顔だ。

「ガハハハッ! サイは問題なさそうだな。その感謝の気持ちを忘れるなよ」

 ユミは孵卵の初日に母から託された握り飯の味を思い出していた。

 ウラヤの水田で長い月日をかけて育て上げた稲。それを刈り取り、脱穀し、籾をすり、杵でついて精米する。それを炊き上げることでようやく食べられるようになり、最後に母の手で三角形に結ばれる。その長い工程を噛みしめてきたユミにとって、米の一粒一粒が胸に染み渡ったのだった。

「トキ教官。この世界が鳩だけで成り立っているとはとても思えません。確かに鳩は流通において重要な役割を果たしますが、それは数ある仕事の1つに過ぎません。トミサで暮らすことで、この世界にはいっぱい仕事があるんだと分かりました。持ちつ持たれつ、先日の講義でも教官は言っていましたよね。七班だけじゃないです。このイイバに暮らす人達みんなで支え合っていかないといけないんだと思います」

「ユミ……」

 真面目な口調で語り始めたユミを見て、ギンは呆気に取られていた。

「ガハハハッ! ユミ! お前ちゃんと考えられているじゃないか! その思いを胸にこの渡りを乗り越えてくれ!」

「えへへへ……」

 トキに褒められたユミは恥ずかしそうに笑うが、ギンにはそれ以上の羞恥心が芽生えていた。普段邪な眼で追っていた彼女が、手の届かない所へ行ってしまったのではないか、そんな気がしてくる。対する自身の取柄は何だろうか、沸き上がってきた虚しさをごまかすように、握り飯を口へと運ぶのだった。

 

 ――――

 

 日暮れごろ、七班の一行はナガラの村への辿り着く。その日は村の宿舎で床へ着くことになるのだが、トキとサイには寄っておきたい場所があった。

「あの……、姉がお世話になりました」

 サイはいつに無く緊張した面持ちを見せる。

 トキの案内でやって来た彼の生家。その居間に腰を下ろし、サイはトキの母親のアミと対面していた。

「あなたがスナさんの……、とってもよく似てらっしゃる。ええ、スナさんはとっても親切にしてくれました。我が家はトキ一人育てるのが大変で……、スナさんを連れて帰って来てくれた時はさぞ喜んだものです」

 アミは穏やかな笑顔を湛えているが、瞳の奥には悲しげな光を宿していた。


 親戚と言えど、生まれた村が違えば顔合わせのできる機会は極まれだ。こうして2人が巡り合えたもの鳩の特権のおかげだと言える。

 鳩になれる者は100人に1人程度。姉妹で鳩となった事例はほぼ皆無となるが、それをサイは成し遂げて見せた。

 現在のこの奇跡的な邂逅にサイとアミは感慨深くなっていた。

 

「母さん、サイももうじき正式な鳩になる。そうすれば、またこの村にやって来る機会も訪れるはずだ。この渡りを無事終えられるよう、今日は精いっぱいもてなしてやってくれないか」

「ええ、もちろん。でもサイさん……、お願い。どうか鳩になっても無理をしないで」

 その気持ちはサイにも痛いほど分かる。

 

 ずっと一緒に居た姉との突然の別れ。憧れの存在が失われたことによって穿たれた心の穴。それを埋めるため、姉の訃報を受け取ったその日の内に、トミサにある鳩の巣へと飛び込んだ。姉の代わりになれるのは自分しかいないのだと信じていたからだ。

 雛の初日の自己紹介で、バカ力を人の役に立たせろと親に言われたとは述べたが、それはサイに投げられた言葉ではなかった。

 むしろ親から受験の承諾を得るのは苦労した。サイの親の顔は、今目の前にいるトキの母親が作る表情と同じ色をしていた。

「はい。父と母からも強く言い聞かされました。必ず帰って来いと」

 サイは強く頷き、トキを見る。

「義兄さんはとてもよくしてくれています。姉を失った今でも私のことを家族だと言ってくれる。どうか、これからも……、よろしくお願いします!」

 サイは深々と頭を下げる。彼女は改めて家族の絆を感じていた。ユミはこの世界にある多様な仕事で人々が支え合うことを強調していたが、家族という単位でも当然支え合わなくてはならないのだ。

 テコに対して発した鴛という言葉もほとんど冗談ではあった。それでもどのような形であっても、家族として接したいと改めて決意した。

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