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エッセイ

三年泣いて、おかしくなった

作者: 七宝

 その昔、私は仏の存在を信じていた。

 毎日仏様に手を合わせてお経様を唱えれば、私たちを護ってくださる。そんなことを母から数百回聞かされていた。


 そのせいもあってか、私はお寺が好きだった。土日なんかはよく寺院巡りが趣味の父と母について回っていた。


 そんなある日、我々一家は和歌山県にある高野山に訪れた。高野山は約1200年前に弘法大師(空海)によって開かれた、寺とかがめっちゃんこある地域で、世界遺産にも登録されていて仏教好きなら1度は行ってみたいと思うような場所である。


 この高野山には「こうや七不思議」という言い伝えがあり、その中には覗き込んで自分の顔が映らなかったら3年以内に死ぬ「姿見の井戸」や、転んだら3年以内に死ぬ石の階段「覚鑁坂」などの趣味の悪いものもあった。


 繰り返すが、当時小学生だった私はものすごく仏教を信じていたので、この言い伝えを1ミリも疑っていなかった。だから石段も死ぬほど慎重に歩いたし、仏様に失礼のないように細心の注意を払って回った。


 しかし、自分の力ではどうにもならないことが起きた。姿見の井戸である。


 そもそも深い穴が怖かった私は井戸を覗きたくないと嫌がったのだが、父が「せっかくここまで来たんだから見ないともったいないよ」と言うので渋々中を見た。


 水面に映っていたのは父と母だけで、真ん中に私の姿はなかった。


 私はパニックになり、その場で号泣してしまった。まだ10年も生きていないのに、あと3年しか生きられない。仏教を完全に信じていた私は余命宣告された患者と全く同じ気持ちになっていた。


 帰りの道中も、家に帰ってからも、父と母は「大丈夫だよ、映ってたよ」と何回も慰めてくれたが、映っていなかったのは自分が1番よく知っていたので何の気休めにもならなかった。


 それから私は毎日死について考えるようになった。みんな大人になって年寄りになって死ぬのに、なんで自分はあと3年なんだ、と布団の中で泣きに泣いた。


 家族や友達と会えなくなるのが寂しい。悲しい。死んだ後どうなるのか分からなくて怖い。どんな死に方をするのか分からない。これも怖い。


 私は3年間、誰にも言えずこっそり泣き続けた。元々人前で涙を流すのが苦手なタイプだったので、井戸を見てパニックになった時以来誰にも涙を見せていなかった。


 その3年間の中で、仏教は嘘だという話を聞いたこともあった。心の強くない人々を救うために、色々な話を作ってそれを信じ込ませて、楽しく生きられるようにしたんだと。


 でもそれって優しい嘘じゃん。

 私は3年以内に死ぬって言われたんだけど? 話が違わない? なんで私だけこんな扱いなの?


 あの話自体を嘘だと思おうとしたことも何度もあった。

 しかし、井戸に映らなかったという超常現象的な事実があったせいで、3年以内死亡説を信じざるを得なかった。


 やがて3年が経った。

 私は生きていた。


 でも、誤差かもしれないと思った。


 4年が経った。

 私は生きていた。


 もう大丈夫だと思った。それと同時に、仏教を信じる心が完全に0になった。どころか、嘘で人を苦しめる最悪の存在としか思えなくなっていた。


 周りの大人はその井戸の話を「逆に良かったんじゃない? そのおかげで交通事故とかにも気をつけられたんだし」とメメントモリみたいなことを言っていたが、なにも「お前は3年以内に死ぬ」なんて言い方しなくてもいいと思うのだ。小学生にそんなこと言うなんて本当に残酷だ。

 そもそも健康や交通事故に気をつけるのなんて当たり前なんだから、井戸に言われなくてもやってるよ。


 本当に辛かった。3年間、誰もまともに取り合ってくれずに1人で悩んで、泣いて、時にはおかしくなって壁や床を殴ったりして。


 それから私は仏教や神道が嫌いになった。それらを信じていて、私に押し付けてくる人も嫌いだ。


 人を不幸にする嘘なんて、本当に趣味が悪い。


 誰かが死んだ時、「神棚に手を合わせてなかったから罰が当たったんだ」と言っている人がいた。


 バカか? と思った。


 テレビなんかで自称霊能者が殺された娘の霊を降ろして「娘さんは復讐なんて望んでいません」などと言う場面。


 言葉も出ない。


 どうせ嘘をつくのなら人を幸せにする嘘をつけばいいのに。




 ここで終わろうと思ったが、よく考えたら全然解決していなかったのでもう1度考えてみることにした。


 なぜ井戸に映らなかったのか。

 目の構造が特異な人を狙ったアトラクションだったとか?

 それとも自己暗示で見えなくなっていただけとか?


 両親に聞いてみたところ、「映っとったよってずーっと言っとったやん」と言われた。

 いや確かにずっと言われてはいたが、、、、え? そうなの? 気休めじゃなかったの?


 それから色々調べたり考えたりしてみた結果、私がチビだったから見えなかった説が濃厚となった。身の乗り出しが足りておらず、私から見える角度では大人である両親の顔しか見えなかった。しかし、2人は大きくてちゃんと覗き込めていたので私の顔も見ることが出来た。恐らくこれが正解だろう。


 でもなんでこれで「3年以内に死ぬよ」なんて言われなきゃなんないんだ。こっちの身にもなってみろよ。ドッジボールや虫取りも楽しめない小学生にされたんだぞ。


 ゆるさん。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 苦悩から解放されてほんと良かったです。 [気になる点] 大変な三年間・・・いや四年間でしたね 何故自分がこんな苦しまなければならいんだ! 多分考えや価値観が物凄くお変わりになられたでしょ…
[一言] まさかの推理モノ? こいつぁ一本とられた、ハハハ! 風船を爆弾のように思い込まされた子供の私は、大人になってもそれでからかうオトナ連中が心底嫌いです。 しぼんでシワシワになって死ねばいい。わ…
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