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なに?人攫いの貴族じゃと?

 


 パン屋のデイジーは、最近アルダンに越してきた元難民である。


 かつて王都で貴族の世話人をしていたが、妙に気に入られてしまい、身の危険を感じて夫と共に夜逃げ。アルダンの評判は聞いていたので、藁にもすがる思いで門を叩いた。


「食べ物がない? じゃあ難民テントに行きな!」

「住む家がない? じゃあ難民テント――」

「着る服がない? じゃあ――」


 デイジー夫妻を待っていたのは、手厚い支援支援支援であった。それは治安・景気がいいとされる王都とも比べ物にならないほどで、町民達は優しく、暖かく迎えてくれた。


「ここにデイジーという女がいるか?」


 昨晩のことだ。


 店じまいをしていた所に妙な男が現れた。その時はなんとか誤魔化せたが、貴族の手の者だと確信した。


 すぐに夫に相談するデイジー。


「お前が早々に気付いてくれてよかった。また別の土地に渡って一からやり直せばいいさ」


 夫はそう元気付けたが、デイジーは諦められなかった。大粒の涙を流し、声を上げて泣いた。これだけ優しい町が他にあるものかと。


「私、カナメ様にお祈りしてまいります」


「ここに来て日が浅い我々の願いを聞いてくれるだろうか……」


「どうなるかは分かりません。本当かどうかも……でも、この町を離れるのは嫌なんです。私、ここが好きなんです」


 家を飛び出したデイジーはカナメ様の社に向かう。そこは夜だというのに、実に多くの町民達がお祈りを捧げていた。デイジーもその中に混じり、祈りを捧げる。



「どう思う、じいよ」



 そんな彼女を見下ろすエブリ。

 執事のエドワールは首を傾げる。


「どうと申しますと?」


「妾の益になる解決策はあるかの」


「魔王様の率直な意見はいかがですか?」


「付きまとう貴族と刺客を殺したらいい。妾の民を攫おうとする=信仰を攫っていくのと同義じゃ。そんな輩は磔にして拷問してバラバラにしてサラダにして食ってやる」


「過激なのは信仰に関わるかと思います」


 エドワールのひと言に唸るエブリ。


 エブリは人の心を覗き・操る魔法は会得しているが、効果範囲は自分の領地に限られる。つまり刺客を一時的に騙せたとしても、王都に帰るまでに洗脳は解ける。あまり意味がない。


「誰にも気付かれないよう木っ端微塵にして豚に食わせるのはどうじゃ?」


「素敵ですがこの夫人に〝今後は安全である〟ことを分かりやすく示せた方がよろしいのではないですか?」


「なるほど! ひらめいたぞ! じい、耳を貸せい!」




◇◇◇◇◇




 カナメ様からお告げがなく、暗い顔で帰路に着くデイジー。夜中の町中でふと、夕方の恐怖が蘇ってくる。


(そうよ、町は安全でも今ここにアイツが潜んでいるかもしれないんだわ……!)


 一人で来たことを後悔したその刹那――目の前に、品のいい夫人が現れた。


「ごきげんよう、デイジー」


「ご、ごきげんよう。どうして私の名前を?」


 恐らく初対面の町民だが、身なりからして貴族であることは間違いない。ということは――と、デイジーは自分の顔がみるみるうちに強張っていくのがわかった。


「失礼、少しお手を借りても?」


「な! どうしてですか……!?」


「すぐに済みますよ」


 あれよあれよと手を取られたデイジーは、手のひらに鋭い痛みを覚えた。まるで皮膚が焼けるような痛みで、思わず悲痛な叫びを上げる。


「明日、またあの貴族が来たらその(しるし)を見せなさい。これで貴女の安全は守られる」


 不気味な笑い声を残して消える夫人。


 手の甲を見るもそこには何もなく、恐怖に脈打つ心臓の鼓動を感じながら、デイジーは涙目で帰路に着いたのであった。




◇◇◇◇◇




「おい! いるのは分かってるんだぞデイジー! 貴様私の元から逃げてタダで済むと思うなよ!」


 貴族は朝から現れた。

 大勢の手下を連れ店の扉を乱暴に叩く。


「いましたぜ、間違いねぇ」

「離してくださいッ!」

「堪忍してください。どうか……!」


 連れ出されたデイジーを見るなり貴族は舌舐めずりをする。周りで見ている町民達は「まずくないか?」「でも相手は貴族らしいぞ」などと騒いでいるだけで、流石に手出しはできない様子。


 その時、デイジーの手の甲が眩い光を放った。


 何かの紋様が浮かび上がっている――それは遠吠えする狼の家紋で、貴族はこの家紋に見覚えがあった。



「なにがありまして?」



 それは昨晩会った品のいい夫人だった。

 貴族は一瞬たじろぐも、すぐに平静を取り戻す。


「用事は済んだ。おいお前達、王都に戻るぞ!」


「それはできませんねぇ」


 夫人が意味ありげに笑みを浮かべた。


「それは私の〝奴隷〟です。私の所有物を持ち去ろうとする輩は、たとえ王族でも許すつもりはありません」

 

 まさに権力者の圧――

 

 どこの誰かも分からない夫人の圧に、貴族は完全に飲まれていた。


「この町の民は宝であり、全てである。誰かに渡すつもりもなければ誰にも支配させん」


 夫人の姿が子供、大樹、老人に変わる。


「貴様がどこの貴族かは知らん。兵を100人連れてくるなら、一万の兵で貴様を囲む。魔物を連れてくるなら、魔族を連れて貴様を喰らう」


 老人の姿が魚、そして大狼へと変化した。


 貴族達は情けない声をあげ腰を抜かす。町民達はその狼の〝正体〟を察したのか、まるで神を見たかのように深々と頭を下げていた。


 スンスンと狼が貴族の腹に鼻を近づける。


「貴様の匂い……覚えたぞ」


 その言葉がトドメとなったのか、貴族達は叫び声をあげてとっとと町を去っていった。デイジーは呆気に取られたまま地面にへたり込む。


「奴隷というのは誤りじゃ。その印は町民の尊厳が踏み躙られようとしているとき、強く光って妾を呼ぶ。害はない。お守りだと思うといい」


 デイジーにそう言い残すと、狼は子供へと変わり、そして消える。



『さらばだ、ヒノの子よ』



 わっと歓声に包まれる中で、デイジーは自分の手の甲に刻まれた、今はもう見えない〝お守り〟に頬擦りしながら涙を流した。

 

 正にカナメ様の奇跡。


 貴族の手から移民を救ったカナメ様の伝説はたちまち話題になり、冒険者や商人、吟遊詩人に謳われて、貴族から不当な扱いを受けていた人々がアルダンに押し寄せたのであった。



 一方その頃、エブリの城――。



「妾の変装はどうじゃった?」


「素敵でございました。失礼ながら、あの家紋はどこの貴族のものでしょう?」


「どこのでもない。かっこよかろう? 妾が作ったんじゃ」


「……」

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