なに?病気で死にそうじゃと?
前に短編で投稿していたものの連載版になります
完成分10話まで毎日投稿されます
ここは人間界にある小さな領地。
打ち捨てられた古い城の奥、玉座に腰を掛ける一人の少女がいた。
「時にじいよ、数はいくつになった?」
白い肌と黒の長髪。魔紋が刻まれた青色の瞳。不敵な笑みを浮かべる少女は、指先に揺らめく青い炎を弄びながら老人を見た。
「はい。先ほどの男を入れて、ちょうど500になります」
執事服の老人が傅く。
少女は満足そうに笑い、炎を口に放り込む。
うまそうに咀嚼する小さな口から人間の叫び声が漏れ出すと、少女はそれを楽しむようにしてゴクンと飲み込んだ。
ぺろりと唇を舐める。
んはぁ、と、妖艶なため息が漏れた。
「しかしヒトというのは哀れな生き物よの。魔族と契約しているとも知らずに毎日毎日あくせく〝お願い〟を持ってくるとは」
玉座から見える床の泉には、何の変哲もない丸い岩が映し出されている。まわりには沢山の花や宝石、魔本や食べ物が並べられており、まるでその岩を祭っているかのように見えた。
「妾が願いを叶え、願った者は妾へ信仰心を捧げる。信仰する者が増えるほど妾は魔族としての力が増える」
笑いが止まらんわ――と、上機嫌なこの少女は、世界を7つに分けた最南端に陣取る「信仰の魔王=エブリ」である。
そうこうしている間にもまた一人、岩に向かってお願いをする人間が現れた。お願いは青色の炎となって魔王の元へと運ばれてくる。
「なになに?『マーくんがミーちゃんと仲良くしてた。僕はミーちゃんが好きだけど諦めてその恋を応援したい。だからこの嫉妬心を消してください』とな? ふむ……」
エブリは指を丸の形にし、何かを見透かすように覗き込む。泉に波紋が広がるようにして風景が変わり、可愛い少女の姿が映し出された。
「透過で見る限り、ミーちゃんはこの子供のことが好きで、どう打ち明けるべきかをマーくんに相談しているだけのようじゃな」
泉に映った少女を見て、エブリは閃いたように目を輝かせる。
「これが俗に言う〝しゅらば〟というやつか?」
「おそらく違うかと」
エブリは、スンと真顔になって続ける。
「ふむ、ならこんなものは簡単じゃな」
彼女が指パッチンする――と、件の少女が体を震わせたかと思えば、岩の前へとかけてゆき、少年に自分の想いと事情を説明しはじめたではないか。
少年は嬉しそうに涙を流し、その後二人は楽しそうに町中へと消えていった。
満足そうに頷くエブリ。
「うむ、成功じゃ。やはり素直な気持ちが一番じゃな」
「素晴らしい手際でございます」
執事服の老人が褒め、
エブリは得意げに鼻の下を擦った。
「ではこの嫉妬心は妾が美味しくいただくとしよう」
そう言って、青の炎を口の中に放り込む。醜い嫉妬の心が入ったソレは悲痛な叫び声をあげながらエブリの中に溶けていった。
エブリはそれをうまそうに咀嚼する。
「またひとつ信仰を手に入れてしまった」
「流石でございます」
二人の他に誰もいない城内に笑い声が響く。
今日も今日とて彼女は信仰を集めていた。
魔王エブリは退屈そうに頬杖をつく。
「しっかし情勢はどうなっているんじゃ。なぜ誰も妾の領地に攻めてこんのじゃ?」
7つの領地を収める7人の魔王による戦争が激化していた――が、実のところ、彼女の領地は他の魔王達に比べ圧倒的に狭く、上質な魔岩が取れるわけでも、多くの民がいるわけでもない。
つまり攻め落としても旨味のない領地・魔王であった。
というより、6人の王は「信仰の魔王」という存在がいることすら認知していなかったのである。
◇◇◇◇◇
戦争孤児マルシャは、体をずるようにして、とある場所へと向かっていた。
彼の体は病に犯されている。
おそらくもう長くないだろう。
(僕もいつか……)
最近、裏路地で死んだように寝ている老人や、がりがりに痩せた動物を見かけなくなった。きっと衛兵による一斉清掃でもあったのだろうとマルシャは思った。
巷では未知の病気や大量の虫に襲われる人間が後を立たないと聞くし、大昔に比べて人間が住める環境が少なくなっている。
(それもこれも魔族達のせいだ)
魔族――圧倒的な力で大陸全土を支配した種族。なかでも特に強大な力を持った〝魔王〟という存在が、人間の住む大陸をいくつかに分けて支配しているのだという。
魔族さえいなければ両親も死なず、自分もこんな辛い思いをしなくても済むのにと、マルシャは乾いた唇を悔しそうに噛みながら進んだ。
つい先日、町に生えた丸い岩。
それに祈ると願いが叶うという噂があった。
「あった……」
その丸い岩は実際に存在していた。
丸い岩の周りには貴重な食料やお金、酒や貴金属などが並べられており、マルシャは言いようのない不安感を覚えていた。
貧困極まるこの町で、家族の墓でもお供え物を置く人間はいない。どうせ誰かが取っていってしまうからだ。金目の物を巡った殺し合いも日常風景と化しており、魔族はこの町を、強い者だけが生き残れる場所に変えたのだ。
それなのに岩の周りにはたくさんのお供え物が残っている――この状況がたまらなく不気味で、マルシャの足は止まってしまう。
「いいんだ。最後に美味しい水をひと口もらえるなら」
彼は自分の死期を悟っている。彼は自分の病気が治せるとは思わなかった。だから最後に、久しく飲めてない水をひと口、丸い岩にお願いしようと考えていた。
丸い岩を触ったマルシャは、体からなにかが抜けるような感覚を覚えた。もしかしたらコレは魂と引き換えに対価を得る呪物の類ではないかと思ったが、それ以上に、喉の渇きを抑えることはできなかった。
「水をください、ひと口でいいんです」
すがるようにそう呟くマルシャ――しかしその願いが叶うより先に、彼の体は限界を迎えてしまう。
地面に倒れ伏し、そのまま体が動かなくなった。ぜいぜいと自分の喉から聞いたことのない音が漏れるのを聞きながら、自分の体が重く、冷たくなってゆく感覚に身を任せる。
あぁ、これが待ちに待った死なんだと、これで最愛の両親の元へ行けるんだと、マルシャは暗転する視界の中で微かにそう喜んだ。
『ほれ、水じゃ』
どっばあああ!! という凄まじい音と共に、マルシャの頭上へ大量の水が落下した。
「っは!!」
意識が飛びかけていたマルシャが我に帰る。舐めてみるとコレがまた甘い。湖や川や池の汚い水とは違う、綺麗な水だ。
一体何が起こったんだと、マルシャはあたりを見渡しながら、ハッとしてその丸い岩を見た。
自分はこの岩に水を願った。
だから水が降ってきた――願いは叶ったのだ。
彼の脳内に声が響く。
『ついでに呪いも消しておいたからの。強く生きろよヒトの子よ』
一瞬何のことか分からなかったが、自分の呼吸や胸の音、湧き上がる力を実感してから、マルシャはその意味を理解した。
「病気が治ってる……?」
死を悟るほどの重い重い病気だった。大勢の人間がこの病気で死んだと聞いていたし、治す手立ても金もない――それが今どうだ、病に倒れる前よりも、体の調子がいいではないか。
この奇跡、神の所業と言わずしてなんという。
神は強く生きろと言った。
ならば自分はその天命を全うしよう。
マルシャは丸い岩に頭を下げた。
濡れた地面に髪が浸るのも気にせず、額で穴を掘るほどに深く深く頭を下げた。
「カナメ様、ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
カナメ様、というのは、いつからか町の人々がこの丸い岩をそう呼んでいたのを聞いていたから。マルシャも感謝を込めてそう呼んだ。
これが、少年マルシャとカナメ様との初めての出会いである。その後、丈夫な肉体を得た少年は剣を極め、魔法を会得し、魔物を蹴散らしながら他の町へ町へと渡り歩く冒険者となる。
「アルダンの町へ行け、そこにあるカナメ様に願え」
彼は困っている人へそう告げながら、魔物退治の旅を続けた。こうした彼の働きもあり、アルダンの町に人が増え、希望に満ち、発展を遂げてゆくのであった。
一方その頃、エブリの城――。
「水をかけた程度で消える呪いじゃ、病の魔王も大したことないかもしれんの!」
「おお、では今から病の魔王を討ちに行きましょう」
「んー、まあ攻めてくるなら相手してやろうかの!」
「……」
信仰の魔王軍、未だ最弱を行く――。