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三日目 仕掛ける女達

「高岡め、いい気になりやがって」

 相変わらず優菜を尾け回している一色雄大は、優菜が待ち合わせていたのが凛太郎だと知り、苛ついていた。

(こんな時間から会うなんて、どういうつもりだ?)

 一色は野間口絵梨子と深い仲になっているが、優菜を諦めた訳ではないのだ。優菜は凛太郎と腕を組み、嬉しそうに微笑んで夜の街へと歩いていく。

(やめろお! やめてくれ! 優菜ちゃんはそんな女じゃない!)

 歯軋りをしながら、一色は凛太郎と優菜を追いかけた。

「お?」

 しかし、優菜と凛太郎は一色のよこしまな妄想に反して、ホテル街ではなく、料亭が立ち並ぶ方へと歩いて行った。

(取り敢えずはよかった)

 ホッとしていると、二人は高級料亭へ入って行った。

(おいおい、そこは高岡の薄給ではとても払えない料金体系の店だぞ!)

 一色は仰天したが、

(奴は母親の事務所に勤めているんだったな。もしかして、とんでもない額の給料をもらっているのか?)

 一色も優菜と同じく、凛太郎をマザコンだと思っている。所長である母親の綾子が、凛太郎を甘やかせて高給取りにしているのだと判断した。実際には、凛太郎はまだ給料をもらえていない。綾子が必要経費と相殺して、明細だけ渡したのである。だから、凛太郎は貧しい状態だった。

(ここは無理だ。野間口先生にお願いするか)

 一色はスマホを取り出して、絵梨子にかけた。


「すみません、今から泊まりに切り替えられますか?」

 木場隆之助は、酒を飲んで眠って起きない妻の綾子を横目で見ながら、フロントに連絡していた。

(全く、明日の朝、一番で帰らないといけなくなった)

 綾子に腹を立てながらも、その寝顔を見て隆之助はフッと笑った。

(可愛いな)

 隆之助は泊まりに切り替えられたので、礼を言って受話器を置き、

「君のせいだぞ、綾子」

 全く起きない妻の唇にキスをした。

(張り切り過ぎた上に、飲み過ぎなんだよ)

 綾子は離婚をしたくなかったのに、隆之助は綾子が離婚をしたいのだと勘違いして、申し出に応じて離婚をした事を滔滔とうとうと愚痴られた。しかし、露天風呂から出て、しばらくぶりに愛し合った時、綾子が自分以上に夫婦に戻れて喜んでいるのを感じたのだ。

「すまなかった。君とよりを戻せてよかったよ」

 隆之助はもう一度綾子にキスをした。

(このまま東京に帰るのはつまらないな。少し、探ってみるか?)

 隆之助はバッグの中から群馬県の道路地図を取り出した。


「誰だ、この男は?」

 幹事長室で、権藤は写真を渡されて、秘書に尋ねた。秘書は権藤を見て、

「査察の伊呂波坂麻奈未の男を尾行していて、見つけました。今、調べさせています」

 写真の男は一色だった。

「はい」

 秘書のスマホが鳴り、応答した。権藤は眉をひそめて秘書を見ていた。

「わかりました。野間口絵梨子の事務所の職員だそうです。野間口自身が証言してくれました」

 しばらく通話相手と話してから、秘書はスマホをスーツのポケットに入れながら告げた。

「野間口の? 何をさせているんだ?」

 権藤が写真を机の上に放り出して訊いた。秘書は権藤に正対して、

「野間口は何も知らないと言ったそうです。その男が独自に動いているようです」

「そうか。それで、伊呂波坂の男の方は?」

 権藤は回転椅子の背もたれに寄りかかった。

「その男は、女と一緒に割烹料亭伊香保に入ったそうです」

 秘書の言葉に権藤は、右の眉を吊り上げて、

「伊香保だと? そこは俺の旧友が経営しているところだ。何か感づかれたのか?」

 秘書は権藤が勘違いしていると気づき、

「一緒にいるのは男の同僚の女です。ご心配の必要はないかと」

 権藤は葉巻を手に取り、

「そうか。その男、二股をかけているのか?」

「女と腕を組んでいたそうですから、もしかするとそうかも知れません」

 秘書はチラッと机の上の一色の写真を見た。

「この男が尾けていたのは、その女絡みではないでしょうか? 野間口の話だと、この男、伊呂波坂の男と一緒にいた女を付け回しているようですから」

 権藤はニヤリとして、

「使えるじゃないか。野間口に連絡して、この男をけしかけさせろ」

 一色の写真を見た。

「わかりました」

 秘書は会釈して応じた。


(参ったな)

 凛太郎は通された部屋に戸惑っていた。そこは料亭の奥座敷で、小さい窓が天井近くにあるだけで、下界とのつながりが絶たれたような雰囲気の作りである。

「この部屋は、父がよく政治家の先生達と会っていたところだそうです。ですから、中の声が表に漏れる事はまずありません」

 そう言って事務所の制服のブレザーを脱いだ優菜の姿に更にギクッとした。優菜はノースリーブの薄手の白いブラウスを着ており、脇が大きく開いているので、中が見えそうだった。

(優菜さん、どういうつもりだ?)

 凛太郎は焦った。母には夕食を優菜とするとラインで伝えたのだが、返事がない。相当怒っているのだと思っていたが、実は綾子もラインを見ていないのだ。それどころではない状況だったのは、綾子も同じなのだ。

(凛太郎さんに迫るには、千載一遇のチャンス。まなみさんと会えていない今こそ、攻める時)

 この事が原因で、事務所を首になってもいいと覚悟を決めた優菜は迫力があった。

「座ってください、凛太郎さん」

 優菜に押される形で、凛太郎は座椅子に腰を下ろした。対面で座ると思われた優菜が隣に張り付くように座ったので、ますます鼓動が高鳴る。

(まずいまずいまずい!)

 この一触即発の状態をどう切り抜けるか、凛太郎は頭の中で一生懸命考えたが、思いつかない。優菜が更に身体を密着させてきたのだ。

「上着を脱いで楽にしてください」

 いつの間にか、優菜にスーツの上を脱がされていた。気がつくと、優菜は自分と凛太郎の上着をハンガーにかけ、クローゼットの中に吊るしていた。

「優菜さん、あの……」

 凛太郎は引きつり笑いをして優菜を見上げた。優菜は妖艶な笑みを浮かべて、

「こんなお店は早々来られないので、楽しみましょう」

 今度は凛太郎にしなだれかかって来た。

「優菜、さん……」

 そこまで言いかけた時、優菜の唇に口を塞がれていた。

「……」

 凛太郎は目を見開いて優菜を押しのけようとしたが、彼女は体重をかけて来ているので、動かせなかった。やがて優菜の舌が入って来た。

「うご……」

 凛太郎はそれを押しとどめようとしたが、ダメだった。優菜の舌が凛太郎の舌を舐め回した。凛太郎は力が抜けてしまった。麻奈未ともこれ程のキスをした事はないのだ。

「私の事、嫌いですか?」

 潤んだ目で優菜が尋ねた。

「いや、嫌いではないけど……」

 やっと息継ぎができた凛太郎は大きく深呼吸をするように肩を上下させた。

「だったら……」

 優菜はまた凛太郎の唇に吸い付いてきた。そして、凛太郎の右手を掴むと、自分の左胸に導いた。

「くは……」

 凛太郎はそれには抵抗して、優菜の手を払い除けた。しかし、唇はそのままだった。

「私、凛太郎さんの事がどうにもならない程好きなんです。抱いてください!」

 優菜は起き上がると、ブラウスを脱ぎ捨てた。剥き出しになったブラジャーの中には豊満な乳房が半分見えている。

「優菜さん、やめて!」

 凛太郎は優菜から逃れて立ち上がった。

「まなみさんがいるから、私の事を好きになってくれないのですか?」 

 そう言いながら、優菜はスカートも脱いだ。申し訳程度に肌を隠している小さなショーツが丸見えになった。凛太郎は目を背けたが、優菜は凛太郎に抱きついて、

「お願い、凛太郎さん! 今日だけでいいから、私を恋人にしてください!」

「優菜さん、冷静になって! こんな事、しちゃダメだ」

 凛太郎は優菜を押し戻した。


 野間口絵梨子は割烹料亭伊香保の中に入り、様子を探ったが、凛太郎と優菜が入った部屋には近づく事はできなかった。

「ダメだったわ。あの部屋は政治家がよく利用している部屋で、誰も近づけないようになっているようよ」

 絵梨子は店の外で待っていた一色に言った。

「そうですか。ますます、まずいな」

 一色が悔しいそうに呟いたので、

「何? まだあの小娘に未練があるの?」

 絵梨子が尋ねると、一色はニヤリとして、

「違いますよ。高岡凛太郎がいい思いをするのが癪に障るだけです。優菜さんは美人ですが、先生には敵いませんから」

「あら、そう」

 内心は嬉しい絵梨子だったが、それを押し隠して鼻で笑った。

「僕達もどこかで食事をしませんか?」

 それを見透かしたように一色が提案した。

「いいわね。行きましょうか」

 二人は腕を組んで伊香保から離れた。

「ここなんてどうです?」

 一色が示したのは、ラブホテルだった。

「いいんじゃない」

 絵梨子はフッと笑い、一色に導かれるままにホテルに入って行った。


「ああっ!」

 いきなり大声を出して目を覚ました綾子だったが、

「泊まりにしたよ。眠り姫が全然起きないんでね」

 呆れ顔の隆之助に言われ、

「ああ、そう」

 赤面しながら苦笑いをした。

「あれ? 私達、露天風呂に入っていたんじゃなかったっけ?」

 綾子がとんでもない事を言い出したので、

「おいおい、そんなところから記憶喪失なのか? 風呂から出て、夕食を食べて、ええと、楽しんで、そしたらコテンて君が寝てしまったんだよ」

 隆之助は溜息混じりに告げた。

「ああ、そうだったわね。覚えているわよ。ちょっと寝ぼけただけよ、当たり前でしょ!」

 綾子は何を思い出したのか、ますます赤くなった。

「可愛いな、綾子は」

 隆之助はまた綾子にキスをした。

「あん、隆之助ったら……」

 綾子はキスをし返した。

「また、する?」

 綾子の手が隆之助の股間に伸びた。

「そんな元気ないよ。もう寝ようか。明日は早いから」

 隆之助は綾子の手を掴んで引き離した。

「え? 早いって、どうするの? 帰るの?」

 綾子はキョトンとした。

「違うよ。富岡市に行ってみたいんだよ」

 隆之助は群馬県道路地図を開いて、富岡市のページを見せた。

「富岡市? どうして?」

 綾子は地図を見てから隆之助を見た。

「今でこそ、権藤は高崎に事務所を置いて、この辺りを選挙地盤にしているが、元は富岡市出身なんだよ。何か掴めないかと思ってね」

 綾子は隆之助に身体を密着させて、

「どうしてそんな事するの?」

「わからないかなあ。将来のお嫁さんの力になりたいからだよ」

 隆之助は綾子を抱き寄せた。

「麻奈未さんの力にって事? 具体的に何か案があるの?」

 綾子が顔を近づけて訊いた。隆之助は肩をすくめて、

「ないけど、何かわかるかも知れないじゃないか」

「行き当たりばったりね」

 綾子は半目になった。

「まあ、どうにかなるさ。困ったら、また国税局の友人に訊いてみるし」

「わかった。じゃあ、早く寝ましょ!」

 そうと決まると早いのが綾子である。布団に入ると、隆之助を手招きした。

「何もしないで寝るだけだぞ」

 隆之助はまた溜息を吐いた。


「ああ……」

 凛太郎は優菜に押し倒されていた。優菜が諦めたと思ってちょっと油断したせいで、優菜に馬乗りになられた。

「お願い、凛太郎さん。私、もう我慢できないの」

 優菜の右手が凛太郎の股間に伸びた。

「うあ……」

 その手の動きに凛太郎は思わず呻いた。

「あ、ダメだ、優菜さん……」

 優菜は素早く凛太郎のズボンを脱がせてしまった。

「ダメっていう割には……」

 優菜はふふんと笑った。身体は正直だったのだ。

「ふあ……」

 凛太郎は優菜のされるがままになってしまった。


「はい、伊呂波坂です」

 麻奈未は東京国税局の建物を出たところで、スマホの着信音に気づき、応答した。

「お疲れ様です、代田です。今、大丈夫ですか?」

 代田の声が言った。

「ええ、大丈夫よ。どうしたの?」

 麻奈未は周囲を見渡してから、舗道の端に寄った。

「実は、権藤の秘書の部下の一人が、赤坂の料亭を探っているので、監視していたら、妙な事がわかりました」

「赤坂の料亭? 何がわかったの?」

 麻奈未は眉をひそめた。

「そこに野間口絵梨子税理士が現れたんです」

「野間口先輩が?」

 意外な人物の名前に麻奈未はつい大声を出してしまった。

「野間口税理士は権藤の秘書の部下と話していました。どんなつながりがあるのか、調べてみます」

 代田が言った。

「そう。わかりました。お願いね」

 麻奈未がスマホを切ろうとすると、

「あ、まだ話があります。部下の探っている相手もわかっているんです」

 代田が慌てて言った。

「相手? 誰なの?」

 麻奈未が尋ねると、代田はしばらく黙り込んだ。

「代田君?」

 変に思った麻奈未が呼びかけると、

「ええと、先輩のその、彼氏さんです」

「えええ!?」

 麻奈未は仰天してしまった。

「凛君、いえ、高岡凛太郎が探っている相手なの?」

 麻奈未は高鳴る鼓動を感じながら尋ねた。

「はい。高岡さんは、女性と一緒にその料亭に入りました」

「女性と?」

 麻奈未は眩暈めまいがしそうだった。

「女性は恐らく、高岡さんの同僚の柿乃木優菜さんだと思われます」

「優菜さん……?」

 麻奈未は代田の声が遥か遠くから聞こえているように思えた。

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