山賊の親分やってますが、息子が「山賊なんてダッセェ! 俺は海賊になりたい!」と言い出して困ってます
ミーレ王国にゴンロ山という山がある。
ここには親分であるガザック率いる山賊団が暮らしていた。
そんなガザックには最近悩みがあった。
まもなく10歳になろうとする息子カールがこんなことを言い出したのである。
「父ちゃん……俺、山賊なんかになりたくねえ!」
「! な、なにを言い出すんだいきなり……」
黒髪のボサボサ頭に山賊の頭領に相応しいゴツイ顔を持つガザックだが、とたんに弱々しい顔つきになる。
「だって山賊なんてダッセェもん! 俺は海賊になりたい!」
「よりによって海賊だとぉ!?」
「そう、俺は大海賊ワーウィンドみたいな海賊になるんだ!」
大海賊ワーウィンド。ミーレ王国を中心に活動する海賊で、海賊でありながら『海の英雄』と称される男である。今やワーウィンドの活躍は小説や絵本など、さまざまな媒体で民衆に紹介されている。
「なんで海賊がいいんだ?」
カールは胸を張って説明する。
「海賊は宝探しができる! 金銀財宝を見つけて大金持ちになれるんだ!」
「カールよ、宝探しなら山でもできるぜ!」
「え?」
ガザックは近くの土を掘り始めると、山芋を掘り出した。
「ほら、宝だ!」
「イモじゃん!」
「山芋を舐めるなよ、とろろにすると美味い!」
「おいしいけど、宝とはちょっと違うよ!」
「ぐぬぬ……」
カールは海賊の魅力をさらに語る。
「他には、広い大海原を大冒険できるし!」
「ゴンロ山だって十分広いだろうが!」
「海に比べたら全然狭いよ! この山で育ったからもう目をつぶってても走れるぐらいだし!」
実際に目を閉じて山の中をすいすい走ってみせるカールに驚くガザック。
「すげえ、俺でもあんなことできねえぞ……」
ひとしきり走り回った後、カールは枝を拾って剣のように振り回す。
「それと、海賊は敵船と戦ったりできるし!」
「戦いなら山賊でもできるだろうが」
「たとえば?」
「たとえば……ほらそこにイノシシが」
ガザックが指差した方向には、いきり立ったイノシシがいた。今にも突撃してきそうである。
「に、逃げるぞーっ!!!」
親子はイノシシに散々に追い回されたのだった。
……
ガザックとカールがアジトである山小屋に戻ると、子分たちが待っていた。
「あ、親分! 坊ちゃん!」
「おう、どうした」
「実は……女将さんが食料が足りねえってぼやいてまして……」
「ふうん……」
“女将さん”とはガザックの妻アネットのことである。
「よっしゃ、みんな! 麓の村まで山賊の醍醐味、“略奪”に向かうぞぉ!」
「行きやしょう、親分!」
盛り上がる父と子分たちを尻目に、カールは冷ややかな視線である。
なぜなら、これから何が起こるかを知っているからだ。
***
ゴンロ山の麓にあるヨーク村にやってきたガザックとカール、そして子分たち。
さっそくガザックが中年の村人に話しかける。
「おうおうおう!」
「なんだい、ガザックさん」
山賊が来たというのに、まるで慌てない村人。友人が訪ねてきたような態度で迎える。
「俺らの食料が心細くなっちまって……ちょっとおすそ分けしてもらえねえか」
「しょうがないなぁ、少し待っててくれ」
しばらく待つと、村人がパンや野菜、果物などを持ってきた。それらを袋の中に詰めてくれる。
礼を言うガザック。
「ありがとよ! 村の連中が山に狩りに入る時なんかは俺らがサポートするからよ!」
「そうしてくれると助かるよ」
ガザックはカールに振り返ると得意げに言った。
「どうだ、これぞ略奪だ!」
「どこがだよ!」
即座に突っ込まれた。
「ただ村の人たちにおすそ分けしてもらっただけじゃん!」
「なにしろ俺たちは地域密着型の山賊だからな」
「もはや山賊ですらないよ! ただの“山に住んでる人”だよ!」
「うぐぐ……」
カールの言う事は正論すぎて、ガザックも子分らも全く反論できなかった。
「とにかく……やっぱり山賊はダサいよ! 俺は絶対海賊になる!」
村人からもらった食料袋を抱えながら、ますます決意を固くするカールだった。
***
ゴンロ山のアジトに戻ると、妻アネットが夕食の鍋を用意して待っていた。
「食料もらってきてくれたのかい、ご苦労さん。みんな、ご飯だよー!」
アネットは男勝りな生活で、その性格に相応しい勝気な美貌を備えていた。
着飾れば化けることは間違いないが、本人にその気はまるでない。なお、カールはアネット似である。
女将アネットの呼びかけにガザックはもちろん、子分らが我先にと鍋を囲む。
しかし、カールは――
「カール! あんたも来な! 腹減ってんだろ!」
「俺いらない」
お世辞にもかっこいいとはいえないガザックの山賊生活に嫌気がさし、体育座りで拗ねていた。
すると、アネットはカールの耳をひっぱる。
「いいから食べな!」
「た、食べる! 食べるよぉ!」
多少拗ねたぐらいではこの母には勝てない。母は強しである。
カールも空腹だったようで、先ほどの山芋をとろろにし、それを混ぜた雑炊を三杯もおかわりしていた。
……
夕食後、カールはすぐに眠ってしまい、ガザックとアネットは夫婦の会話をする。
「あんた、カールの奴どうしたんだい?」
「近頃、山賊のことをダサイと思い始めたらしく、海賊になりたいって言ってんだ」
これを聞いてアネットが笑う。
「アハハッ、確かにね。こんな地方の山にこもって、子分はたったの数人、村人から恐れられるどころか親しまれる弱小山賊団なんて、子供からしたらダサく見えちゃうだろうね」
「笑いごとじゃねえだろ。しかも憧れてるのがワーウィンドっていうじゃねえか」
「ワーウィンド、ねえ。なにしろ今やあちらは国を救ったこともある“海の英雄”だもんねえ」
「俺だって、よその土地から来た盗賊から村を救ったことあるぞ」
「国と村じゃ規模が違いすぎるよ」
「うぐぐ……」
悔しがるガザック。
「あまり気にしないことだよ。子供にはよくあることさ」
「ああ……」
ぐっすり眠るアネットに対し、ガザックはなかなか寝付くことができなかった。
***
それからしばらくして、カールは遊びに来ていたヨーク村である情報を手に入れた。
「えー、ホントかい!?」
「ああ、あの大海賊ワーウィンドがしばらくパルマーに停泊するんだってよ」
パルマーはゴンロ山からもヨーク村からも近い港町で、ミーレ王国としても重要拠点の一つである。
そこにワーウィンドの海賊船がやってきて、しばらく補給や休息を行うというのだ。
「にしてもカール君は山賊なのに、海賊に興味があるのかい?」
からかう若い村人に、カールは言い返す。
「俺は山賊なんかにならないよ。海賊になるんだ!」
力強く宣言し、ワーウィンドがいるという港町パルマーに向かうのだった。
***
カールがパルマーに着くと、すでに町は大盛り上がりとなっていた。
町の中心部ではワーウィンド率いる海賊団が歓迎されている。
海の英雄を一目見たいと、王族や貴族が町を訪れてもここまでにはならないだろうと思えるほどの盛況ぶりである。
カールも人だかりに近づき、ワーウィンドを初めて目にする。
ワーウィンドは頭には軍人が被る三角帽子をつけ、金髪頭に彫りが深いハンサム顔。頬に大きな傷があるが、それも彼の勇ましさを増幅させている。
「かっこいい……父ちゃんとは全然違うや」
カールは大海賊の姿に惚れ惚れしてしまう。
さて、なぜ“海賊”であるはずの彼がこうまで人気者になったのかというと――
元々ワーウィンドもちゃちな略奪を繰り返すような海賊だった。しかし、彼の天才的な航海術に目をつけた王国から「金は出すから国のために働かないか」と打診を受ける。
これを機にワーウィンドの人生は大きく変わる。
戦争の時には王国軍とは独立した立場から敵国の船を攻撃し、大戦果を収めた。また大海原を冒険し、数々の知識や文化をミーネ王国にもたらした。
こうして彼は『海の英雄』に成り上がったのである。
ワーウィンドが集まった人々に冒険譚を語る。
「巨大イカに船を襲われた時はまさしく死闘だったね。しかし、俺の剣で奴の触手を切り裂いて……」
「俺の船は旋回性が特別だからね。敵国ののろまな船なんかいいカモなのさ」
「大渦に飲まれた時は全滅を覚悟したよ。だが、そこは俺たち一味が一丸となって、大渦を攻略したんだ」
陸では決して味わえない経験の数々に、町の人々はもちろん、カールも夢中になる。
日々「山の中を走り回って、獣を狩って、たまに村に遊びに行きます。終わり」で済んでしまう自分の生活とは全然違う。
カールの中の海賊への憧れはますます強くなっていった。
……
やがて、ワーウィンドの話もひと段落し、町の人々も去り、カールにチャンスが訪れる。憧れの人に話しかけるチャンスが。
そして――
「ワーウィンドさん!」
「ん?」
勇気を持って話しかけた。
「俺山賊ガザックの息子、カールって言います!」
「ああ、山賊ガザック……知っているよ」
あんなマイナー山賊を知ってるわけないのに、とワーウィンドのリップサービスを嬉しく思うカール。
「あの俺……海賊になりたいんです! ワーウィンドさんみたいな海賊に!」
「ほう、それは嬉しいことだね」
「それで、どうすればなれるかな、と思って……」
「ふーむ、だったら……俺の船に乗ってみるかい?」
思わぬ展開になった。
「え、いいんですか!?」
「もちろんさ。一度海賊船というものを体験してみるといい」
「や、やったぁ! ありがとうございます!」
「じゃあ明日の朝、この町の港に来てくれ。一日海をぐるーっと回って、またここに帰ってくる感じのコースになる」
「はいっ!」
会話できただけでも嬉しかったのに、海賊船にまで乗せてもらえるとは。
カールはこの日、有頂天でゴンロ山まで帰った。
海賊船に乗せてもらえることを父に話す。
「父ちゃん! 俺、明日ワーウィンドさんの海賊船に乗せてもらえることになったからね!」
「なんだとぉ~?」
「将来海賊になるためにも、ここで一度船旅ってのを体験しとかなきゃね!」
「勝手にしろ! どうせ船酔いしてゲロ吐くのがオチだぜ!」
「船酔いなんかするもんか!」
カールは明日が楽しみで仕方なく、すぐに寝てしまった。
そんな息子を横目に、ガザックがぼそりとつぶやく。
「ワーウィンド……」
***
次の日、朝一番でアジトを飛び出すカール。
「行ってきまーす!」
「気を付けていくんだよ~」
「行ってらっしゃい、坊ちゃん!」
母や子分らの声を背中で受け、ゴンロ山を凄まじい速さで駆け下りる。
生まれた時から山で育ったカールの足は大人顔負けといってもよく、すぐさま港町パルマーまでたどり着いた。
港まで行くと、ワーウィンドとその部下たちが待っていてくれた。
「待ってたぞ、カール君。さあ出航しようか!」
「はい!」
小舟やイカダで海に出たことはあるが、本格的な航海は初体験となる。
生まれて初めての冒険に、山賊の少年カールは目を輝かせた。
……
海は青く、広く、そして果てしない。
水平線の先がどうなっているのか、カールには想像もできない。
山に比べ、あまりにも広大で開放的な海の景色に、カールは歓声を上げる。
「すごい、すごい!」
甲板ではしゃぐカールにワーウィンドが声をかける。
「今日は海も穏やかだし、航海日和だ。存分に海を楽しむといい」
「はいっ!」
船は順調な航海を続けた。
カールは船酔いすることもなく、大いに船旅を楽しんだ。
航海の最中、憧れのワーウィンドと雑談も交わす。
「ワーウィンドさんのその傷はやっぱり戦いの中でついたんですか?」
「その通り。俺が味わった唯一の敗北……その時の傷さ」
「ワーウィンドさんですら負けたことがあるんですね」
「そりゃあるさ」
英雄の輝かしい戦歴を想像し、恍惚とした笑顔になるカール。
持ち前の明るさでワーウィンドの部下ともすぐに打ち解け、ゴンロ山周辺のことについて聞かれると嬉しそうに話す。
「坊主、港町パルマーで一番お金持ちなのはどの家だ?」
「やっぱり町長さんの家じゃないかなぁ。たまにお菓子くれるんだ、あの人」
「ヨーク村ってのもあるのか。どんな村だ?」
「みんな優しくて、親切で、父ちゃんはいつも食料をおすそ分けしてもらって……」
「よかったら、パルマーやヨーク村の地図を描いてくれないか?」
「いいよ! お安い御用!」
ワーウィンドはそんなカールを笑顔で見つめていた。
……
もうすぐ日没という時刻になった。
最初はあれだけはしゃいでいたカールだが、早起きしたのもあって、船内の小部屋ですっかり眠ってしまっていた。
しかし、船内で動きがあり、その物音で目を覚ます。
「……ん。あ、俺、眠ってた……」
目をこすりながら甲板の方に向かうと、ワーウィンドの声がする。
そっと聞き耳を立てるカール。
「……いいか、野郎ども」
普段とは違う迫力を秘めたワーウィンドの声。
「日が沈んだら夜襲をかける。標的は港町パルマー、そしてヨーク村だ。根こそぎ奪い、焼き尽くせ」
「へい!」嬉しそうに返事をする部下たち。
「地図は?」
「ちゃんとあります。あのガキが描いてくれましたから。これで効率的に略奪ができますよ」
「ククク……あのカールって小僧、なかなか賢そうだったからな。今日は乗せて正解だった」
ニヤリと笑うワーウィンドの横顔に戦慄を覚えるカール。
ワーウィンドたちが略奪する? 俺を船に乗せたのは情報収集のため? 頭の中がパニックになる。
すると――
「船長、このガキ起きてましたぜ!」
「うわっ!?」
すぐ後ろにいた船員に捕まってしまう。
すぐさまワーウィンドの前に引き立てられる。
「聞いちまったか……カール君」
「ワーウィンドさん……嘘だよね? パルマーやヨーク村を襲ったりしないよね?」
これを聞いたワーウィンド、高笑いを始める。
「ハハハハハハッ! カール君、俺たちは海賊だぞ? 村や町を襲わない海賊がどこにいる?」
「……!」
「日頃は王国の奴らのご機嫌取るような活動をしてるが、たまにはこうやってガス抜きもしないと俺ら持たねえんだよ。もちろん、証拠は残さないようにやるがな。ああ、そうだ。せっかくだから略奪したのは君のお父さんってことにしてしまおう。ガザック……だっけ?」
ワーウィンドは略奪をした挙げ句、その罪をガザックに被せようとしている。
これが海賊兼英雄のカラクリだったのかと憤るカール。
「そんなこと……させるかぁ!」
飛び掛かるカール。
「おおっと!」
しかし、すぐに部下に押さえ込まれてしまう。
「カール君は縛っておけ。俺たちの略奪ショーをたっぷり拝ませてやる。海賊になりたいらしいからな」
最後の部分を強調して言うと、ワーウィンドは再び高笑いした。
まもなく日は沈み、港町パルマーに海賊船が到着する。
カールは縛られた状態で、なすすべなくそれを待つしかなかった。
「ううっ……ちくしょう、ちくしょう! ちくしょーっ!」
ワーウィンドは興奮を抑えられないといった様子で自らのサーベルを磨いていた。
***
日没を迎え、辺りはすっかり暗くなった。
ワーウィンドの海賊船は静かに、静かに、パルマーの港に入ってゆく。
「野郎ども、楽しい楽しい略奪タイムの始まりだ」
ところが――
「ん?」
港に立っている者がいた。
町民や船乗りではない。
カールにはすぐ分かった。
あれは――
「父ちゃん!?」
ガザックと数人の子分が港で待ち構えていた。
「なんだあれは……」とワーウィンド。
仁王立ちするガザックが叫ぶ。
「やい、海賊ども! この町は俺らのナワバリだ! お前らの好きにはさせねえぞ!」
「ぷっ……だ、誰だ!?」叫ぶワーウィンド。
「俺は山賊ガザック! こいつらは俺の子分よぉ!」
斧を構えるガザック。
「ガザック……ああ、ここらを仕切ってる山賊か」
「ワーウィンド……タイマンだ! 俺と勝負しろ! 俺が勝ったら……この町から出てけ!」
決闘の申し込みに、ワーウィンドは笑いながらサーベルを抜きつつ答える。
「いいだろう……」嬉しそうに笑う。
港に降り立つワーウィンド。
船の上から数十人の部下が応援する。
「やっちまえー!」
「船長ー!」
「山賊如き瞬殺だ!」
斧を構えるガザック。
数人の子分らが応援する。
「が、頑張れー!」
「おやぶーん」
「死なないでー!」
応援の時点で負けていると呆れるカール。
すかさず大声を上げる。
「とうちゃーん! 負けるなー!」
我が子の声援にガザックは斧を掲げて応える。
「おう!」
山賊の親分vs海賊の船長――戦いが始まった。
「ゆくぞ!」
ワーウィンドが鋭い踏み込みから、荒々しい波のような剣さばきで、ガザックに斬りかかる。
激しくも変化に富んだワーウィンドの太刀筋に防戦一方となるガザック。
「ぐっ、くくっ!」
「どうした、この程度か!」
ワーウィンドの攻撃がますます勢いに乗る。まさに波に乗るように速度が増していく。
「所詮山賊などこの程度だ! 広い海を駆け回り、自然現象に立ち向かい、数々の敵と戦い、多くの未知なるものと出会ってきた海賊の相手にはならん!」
山賊を侮辱する言葉に、なぜか悔しさがこみ上げるカール。
あれほど山賊をダサイと思っていたのに。
その時、ガザックが吼えた。
「山賊ナメんなぁぁぁぁぁっ!!!」
「!」
斧による一撃がワーウィンドの剣をはじき返す。
「俺はゴンロ山からほとんど出たことはねえが、こっちだって山を駆け回ってるし、自然に立ち向かうぐらいしてるし、獣やナワバリ荒らしとは戦うし、未知なるものにだって出会ってる! こないだ初めて見るキノコを食べたら、毒キノコでよ。危うく死ぬかと思ったぜ!」
「あれマジで危なかったっすよ親分……」子分が苦笑する。
「そしてなにより……俺は山を愛してる! 妻を! 子分どもを! ナワバリの住民たちを! そして……息子を!」
斧を握る手に力がこもる。
「地域密着型山賊をナメるんじゃねええええええ!!!」
日頃相手にしている猪や熊のような猛突進。ガザックの斧がワーウィンドを押し込み始める。
「いいぞ父ちゃーん!」
父が優勢になり、カールの応援にも力が入る。
「図に乗るなよ、山賊ゥ!」
「かかって来いよ、海賊ゥ!」
山と海、それぞれのプライドをかけた攻防が繰り広げられる。
ガザックの子分やワーウィンドの部下たちも、息を飲んでいる。
そんな中、カールが叫ぶ。
「とうちゃーん!!!」
この声に力を得たガザックが、渾身の一撃を見舞う。
「ぬおおおおおおおっ!!!」
ワーウィンドもサーベルで受け止めるが――
「ぐっ……くくっ!」
「ぬあああああっ!!!」
斧に弾き飛ばされた。
息を切らしながら、ガザックが斧の刃を突きつける。
「俺の勝ちだ!」
「く、くそっ……!」
「さあ、とっとと帰りやがれ!」
「山賊風情がここまでやるとは……悔しいが撤退だ! 野郎ども、カール君は解放してやれ!」
ワーウィンドは潔く敗北を認めると、船に戻り、港町パルマーからの出航を命じた。
山賊ガザックの勝利である。
「とうちゃーん!!!」
父に駆け寄るカール。
「カール、無事だったか!」
「うん、縛られただけ」
息子を撫でるガザック。それを温かい目で見守る子分たち。
「なんとか海賊を撃退できたな。母ちゃんとこに帰るぞ!」
「うん!」
ゴンロ山に帰ると、アネットが皆を出迎える。
「お帰りなさい。さあ、たんと飯を用意してあるよ!」
この日の食卓は一段とにぎやかになった。
「父ちゃんったらめっちゃ強かったんだよ! あの“海の英雄”に勝ったんだ!」
カールの自慢話が止まらない。
そして、
「山賊ってやっぱりかっこいいね! 俺、父ちゃんみたいなみんなを守れる山賊になる!」
と宣言し、眠りについた。
穏やかな寝顔を見ながらアネットが笑う。
「どうやら上手くいったみたいだね、あんた」
「ああ……あいつにも感謝しねえと」
***
数日後、ガザックはナワバリから少し離れた地域にある酒場にいた。
ある人物と酒を酌み交わすためだ。
相手は――ワーウィンドだった。有名人なので多少変装している。
「ありがとよ、ワーウィンド」
「久しぶりに因縁の地に立ち寄ることにしたら、いきなりお前から頼みがあってビックリしたぞ」
一口酒を飲むワーウィンド。
「『息子が海賊に憧れてるから一芝居打って欲しい』とはな」
「だってカールの奴が、山賊なんてダサイだなんていうもんだからよ」
「俺たちの演技はなかなかだったと自負してるが、お前の演技はひどかったぞ。『やい、海賊ども! この町は俺らのナワバリだ!』など、棒読みすぎて思わず吹き出してしまった」
「うぐぐ……」
全ては打ち合わせ通りだった。
ガザックはワーウィンドが港町パルマーに立ち寄ることを前もって知っており、息子がどういう行動をするかも読めていたので、先にワーウィンドと打ち合わせをしていたのだ。
カールを海賊船に乗せ、略奪をするという企みを聞かせ、縛り付け、最後は一騎打ちを見せる。
ガザックの目論見通り、カールは父や山賊への憧れを取り戻すことになった。
しかし、ガザックには一つ疑問があった。
「俺とお前の勝負……俺を勝たせるようにしてくれって頼んでたけどよ。ひょっとして、お前本気じゃなかったか?」
「……」
少しの沈黙の後、ワーウィンドは答えた。
「ああ、本気だったよ。若い頃ゴンロ山とアネットさんを取り合い、俺に唯一の敗北を与え、海に追いやった男と決闘できるチャンス……本気でやらないわけがないだろう。勝ちたかったよ、お前に」
こう言って、酒を一気に飲み干した。
かつて、ワーウィンドもまた山賊だった。そしてゴンロ山の覇権とアネットをめぐってガザックと対立し、一騎打ちで敗れ、海賊になったのである。
「もっとも、俺は海賊の方が向いてたみたいだがな」
山賊から海賊に転身したワーウィンドは大成功し、今や『海の英雄』である。
「なにしろ国の英雄だもんな。時々アネットはお前と一緒だった方が幸せだったんじゃ、と思うことがあるよ」
「そんなことはない。というかアネットさんはお前に惚れてたからな。もし俺が勝ってたとしても、俺と一緒になることはなかっただろう。それに英雄といっても国の飼い犬だ。お前のような気ままな暮らしはもうできない」
成功はしたが本当に欲しいものは手に入らなかった、とでも言いたげにため息をつく。
ガザックはワーウィンドのジョッキに酒を注ぐ。
「しかし、どこかでカールの誤解を解かないとな。近いうち、『今日のは芝居だった』ってちゃんと話すつもりだ。話したら怒って、また『海賊になりたい!』って言い出すかもしれんが」
「いや、それはないだろう」
「え?」
「お前を応援してた時のあの子の目……船に乗っていた時よりもずっと輝いていた。なんだかんだいっても、カール君はお前のことを尊敬してるんだろうよ」
「そうかな」
照れるガザック。
「だが、あの子は船酔いもせず、運動神経もよく、俺の部下ともすぐに打ち解け、いい海賊になれる器だ。そのうちスカウトに行くかもしれんから、覚悟しておけよ」
「ふん……引き抜かせてたまるかよ」
ワーウィンドの言葉は冗談とも本気とも取れるニュアンスだった。
しばらく飲み合ってから、ガザックが宣言する。
「俺たち、山と海でフィールドは違うけど、これからも元気に賊っていこうぜ!」
「『賊る』なんて言葉初めて聞いたぞ」
「今作ったからな!」
二人は共にジョッキを持つ。
ガザックが叫ぶ。
「俺たちの愛する山と海に……乾杯だ!」
「ああ、乾杯!」
二人のジョッキの中の酒が、山のように海のように波打った。
おわり
お読み下さりましてありがとうございました!