父のおにぎり
「昨日も泊まりか……」
テーブルに置かれた、まるで手付かずの夕飯。平日の朝早くにそれを見てしまった俺は、何とも言えない心持ちで盛大に溜め息を吐いた。
父から連絡は無かったが、ひょっとしたら仕事先から帰ってくると思い、一応夕飯を作っておいたのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。今日もまた父の夕飯が俺の朝食となりそうである。
俺が幼少の頃に母と離婚した父は、男手一つで仕事と家事を両立させながら俺を育ててくれた。その為父に色々と負担を掛けてしまったが、俺が家事を一挙に引き受けるようになった頃から、だんだんと帰りが遅くなってきてしまった。俺が高校生になった今では、三日に一度くらいしか帰宅しない生活になっている。手間が掛からないようになって、すっかり安心しきってしまったのだろう。今となっては完全に仕事人間だ。
「せめて連絡ぐらい寄越せよな」
そう愚痴をこぼしつつ、俺は台所に立って自分の弁当を作る準備を始めた。
そんなある日の事だった。
いつものように連絡を寄越さない父に辟易しつつ、それでも念の為夕飯を作っておいて寝床に付いた数時間後、玄関の方から誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。アパート暮らしなので誰か来ればすぐ分かるようになっている。きっと父が久しぶりに帰って来たのだろう。
やがて、玄関の鍵が開かれる音が耳に届いた。今回は最長の一週間ぶりとなる帰宅だった。一体どれだけ仕事が好きなのやら……。
呆れつつ、起きて父を出迎えようとも思ったが、押しよせる睡魔には勝てず、俺はそのまま重い瞼を閉じた。
次の日の朝。顔を洗って台所に向かってみると、テーブルに不恰好なおにぎりが三つほど皿に乗せて置かれていた。そのすぐ下にメモ用紙が挟んでおり、父の直筆でこう書かれていた。
『いつも家事をお前に任せっきりですまないな。夕飯美味かったぞ。そのお返しと言っちゃなんだが、朝飯におにぎりを作っておいたから、良かったら食べてみてくれ。まあ、お前が作ったのに比べたらあんまり美味くはないかもしれんが。いつも夕飯を作ってもらっているのに、食べられない日が多くてすまんな。
それじゃあ、勉強頑張れよ』
「父さん……」
きっと仕事に行く前に朝早く起きて、このご飯を握ってくれたのだろう。疲れた体で眠い目を擦りながらおにぎりを作る父の姿を想像しつつ、俺はおにぎりの一つを手に取った。
あちこちデコボコだらけでお世辞にも綺麗とは言えない形。その形を見て、昔父がよく作ってくれたおにぎりを思い出した。
そのおにぎりは、いつも塩が効き過ぎていたせいでやたらしょっぱく、俺はあまり好きじゃなかった。けれど幼いなりに気を遣っていた俺は、何も文句が言えず、そのまま黙っておにぎりを食べていた。あの頃はおにぎりを食べる度に母を恋しがっていたものだ。
そんな過去を懐かしく思いながら、俺はおにぎりを口に含んだ。
「……しょっぺぇ~」
昔と何も変わっていないその味に、俺は自然と笑みを零した。