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世界線越のスペクルム  作者: EME(R15)
8/9

第8話 どうして俺なんだ

翌日。


俺は昨日と同じく赤レンガ4階の部屋で目覚めた。

小窓からは朝日がキラキラと差し込み、アンティーク調の家具たちを優しく照らしている。

外の荒廃した世界とは真反対な美しい部屋だ。


昨日と同じくタブレットを操作し、ナナカに水を頼んだ。

3日目にもなると俺の絶望的な気持ちはだいぶ薄れていた。

元の世界線に戻れる可能性があるということが分かったことも大きいだろう。


「はあ…。早く戻りたい。…戻って、リンに会いたい。」


俺はここに来る直前まで抱き合っていた彼女のことを思い出した。

彼女…リンは俺の高校の同級生だった。高校卒業と同時に付き合い始めて、あの日が初めての夜だったのに…。

そんなことを考えていたらドアがノックされた。


「ナナカか?入って来てくれ。」


「ざんねーん!マツリちゃんでしたー!」


そう言って水を持ったマツリが部屋に入って来た。


「またマツリか…。」


「またって何ー!もー!ナナカじゃなくてすみませんね!ナナカは今夜の準備中なの!」


マツリがちょっと拗ねたような表情でそう言い、テーブルに水を置いた。


「今夜の準備?…もしかして、昨日話してたやつか…?」


「そう。今夜パーツ工場の襲撃作戦を決行するから、その準備。

私も私でやらなきゃいけないことがあるから、これから出掛けるんだ~。」


昨日のことはあまり思い出したくなかった。

昨日エリさんの気持ちに触れて、生まれてはじめて『戦争』を意識した気がする。

それと同時にこの世界線にいることが心底嫌になったし…怖くなった。

早く…早く帰りたい。いつもの日常に。


「ねえユイト…今夜の襲撃作戦、ユイトも参加して貰えないかな…?

ごめん…昨日の今日でこんなこと言われたら嫌だと思うけど…私の話を聞いて、考えてみてくれない?」


マツリがいきなりそう言った。

マツリが…なんで。

どっかでマツリは俺のことが好きで、守ってくれるような気がしていた。


「え…。」


俺は呆けた顔をしていたと思う。

マツリが少し辛そうな顔で言葉を続ける。


「ごめん、ごめんね…。でも、これはユイトにも関係ある話なの。

…今回の作戦はパーツ工場を襲撃するのだけれど、パーツ工場はかなり大きいの。

で、入口が3つあるのだけれど、蝶子がパーツを回収している間、その3つの入口を見張る必要がある。

もし工場内に対"ドッペルゲンガー"特殊部隊が大勢来たら…間違いなく回収係の蝶子は捕まる。

その前に絶対に撤退しなくちゃいけないの。


それで、ここから重要。世界線を越える装置…世界線越境装置スぺクルムを操作できるのは蝶子しかいないの。

つまり蝶子が捕まったらユイトも元の世界線には戻れないの。」


「!!」


元の世界線に戻れない…?

もし元の世界線に戻れなかったら、俺はこの荒廃した戦争中の世界で生きていかなくちゃいけない。

母さんと父さんにも、友達にも、そしてリンにも、もう二度と会えない。

それは絶対に嫌だ。

でも…死ぬのも嫌だ。


俺の葛藤を知ってか知らずか、マツリがさらに話を続ける。


「それだけじゃない。もし蝶子が捕まったら、ユイトのキャンセラーを作れない。

それはこの世界線では死を意味するの。」


「あ…昨日も思ったけど、キャンセラーってなんだ…?」


今回のパーツ工場襲撃作戦をする理由も”キャンセラー”の為ということを昨日聞いた。

そんなに重要なものなのか?


「ユイトは3日前にこの世界に来た時に、夕方5時の周波数攻撃にあったって聞いた。

あれを防ぐのが”キャンセラー”だよ。それに私達のアジトに入る為にも必要なの。」


「えっと、周波数攻撃…?」


言葉でなんとなくは分かるような気がするけど…。


「私達の世界線では主流だった攻撃方法だよ。

私達の世界線では長く戦争をしていたことは昨日話したよね。最初の方はずっと爆弾や化学的兵器が使われていたの。

でもそのせいでどんどん自然が破壊されて、荒廃していったの。

 

そこで生み出された新しい攻撃方法が周波数攻撃。

周波数とは波動や振動が、単位時間当たりに繰り返される数のことなの。

この数や波動・振動の種類を調整して、人の脳に大きなダメージを与える攻撃方法なんだ。

自然に与える影響を限りなく少なくして、確実に生物の脳だけ壊す…そんな攻撃方法だよ。


広範囲の攻撃が可能で、避けるのも困難だから、”キャンセラー”がないと一瞬で脳を壊されちゃう。」


なんとなく想像した通りのものだった。

つまりその”キャンセラー”がないと、外に放り出された時点で終わりってことか。


「…つまり、蝶子がいないと元の世界線にも戻れないし、外にも出れない…。

ただ死を待つだけの状態になるってことか…。」


「…あは、さすがユイト。頭いいね…。」


マツリが辛そうな顔で力なく笑い、言った。


「…っくっそぉ…なんなんだよ…。どうして俺なんだよ…。」


不運なことは誰にでも起こり得ることだと頭では思う。

でもなぜ全く無関係な俺がこんな目に遭うのだろうという気持ちが消えない。


俺は元の世界で、俺なりに一生懸命生きていた。大事な家族も、大事な恋人もいて、未来には色んな可能性が広がっていて…。

将来は仕事で成果を上げて、金を稼いで、自分の家庭を築く…そんな未来が当たり前のように来るのだと思っていて。


なのに…なんで。なんで俺にこんなことが起こるんだよ。どうして俺なんだ…。


そう思った瞬間、俺はリンの言葉を思い出した。

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