第5話 GT
ありきたりな表現だが…起きたら知らない天井だった。
夢オチを少し期待していたが、あっけなく期待は裏切られた。
昨日、蝶子とマツリと一緒にいることを強要され、俺は同意した。
その為しばらくはこの部屋…赤レンガ倉庫4階の小部屋が俺の部屋となった。
非常に不本意だが、蝶子の話が本当ならここは戦争真っ只中の世界だ。
しかも不利な陣営にいる。が、俺が元の世界に戻るためには、蝶子たちがもつ世界線とやらを越える力が必須…。
状況は整理できたが、状況を整理するたび、信じられない気持ちや怒りや絶望感が湧き上がってくる。
「はぁ…」
俺は鬱々とした気持ちになりながらも、丸テーブルに置かれた透明なタブレット端末を手にした。そこにはナナカに頼めることのリストが表示されていた。水、食事、洗濯、掃除、蝶子への取り次ぎなどだ。
食事は今は気分じゃないから、水だけ頼んだ。
すぐにナナカがやって来て、部屋の扉を開ける。
「ユイト様、お水をお持ちしました。」
そう丁寧に言い、ナナカが水をテーブルに置いた。
「なあ、ナナカ、シャワーを浴びたいんだが…。」
俺は部屋の外に出るため、シャワーを浴びることにした。
「バスルームはこちらになります。」
ナナカが入り口付近の壁に手を翳すと、壁の一部がスライドし、ガラス張りのお洒落なバスルームが現れた。アンティークが並んだ部屋には似合わない、近代的なトイレ・バスがばっちり完備してあるようだ。
「えっと…着替え…」
「こちらです。」
さらに奥の壁に手を翳すと、真っ白なウォークインクローゼットが現れた。
清潔そうな白T、ジーンズ、黒のボクサーパンツ、靴下がズラっと並んでいる。
「ありがとう…。そうだナナカ、外の空気を吸いたいんだけど…。」
そういうとナナカはベッド付近の小窓を指差した。
「存分にお吸い下さい。」
取り憑く島もない。基本的にこの部屋から出るなと言うことなのだろう。
俺が無言になると、ナナカはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
ナナカに指差された小窓から外を見てみる。海と荒廃した横浜の景色が見えた。橋は爆撃にでもあったのだろうか。大部分が欠けている。
ぼーっと外を眺めていると、部屋の扉がノックされ、外から声が聞こえて来た。
「ユイト〜!起きてる?マツリでーす!」
何となく返事をするのが癪で、無視した。
「さては昼まで寝るタイプだな〜!だめです〜!起きてもらいます〜!!」
そう言ってマツリが勢いよく扉を開けた。
「おはようユイトくん!さぁ今日も朝が来たよ〜!頑張ろ〜〜!!ってあれ?」
大声でそう言いながら部屋に入って来たマツリと目が合う。
「なんだ起きてるじゃん!もう!無視はやめてくださーい!」
マツリはそう言いながら俺の方へ近付いて来た。
隣まで来て、小窓を覗く。
「この部屋からの景色、こんな感じだったんだ!いいね!
でもずっと部屋だと息詰まらない?外行こうよ!」
マツリがそう笑顔で言った。外出れるのか!
「あ、ちなみに外危険だから、私から離れないように!
あとユイトはキャンセラー持ってないから、夕方5時までにこの建物に戻らないと脳壊れちゃうからね〜!」
めちゃめちゃ物騒なことを言われた。夕方5時といえば、昨日の鐘のことだろう。
一瞬聴こえたあの馬鹿でかい音の夕方5時の鐘。そういえば昨日蝶子もキャンセラーとか脳波が何たらとか言ってたな。何なんだよマジでこの世界…。
とりあえず俺はマツリと一緒に外へ出た。
風が冷たい。今は何月なんだろうか。昨日ここに拉致られるまでは10月だったが。見渡す限り、人1人いない。海と廃墟。
「ユイト!外に出たらあんまりぼーっとしないこと!本当に危ないんだからね!
こっち来て!みんなを紹介したいの!」
マツリの声が少し離れたところから聞こえた。
すでに赤レンガ倉庫の向かいの道路にいる。
マツリと2人で赤レンガ倉庫近くのショッピングモールまで歩いた。
「紹介ってどういうことだ?これから人に会うのか?」
「そうだよ〜!ユイトは私たちの仲間になるんだから、仲間は全員紹介するよ!
それにみんなで協力してユイトを守らなきゃいけないしね!
みんな強いし良い人達だから、安心して大丈夫!!」
そうこう言っているうちにショッピングモール入り口に着く。
建物を見上げると上の方はばっくりと露出している。見るからにここも廃墟だ。
「キャンセラーオン。周波数変調展開。入館コード・WP4580」
そうマツリが言うと、視界が磨りガラスのようにパキパキと歪んだ。昨日もこれ見たな。
〈入館コード・認証。ようこそ。〉
どこからか機械的な声が聞こえた。
「行くよ、ユイト〜!」
マツリに引っ張られ、ショッピングモールの中に入る。ここも赤レンガ倉庫同様、中は綺麗だった。
「GT〜〜!話題の最終兵器くん連れて来たよ〜!挨拶して〜〜!」
そうマツリが大声で言った。
俺はちょっと緊張した。今からマツリが呼んでいるジーティーさんに会うのだろう。さっきマツリが強くて良い人達って言っていたし、男の人が出てくる気がする。
「マツリ、テメェ!いっつも声がでけーんだよコラァ!」
ショッピングモールの上階の方から男性の怒鳴り声が聞こえた。
そして上から、誰かが飛び降りて来た。
どさっと大きめの落下音とともに、俺と同じくらいの身長のマッチョのお兄さんが現れた。
「よう最終兵器さん!俺はGTだ!よろしくぅ!」
「あ…はい。よろしくです。」
色々と圧倒され、そう返すのがやっとだった。
よく見たら俺と全くおんなじ格好をしている。
俺がじっとGTの服を見ていたら、それに気付いたのかニカっと笑って言った。
「お前さんが俺と同じくらいの身長だって聞いたからな、俺の服をお前さん用に3Dプリンターで大量生産しておいたんだ!気に入ったか?」
「えっと…はい。普通に着心地いいです。」
だから少しサイズ大きいのか。筋肉量の差が少しだけ悔しいな。
じゃないだろ!この人も蝶子やマツリの仲間なんだろう。
マツリは俺のこと仲間になるって言ったけど、俺はそんな気はさらさらない。
だってこいつらは俺を利用する為に拉致してきた奴らだ。
そんな奴らと仲良くする気は全くない。
俺のそんな気持ちが伝わったのか、場は静まりかえっていた。
「あ、ユイト、よかったらみんなとブランチしよ!GT、用意頼める?」
マツリがそう提案した。
「おう。……最終兵器さんよ、俺たちがお前にすげぇ酷なことしてるのは理解してる。でも、俺はお前のこと知りたいし、お前のことちゃんと守りたいし、仲間として迎えさせて欲しい。必ず元の世界線に返すって約束する。…うーん悪い、うまく言えねえけど…とりあえずあんましょげんな!」
GTが悪い人ではないと言うことは、何となく分かった。
だからって許せる訳ではないが。
「……はい。」
俺は怒りも絶望も諦めも不満も全部とりあえず一旦飲み込み、GTに返事をした。