第3話 QT−6
「ナナカ、今何時?」
けたたましく鳴る電子音の中、蝶子は落ち着いていた。
「現在の時刻は、18時ちょうどです。」
「すっかり忘れてたわ。」
ゆっくりと蝶子は立ち上がり、歩きだした。
取り残されるよりはましと思い、俺もその後に続いた。
「あの…すごい音ですけど、大丈夫なんですか。ナナカが侵入者って…。」
けたたましい電子音に警戒心を煽られた俺は、蝶子に尋ねた。
「ああ、大丈夫。うるさいよね、ごめんなさい。…ナナカ、警報音を止めて。」
蝶子がそう言った途端電子音が止んだ。
「警報音を止めました、マスター。」
「ありがとう。ナナカ、一応先に行って、侵入者が誰か見てきてくれる?彼女以外だったらすぐに知らせて。」
彼女?侵入者は知り合いなのだろうか。
「はい。」
蝶子に命じられたナナカは、下階に向かって走り去った。
俺たちも程なくして1階に着いた。
蝶子があまりにも優雅に歩くので、俺の緊張もすっかり解けてしまった。
「おそーい遅いおそい!私ちゃんと18時って伝えたんですけどー!」
俺達が1階に着くと、黒い大きなキャスケットを深く被った女性が蝶子に向かって叫んでいた。
「はいはいごめんね。あんまり大きな声出さないで。」
親しい間柄なのか、蝶子は軽く彼女をあしらっていた。
「ひどい!ナナカ、どう思う?
お迎えもなかった上に、『はいはい。大きな声出さないで。』だよ!?」
「………。」
こちらは親しくない間柄なのか、ナナカは彼女をガン無視していた。
「そこの君!君はどう思いますか!?
ひどい仕打ちだと思いませんか!」
「俺ですか!?」
彼女にいきなり話を振られ驚き、素っ頓狂な声を出してしまった。
「そう!そこの君。
第2の並行世界からの来訪者くん。」
「はい…?」
妙な名前で呼ばれた。第2の並行世界からの来訪者?俺が?ちょっと待て、俺はもしかして何か勘違いしているのか…?
場が静まり返り、キャスケットの彼女は慌て出した。
「あれ…。あれれ…?もしかして違かった?
それともこれ、話しちゃいけないやつだった…?」
「QT-6、とりあえず上がって。それと、話しても問題ないわ。これから話そうと思っていたの。」
横から蝶子の声が聞こえた。
少し固い声に感じた。
しかし相変わらず表情は読めない。
「QT-6呼びってことは…怒ってらっしゃいますね…。」
キャスケットの彼女は項垂れながら蝶子の後に続いた。俺もそれを追いかける。
蝶子の小部屋に戻ると、中央の丸テーブルに沿って置いてある1人掛けソファが、3つに増えていた。各々が席に着くと、新しいカップとポットをナナカが運んで来た。ナナカ…なんて優秀な子なんだ。
「ナナカは本当に気が利いて偉いね〜」
キャスケットの彼女が優しく微笑みながらそう言った。やっと少し身近に感じられる人に出会えたな…。
キャスケットの彼女を見つめていたら、目が合った。
「自己紹介、まだだったね。はじめまして!私はQT-6!本名はマツリって言うの!よろしく〜!」
マツリの笑顔になんだか安心した。笑顔を向けられるって、こんなに嬉しく思えるものだったんだな。
それにしてもキューティーシックスって…あだ名か?それかコードネームみたいなやつか?名字ではないよな。
「はじめまして、ユイトと言います。よろしくお願いします…キューティーシックスさん…。」
とりあえず名乗られた名前で呼ぶ事にした。
しかし呼んだこっちが恥ずかしくなる名前だな。
「QT−6ね!認識名称だから!」
俺が言いにくそうに名前を呼ぶと、すかさずツッコミが返って来た。
認識名称…とはなんだ。
「認識名称知らないって、絶対この世界の人間じゃないじゃん!」
不思議そうにしている俺を見て、QT-6がそう言った。
この世界の人間じゃないってどういうことなんだ。俺はやはり何か重要なことを分かっていない状態なんだろう。
「あの…この世界の人間じゃないってどういうことですか?」
「それは私から説明する。」
俺がQT-6に向けて聞くと、横から蝶子の声が飛んできた。
「ユイト、ごめんなさい。さっきの説明には続きがあるの。」
蝶子の声がまた少し固い。
相変わらず表情は読めないが、少し緊張しているような気がする。
「あなたはこの世界線の人間じゃない。あなたは世界線越境装置スペクルムによってこの世界線に来た、第2の来訪者よ。」
「え…」
世界線越境装置スペクルム?来訪者?
俺が先程の話の中にいた来訪者?
それはない。俺の日常の中には戦争も世界の荒廃もなかった。
「そして私達は、世界線越境装置で2年前にこの世界線に来た、第1の来訪者。」
蝶子達が話の中にいた並行世界の来訪者…。
「ユイト、あなたは2年眠っていた訳じゃない。あなたは『2年前に並行世界からの来訪者が来た世界線』に来たの。」
はっきり言うとかなり混乱していて現状を半分も理解できていない。実感も現実味も全く感じてはいない。しかしどうやら俺は、パラレルワールドと言うやつに来てしまったらしい。