第2話 並行世界の来訪者達
俺と彼女はゆっくりと降下し、赤レンガ倉庫までやって来た。
赤レンガ倉庫内の店舗は全てなくなっていたが、不思議と建物内は綺麗だった。
もともと店舗があった場所は何も飾られていないカウンターや棚が並び、静まり返っていた。
懐かしい。よくここにリンとハンバーガー食べに来たな。
全てはアジトに着いてから話す。
そう彼女は言ったが、赤レンガ倉庫がアジトなんだろうか。
赤レンガ倉庫の階段を上がる彼女に付いていく。2階、3階、あれ、赤レンガ倉庫に4階なんてあったんだ。
4階に着くと、そこはレトロな雰囲気漂う小部屋だった。
中央に丸テーブルと1人掛けソファが2つ並べられている。奥には大きな天蓋ベッドが見える。窓はステンドグラスだ。
彼女の趣味だろうか。洒落てんな。アンティークって感じだ。
ただ一つ、入口右に掛かっている黒枠の巨大すぎる鏡を除いて。
「お帰りなさいませ、マスター。」
びっくりした。すぐ横から声がした。
視線を向けると、小さな女の子がお辞儀をしていた。
「ただいま、ナナカ。お茶を用意してくれる?私と客人の分。」
「はい。マスター。紅茶を2つでよろしいですか?」
「うん。」
彼女の返事を聞き、顔を上げた女の子は人間離れした美少女だった。雪の様に白い肌。彼女と同じく真っ白な髪。ガラス玉のように透明で、光が当たると虹色に反射する瞳。造り物みたいな女の子が俺の横を通り過ぎて行った。
やはりこれは少しリアルすぎる夢なのではないだろうか。そう思えて来た。
「ユイト、ここに座って。」
先に移動していた彼女に、ソファに座るよう促される。
「早速、この世界について話しましょうか。何にも知らないだろうから、世界がこうなった大元の理由から話すね。」
「…よろしくお願いします…。あ、まずその前に…。…あの、助けてくれてありがとうございます。名前を伺ってもよろしいですか。」
敬語、合っているだろうか。
失礼がないよう、まずはお礼と彼女の名前を聞いた。
「名乗っていなかったわね。私は…蝶子。科学者よ。よろしく。」
「よろしくお願いします。」
蝶子。名字がないのか、警戒されてんのか。なんか違和感ある自己紹介だ。
「マスター、お客様、失礼致します。」
丁度挨拶が終わったタイミングで、先ほどの美少女がお茶を運んできた。先ほどは身に着けていなかった白いフリルのエプロンを纏っている。メイド服みたいで可愛らしい。
「ありがとう」
美少女から受け取った紅茶を口に含んだ。温かさにほっとする。俺ずっと緊張してたんだな。空中は寒かったし。
鼻から抜ける茶葉のいい匂いに癒やされる。
「はぁ…」
「少しは落ち着けた?冷静に話を聞く準備は整ったかしら。」
「…はい。お願いします。」
聞くのが怖い。でも聞くしかない。
「始まりは2年前。世界線越境装置により、並行世界の人間がこの世界に来たことが、すべての始まり。」
そこからの蝶子の話は、ついていけないほど壮大だった。
2年前。突如として、並行世界の人間と名乗る者達が現れた。
彼らは戦争により荒廃した自分達の世界線を捨て、この世界に移住して来たのだと言う。
彼らは現代科学を遥かに越えた科学知識を持ち、その知識をこの世界の人間に伝えた。
その代わりにツテのないこの世界での、戸籍や生活基盤の提供を求めた。
各国の学会及び政府は承認。国民として彼らは迎えられた。
平和な日々が一転したのは、並行世界の人間達がこの世界で暮らし始めて半年ほど経った頃だった。各地で不可解な死が流行りだした。解剖結果で共通していたのは、脳細胞の一部が溶けていたこと。政府は新種の病気として認定。原因の究明と新薬の開発に着手した。
政府の調べにより、不可解な死のもう一つの共通点が見つかった。それは戸籍に同姓同名の人物が存在すること。そしてその同姓同名の人物が並行世界からの来訪者ということ。
研究の結果、この世界の人間と同一の並行世界の人間が存在し、かつ彼らがお互いを認識すると、片方の人間の脳細胞が溶けるということが判明した。この新しい病気は「ドッペルゲンガーに会うと死ぬ」という話に擬えられ、"ドッペルゲンガー病"と名付けられた。
程なくして、"ドッペルゲンガー病"の罹患者の9割は元々この世界にいた人間側、そして"ドッペルゲンガー病"の致死率は99.9%と判明した。
"ドッペルゲンガー病"をきっかけに、この世界の人間達と並行世界の人間達の間で戦争が始まった。
並行世界の来訪者達を元の世界に戻す術が分からない政府が下した決定は、来訪者達の拘束。
拘束後おそらく抹消される並行世界の来訪者達は持てる科学力全てで対抗し、争いは肥大化。しかしながら、この世界の人間が億単位で存在する中、来訪者達はたった数千人しか存在しなかった。
そのため現在、戦争はほぼ沈静化。並行世界の来訪者達のほとんどは政府に拘束され、数十人の来訪者残党狩りが行われている状況…らしい。
「俺が眠っている間にそんなことが…」
にわかには信じられないが、先ほど外で起きた数々のことを考えると、本当なのだろう。
頼む、夢であってくれ。俺はまだいつもどおりの朝を迎えられると信じていたいんだ…。
「マスター、彼の発言を訂正致しますか?」
俺たちの話を黙って聞いていた美少女がいきなりそう言った。
「ナナカ、必要ないわ。」
と蝶子は言った。
俺、なんか失礼な発言したのか?
大きなゴーグルで顔半分隠している蝶子もそうだが、美少女ナナカもずっと無表情で考えが読めない。
居心地が悪い…。俺はこれからどうすればいいんだ。2年も経っているなら、リンは…。
俺は絶望的な気持ちに飲まれ、沈黙した。
その時、いきなりけたたましい電子音が建物内に響いた。
「侵入者を検知…!」
ナナカの声に全身が緊張した。