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パメラははじめ父が冗談でも言ったのかと思った。しかしそうでもないことをパメラ自身がわかっていた。父はそんな冗談を言う人ではない。パメラは、父にどうしてそうなったのか強く問いただしたかった。
「レリフォル公爵から言われたんだよ。息子のランドルがぜひお前を婚約者にしたいとな。さすがかわいい私の娘だけある。まあレリフォル公爵の息子は、筋肉はないが代わりといっては何だが、頭はいいらしいからな」
「そうだよ、パメラ。お前はかわいいんだから当たり前だよ。あ~あ、とうとうパメラにも婚約者ができるのか」
「パメラの花嫁姿はきれいだろうなあ」
父親も息子たちも少しもわかっていなかった。この親に聞いてもきっと真実はわからない。パメラは母を見たが、
「そうね~。パメラはかわいいもの!」
やはりというべきか母に聞いてもわかりそうもない。パメラはがっくり肩を落とした。
食事を終え部屋に戻ったパメラは、自分なりに考えてみることにした。パメラはかわいいといってもらえるぐらいにはかわいいが、それは家族という身内の中だけだ。社交界に出てわかったが、パメラよりかわいかったりきれいな女性はごまんといる。せいぜいパメラは中の中だ。チェイス侯爵家は爵位こそ高いが、ランダルのレリフォル公爵家ともなると話は別だ。レリフォル公爵家は、サクリウ国で王家に次ぐ位置にいる。その王家とは親戚筋に当たる。侯爵家といっても政治には無関心のチェイス家が、嫁げるような家ではないのだ。
しかも自分はランダルと話したことなんてあっただろうか。記憶をたどってみても思い当たることがない。今年初めて社交界デビューしたパメラだが、その時にもあの脳筋兄2人に囲まれて、ろくにほかの男性と話をする機会がなかった。結局考えても何も思いつかないパメラは、体を鍛えに素振りの稽古をしに稽古場へ行ったのだった。
「明日レリフォル公爵家に行くからそのつもりでな、パメラ」
「はあ~!」
またもや朝食の場で父がパメラに言った。パメラが、淑女らしからぬ声を出したとしても仕方がない。あのレリフォル公爵家に行くのだ。しかも明日。何の準備もしていない。もちろん用意してあるドレスもない。
「あなた、さすがにそれはもっと早くおっしゃってほしかったですわ」
さすがにあきれたのか母が、父に抗議してくれた。
「そんなものか?」
母にそういわれても全く理解していない父だった。母は食事のあと、パメラのドレスを見るべくパメラの部屋に向かった。パメラのドレスはそう多くない。家にお金がないわけではないのだが、パメラ自身そうドレスをほしいわけでもなかったし、チェイス家の女性は皆、そう物にはこだわらないのだ。でもこういう時に困る。一番いいドレスといえば、この前デビュタントに着ていったドレスならあるが。でもそれは白いドレスで明日着ていくものではない。
「困ったわね~」
母が本当に困った顔をした。今からではドレスを仕立てるといってもさすがに間に合わない。パメラは、不意に思いついたことがあった。
「ねえお母様、お母様のあのドレスお借りしてもいいかしら」
母もパメラが言ったあのドレスというだけですぐにわかったようで、急に顔をほころばせた。
「いいわね~。でもさすがに今ではちょっと型が古くないかしら」
母は最初顔をほころばせたものの、あのドレスを思い出して急にしゅんとした。あのドレスとは母が、独身の時に着ていたものだ。父があのドレスを着た母を見染めたいわくつきのドレスである。さすがに結婚して子供ができてからは着ていない。やはりそこは独身用の型のドレスなのだ。
さっそくドレスを取り出してみた。型は古いものの、仕立てがよく生地も良いためよれていない。パメラが試着すると、まるであつらえたかのようにぴったりだった。
「まあぴったりね」
「はい、お母様」
「よくお似合いですわ」
母と娘がほっとしていると、そばに控えていた侍女がパメラのドレス姿を見て、ほめてくれた。パメラも鏡で何度も確認した。確かに型こそ今流行りのドレスと違うが、パメラを引き立ててくれる。
結局それしかないのもあって、パメラはそれを着てレリフォル公爵家に行くことにした。
レリフォル公爵家に行く当日、パメラのドレス姿を見た父侯爵が目を細めながら言った。
「パメラ、なんてかわいいんだ。やっぱり今日レリフォル公爵家に行くのはやめよう」
「まあ何言ってらっしゃるの、あなた」
「そうだよ、父さん。しっかりして」
本気で言っている父を家族みんなでなだめすかして、パメラはレリフォル公爵家に父と向かったのだった。