結婚の申し込みをされました
ナリスは、思わず声を上げてしまった。ナリスの声に教室の子供たちがざわざわし始めた。王子という言葉に敏感に反応し始めたのだ。
「やあナリス、今日は君に用事があってね。でもまず君の授業でも見せてもらおうかな」
「えっ」
ナリスは、ジョイナス王子の言葉に動揺してしまった。どうしてジョイナス王子がここにいるのだろう。どうしてナリスの授業を見るのだろう。
ナリスの動揺をよそに子どもたちは、見たこともないきらきらした衣装を身にまとった王子と呼ばれた人とナリスの様子をはじめこそ黙って見ていたが、やはり好奇心は抑えられない。
「先生!この人王子様なの?」
「ねえ王子様。今日は何しに来たの?」
「先生!」
子ども達が、口々にナリスやジョイナス王子に聞き始めた。
「今日は、みんなの先生であるナリスさんに結婚の申し込みをしにやって来たんだよ」
子供たちはその言葉に興奮し始めた。特に女の子たちは大変だ。
「先生と王子様が結婚するの?」
「まるで絵本みたい!」
「先生も王子様のようなきらきらした衣装着るの?」
「王子様と結婚するなら先生はお姫様?」
「わあぁ~。先生、お姫様になるの?」
いつのまにやら子供たちは、ナリスとジョイナス王子を取り囲んでいる。ジョイナス王子がナリスのもとにきて、片膝をついた。
「ナリス、私と結婚してくれないかい?」
「ジョイナス王子は、婚約者がいらっしゃるんじゃあ...」
「ああ、この前までね。でも今はいない。だから私の手を取って」
ナリスは目の前に差し出された手を取っていいものか思い悩んだ。そこへ小さな手が何本も現れて、勝手にナリスの手を取って王子の手の上にのせた。
「これで、先生はお姫様ね!」
ナリスの手を取った子供たちが皆はしゃいでいる。子どもたちは、優しいナリスが皆大好きなのだ。
いつのまにやら、教室の外の廊下は、ほかの先生やらジョイナス王子に付き従ってきた騎士たちやらでいっぱいだった。
どこからともなく拍手が巻き起こり、歓声まで聞こえてきたのだった。
ナリスは優しく握られた手を見て、目の前に立っているジョイナス王子がぼやけてくるのを感じた。涙でうまくジョイナス王子が見えない。
「ジョス。私でいいの?」
ナリスは昔遊んでいたころの愛称でジョイナス王子を呼んだ。ジョイナス王子はそんなナリスに優しく微笑んでうなずいた。ナリスはもう涙があふれて止まらなくなった。
ジョイナス王子はそっとナリスを引き寄せた。優しく肩を抱きながら、拍手してくれている子供たちに向かっていった。
「ありがとう!君たちのおかげだよ」
その場の歓声や拍手が一層大きくなったのだった。
一方王都にあるナリスの実家であるレリフォル公爵邸では、ナリスの父とナリスの兄が、書斎で話し込んでいた。
「ジョイナス王子はもう王都を出られました」
「もう?ずいぶん早いな」
「そりゃあ、待ちに待った時ですからね」
「ああ、私もこれ以上待たされたら、どうしてやろうかと思っていたが、よかった!」
「そうですね。サクストン侯爵家もやらかしてくれましたし。何の憂いもなく婚約破棄できましたしね。兄としては嬉しい限りです」
「そうだな。パメラ嬢にもずいぶん協力していただいた。あとでお礼を言わなくてはいかんな」
「パメラは、自分のことのように怒っていました。王子が動かなかったら、私との仲も危うくなるところでしたよ」
ナリスの兄ランダルは、そう言うとほっとひと安心した。これは冗談ではなく本当のことだ。パメラは、ランダルの妹のナリスを本当にかわいがってくれていた。あの婚約者であったカリロンをどんなに憎んでいたことか。
パメラは見かけはつつましやかでまさしく淑女という姿をしているが、内に秘めたものは苛烈という一言に尽きる。パメラの家は代々軍属の家柄だ。確かにその血がパメラにもまさしく流れているのだろう。もしいまだにナリスが悲しんでいたら、パメラはきっとランダルが止めても自ら実力行使をしていたに違いない。
「パメラ嬢はああ見えて苛烈な性格をしているからな」
父公爵も常日ごろからそう思っていたのだろう。そうつぶやいた。ランダルはそれを聞いてぶるっと身震いした。
「どうした?風邪か?」
「いえ。何でもありません」
「まあ浮気はしないことだな。自分の身が大切なら」
体を震わしたランダルを見て父の公爵は、ニヤッと笑った。どうやらどうしてランダルが身震いしたのか、思い当たることでもあったのだろう。ランダルは気まずくなり話を変えた。
「それよりサクストン侯爵家は?」
「やはりだめだな。あれだけ不正をしていたんじゃあ。ジョイナス王子もよく調べ上げたものだ。我々も調べていたが、あれほどとはな」
「そうですね。マドヴィ国の王女とも円満に婚約解消をなさったようですし。もともとご結婚する気はなかったんですね」
「そうだな。敵を欺くにはまず味方からというが、敵に回したくないお方だ」
「でもこの国の王には、ふさわしいお方です」
「ああ、ナリスもああ見えて、頑張り屋だからな。きっとふたりならうまくやれるさ。それに王子が真綿でくるむようにナリスを守ってくださるだろうよ」
「そうですね。ナリスもすごい人に見染められたものです」
まさか王都で、父と兄がこんな話をしているとは思ってもいないナリスだった。