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もうだめです

 ナリスはそれからジョイナス王子とともにいた。ジョイナス王子はひと時もナリスと離れることはなく、エスコートされて二曲ほど踊った。本来なら婚約者であるカリロンと踊るはずなのに。

 踊った後、ジョイナス王子が飲み物をナリスに渡してきた。


「これでいいかい。踊った後にワインでは、すぐに酔いが回るからね」


 一度もカリロンにはそんな心配をされたことはない。まあカリロンと踊ったことなんて婚約したときの披露での一回だけしかないが。


「ナリス、よく頑張ったね。もういいだろう」


「ジョイナス様」


 ナリスは、その言葉で涙があふれてきた。ジョイナスだけは、わかってくれている。それがうれしかった。



 

 ナリスはジョイナス王子が新たに婚約者を迎えた後、カリロンと婚約した。ナリスの両親は政略結婚であったにもかかわらず、昔から幼馴染だったこともあり貴族としては珍しく今でも仲がいい。

 兄のランダルも、ナリスが幼いころからの婚約者であるパメラを大切にしている。パメラもそんなランダルに絶対の信頼を寄せており、来年にはいい夫婦になることだろう。ただし尻に敷かれそうではあるが。ナリスは、兄のランダルの婚約者であるパメラと仲が良い。小さい頃からナリスによくしてくれた。

 

 ナリスがまだ幼い時、レリフォル公爵家で茶会があった時のことだ。ナリスはジョイナス王子の婚約者候補であったため周りの女の子達から地味だ地味だと陰でねたまれていた。ナリスは内気だったので、言い返すこともできずただ言われるままだったのだが、その様子をちょうど見たパメラがその女の子達を、きつく叱ってくれた。女の子たちはパメラの怒りにふれ蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。パメラはつつましやかな見た目に反して、はきはきしている。

 昔兄ランダルは何を言ったのか、パメラの怒りを買いパメラに棒を持って追いかけまわされていたことがあった。あの時ほどびっくりしたことはない。パメラの実家は、もともと軍属の家柄でパメラ自身、小さい頃から剣の稽古を受けていたらしい。パメラの剣の腕前は素晴らしく、兄のランダルといい勝負らしい。パメラのある意味苛烈ともいえる性格が兄のランダルには、とても好ましく映るようだ。


 それに引き換えナリスは、カリロンにないがしろにされている。ナリスのほうが地位が高いにも関わらずだ。そのことを家族は皆心配してくれている。いつでも婚約を解消すればいいとまで言ってくれている。しかしもし婚約解消したとしても、新たに婚約者を見つけるのは大変だろう。ナリスがなまじ地位が高いせいで、ナリスの身分に合う者は皆婚約者がいる。

 ただナリスもカリロンとこれ以上婚約を続けたくない。もう疲れてしまった。ナリスは修道院にでも行こうかと思っている。親しい侍女に打ち明けて聞いてみた。修道院に多額の寄付をすれば、ないがしろにはされないらしい。きっと家族もナリスのことを思えば寄付をしてくれるだろう。

 今はそれが心の支えだった。


 ここまでナリスが思うのにも訳がある。最近はカリロンの態度が悪すぎるのだ。この前侯爵家に行った時だ。前もってナリスが侯爵家に行くと連絡してあったのにもかかわらず、侯爵家には子爵令嬢ライザがいた。しかも侯爵当主や夫人とも仲良くしゃべっている。カリロンはライザの隣に座り、手を握り合っている。

 ナリスが執事に案内されて、皆がお茶をしているところへ行くと、カリロンがあからさまにいやそうな顔をした。


「どうして今日来たんだ」


「今日伺うと連絡しておりました」


「そうだったかしら。連絡なんてあったの?」


 侯爵夫人が、今ナリスを案内してきた執事に尋ねた。執事は顔を横に傾げた。どうともとれるしぐさだった。


「まあよいではないか。ナリス嬢、お父上はお元気にしてらっしゃるかい?今度わがサクストン侯爵家が行う新規事業について、ちょっとばかり口利きをしていただきたいのだよ。レリフォル公爵様に。レリフォル公爵様は現王の信頼も厚いからね。よろしく頼むよ、ナリス嬢」


「ナリスさん。あなたも将来この侯爵家に入るのだから、ちゃんと役に立ってもらわなくてはね。あなたはそれしか取り柄がないんだもの」


 侯爵夫人はナリスを平気で馬鹿にする。たぶんそんな侯爵夫人をいつも見ているうちに、カリロンも真似をするようになったのかもしれない。侯爵夫人も子爵家の出だ。はじめは侯爵も他のものと結婚していたのだが、その女性が若くして死んでしまい、今の侯爵夫人が後妻として侯爵夫人の座に収まったといういきさつがある。

 

 ナリスが婚約者となった時から、侯爵夫人はナリスをよく思っていない。侯爵がはじめ結婚したのは、ナリスの家である公爵家につながるものだった。結婚前から侯爵と関係があった侯爵夫人は、そのため愛人に収まるしかなかった。そのことをずっと根に持っているに違いない。一時は、侯爵や侯爵夫人が殺したのではないかと、まことしやかにささやかれたこともあった。もちろん証拠がなくて、ただの噂話として片づけられてしまったが。


 侯爵夫人の言葉に、侯爵は笑わなかったものの注意もしなかった。しかしカリロンはナリスを見て嘲笑った。その横にいるライザも、顔を伏せてはいるが笑っているのが見て取れた。そしてナリスにあてつけるかのように、カリロンに手を伸ばす。もちろんカリロンは、美しいライザに甘えられてうれしいのか鼻の下を伸ばしてライザを抱き寄せる。


「まあ、お似合いのふたりですこと」


 カリロンとライザが仲睦まじくしているのを見た、侯爵夫人がナリスのほうを見てこれ見よがしに言った。確かに美男美女の組み合わせで目の保養になるほどだ。ただし婚約者の前でする態度ではない。

 しかも当人だけでなくその親も注意しないとは、どうしようもない。今までいろいろ我慢してきたナリスだったが、今日の出来事は、ナリスが今後を考えるいいきっかけとなった。


「では私はお邪魔なようですので、これで失礼させていただきます」


 ナリスが礼をして帰ろうとすると、侯爵から声がかかった。ナリスの足が止まる。


「ナリス嬢」


 ナリスは一瞬引き留められるのかと思った。それでも帰るつもりだったが。


「さっきの件、くれぐれもレリフォル公爵にお願いしてくれ。頼んだよ」


 ナリスは顔の表情を変えないようにするので、精一杯だった。こんな扱いをしてよく頼めたものだ。この言葉を聞いてとてもじゃないが笑顔を作れない。ナリスは引きつった顔のまま、もう一度礼をして歩き始めた。


「まあ愛想の一つもないのね。公爵家ともあろうものが、礼儀がなってないわね」


 後ろで侯爵夫人がそうあざけるのが聞こえた。たぶんカリロンとライザだろう。離れていても笑い声がいつまでも聞こえてきたのだった。


 

 


 

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