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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
9/39

1楽章。彼は英雄の夢を見ない。8


「俺が先に先行しよ」

「はい、エリオットさん」

その言葉と共にエリオットはターゲットであるアラニャの前に立った。

最初は疑問を持ったアラニャだが、エリオットが正面からリビドを発散すると、警戒心は消え、毛を逆立て始めた。


──エリオットは洞窟でカインが自分を先鋒に選んだ時の言葉を思い出す。


「まずアラーニャをエリオットがおびき寄せる」

「俺が?コーヤじゃなくて?」

「確かに戦闘力だけでは、この中でコーヤが一番上だ。しかし経験だけは悔しくも君が一番高い。エリオット」

「……」

そう聞いたとき、エリオットは驚いた。

プライドが高いカインが素直にエリオットの強さを認めたのだ。

「でも会議室の時と同じようにアラニャが影に隠れてしまったら、俺一人でおびき寄せることはできない」

「影の中に入ったのはリチャードさんのドラクルの力であって、アラニャの固有能力ではない。そちらは心配ご無用。むしろリチャードさんのリビド供給が断たれたため、その時よりも弱まっている」


──再び現在。


脚力にリビドを集中し、アラニャから全力疾走で逃げるエリオットだった。

「クオオオ!」

「何あれ!?岩も粉々じゃないか!何が弱くなったの?!ひょっとして騙されたんか!?クソ!カイン伯爵!」

そう文句を言いながらも確実に距離を置くエリオット。普通の人ならすでにアラニャの餌食になっているはずだが、エリオットはリビドを自在に使える人だから可能な動きだ。

逃走しながら威嚇射撃を飛ばすが、あまり効果がない。

ヤツの毛はクモ糸と同級の堅固さを誇る。クモの糸は絶対に切れない不屈の糸。そのため、アラニャを斬れるものも、貫けるものもない。

殺すなら棍棒のような打撃で殴り殺さなければならないが、そうできる人も少ない。

「だとしたら閉じ込めるだけ!」

そして遠くから銃声が4発響く。アラニャは、その銃声にエリオットの追跡をしばらくためらったが、もう手遅れだ。

水の弾丸はアラニャのすぐ足元に命中。最初は「はずれたか?」と戸惑ったエリオットだったが、すぐに地中から大量の水が流れ出した。やがてその水は、まるで蔓のように増え、アラニャの前足と後足をつかむ。

「クオオオ!」

ただの水だと思ったものが自分の足をつかむと戸惑うアラニャ。

「──うるさいです」

「クオオオオオオオオオオ!」

その言葉と共に、アラニャの眼球を突くコーヤ。

4人の中で唯一のAランカーのコーヤのリビドをこめた一撃でアラニャは悲鳴をあげて血を流す。この攻撃で8つの目のうち2つを傷つけた程度だが、それで十分だ。

「燃やしなさい!マルコシアス!全部岩にしてしまえっ──!!」

遠くから聞こえてくるカロルの叫び声にマルコシアスの口から出た石化の炎がアラニャを襲った。

本来のアラニャの動きなら簡単に避けたが、カインが撃った銃弾で足を縛られ、コーヤに眼球を摘出された苦痛で、マルコシアスの攻撃を避けられずアラニャはそのまま足から石化し始めた。

「ふう。これで作戦成功か?」

「はい、成功です」

アラニャが完全に石像に変化すると、とどめを刺すように、コーヤはリビドをまとった拳で殴る。確実にアラニャの首をぶち壊し、それを見ていたエリオットは両こぶしを突き上げながらガッツポーズを見せた。

「まずはマスターがいるところに戻りましょ」

「そうだな。リチャード社長の行方と他の公爵家に支援要請してあの女王を確実に倒す──」


──その瞬間、世界が止まった。


『な、何だ?』

『こ、このプレッシャーは……まさか!』

いや、止まったのはコーヤとエリオットだった。

息が苦しい。瞳は動かず焦点を保てないまま体が震え『あれ』の前では心臓さえゆっくりと動くようなプレッシャーを感じた。

殺気。生きている殺気が二人をとらえた。

そしてすぐどんと重たい音とともに『あれ』は持っていた荷物を落とした。その音にコーヤとエリオットは本来の時間に戻り、呼吸を整え始めた。

「!?」

「あれは?」

いや、呼吸を整えようとした。

──が正しい表現。コーヤとエリオットは『あれ』が持ってきたのを見て、息が詰まるようだった。

「マス…、タ…?」

「カロ、ル…?」

そうだ。

まるで死体のようにだらりと垂れ下がったカイン・ロベールと血まみれになって倒れたカロル・スチュワートだった。彼らの目の前で『あれ』は彼らの最も大切な存在をゴミのように投げつけたのだ。

それを見たコーヤとエリオットは、卑屈にうつむいた頭を持ち上げ、静かに『あれ』と顔を合わせる。

足はなく、蛇のような下半身と女性の上半身をし、顔は美しかったが、髪の毛の代わりにイバラのやぶが生え、まるで蛇のような不気味な動きを見せた。

どう見ても人間ではない姿。

コーヤとエリオットはあの存在の正体を知っている。

「女王!!」

「くたばれ!!」

怒りでわれを失ったコーヤは、すぐにナイフを持って女王に飛びついた。

それを止めるのがエリオットの役目だが、エリオットもまた懐の中のロングソードを取り出し、右手にはロングソードを、左手にはマスケット銃を持って女王の首を狙う。

─だが

「くっ!」

「こんな!?」

(いばら)だ。

女王の髪の毛のように垂れ下がった(いばら)が彼らの攻撃を阻止した。

同時に(いばら)の一部はすでに彼らの体を貫通し、コーヤとエリオットは血を吐いた。

リビドをこめた彼らの一撃は完全に阻止された。

『ふざ…けるな…!』

エリオットは、左手のマスケット銃を女王の頭に狙って発射する。

大量のリビードを込めて撃つと、まるで爆発したかのような爆音が鳴り響いた。

「クアアッ!!」

しかし、悲鳴を上げたのはエリオットだった。

爆発で腕が弾けて地面を転がり、マスケット銃の銃身はまるでバナナの皮を思わせるように砕け、転がる。

内部で爆発したというよりも、内側から破ってしまったことが近いレベルに破損したマスケット銃を見て、エリオットは女王の(いばら)が銃口を塞ぎ、そのままマスキット銃が爆発し、自分の腕が飛んだことを自覚した。

「こん畜生め!!」

そのように自分の生半可な判断を心の中で自責するエリオット。

しかし、そんな時間はあの怪物はくれない。

「くそったれが!!」

エリオットが現在の状況を呪うとき、コーヤが女王の後ろをとった。

しかし女王は(いばら)でコーヤの足を貫く。

それにたじろいだコーヤだが倒れて転がっているカインを思い出す。

自分の目の前に(あるじ)をゴミのように捨てたあの女王の姿を思い出す。

「絶対!…ゆるさない!!」

「!!」

瞬間、コーヤのリビドが純粋な群青に染まった。

コーヤの属性である怒りをトリガーで月人(つきびと)のリビドを表す色相(しきそう)のライトインジゴが女王を困惑させる。通常ならクォーターのコーヤが出せない莫大な量のリビド。

今が唯一の攻撃チャンス!

「ウェッ?!」

しかし、そのチャンスを生かせないまま、反対側の岩まで投げ出されて血を吐くコーヤ。

眼帯も落ち、焦点を失った目が女王を見つめる。

「に、逃げろ、みんな…」


──その瞬間、幻聴が聞こえてきた。


「マ、マスタ…?」

いや、幻聴じゃない。紛れもないカインの声だ。

生きている。

それを確認したコーヤは安心した。

『あなたさえ無事なら私は──』

コーヤは歯を食いしばって女王の前に立つ。

さっき見せた郡庁のリビドを放出する。眼帯がはがれたコーヤの瞳の中には月人(つきびと)のリビドが漂う。

凶獸に引けを取らないプレッシャー!これぞ【適応種(てきおうしゅ)=月人(つきびと)】血統としての底力!

「あんたを道連れにしてやる!」

「愚かすぎる──」

「!?」

初めて口を開いた女王のその言葉をコーヤが理解した頃──

「あ…れ…?」

女王の(いばら)がカインの心臓を貫通した。

すでに息が切れる直前のカインの瞳をコーヤはぼんやりと見つめる。

コーヤは静かに首を振る。

涙を流して首を横に振る。

表情が歪んだまま、…首を横に振る。

「マ、マス…ター? やだ… やだよ…こんなの… いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


──コーヤの悲鳴がこの荒野に鳴り響いた。



黄昏の時が消えて夜の時間。それはドラクールの時間だ。

──いや、そうはずだった。

「クッ?!」

地面に血を吐いて倒れるリチャード・モシュコビッチ公爵。

彼は現状を理解できなかった。

最初の予想外はリチャードの車にひかれた少女の存在。リチャードは車から降りて歯を食いしばった。即死したらしく、血を流す黒い髪の幼い少女。これは助からない。

「ガルシアには何と言えばいいんだ。よりによって『この子』を……」

「…から、に、逃げ…」

「まだ生きている!待ってろ!今たすける」

まだ息がついている。

リチャードは部下を呼ぼうとする刹那、

「クアアアアッ!!!」

──2度目の不測の事態が発生した。

「あれは…何だ?」

リチャードは噴水のように血が出る自分の腕を押さえつけながら『あの存在』をにらむ。

真っ白な怪物が目の前に現われた。

まるで巨大な幽霊を連想させる『あの存在』は倒れたリチャードを静かに見つめる。

あの死にかけている少女を追っていたのか?分からない。

「……」

『何だ? 見つめるだけ?こちらを観察しているのか?』

敵意は感じない。しかし、それに油断し、リチャードは今、地面を転がり死に直面している。

敵意よりは好奇心。

昆虫を眺める子供が足と翼をちぎるのと似ていた。子供が果たして昆虫に敵意を持つだろうか?そんなことはない。


──すなわち、人にとって『あの存在』は同級の災いである。


『再生、…できない…?』

リチャードはヒューマンとは違い、ドラクールの血を受け継いだクォーターだ。

そのため、種族特有の再生力も保有している。

ところが、切られた腕が再生しない。

『まさかあれは──』

その瞬間、リチャードは「あの存在」がどのようなものなのかを推測した。

いや、似たようなものを思い浮かべたということに近かった。

第5位種である【吸血種(きゅうけつしゅ)=ドラクール】より上の第4位種【魔女種(まじょしゅ)=ウィッチ】彼女たちの始祖。

始まりの魔女。

600年以上前の創世期に戦乱の三英雄と呼ばれた存在。もう『公式的』に死亡したが、彼女の化身は目の前に存在と同じく真っ白な怪物と呼ばれた。

その怪物に傷を負えばその傷は決して治らず、再生されず、確実に殺されるという。

まるで他の3英雄の一人である『殺害の魔人』と同じように──

そのため、噂ではその真っ白な怪物をこう呼ぶ。

『あれがうわさの【白夜の魔女】か…?こん畜生…単なる都市伝説だと思っていたのに…実在したのか…?』

薄れる意識の中でリチャードは心の中で叫ぶ。

『カイン、コーヤ、エリオット、カロル。…全員、逃げな…俺は選択を誤った。あんな怪物は五大公爵が揃っても勝てない…』


──その傲慢さがあなたの命取りになる。


瞬間、リチャードはレイラ・メネアドル男爵の言葉を思い浮かべる。

『はっ!その通りになったな。くそっ…』


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