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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
8/39

1楽章。彼は英雄の夢を見ない。7


アラニャとの正面勝負は無理だったので、その場で作戦上の後退を選んだカイン一行。

現在、彼らは洞窟の中でアラニャの動きを観察している。

「で──あれをどうやって駆逐する?カイン伯爵」

先に口を開いたのはエリオットだった。

「アラニャの毛はクモ糸のような繊維で構成されていて、鋼の3倍以上の強度。通常武器の中にあれに穴があくものはない」

「それはつまり──」

「つまり、悪魔使いであるわたくしの力が必要だということですね?」

カロルは子供のように笑ってそう言った。

リビドの浪費を防ぐため、悪魔マルコシアスは現在、再び本の中に戻した状態。

悔しいが、カインはそれを認めた。

「アラニャは低ランク胸水よりも知能が高い。それにレベル差もひどい。Bランクの僕がリビドをこめて撃っても、Aランク指定のアラニャが放つデストルドがリビドを相殺してしまう。まともなダメージを与えるなら『悪魔の手』でも借りなければ」

「それは危険です」

カインの提案に否定を表したのは他ならぬコーヤだった。

「悪魔術師は相当なリビドを消費します。それにカロルお嬢様はBランク。悪魔が力を使えば使うほどカロルお嬢様の命が…」

「わたくしを甘く見ないでいただけまし?コヤ・ロベールメイド長」

「いいえ、私は…」

「それじゃリチャード社長と同じAランクのあなたが一人であの凶獣を押さえるというですの?あなたも上位種の月人(つきびと)として下位種にヒューマンのわたくしを見下しているですの?」

「……」

カロルのその言葉に、コーヤは粛然となった。彼女を傷つけるつもりではなかった。

月人(つきびと)のクォーターであるコーヤとは違い、カロルは自分のマスターのように守るべき対象だ。

しかし目の前の少女はコーヤに言うのだ。


──私はお前に守られる存在ではない!


…と。

あんな目を見せる純血【人類種=ヒューマン】は自分の持ち(あるじ)を除けば初めてだ。

「でも、やっぱだめです」

「コーヤ、あなた!」

「友達が!」

カロルの言葉を止めたコーヤが頭を下げた。

そして、しばらく息を我慢するように、言葉を選ぶコーヤ。

「友達が…怪我をしないでほしいですから。」

「……」

『チョロイ』

『チョロすぎるな!わが妹』

コーヤの突然なその言葉に顔が耳まで赤くなるカロル。何となくコーヤのその言葉が少しずるいと思った。

一方、カロルが怒っていると勘違いしたコーヤは、戸惑いながら手を振る。

「あ、もちろん!私が勝手にそう思っているだけです。不愉快だったとしたら──」

「コーヤ」

「は、はい!」

「あなたがわたくしを友達として思ってくれるならもっと信じてくださいまし」

「……」

カロルはコーヤとまともに視線を合わせることができなかったが、それでも手を差し伸べながら口を開く。

そんなカロルの手を握るか迷うコーヤ。

「心配するなコーヤ。この嬢ちゃん一人で無理はさせない」

「マスター」

カインは縮こまったコーヤを安心させるようにそう言い、懐から弾倉を取り出して見せた。

まるでゼリーのような透明な水色を帯びた弾丸だ。

「マスターそれは!?」

「コーヤは知ってるよね?この弾の名は『リビド弾』その中で【不海種=メロウ】種族のリビドを入れた特殊な弾丸。本来は女王の足を引っ張る用途で準備していたが」

「でも、その弾丸を今まで取り出さなかったというのは、使うのにリスクがあるんじゃない?カイン伯爵」

「……」

エリオットの指摘に沈黙を見せるカイン。

こんなところではいつも的を射る男だと思う。

「そうだね。僕はヒューマン種族だからリビド色相(しきそう)はライトイエロー、メロウ種族はライトブルーだからな。本来、リビド弾が使用できるのはそれと同じ属性の種族だけ」

「そうすると使えないじゃないか?」

「一般的にはそう。しかし『これ』を一緒に使えば話は変わる」

「!おい…」

「まさか…」

「……」

カインが取り出した物に瞳孔が大きくなるエリオットとカロル。

そして、そんなカインを見て沈黙するコーヤ。

「中央のアルセナル公爵家が最近作っている色相(しきそう)変化の薬である『カラーシフト』これがあれば、一時的に僕はメロウ種族と同じリビードを使うことができる。まだ副作用がある未完成品だけどね。ちなみにその副作用は…」

「マスター、私は…」

静かにカインの手を握るコーヤ。

気持ちとしては、カインが握っているリビド弾とカラーシフトをカインから引き離したいが、それができなかった。

「今はこれ以外にはない。分かってくれコーヤ」

「わかってます。知って、…いますよ」

コーヤの頭をなでながらカインは副作用を説明した。

「突然のリビドの色相(しきそう)変化に私は気が遠くなる。それがこのカラーシフトの副作用」

「なるほど。どうして惜しんでおいたのかわかる」

エリオットがそう言うと、カインはうなずいた。

「使って間もなく気絶するので、カラーシフトは近接戦では使えない。使うならこのリビド弾のような遠距離武器。1回だけのチャンスだから、確実に当てるために、周囲を引っ張ってくれる仲間と、撃ってすぐ気絶した僕の周囲を守ってくれる仲間。最低でも2人は必要だ」

「そうですわ。その間は、マルコシアスを所有しているわたくしがあなたという荷物を守らなければなりませんわ」

「悔しいけどそうだ」

カインは本気で不満そうにそう言った。

「だからエリオットが先鋒に立ってくれ。コーヤは僕がリビド弾を撃った時、アラーニャがクモの糸を吐き出さないように、ヤツの目を潰す役割がある。不満があれば今言ってくれ」

「不満はない。この中でアラニャに直接打撃を与えることができるのが彼女だから」

エリオットは作戦を説明したカインの言葉に前向きだった。

「それでもわたくしは認めませんわ。エリオット兄様」

「勘弁してくれカロル。君もコーヤメイドも、そしてカイン伯爵も相当な無理をするのに仲間として俺も無理をしてこそペアじゃないが?」

「うう、わかりましたですの」

エリオットがそう機嫌を取ると、カロルは仕方ないという表情を浮かべた。

やはりカロルはエリオットに弱い。

カインは作戦を整理した。

「この作戦の目的はAランク凶獣クモイトヒョウのアラニャの駆逐。リチャードさんからの連絡が途絶えた今、女王討伐は我々同士は無理。少なくともAランク胸髄が女王に加勢する状況だけは阻止する」

「何より、うちの社長のペットが敵に戻ると、他の貴族にはシールドキーパーのイメージを失墜させるのにいいネタだからな」

エリオットの追加説明にみな納得した。

「では、指揮官の要請により先鋒は俺と──」

「私ですね」

エリオットとコーヤがお互いに前に出てそう言った。

「すまないエリオット。僕と同じ銃使いの君にこんなことを…」

「気にするな、気持ち悪い。確かに俺は銃士だが、以前は騎士だった。月人(つきびと)のクオーターであるコーヤには力もリビドも押されているが技術では負けない」

「それはどうかなうちのコーヤは強いぞ?」

「HA!生意気だな、…しっかり当てろ。その弾」

「ああ、任せろ」

そうやって互いの拳を突き合わせるカインとエリオット。

一方、

「あなたのマスターと話さなくても宜しいですの?」

「カロルお嬢様こそエリオット子爵と話さなくても大丈夫ですか?」

「……」

「……」

しばらく互いの顔色をうかがう二人。

「あなた、どんなお茶がお好みですの?」

「……【黒のバラ公国】産のバラ茶の香りがいいです」

「なるほど。それでは、この事が終わったら、ティーパーティーの準備をしておきますわ」

「ティーパーティーですか?そんな重要な席に私の好みは…」

「本当に鈍感ですね。友達同士のティーパーティーは普通じゃないですの?それとも友達だと思ったのはわたくしだけですの?」

「え?それはつまり…」

まだ状況を完全に理解していないコーヤが聞き返すと、カロルは「バカ!」と叫び、頬を膨らませ自分の席に向かった。

「行くぞ。俺たちがカロルとカイン伯爵が自由に動けるように先行する」

「……」

「素直じゃないだろう?俺の妹」

「あ、いいえ、その…」

「あんな性格だから妹は友達が少ない。そこに悪魔を操ることにはまた才能があってね、同年代はもっと避ける。同じ年頃の君の存在はカロルにとっても特別なものだろう」

「……」

コーヤは静かにカロルを眺める。

「笑わないでくださいまし!この変態伯爵!もう~むかつく!」

「この娘はなぜ僕に八つ当たりをするのか。コーヤが断られたことがそんなに悲しかったか?」

「ウギャアッ!」

図星だったのか、カインの頭をかみちぎるカロル。

そこにはすでに貴族のお嬢さんの姿は見えず、普通な10代の少女の姿だった。

「みんなで飲みましょ。バラ茶!」

「「「!!」」」

コーヤが皆に聞こえるようにそう叫ぶと、みんな笑顔で答えてくれた。


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