1楽章。彼は英雄の夢を見ない。6
カイン一行が凶獣たちと盛んに戦闘をしていた時、シールドキーパー本部では──
「民間人の避難はどこまで進んだ?」
「8割まで完了しました。リチャード社長」
「なるほど。日が暮れるまでに全部終わらせよ」
「は!」
報告を聞いたリチャードは満足げな表情を見せた。
リチャードは昼間は力が落ちるドラクール血統なので、日が昇っている時、昼間は民間人の避難を指揮した。
その避難もほぼ完了し、リチャードも部下のカイン一行と合流するための準備に入る。
しかし──
「リチャード社長!大変です!」
「どうした?」
「そ、それが…」
切羽詰った表情でリチャードに報告する隊員。
報告を聞いたリチャードの顔はゆがんだ。
「雑草巣が移動を開始しだと?!」
☪
その光景に直面したカイン一行は、全員顔が固まらざるを得なかった。
「マスター!あれは…」
「ああ、これはまるで…』
「悪夢ですわ」
「いや、どっちか聞けばあれは災いだ。わが妹よ」
転がり始めた。
まるでイバラのやぶを一つにまとめたような、巨大植物は平野を転がり始めたのだ。
回転草を連想させる外見。その巨大な植物は、風に乗って転がる姿にカイン一行は驚愕した。
「くそ!雑草巣にあんな機能があるって!リチャードさんには聞いていない!」
彼らを無視して転がり移動を開始した雑草巣
彼らの役割は避難が終わる夜まであれを押さえつけておくこと。移動すればやっかいということでは済まない。
RRRR!!
そんな瞬間、カインの端末が鳴る。カインは慌てて端末の電源を押した。
この状況に連絡をかける相手が誰かはよく知っている。
「リチャードさん!今!雑草巣が!」
《報告は聞いた。俺は今奴の到着の推定場所に先回りしてる!》
「分かるんですか!?」
《推定場所は北地域と中央地域の境界線にある公園!》
「今は廃墟と化した場所ですか? 都市とはずいぶん離れているのにどうして…」
《分からない。でも作戦は続行だ。夜まで奴を絶対逃すな!》
そうしてリチャードは切った。
その内容は皆に伝えられた。
「まったく無理な注文をしているね。リチャードさん」
「あきらめなカイン伯爵。君が知っている以上に我が社はかなりのブラックだ」
「エリオット兄様に強く同感ですわ」
そのようにため息をつくカインとスチュワート兄妹。
形式上貴族の彼らも結局はシールドキーパーという会社に縛られた社員。
社長のリチャードの無理な注文を黙って聞かなければならない。
「マスター。外に出た凶獣たちは全部倒したので、あの雑草巣を追いかけましょう!ぐずぐずする時間はありません!」
「そうねコーヤ。その通りた。 行こうバカ兄妹!」
「勝手に指揮するな。君がリーダーというわけではない」
「エリオット兄様の言う通りですわ」
「……」
瞬間、あの兄妹の眉間に銃弾をプレゼントしようとしたカインだったが、コーヤが阻止し、そんなハプニングは消え、4人と1匹は移動を始めた雑草巣を追った。
☪
カインはバイク、コーヤはアラニャの背中に乗っており、スチュワート兄妹はカロル・スチュワートが召喚した悪魔。マルコシアスの背に乗って飛び回っていた。
「くそ!どうやってあれを押さえておくんだ」
転がり始める雑草巣を追っている彼ら。
現在までは逃さず追いかけているが、まもなく目的地(推定)の北地域と中央地域の境界線まで到達する。
もう日も暮れて黄昏の時を迎えていた。
それでも幸いなのは、移動中に凶獣が攻撃しなかったことだ。
そんな中──
「何?!」
「止まった…?」
突然、転がるのをやめた。
まだ目的地まで1km程度。あの巨大な雑草巣にとって目の前だ。
どうして?
そこの全員は同じ疑問を抱いた。
しかし、その疑問は疑問のまま残しておくしかなかった。
「クオオオオ!」
突然怪音を叫んで変化したアラニャ。
それにみんなの視線は注がれ、アラニャの背中に乗っていたコーヤは重心を失い、アラニャから離れていった。
「コーヤ!!」
自分のバイクを捨ててコーヤを受け取るために走るカイン。
そんなカインの切羽詰りとは逆に、コーヤは空中でナイフをアラニャに投げつける。しかし、通常のナイフはアラニャの肌を突き破ることができず、そのまま弾き飛ばされてコーヤは内側から舌打ちしながら安全に着地する。
「すみませんマスター。やはりリビドをこめない通常ナイフではアラニャさんを傷つけることができません……それより何をなさっているのですか?」
自力で安全に着地したコーヤは自分を受け止めようとした主人を見て首をかしげるだけだった。そんな自分のメイドの問いにカインは咳払いをして、
「いや、なにも、ほんとに、何でもない!」
「はあ……」
「主が冷静さを失うとは誰が主でしょう。エリオット兄様」
「HAHA!!そう言っちゃいけないよカロル。いくら真実でも」
後ろでカインをあざ笑うスチュワートの兄妹を見て、カインをぎりぎりと歯ぎしりした。
「それよりどうしてリチャードさんの凶獣が暴走を?」
「目にリビドを集中して見たまえ。使役されていない凶獣と同様に『デストルド』が漏れているじゃないか」
エリオットの言葉にカインとコーヤは、目にリビドを集中させると、アラニャの周囲に黒いオーラが漂っていた。
デストルド。
リビドが『生に対する本能』を力で作ったエネルギーだとすれば、デストルドはその逆に『死に対する本能』を力で作ったエネルギーだ。
心のプラス力=リビド。
心のマイナス力=デストルド。
互いに両立できない相反する力だ。
それをリチャードが使役するアラニャが放出していることは、凶獣としての本能に目覚めた状態ということ。普通はあり得ない。
──あるとすれば可能性は一つ。
『まさか…リチャードさんか?』
「考えるな!」
「!!」
後ろから聞こえてくる叫び声にカインは正気を取り戻した。
エリオットた。
彼はマスケット銃を取りながらアラニャを撃った。コーヤとは違って、確実にリビドを入れて撃った弾丸だったため効果はあったが、厚い皮のため貫通することはできなかった。
エリオットはマルコシアスから飛び降り、カインの横を守りながらアラニャをねらって話す。
「君が何を考えているのかはよく分かる。今あの獣の飼い主である社長は何をしているのか?連絡したい気持ちも分かる。しかし、君のその選択が社長を殺す」
「!」
エリオットのその言葉にカインは正気を取り戻した。
もしリチャードが敵の襲撃を受けて絶体絶命の状況なら?
そんな状況でカインがリチャードに連絡をしたら?
──その一瞬がリチャードの命を奪うかも知れない。
逆に言えば、最悪の状況を思い浮かべたカインとは違って、エリオットはリチャードの生存を確信している!
「ごめん。取り返しのつかない事になるところだった」
「まあ、同じガンマンとしてのなさけだ」
「エリオット兄様の優しさは分かりましたか?変態伯爵」
依然としてアラニャとの距離を置いたエリオットと違って、マルコシアスの背中に乗ってカインを罵るカロル。
彼女の悪口ですぐ緊張感が和らいだ。
「それよりどうする?社長のペットを殺すか?」
「最強の味方が敵に回った。リチャードさんのようにあれを屈服させる者はここにはいない」
「きまりだな」
「当たり前ですわ。あんなものより、わたくしが召喚した悪魔の方が、有用ですもの」
「コーヤも、いいだろう?」
「はい、アラニャさんには、リビドの気配が全く感じられません。デストルドをあんなに噴き出す以上、もう仲間にはなれません」
背中に乗るほど親しく見えたのに、早めの決断をするコヤに、カインはちょっと驚いた。この4人の中で最も覚悟が足りないのが自分だと悟るカイン。
「リチャードさんは現在動ける状況ではないと判断!アラニャをAランク危険凶獣に指定。ヤツを放置すると女王であるペレガティ·ポーレの手下になるはずが濃厚なので今ここで駆逐する!」
「了解だ。カイン伯爵」
「マスターの命令なら」
「エリオット兄様がそうおっしゃるなら」