1楽章。彼は英雄の夢を見ない。4
「それよりどうしてわれら兄妹を呼んだのですか?リチャード社長」
『あの兄妹をリチャードさんが?まあ、だいたい見当はつくけど』
リチャードは兄のエリオット・スチュワートにカインに見せたのと同じ資料を渡した。
「なるほど『雑草巣』の出現ですか?」
「そう」
まずこれを見ろ。
──という言葉と共にリチャードは部屋を暗くし、自分の端末機の画面を浮かべた。
「昨日カインが制圧した凶獣のデータを見ると、以前『Gate帝国』が駆逐した『Nタイプ』女王が残した種から生まれたことが確認された」
「Nタイプ?あの有名な『四大凶獣』を生んだ女王の事ですか?リチャードさん」
「その通りた。カイン」
Nタイプ女王。
その名前を呼ぶのも恐ろしくて、前のスペルだけ取って『N女王』と呼ぶ個体。
最初に現れた女王であり、彼女が生んだ『四大凶獣』の強さは世界が恐れ、世界の半分を占めている『Gate帝国』までもが動くようにした。
「しかし、今回の雑草巣の規模と凶獸の質は、N女王の1割に満たない。5年前に『アルセナル公爵家』出身の純血【適応種=月人】が処理した女王よりも小さい」
「……」
5年前という言葉にカインは沈黙した。
この場にいるみんなが知っている『5年前の事件』は、みんなに傷跡がまだ残っているのでリチャードもそれ以上は話さなかった。
「まず、奴の個体名は『PerekatiPole』と命じた」
「回転草のような外見なので、ペレガティ·ポーレですか?そのとおりですね。リチャード社長」
「名前は正直どうでもいいエリオット子爵。今夜、僕とコーヤの手に討伐される女王であるだけだ」
女王の名称を指摘したエリオットに厳しい忠告をするように話すカイン。
瞬間、カインとエリオットの間に火花が散った。
その2人を落ち着かせるようにリチャードは咳払いしながら説明を続ける。
「規模が小さくても女王は女王。放置する理由はない。ペレガティ・ポーレの雑草巣の大きさは半径100mと推定される」
「規模が1割ということを考慮しても小さいですねリチャードさん。女王の巣なのに」
「生まれまもない女王という意味だろうよ。よかったじゃないか? カイン伯爵。もっと成長する前に早期発見して、それとも相手として不満か?」
さっきの忠告に反撃したようなエリオットの挑発にカインはのらず、逆に手を振った。
「そんな事じゃない。ただ…何か引っかかる」
「何が?」
「……わからない」
「「「「………」」」」
その場にいた彼ら全員カインの言葉に顔がこわばった。
あきれてではなく、疑問を持つ必要のないことに疑問を持つカインの直感に固まったのだ。 ここの5人の中で最も戦闘能力が劣るにもかかわらず、カインがここにいるのは彼の洞察力と直感があるからだ。
しかし、その直感があるにもかかわらず、カインはすぐに答えを出すことができなかった。
ただ、何かがおかしいという既視感が漂うだけ。
「まあ、カインが心配するのも分かる。5年ぶりの女王討伐、危険ランクは推定B~A、 ぎりぎりB級のきさまが緊張するのもしかたない」
「そうですね、すみません。リチャードさん」
「謝ることはない。それでも心配とは逆にデータから見て、巣を守る凶獣はB級3体、高くてもそこにA級1体程度が限界。それ以上はこんな小さな巣には生まれない」
「だからシールドキーパーだけで解決できるという意味ですね」
「ああ」
カインの言葉にリチャードはうなずく。
逆に言えば、この程度のことはリチャード以外の5大公爵に支援を要請するレベルではないということだ。
「貴様らの任務は日が暮れるまで4人であの雑草巣に出てくる凶獣を民家に近づけないこと」
「それはつまり…」
「そう、俺が直接行く」
その言葉にそこにいる彼ら全員顔がこわばった。
そのような彼らの当惑した表情を見てリチャードは軽く笑った。
「若造ども。おまえらが相手する女王は、おれと同級だと思え。だから──」
「わかってます。リチャードさんが活動しやすい夜まで『僕たち4人は時間を稼ぐ』ということですね?」
「その通りだ。でも、ほかの隊員も付けてくれないのは悪いと思うから『一匹』つけてやろう」
そう言うと、暗い部屋がさらに暗くなり、やがて少しの光さえ消える。
そして、そこで獣の瞳が彼らを見つめる。
まるで蜘蛛を思わせる8つの不気味な瞳。そこで唯一、ショットソードを抜いたコーヤがその瞳に向かって突進すると、鉄と鉄がぶつかる音とともに火花が散った。
「コーヤ!」
コーヤが飛び込んだことに戸惑ったカインが叫ぶと、すぐ明かりが入り、そこには巨大なヒョウが立っていた。
影と完全に同化した黒い毛と8つの瞳。イノシシの3倍はなるような異常に長い牙はコーヤのショートソードを受け、いがみ合っていた。
「アラニャ。そこまで」
仲裁の声に巨大なヒョウはリチャードの影の中に入り、カインはコーヤの頭を押さえつけリチャードに謝った。
「すみません。リチャードさん、コーヤが興奮して…」
「いや、主人を守ろうとした行動だ。むしろ誉めろ。アラニャがここまで敵意を見せるということは、強者という意味た」
「感謝します」
「それよりリチャード社長。さっきの獣は…」
さっきとは違って緊張した表情を見せながら質問するエリオットの言葉にリチャードは肯定する。
「ああ『クモイトヒョウ』以前の女王討伐で屈服させたA級凶獣だ。これを貴様たちの護衛につける。A級以上が出たらそれに打ち合えるのはお前たち4人の中でコーヤだけだから」
「社長。わたくしだって一人でA級凶獣ぐらいは相手できますわ?」
それを言ったのはコーヤに競争意識を表わしたカロル・スチュワートだった。
彼女は懐にある黒い本をしっかりと握りながらコーヤをにらみつけていて、そんなカロルの敵意エコーヤは首をかしげるだけだった。
「確かに。貴様は悪魔使い。その本で凶獣に対敵できる悪魔を召喚できることはよく知っているし『その力』を無視するのではない」
「それでは!」
「しかしそれは貴様が『無理をした場合』じゃないか?」
「……」
咎めるようなリチャードの言葉にカロルは頭を下げた。
リチャードは続けざまに話す。
「だから『無理をせず』A級凶獣と戦闘が可能なのはコーヤだけだと判断した。逆に言えば俺は【吸血種=ドラクール】として【人類種=ヒューマン】の貴様を認めたのだ」
「……わかりました。差し出がましい発言をおわびします」
それと共にカロルは会議室を飛び出した。
そんなカロルが心配で一緒について行くエリオット。その光景にため息をつくカインと苦笑を浮かべるリチャード。
そして、どうしてカロルがドアを蹴って出たのか理解できないコヤだけが残った。
「あの…マスター?」
「何?コーヤ」
「どうしてカロル様は飛び出したんですか?もしかして私が何か怒らせたんですか?それとも私に月人の血が流れているから…」
「……」
不安そうな顔つき、声にも元気がない。
カロル・スチュワートはシールドキーパーで唯一、コーヤと同年代の少女。そんなカロルに嫌われて悲しい気分になったようだ。
カインはそんなカロルの頭をなでてくれる。
「そんなんじゃない。心配するな」
「でも…」
「今回の任務が終わったら、クッキーでも焼いて仲直りしに行こう。あのお嬢様もコーヤのことが嫌いだからじゃないから」
「…!は、はい!」
コーヤがうなずくと、カインはほっとした表情を浮かべた。
普段はコーヤがカインを慰めてくれたが、今回はその逆だったのでカインは妙な気分になる。
「それでは準備が必要ですので、こちらもそろそろ失礼いたします。リチャードさん」
「ああ」
「そして──」
カインはコーヤに聞こえないように耳をふさいでリチャードに聞こえるように口を開く。
「いくらドラクールの血が流れてもヒューマンの気持ちくらい、わかってるでしょう?」
いつもと違って少し荒い口ぶりで、
「僕やスチュワート兄妹にその言葉は、ヒューマンはいくら努力してもあなたのような上位種族は永遠に越えられないと言っているものじゃないか」
「…そう聞かれたら、すまない。俺はドラクールのクォーターだから。大部分はヒューマンと感性が似ているが、重要な部分は欠けている。きさまも月人のクォーターのコーヤを預かってるからわかっているだろう?」
「……」
リチャードのその言葉にカインは口をつぐんだまま、うなだれてリチャードを後にした。