4楽章。怪物を哀れむ歌。6
12月31日。23時43分。中央地域の広場の公開処刑場。
そこには処刑を見物に来たやじうまがやゆを飛ばす。
聞くところによると、公開処刑はプエルタ王国全体に生放送されるそうだが、そんなことに興味はない。
少女に石を投げる人もいたが、すぐに白い影が石を切り取った。するとすぐ後ろに倒れ、少女に「死ね!化け物!」と罵った。
自分が見つめれば、その相手が恐怖におびえることを少女はよく知っているので、静かに頭を下げたまま、看守の導きどおりこつこつと歩く。
すぐに処刑台が見えて少女は顔を上げる。
「……」
大きな断頭台が見える。
近くで見ればギロチンより巨大な建築物のように見えるほどだ。
高さはおよそ15mほどで刃物の大きさも通常の刃の5倍以上で大きくて、どす黒いので不気味だ。
通常のギロチンが40kgに近い刃物を4m程度の高さに落下させるのなら、あそこのギロチンは巨人でも殺すような巨大さと凶暴さを帯びている。
「あのギロチンの名は『魔人殺し』だ」
「…魔人殺し?」
後ろに立っていたペプ·アルセナルが驚いている少女に説明するように、そう言った。
「もともとアルセナル公爵家は国王陛下を守る武器を作る一族だ」
「武器を作る… 一族?」
「そう、代々王族を守護するという殺害の魔人の血。黒血。それを人間に注入することこそがアルセナルの研究テーマさ」
ペプ·アルセナルは両腕を広げて自分の家門が築いたことを誇らしげに、言う。
「貴様が玄と呼ぶカダルーソは、デペンサの起源であり、最後のデペンサ。つまり──おや? どうしてこの話をしているのか疑問だという表情だな。でも、あの大きなギロチンを見たら、次に言うことを理解するだろう」
そうしてペプは笑いをこらえるように口元を上げて言う。
「あの黒いギロチンはカダルーソの血で作られている」
「玄さんの… 血?」
「そう、王家が保管している黒血は濃すぎるからね。普通に手を出すだけで邪念に犯されて廃人になる。しかしカダルーソの体内から循環を経て取り出した黒血は意外と使える」
「つまり、玄さんの血を流してあんな大きなものを…」
大切な人の血で構築されたあの巨大なギロチンを見て、少女の雰囲気は暗くなった。
「おっと、勝手に変な勘違いはするな。あれはカダルーソの同意を得て作ったものだから」
「玄さんが?」
「そう、あの『魔人殺し』は、カダルーソと同じく英雄である不死大帝を殺せる、600年の人類の成長が込められた武器。すなわち──」
「私のような不死身も殺す武器だということですね」
「その通りだ。ギロチンは構造上、大きいほど苦痛は少ないから、あれなら苦しまずに死ぬだろう。もちろん、貴様の白い影も切り取ってな」
「……」
この少女は3日前の12月28日に、彼に自分を殺してくださいと頼んだ。
結局、彼の同意を得ることは不可能だったが、このように彼の血で作られたギロチンが自分の首を打つ。
『これも悪くはないでしょう』
そう思った。
『──本当にそう思うのか?』
あの殺気を感じる前は!
「うっ!」
「どうした? ルナ姫」
突然片膝をついた彼女の行動にペプ·アルセナルはそれなりの心配の口調を浮かべる。
国王も期待する処刑式に支障が生じてはならないためか?
しかし、この少女にはそんなことはどうでもいい。
ただ感じたことは…
『なに…?あれ。本当にあれが玄さんの血で 作られたもの?…ううん、違う。あれは…何だ?』
単なる無機物であるあのギロチンの周りを黒いリビドであるデストルドが包んでいた。
目の前にある巨大なギロチンは単なる処刑道具ではなく、巨大な生命体に感じられた。
殺気を見せて、威嚇し、自分に死を示す。
その恐ろしさに彼女はひざまずいた。
『こ、こわい…』
あのギロチンの不気味さに初めて恐怖を覚えた。
まるで裸で氷河の上に投げ出された気分だ。
あれが生きている「なにか」で、そして自分のすべてを全部知っているかのように、のぞくような侮蔑感さえ覚えた。
『──久しいな。。いや、ねむっているだけか?』
その声とともに世界が止まった。
空が止まり、鳥が、人が、空気が止まった。
『何?これ…』
止まった世界で体は動かされず、彼女の精神だけが生きていた。
やがて、ゆっくり。ゆっくりと、あそこのギロチンのデストルドが彼女に近づく。
反射的に白い影がそれを切り取るが、相殺され、ギロチンから出るデストルドが圧倒的に多い。
「──死を避けるな。受け入れろ」
その音が聞こえると、デストルドが彼女を襲い、世界は元に戻った。
「ルナ姫!しっかりしろ!」
「え?ああ」
突然のペプ·アルセナルの声に彼女は我に返っだ。
そうだ。まだ処刑途中。
もうすぐ自分は処刑される。
『あの黒いギロチン、魔人殺しによって、私は……処刑されるの?』
急に目から血が出た。
いや、違う。涙だ。
目から涙がこぼれる。
『怖い。どうして?なんで?』
死ぬのは怖くなかった。
自分のせいで死ぬ人たちに比べれば──
だが、あの黒いギロチンを、『魔人殺し(アイオン·マタンサ)』を見て考えが変わった。
『玄さんと……会いたいです』
本能的にそう思ったし、そう思った自分に一番驚いた。
『どうして私は玄さんに会いたいんだろう? なんで?』
そう自分にたずねた。
彼と一緒にいると暖かい。
彼と一緒にいると救われる気持ちになる。
ずっと彼と……
『──どうして?』
「……」
そう自分が問う。
もう一人の自分が問う。
しかし、答えられない。
その答えを口にしてもいいのか迷う。
その瞬間──
《♪~ ♬~》
「何だこれ?」
「オルゴールの……音?」
広場の公開処刑場に取り付けたスピーカーから一斉にオルゴールの音が響いた。
誰も知らないオルゴールの曲がスピーカーを通じて中央地域全体に響き渡る。
「この曲は…」
いや、ここに一人。 たった一人知っている。
「私の曲だ」
この少女。
いや、ミツキはこの曲をよく知っている。
涙が出た。
さっきのように恐怖に怯えた、血を流すような涙ではなく、嬉しくて流す涙を──
「──私は待っています。
月光の下で
白夜の下で
ずっと…ずっと…
だからどうか私を捨てないでください。
だからどうか私のこと覚えてください。
私を見つけて。
どうか罪だけの私を──
存在が罪である私を──
殺して。
救って。
私は待っています」
ミツキはオルゴールに合わせて歌う。
この月光の下で、帝国のルナ姫としてではなく、ただの微月として!
泣きそうな歌じゃなくて、嬉しくて笑う歌を!
「逃げないで。
一人にしないで。
私は化け物
私を見て。
私を受け入れて。
私を離さないで。
私の幸せと不幸はあなたのもの。
あなたの幸せも不幸も私のもの。
今日の私があなたを証明してあげる。
だから泣かないで。
あなたは何のために生きていますか。
理由は分からないが、あなたは私を救ってくれました。
私はあなただけを、あなただけを
あなただけのために生きる。
あなただけに従う。
どうか消えないで。
私のそばにいて。
怖くて、怖いから
ずっとそばにいて」
そして、この曲を知っている、もう一人。スピーカー向うのオルゴールの曲に合わせて歌う。
まるでお互いに合わせるように──
お互いに告白をするように──
「化け物じゃなぐ、普通の女の子になれば、
普通の人と同じ夢を見ることが許されるならば、
…ううん、このまま、
化け物のままで、
あなたと一緒に歩いてもいいですか?
あなたと一緒に歩いて行きたい。
だから!
一緒にいて。
一緒に歩んで。
もう逃げたりしないから。
もう言い訳しないから。
死は救いにならないのを分かったから!
…あなたのそばに生きたい。
ずっとあなたのそばにいたい。
化け物だけど!
醜い化け物だけど!
普通に、
恋人のように、
ずっと。…ずっと一緒にいたいです」
《……》
その最後の歌詞とともにスピーカーから聞こえるオルゴールの音は止まった。
それと同時に公開処刑場は静寂が漂った。
そして──
「私は!」
その政敵を打ち破ったのはミツキだった。
「死にたく…ない! ずっと玄さんといたい! 化け物と呼ばれても構わない! もう処刑されたくない。死にたくない! 生きたい!玄さんと笑って、…生きたいよ!」
その涙の混じった叫びだけがこの公開処刑場に鳴り響いた。
そんなミツキの声はマスコミで聞いた『凶獣の女王』を呼んだ怪物。『白夜の魔女』とは程遠かった。
歌うのが好きな女の子。
その場はもちろん、映像を通じて見ている人たちはみんなそう思った。
《──その言葉を待っていた》
スピーカーから聞こえてきたその言葉とともに、爆音がそのあたりを荒らした。
砂ぼこりが公開処刑場を飛び散り、周囲がそれに気づいた時にはすでにミツキを拘束している手錠は解かれていた。
「まったく。歌うときの君は、いつも泣いているね」
その声が耳もとに聞こえると、ミツキはとても驚いた表情を見せた。
「げ、玄さん…?!」
それもそうだろ。いつの間にか玄に助けられ、俗に言うお姫様抱っこをしていたから。
しかし、普段とは雰囲気が全く違う。
いつものように黒い喪服姿ではない。
真っ白なワイシャツの上にマントを巻き、ズボンは軍用ズボンを連想させる黒いカーゴパンツに靴は黒いウォーカーブーツを履いていた。
ミツキの真っ白なケープのように銀色のマントを翻しながら彼は言う。
「待たせたな?ミツキ」
全てを振り払った爽やかな笑顔を浮かべ──、




