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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
32/39

4楽章。怪物を哀れむ歌。5



12月31日。18時52分。監獄の中。

そこに囚人服を着ているミツキは、ベッドに横たわって天井を眺めている。

日が沈み、夕焼けが入ってくるのを見て、今日で3日目になったことを自覚する。

窓格子もなく真っ白な壁に強化ガラスを使った窓。

ここの雰囲気は監獄よりは患者が入院しそうな病院を連想させる。扉もまた、窓格子ではなく特殊合金で作られた強化ガラス。カードキー以外に開ける手段はなく、脱獄を試みようとすると天井から睡眠ガスが出る仕組みだ。

そもそもミツキは脱獄する気は全くないが。


「……」


死だけが救い。

それだけ。

この3日間、自分に問い、考えた結果だ。


「これはどうすればいいのでしょうか?」


監獄の中でミツキは、少し困った顔をしてそうつぶやいた。

食事を持ってきてくれたのも人ではなく、ドローン。看守さえミツキを避けるというのだから、ある意味では当然だ。

しかし、問題は別のところにある。


「どうしてこれが…」


はっきりに断ったはずの『最後の晩餐』が来たのだ。

メニューはバターで焼いたトーストと温かいコーンスープ、ミディアムで焼いたTボーンステーキに新鮮なじゃがいもをつぶしたマッシュポテト。最後にデザートはミルクティーとろうそくまで差し込んだ大きなショートケーキ。

一人で食べる食事にしてはかなり多く、それなりに豪華な方。むしろ子供の誕生日にお母さんがそれなりに力を注いだような家庭から出てきそうなメニュー。

いや、食べたことはないけど 大体そんな感じがした。


「それより本当にケーキを用意したんですね。あの人」


ミツキは自分を連行して処刑の知らせを伝えた貴族。ペプ·アルセナル公爵のことを思い出した。

処刑の知らせばかり伝えて、今日まで姿を現さず、性格もかなりゆがんでいるあの貴族のことだから、この大きなショートケーキも嫌みだと思う。


「……」


数時間後に処刑される、死刑囚である自分のことを考えてくれたのかと思ったが、残念ながら何の感傷も持たない。

むしろ、ありがたい迷惑を強要するようで、気に入らない。

そもそもミツキは食べること自体があまり好きではない。


「最後の晩餐だ。せめて一口でも食べたらどうだ?」

「食べません」


突然聞えた声にミツキは首を向けず、そう答えた。

敢えて首を向ける必要もない。

自分をここに閉じ込めた貴族。

ペプ·アルセナル公爵だ。

ミツキは目の前の食べ物を遠慮するように、そっと前に押しながら口を開く。


「私のせいで死んだ人たちは、こんなふうに『最後の晩餐』もとれない人たちもたくさんいるでしょう。何より私は何時間後に処刑されるじゃないですか?そんな私にこんな食事は何の意味もありません」

「最後の晩餐は死刑囚の権利ではない。死刑囚として最後の役割であり、最後の晩餐だ」

「もうすぐ死ぬ私にそんなことは無意味だと思いますが?」


高圧的なペプの言葉に全く押されないミツキ。

そんなミツキを見てペプは少し驚いたが、それを顔に出さずに言い続ける。


「たしかに、もうすぐ死ぬ貴様には意味がないだろう。しかし、その食事とケーキを作ったやつが貴様の大切な人なら?」

「!!」

「……果たして同じ言葉が出るだろうか?」

「……」


口もとを上げるペプのその言葉に、ミツキは驚いた顔を隠して沈黙を見せる。

自分の表情を見せず、うつむいたままペプを睨める。


「例えだよ。たとえ。そんな怖い顔するな。この3日間、罪人に基本的に提供されるパンと水もほとんど口にしなかっただろう?」

「あいにく、何か食べたい気分ではありません」

「さっきの言葉を忘れたか? これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。自分が最後まで人間だと信じたいなら食え。人間の皮をかぶった化け物」


敵意を隠さず、ペプ·アルセナルはそう言った。

本当に目の前のミツキが嫌なようで、死刑囚としての当然である、拒否の権利さえ黙殺する言い方。

意外と頑固に突っ張るミツキだったが、以前ミツキが頼んだ服をペプが取り出しながら口を開く。


「ちなみに以前頼んでおいた服だ。これで確かか?」

「意外ですね。本当に新品みたいにきれいし。同じ商品にすり替えたようでもないし…」

「……」

「わかりました。たべます」


小さなため息を見せて、ミツキがフォークとナイフを持つと、ペプはおとなしくミツキの服を渡した。

ミツキはまずショートケーキを一口。


「……」


何の味もしない。

感じられるのは食感だけ。

ずっと口の中に無理やり入れて噛むが全部何の味もしない。

そもそも最後の晩餐なんて死んだら意味ないのに。



『──ならどうして彼に殺してくださいとお願いしたの?』



そのように自分の中に声が聞こえてきたが、あえて無視した。

耳を塞いだ。

これ以上は贅沢だということを自分がいちばんよく知っている。

そう、もうすぐ自分は死ぬ。

それが彼に殺されても、断頭台に処刑されても、どっちにしても同じことだ。

同じだ。

まったく同じだ。


「ごちそうさま」


だから…、これでいいんだ。





12月31日。23時13分。監獄の中

処刑まであと1時間もない。

服を着替えた少女は鏡を眺めている。

普段着ている白いワンピースの上に玄がプレゼントした真っ白なケープを羽織り、首には群青のマフラー、頭には白い防寒帽のウシャンカ。足にはベージュ色のアグブーツを履いていた。

ただ鏡を見るだけなのにとても久しぶりに見る気分だ。


「死ぬ時だけはせめて──」


そう言って鏡に手をつける。

いや、鏡に映す自分に手を差し出すのだろうか?


──ルナ姫としてではなく、微月(ミツキ)として。


そう口を開こうとしたが、すぐに感じた気配で彼女はその言葉を口にするのをやめた。


「最後に残す言葉はあるか? ルナ姫」


囚人服ではなく、元の服装に着替えた彼女にペプ·アルセナルはそう尋ねた。

さっきとは違って今度は看守を率いて。

もう時間だ。──という意味。

そんなペプの言葉に、彼女は静かな口調でゆっくりと聞く。


「それは私個人としてですか? それとも化け物である帝国の王女としてですか?」

「……」

「この答えもまた、さっきの最後の晩餐のように義務とおっしゃるつもりですか? ペプ·アルセナル公爵」

「いや、これは私個人が聞いておきたかっただけです。姫」

「それなら言いません」


そう彼女に似合わず冷たい口調でそう言った。

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