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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
31/39

4楽章。怪物を哀れむ歌。4


「戦争。…ですか?」


玄の突然の言葉にレイラは顔がこわばった。

行き成り「戦争」という物騒(ぶっそう)な言葉を取り出したのだから、顔がこわばるのはある意味で当然だ。


「ああ、そう説明すれば全部つじつまが合う。さっきお前はミツキをゲート帝国に送還し、その処罰はゲート帝国が決めるのが正しいと言っただろう?」

「はい」

「しかし、それは国王としては最も望まない結果だ。ゲート帝国には死刑制度はないから。送還してもミツキが処刑されることはない。それが処刑を急いだ理由」

「つまり、ゲート帝国の干渉が入る前に事を済ませるためですか?けれどもなぜこんな手段を…」

「どうしてわざわざ急いで処刑を実行すると思う?」


そのように玄がレイラに聞いたがレイラは答えられなかった。

そんなレイラに答えを告げるように、玄は淡々と口を開く。

嫌悪を口にする表情だが、それでも淡々と。


「それは、怒りと嫌悪を助長するためだ」


その言葉にレイラの瞳孔は大きくなった。

彼の言葉を全部理解した表情だ。


「プエルタ王国だけじゃない。それはゲート帝国への挑発にもなることだ」

「これを口実に戦争を起こすのは愚策の中で愚策。戦争に狂っていなければ考えられません」

「残念ながらこの国の国王はそんな神経を持った王だよ。プエルタ王国が最高だと信じる傲慢さには、俺も(かな)わない。まあ、一度しか会ったことないんだけど」


玄のその言葉にレイラは沈黙を見せた。

戦争の引き金になるとすれば、この処刑は必ず止めなければならない。


「しかし、これはあくまでも俺の推測だ。ゲート帝国がミツキのためにそれほど(いか)ってくれるかは分からない。むしろ帝国側はその程度の犠牲は甘受する 言うかも知れない」

「それは…」

「孫娘をこんな国に投げ捨てた奴だ。充分(じゅうぶん)に放任主義を超えたじゃないか?」


玄はそう言って舌打ちした。

戦争が起こる確率は下がるが、そう考えるほど怒りだけが高まった。


「だが国王にはそういう事情はどうでもいい」

「? どういう意味ですか?」

「その通りの意味さ。国王に必要なのは大義」

「大義?」

「そう、災厄を撒き散らした帝国の王女を処刑したプエルタ王国に正義がある。──といいながら戦争を起こしても誰も不満を示さないクソの大義が」

「それでは、ペプ公爵もまたそれを肯定しているのでしょうか?」


レイラのその言葉に、玄は首を振った。


「ペプは嫌なやつだが、やつもまた戦争は望まない。その根幹は一応、国民と国を考える愛国者だから」


かなり歪んでるけど。

──という言葉を付け加えて玄は言い続ける。


「さっきお前から聞いた通り、暴動を起こした国民の鎮圧に出たことだけでも説明がつく。きっと暴動と関係しているのはディーン·ガルシア工作担当の南の地域の国民だろう。加害者か被害者かは分からないけど」


ディーン·ガルシア公爵がアルセナルに殺されたことと、国民に知られたミヅキのことを考えれば、両方とも有り得るとレイラは思った。

一方、玄は小さなため息を吐き、人差し指で自分の頭をとんとん叩く。

疲れているときに見せる彼の癖だ。


「嫌悪をあおるなら、それを放置するのが一番効果的だ。放っておけば伝染病のように広がるのが嫌悪だから。ペプがそれを抑えているのは()()()()()()だろうよ」


ペプ·アルセナル公爵は五大公爵の中で唯一国王に進言することが許された貴族である。

現在のアルセナル公爵家の当主であるペフがこれを黙っているはずがない。

既に進言していたにもかかわらず、国王に黙殺されたのだ。


「でもやっぱり信じられません。ゲート帝国は世界の半分を占める人口数20億人の大国。それに対してプエルタ王国は──」

「土地はゲート帝国の1割以下。人口数も1億5千万人程度の王国に過ぎない。正面から戦争して勝つのはまず無理」


玄のその言葉にレイラは肯定を見せた。

この戦力差に戦争を起こすということは戦争マニアか、算数もできないバカかのどちらの一つだ。


「つまり、国王が戦争を起こすための条件は最低でも2つある。その第一が、ミヅキの処刑で人々の感情を煽ること。それではその二番目は何だと思う?」

「戦力差」

「正解だ」


まさに彼が望む答えを出したレイラを見て玄は笑って見せた。


「確かに戦争が起きれば、プエルタ王国はゲート帝国に勝てない。帝国と対等な軍事力を築くことは無理。だが、その帝国の()を壊すことは可能だ。それだけでも国王は帝国と充分戦えると思っているんだ」

「その()とは?」

「プエルタ王国に『デペンサ』があるとしたら、ゲート帝国には『無冠(アン·クラウンズ)』がある。いざとなれば、デペンサで無冠(アン·クラウンズ)を無力化するという戦略だろう」

「あり得ません。デペンサと無冠(アン·クラウンズ)のスペックはほぼ同じ。計算に合わない。非打算的です」

「いや、これがまた意外に合うんだよな」


レイラはその言葉に理解していなかったらしく、首をかしげた。


「デペンサは戦闘を除けば足を引っ張るだけだ。指揮能力はほとんどないし、協力性もない。 俺を含めて全部単独行動に特化している」

「……」

「しかし、無冠(アン·クラウンズ)はゲートを分割して管理している国を維持させるのに必要な人材だ。 デペンサを失った時のプエルタ王国が負う被害より、ゲート帝国が無冠(アン·クラウンズ)を失った時の被害が圧倒的にでかい」


そして、それを可能とすることこそが、

──と彼は言った。


「俺。カダルーソを筆頭とした戦闘部隊。デペンサの底力。これが国王が頼りにしているどころだ」


だからそれを砕く。

彼は笑いながらそう言ったが、その微笑みの裏には底知れぬ怒りが眠っていた。


「しかしマスター」


そんなレイラの呼びかけが彼を現実に戻した。


「ルナ姫は死にたがっています。 マスターにさえ殺してくださいと頼みましたよね? 彼女には死が救い。そんな彼女をどうやって助けるんですか?」

「……」


レイラのその言葉に、玄はかなり冷静になった。

すでに冷めてしまったベーコンエッグを眺めながら、玄は口を開く。


「知ってるか?レイラ。卵は内側から自力で割ると、それは一つの命だ。しかし、外部の他人がその卵を割れば、それは単なる栄養分さ。このベーコンエッグのように」


まるで嫌みをするように、彼は冷めたベーコンエッグの黄身をフォークで突き刺す。

生きる意志が込められていないのは命ではなく、単なる栄養分。

その言葉にレイラもまた同意する。

殻の中という一つの世界を自分で壊さなければその存在は生まれない。

これは問いだ。

玄がミツキを助けたいと言っても、いざその子は本当に助けを求めているか。

その子が望むのは死。玄も渡ってきた道だからその気持を否定しない。

ならば──


「ならば自力で手を出すようにしなくっじゃいけないな」

「はい?」


疑問を呈するレイラとは逆に、彼はフォークでベーコンエッグを折り曲げ口の中に入れて、そう言った。

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