4楽章。怪物を哀れむ歌。1
「俺は一体どうしたいんだ…?」
監獄を連想させる自分の部屋で玄は自分自身に問う。
だが答えない。
答えられない。
自分はミツキを、あの少女をどうしたいのか?
救いたいのか?
──私を……殺してください
しかし、あの少女は自分の死を願った。
そして、この王国もまたあの少女の死を宣告した。
彼はこの王国の断頭台。
首をうつのが彼の責務。
『私を…殺して…』
「……」
また幻聴が聞こえてくる。
この幻聴が聞こえてくる時、彼は考えるところから逃げていた。
しかし、今回は逃げない。
彼は考えることをやめない。
考える。
いつも考えてなかったのに、
いつも途中でやめたくせに、
今度だけは考える。
「ソラ。レン。みんな……俺はどうすれば……」
そうつぶやく玄は最初の誓いを思い出す。
少し古い、彼がカダルーソになった時にした、その誓いを──
「無意味な死は君たちで終わりにする。殺戮を繰り返す奴らを撲滅しなければ平和など訪れない」
それが玄がカダルーソになって、自分に刻んだ最初の誓い。
死んだ友のために殺戮を起こす者を抹殺する。
ある日、守らなければならない人たちが自分に「もうついていけない」という言葉を残して立ち去った。
そんなに大切な人たちが一人ずつ去って行って一人になった。
それによって、自分は『殺戮を防ぐ者』ではなく、『殺戮を起こす者』であることを自覚した。
「俺は…なぜ戦っている?」
そんな疑問を抱いたが、疑問を疑問のまま放置し、敵を殺した。
殺して、殺して、ずっと殺してきた。
自分の「玄」という名も忘却したまま、人間ではなく、怪物としてずっと…
そう殺して来るのを3年。
自分に吐き気がした。自分が殺した彼らの暗い思念が黒いリビドであるデストルドを通じて自分を襲ってくる。
彼らは敵ではない。
彼らは怪物ではない。
ただ、自分と同じように背負ったものがあり、大切な人がいる、ただのひとたち。
それを知っていながら、彼は殺してきて、切り落した。戦場では敵を殺し、凶獣との戦いではより多くの人々を助けるために味方を切り落すことをためらわなかった。
それが平和への唯一の道だと信じた。
そこでもっと5年。
合わせて8年の時間が過ぎた。
信じていた理想も、
誓った誓いも、
引き続く殺戮の前では無意味に砕けた。
なぜ自分がこんなことをしなければならないのか後悔しながら、酒で自分を慰める日常。
「こ、…殺す!皆殺しだ!」
ある日、狂気に食われ、国王を襲っだ。
その後は覚えていない。
気がついたら自分が幽閉された事実を自覚した。
このまま死ぬまで、幽閉されるのも悪くないとも思った。
「釈放だ。カダルーソ」
そんな彼の気持ちに気付いたのだろうか。
安息は取らないらしく、数日経たないうちに釈放された。
理由は5年ぶりに再び現れた女王。その女王の討伐するために──というらしい。
だが、そんな内容はあまり入ってこなかった。
ただ──
「また、殺し、…切り落さなければならないのか」
そういうことだけが思い浮かんだ。
「僕は…死ぬのかい?」
「たすからない。そのまま死ぬだけ」
「そうか…」
そして結果的にはその予想通りだった。
女王と戦う人たちの命と都市の国民。彼はその両方を秤にかけて、結局後者を優先した。特に彼が選択した結果ではないが、時間を戻すことができれば、おそらく彼も同じ選択をとるだろう。
誰かは背負うべき仕事だ。
そう自分に言聞かせた。
「あのさ…僕のからだ。…仲間の横まで運んでくれるか?」
「……わかった」
その時、彼ができることは何もない。
ただ、死にゆく人が楽に行けるように祈ってくれるだけ。
いつも黒い喪服を着ているのもそのためだ。
そういう見た目でも作らないと自分を嫌悪しそうだから。
『なぜ…それが俺なんだ?』
それで彼の精神は限界に達した。
彼は静かに廃墟の教会に足を運ぶ。
死ぬために──
生者が死者を羨ましがってはならないことはよく知っている。
それは絶対に許されない行為。
それでも彼は首をつる。
「………ちくしょう」
いや、死のうとした。
「やっぱり、簡単には死なせてくれないのが……お前たちは」
木に首を吊ろうとする彼にまるで「こんな簡単に死なせない」というように、そう妨害した。
黒血に宿る思念が彼の死を許さない。
そう感じた。
誰にも、死にも歓迎されない怪物。
それがカダルーソ。 自分自身という自覚を終えた。
♪~ ♬~
そんな風にさまよっているときに、歌が聞こえてきた。
こんな怪物である自分も救ってくれそうな歌。
だからこそ声をかけた。
8年間埋めておいた名前を明かした。
「月がきれいですね。…玄さん」
「…ああ」
それだけで救われた。
ところが今その子は自分の死を望んでいる。
彼に自分を殺してくれと頼む。
その頼みに彼は何も言えなかった。
死のうと思っていた自分が、他人が死ぬことをとやかくすることはできない。
はずだが…
「なぜ…こんなに胸が痛いんだ?」
一人でつぶやく時、誰かがドアを叩く音とともに、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「マスター。レイラです」
「レイラ…?」
☪
帝国の姫が処刑されるという知らせを聞いて、玄は部屋に閉じこもった。
門の外で時たま苦しむ声も聞こえてくる。
レイラは自分が何か過ちを犯したのかと思ったが、すぐにそうじゃないことに気づく。きっかけは帝国の王女に対する情報がレイラの耳に入る頃、レイラはその王女の身なりから感じた妙な既視感。
最初はただの勘違いだと思うくらいのレベル。しかし、自分のマスターの反応で、その既視感は確信に変わった。
『以前、私がマスターに渡した服。なんでこの姫様が着ていたのかと思ったんですが、マスターと会っていた小さな女の子がまさに帝国のお姫様だったのですね』
だから、その結論に到達することは困難ではなかった。
むしろその答えに到達したレイラは罪悪感がした。
自分のマスターの負担が減れば、という気持ちでやったことが、かえってマスターをさらに苦しめた。自分が調べながっだら、ペプ‧アルセナルもまたそのお姫様にたどり着けなかったかもしれない。
『私は…マスターの管理者失格です』
だから謝罪するために今門の前に立っている。
監獄が連想される門。
まずは、自分のマスターが睡眠室として使う部屋。
その前に立ったレイラはノックをするかどうか迷う。
「なぜ…こんなに胸が痛いんだ?」
「!」
部屋の中からそんな弱った声が聞こえてきて、ためらったレイラの体を動かした。
「マスター。レイラです」
「レイラ…?」
 




