sonata その3。
──彼に初めて会った12月24日。イヴの夜を思い出す。
初めて見た時は驚いた。
自分にきずを負いながら、また会いに来る人がいるとは。
そんなことは何度かあったが、それを自分に会いに来たのではなく、化け物と言って討伐に来たのが大半。
もちろん結果は言うまでもない。
彼女に危害を加えると、その白い影は容赦なく全部殺す。
そんな時はいつも罪悪感で押しつぶされる。
数日間なにも食べず、水を飲んでもすぐに吐き出す。そんな中、気を失えばなぜかよくなる。しかし、体は良くなっても心はそうではない。
だから歌を歌う。
やしきで歌を歌えば、使用人が怖がるので、みんな寝ている時間に外に出て、誰も探さないこの公園で歌を歌う。
最初は憂鬱さを紛らすための行動だったが、歌を歌ううちにいつの間にか歌を歌うこと自体が好きになる時がある。
──ちょうどその時だった。
「──美しい」
彼が来たのは──
「いや、俺は…」
「来ないで!!」
しかし傷つけた。
怖がるでしょう。それでは如何かそのまま逃げて。
それだけを心の片隅に祈った。
しかしそんな祈りを無視するように──
「白夜の魔女…?」
彼は自分にそう言った。
驚いたように、まるで人生で初めて見る現象を目撃したようにそう語った。
自分を見て【始まりの魔女】の化身を指す名前を呼んだ。
「ち──」
「ち?」
「違います!!」
それでそのときは逃げた。
白夜の魔女だと思っている時点で何を言っても無意味。
いや、そもそもこんな力を持つ自分の言葉なんか聞いてくれないだろう。途中で「ちょっと待って!」という声が聞こえたようだが、それを無視して走る。
そして翌日。
また憂鬱さをこらえきれずに歌いに出た。
今考えてみると、相手も「白夜の魔女」というキーワードを出したから、怖くてもう来ないだろうと信じていたようだ。
そう考えると、何か少し泣きたくなった。
それでも涙をぐっと堪え、声を上げ、歌に集中する。
一生誰も分かってくれないし、誰も自分を救ってくれないだろう。
こやって一人でずっと──
「なぜ…泣いている?」
その声に少女は救われた。
わかってくれた。わかってくれる人がいた。
そう考えた。
「それで、私に…どうして? それも2回も」
「ああ、その…」
少女の純粋な質問に彼は恥ずかしそうに、自分の頬を掻きながら言った。
「月が…………きれいだね」
「…月?」
その言葉にぼんやりと月を見上げた。
真っ白な満月。
確かにきれいだ。
「プッ」
そう思うと、なぜだか、思わず笑い出した。
何か普通に話していた。
その事実に笑いが出た。
それだけで十分救われたのに──
「別に、そこまで恥ずかしがる歌ではなかった。」
「どちらかというといい歌だ。心が癒されるような部類の…」
その時、彼から感じたこと。それは恐怖でも恐ろしさでもなく、歓喜だった。
生まれつき自分に殺意を見せた者を反射的に殺すのが日常の少女にとって、彼のその感情は少女にとって何よりも大きな救いだった。
彼の前では帝国の王女でも怪物でもない、単なる女の子でいられる。
「ミツキ、…ただのミツキです」
だからそんな嘘をついた。
偽りの名前をなのった。
小さな月という意味で。 微月
世界の半分を占める帝国の王女。ルナではなく、この小さな公園をただ歌うだけの少女。微月として──
そんな意味を込めて自分を「ミツキ」となのった。
彼は確かに自分の名前を教えてくれたのに。
自分を打ち明けてくれたのに。
少女は汚くも自分を表に出せなかった。
汚い。
汚い化け物だと思った。
「…だから、これはその罰を受けたんでしょうか」
現実に戻ったミツキは、そうつぶやいた。
12月29日。監獄の中。
アルセナル公爵に連行されたミツキは、丸一日。ずっとここに閉じ込められている。
看守はない。ミツキが怖くてみんな避けたといい、代わりに魔術で幾重にも封印されている。
人を無差別に殺す自分のような怪物には当然の処遇だと思う。
「ディーンさん。私なんかを守ろうとして… ごめんなさい。ごめんなさい」
ミツキは、冷静な状態で再び現実に向き合った。
父親のようなディーン·ガルシアが死んだという知らせ。
泣きたいけど、自分には泣く資格もない。
いつも自分はこうだ。
いつも他人を巻き込んで死なせる。
「これは文字通り歩く災いじゃないんですか!」
「ついに自分の存在に自覚したのか?帝国の王女よ」
「……」
そんな独り言の入り口に、光希は眼差しを向けた。
ペプ‧アルセナル。
自分を連行した貴族。
ペプはミツキを眺めながら口を開く。
「貴様の『処刑の日』が決まった」
「……」
このような結果は予想できる。
納得できる。
凶獣の女王を呼び、王国に被害を与えた白夜の魔女。
処刑される結果は当然なら当然だ。
いや、いっそこれでいいかもと思う。
「正直この結果は私にとって非常に残念なことだ」
「残念?そう見えないですが」
ミツキが、ペプの顔を見てそう言うと、ペプは顔をゆがめた。
「そうだ。正直、貴様のようなものは死ぬのが世の中のためだ。貴様が生きて欲しいと思う人間はもうこのプエルタ王国にはいない。貴様がいなくなることが国民のためだ」
「……」
ミツキが自覚する事実を冷静に語るペプ·アルセナル
まるで傷だらけの体に鋭い氷を差し込むような冷たさだ。
「私に気の毒なのは、貴様の処遇をゲート帝国が決めるのではなく、我々プエルタ王国が決めるという事実だ」
「? それはどういう意味ですか?」
「政治を知らないがきはこれだから…」
「?」
そう呟くペプの言葉に、ミツキは大きな疑問符を打ち出すしかなかった。
いったん、伝えることは伝えたらしく、ペプは口を開く。
「処刑日は2日後、12月31日夜11時59分。新年を迎える1月1日に白夜の魔女の首を打ち、新たな出発をするという国王陛下の意向だ。最後の晩餐は何がほしい? ああ、最後のバースデーケーキでも用意しようか?」
「……今日のようなパンと水だけで十分です」
ペプの皮肉に、ミツキは静かにそう答えるだけ。
誕生日かぁ……考えてみるとこの数年間考えなかった。
──昔誰かに聞いたのが、誕生日は唯一主人公になれる日らしい。
玄のあの言葉がなかったら多分今日まで思い出されることはなかっただろう。
「最後の晩餐は不要ですが、お願いは聞いていただけますか」
「……何だ?
かなり緊張したペプの声に、ミツキは静かに話す。
「私が着ていた服、帽子とマフラー、ブーツ、処刑の日はそれを着てもいいですか? 囚人服を着るべきなのは知っているが…」
「それ血まみれだぞ?一応証拠品として持っているが。いっそドレスでも準備しようか。一様王女だから
「いや、それがいいです」
「……わかった。罪人の最後の頼みだから、新品みたいに綺麗にしてやろう」
「ありがとうございます」
「ちっ、化け物が感謝するな。また暴れてそれで国民に被害が出れば何にもならないから行う措置だ。私の感情を抑えることで、きさまが暴れないなら安いものだからな」
舌打ちしながら ペプは監獄を後にした。
彼もまた、ミツキの死を望む者の一人のはずなのに、ああやって気を遣うところを見ると、自分の感情よりは、原則を先に考える者のようだ。
「……」
ミツキは静かに目を閉じる。
処刑。正直そういうのはどうでもいい。
すでに玄に殺害される、と心の片隅に決めた。
正直、処刑人に彼を選んだがその時、彼が見せた表情を思い出しだので、その言葉は出なかった。
「玄さんはどう思うんでしょうか?」
普通、自分をだました人は許してくれないだろう。でも玄はあまりにも優しかった。
そして、その優しさが痛い。
その優しさはまるで手入れしてある断頭台のような残酷さ。
いや、彼をそうさせたのもまた自分自身。ミツキは自分が嫌になった。
「本当に利己的な子だな。私」
そう呟き、ミツキは目を閉じた。
☪
「なぜだ!! なんで…」
レイラに知らせを聞いた玄はそう叫んだ。
2日後、12月31日。ミツキが処刑される。
彼は歯を食いしばって壁に拳を振り回した。
「ちくしょう!」
壁を壊した玄は、そのように悪口を言うこと以外にはできることがなかった。
自分はあまりにも無力だ。
8年前のあの日から成長しなかった。
考えることをやめる。
それは彼の悪い癖であり、彼が誰とも深く結びつけないようにする足かせ。
同時に自分の心を守るための行為だ。
しかし、今日ほど自分のその行動を呪ったことはなかった。
このようにもどかしい気持ちを抱きしめるなら、むしろ苦しくても考えた方がよかった。
『私を…殺して…』
「うるさい!!」
幻聴に彼はそう叫びながら自分の頭を抱える。
知っている。
いくら自分に答えを求めても答えは出ない。
いや、考えることをやめた彼が正しい選択をするのは、そもそも無理だったのかもしれない。
「俺は…オレは!」
彼はこの感情の名前を知っている。
しかし、それ以上は考えないことにする。
知らないふりをする。
気づかないふりをする。
「オレは…自分が嫌いだ」
また逃げる。




