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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
26/39

3楽章。月下狂人。7


「何が起こった?」


その話を先に出したのはペプ·アルセナルだった。

現在の状況が理解できない。

彼が撃ち殺したはずのミツキがよみがえったのも驚くべきことだが、なにより驚いたのは、誰の話も聞こうとしなかったあの黒い怪物が、カダルーソが元の姿に戻ったという現実だ。


「暴走した時は、王にさえその(きば)を見せたあのカダルーソが…」


アルセナルはカダルーソが暴走したとき,阻止できる手段を何も持っていない。

最低3体以上のデペンサでカダルーソ1体押さえ込むのがやっとだ。

この時、カダルーソに恐怖を感じたデペンサも()る。

それが最強であり、最凶のデペンサであるカダルーソの真骨頂(しんこっちょう)だ。

そんな存在がたかが少女の声で暴走を止める?


「一体何が起こっている?」


カダルーソの暴走が止まったのと同時に現れた白夜を見上げながら、ペプ·アルセナルはつぶやいた。





「すみません、玄さん」


初めてそう口を開いたのはミツキだった。

ミツキは玄にそっと寄り添う。

そんなミツキに距離を開けようとする玄だが「怖がらないで」というように、両手を広げて近づいてくる。そんなミツキの行動に驚いた玄は静かに、そして慎重に問う。


「私が……こわくないのか?」

「うーん。確かに少し驚きました。でも私が玄さんを呼ぶ時、止まった姿を見て『ああ。姿は違ってもやはり玄さんだな』と思いました」

「私は……私?」

「はい。玄さんは姿が変わっても優しい玄さんです」


初めてだった。

こんなことを言われたのは──


少し… 少しだけ救われた。


そう思った。


「むしろ最初に会った時の姿が、 何倍怖かったですよ?」

「はぁ?」

「フフッ」


玄の反応が面白かったのか微笑みを見せるミツキ。

そんなミツキを見ながら、気抜(きぬ)けしたように笑いながら、手を立てでミツキの頭を軽くたたいた。


「まったく君は……」

「痛い。玄さん。痛いです。チョップを連発するのはやめてください!」

「君がペプに撃たれた時はどんなに心配したか知ってる?」

「あの……すみません」


そのまま玄はミツキを抱きしめた。

ミツキはやや驚いたらしく、瞳孔を大きくあけたが、すぐ目を閉じて、そのまま子供のように震えている彼の背中を軽くたたいてやる。


「目の前が…真っ黒になった」

「すみません。心配かけて…」

「無事ならいい。無事なら」

「……」

「……」


そのまま、小さな沈黙が流れる。

このまま時間が止まって欲しいと願うほどの沈黙が。


「玄さん」


しかし、その沈黙を破ったのはミツキだった。

玄は静かに「なんだい?」と尋ねると、ミツキは、彼の顔はみないまま、静かに口を開く。


「初めて会ったとき、玄さんのみためは少し怖かったです。でも、その中はとても優しい(かた)だということを、私は知ってます。 私とは正反対です」

「……」


そう言いながら、ミツキは自分の胸の上に手を上げる。


「見かけは立派に見えるがその中は化け物が住んでいます。人間のふりをする化け物ですよ。私は」

「いや。私こそ」


玄の言う事を遮り、ミツキは自分が言いたいことをずっと打ち明けた。

彼もそれに気づいた。

ミツキは玄の顔を見上げながら、


「玄さん」

「……なんだい」


その問いにミツキは口を開く。

ここからは(ねがい)

頼みの領域。

彼が聞いてくれるかどうかは分からない。

ただ自分の意地(エゴ)をおしこむ。

嫌われてもかまわない。


「私を……殺してください」


まるで、すべてをあきらめた眼を浮かべたまま、ミツキはそう言った。

からっぽだ。

その瞳にはきらめきは存在しない。


「……………………え?」


玄の目の前は真っ白に染まった。

真っ白に──





少女は思う。

自分のまわりに一体どれほど多くの人が死んだのか。

自分は一体どれだけ多くの死体の上に立っているのか。


初めは呪いだと思った。


自分のする行動に自覚を持たず、無自覚で人の命をあやめる力。

誤って投げたナイフが近くにいた人の頸動脈をかすめたり、誤って発砲した銃1発で自分を拉致した誘拐犯を全部死なせたほどだった。


そこまでは単純に()が過ぎるほどの幸運。

呪いレベルの幸運として片付けることができた。


しかし、自分に敵意を見せた者を例外なく斬り捨てる白い影。

敵意が込められたものなら、たとえ少女が止まろうとも聞かずに相手の命を奪う力。

自分を守るための力というよりは、敵をすべて殺す力だ。


そのために一度は自ら命を絶つこともまた考えた。


考えた?

いや、その言い方は正確ではない。

自殺しようと実行する時はいつも気がとだえたから。

気がついた時は、自分は血だらけで倒れており、祖父の皇帝が悲しそうな表情をしていた。

当時には確信できなかったが「そうじゃないかな」と思った。


死んでもよみがえる不死の(からだ)


自分にはその力があるだろうと。

完全な死から蘇る者はこの世の中でたった一人だけだという。

自分の祖父であり、【不死大帝】という異名で呼ばれる帝国の皇帝。

彼ならではの能力だ。

しかし、皇帝には、このような不気味な殺害に特化した白い影と悪意的な幸運もない。

不死と殺害。

両側の怪物。


それがルナ·アイオン·バン·ゲート。


帝国の王女と呼ばれ、また【始まりの魔女】の化身である【白夜の魔女】とも呼ばれる怪物。

彼女は生まれつき不死の存在で、悪意的な幸運を生まれ持った、天性(てんせい)の殺戮者だ。

だからこそ、この少女は自分を最も嫌悪する。

自分の存在のせいで誰かが被害を受けることを嫌悪する。

だから──


「私を……殺してください」


この言葉が彼女の口から出るのはある意味当然だった。





玄は現在の状況を受け入れられなかった。

いや、受け入れたくなかった。


「死んでもよみがえり、人々の命を奪う力。こんな力を持つ人を人間と呼びません。化け物です。だから玄さん」


玄は思い出す。

思い出したくなくても思い浮かぶ。

自分の初の殺人。



──私を…殺して…



一番大事だった人を殺したその気持ち悪い感触を──


「その『(黒血)』で私を殺してください」


その言葉に「怪物の心を持つ人間(ゲン)」は、「人間の心を持つ怪物(ミツキ)」を見て躊躇した。

そして、ミツキは玄が躊躇することに気づき、すぐに謝った。


「すみません、玄さん」

「?」

「やっぱり嫌ですよね。玄さんは優しい人ですから。殺人は拒否感があるんですよね。それもこんな後味の悪い化け物を……殺してくださいというのは」

「違う!私── いや、オレは!!」


君を化け物だと思わない。

そう言うつもりだった。

ミツキは怪物の彼の一面を肯定してくれた。

だから彼もまた──


「そこまでだ。帝国の王女。いや、白夜の魔女よ」


そう言って彼らの間に入り込んだのはペプ·アルセナルだった。

ミツキは最初とは違って、ペプをかなり注視しながら見つめる。


「どうしたんですか?ペプ·アルセナル公爵 あなたも私を殺したいでしょう? だから撃ったんじゃないですか。止める理由はないと思います」

「覚えているのか?さっきの真っ白な姿とは違って、今回は正気に見えるが…」

「全部じゃないけど、ある程度は覚えています。私がその辺の人たちを殺したのも断片的だが憶えています」

「……」


ミツキのその言葉に、ペプ·アルセナルは沈黙を見せた。

彼の立場としては、彼女が二重人格なのか、それともカダルーソのような単純な暴走なのかを把握するのは難しいからだ。

それでもペフが言うべき言葉は変わらない。


「なるほど。それでは、さっきの話のつづきだ。君を撃った私が言うべき言葉ではないが、そもそも私がここを訪れた理由は、君を連れて来いという『王の命令』があったからだ。おとなしくついて来たら君が殺した私の部下のことは咎めないとしよう」

「……」


ペプのその言葉にしばらく考えるミツキ。

いや、どちらかを聞くと罪悪感に近かった。

ペプもそれを読んで強いてそんな話し方をしたのだ。

もちろんそれを見ていた玄もまた気がついた。


「ちょっと。どうして王がミツキを──」

「カダルーゾ。きさまは少しだまれ」


玄の攻め込みを未然に防ぐペプ。

ペプは彼を叱責するかのように言った。


「さっき見せたきさまの暴走は()()()()と呼ばれても反論できないだろう?それ以上、その魔女をかばうと、今からきさまを裏切り者と見なす」


ペプ·アルセナルは玄に銃を向けたまま、殺意を隠さず話し続ける。


「気持ちとしてはこの引き金を引きたい。しかし、黒血(こくけつ)の適合者であるきさまを私の私的な感情で無くすのは、国全体としては最悪だからだ。だから我慢しているだけ。それを忘れるな」

「だけど!」

「それもなければ! 私との()()を忘れたのか?カダルーソ」

「!!」


玄はペプの「取引」という言葉に歯を食いしばって沈黙した。

そして、この内、


「ちくしょう」


怒りを抑えるだけだった。


「玄さん」


とたんに玄に背を見せたミツキが静かに話す。


「先ほど無理なお願いをして申し訳ありません。 ほんの数日ですが、私、 玄さんに会えてとても幸せでした」

「ミツ──」

「さようなら」


最後まで顔を見せないままその言葉を残したまま、ミツキはアルセナル公爵家に連行された。


「……」


玄は空を見上げる。

ミツキがいないからか? 白夜だった空は再びいつもの夜空に戻った。

そんな暗い空を見上げたら、まるで胸に穴があいたようだった。


「うん?」


そんな中、玄は地面を転がすぬいぐるみを見つけた。

ぼろのぬいぐるみ。

いつもミツキが持ってくるぬいぐるみだ。これを取る余裕はなかったようだ。

玄はそのぬいぐるみを拾って土ぼこりを払う。 もうこのぬいぐるみの主人はいないのに黙々と。


「クウッ!」


彼は歯を食いしばった。


「くそったれ!」


公園に一人で立って彼はそう叫んだ。

胸の中に燃え上がるこの感情を自覚しないまま、

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