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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
20/39

3楽章。月下狂人。1

太陽暦658年12月28日の朝。

ミツキがおせわになっているお屋敷から、めずらしい客がやってきた。


「お久しぶりです。姫様」


聞き慣れた声に光希は声が聞こえた方に背を向ける。

そこには銀髪に紫眼の美人が立っていた

まるで彫刻のような美しい姿に瞬間、女と勘違いされる外見だが、実状は5歳の息子がいる父親だ。

ミツキはそんな彼に頭を下げて、


「10日前に会ったでしょう?『ガルシア公爵』」

「すでに11日です。そして『公爵』と呼ぶのもかたくるしい。いつものように『ディーン』と呼んでください。それが無理だったら『パパ』と呼んでもと呼んでもいいんですじょ」

「それよりめずらしいですね。 『ディーンさん』が中央地域まで来て…」

「……」


ミツキに無視され、ディーン・ガルシアはがっかりした表情を浮かべた。

すでに5歳の息子がいる父親とは思えない。


「まあ、一応『あの日の傷』が心配で…」

「……」


『あの日の傷』という言葉にミツキの表情変化はない。

しかし、その雰囲気だけは冷ややかだった。

すぐその本音は隠して笑顔で応対するミツキ。


「ご存知でしょう? わたしは『そんなこと』で死にません。化け物ですから」

「……」


そんな風に自分を他人のように言う彼女を見て、ディーン・ガルシアは顔をしかめた。

最近はかなり明るくなったと使用人から聞いだが、自分のことを好きになるほどではないみたいだ。


『やっぱり…「父の代わりに」よりは「友達」や「恋人」を望む年頃か。それでも「あの力」のせいで南の実家にも足を踏み入れず、使用人に声もかけないからな…』


そんな風に悩んでいたディーン・ガルシアの視野からプレゼントの包みが見えた。

ゆうべ、ミツキが片付けるのをうっかりしたものだ。


「めずらしいですね。いつもこんな真冬でも白いワンピースばかり着ていた姫様が他の服に興味を持つなんて…」

「ち、違います」

「ほお、じゃ、これは?」


ディーン・ガルシアがケープと帽子を持って尋ねると、ミツキはうつむき、顔が真っ赤になった。 そのまま目も向き合えず、恥ずかしそうに、静かに話す。


「も、もらったんです。 昨日、遅い誕生日プレゼントだって…」

「!」


彼女のその言葉にディーンは瞳孔が開いた.

若い頃、多くの女性の心をつかんだ彼だからこそ分かる。

あれはきっと──


『間違いない!男だ!』


ディーン・ガルシアの心の中は喜びと寂しさ。そして怒りが共存したカオスな状況になっていた。


「なるほど。その男。会ってみたいですね」

「どうして玄さんを!?」

「玄?それが彼の名前ですか? こういられませんね。 セバスチャン!今すぐお礼のプレゼントを! そしてティーパーティーの準備も!」


手をたたいて、執事の魂の名前を呼ぶディーン・ガルシア。

もちろん、そんな彼のバカなことは彼女に阻止される。


「やめてください」

「いや、でも…」

「やめて」

「はい…」


ミツキがめずらしく怒ると、ディーン・ガルシアも自分の意思を曲げざるを得なかった。


「だが私は、不死大帝陛下にあなたを守るように言われました。孫娘のあなたを『命がけで守れ』と──」

「その必要はありません。私はおじいさまに捨てられ、『ゲート帝国』にいられないから、この『プエルタ王国』に追い出されたんですから。厄介払いなんですよ。わたし…」

「そんなことありません。不死大帝は、皇帝は今もあなたを大切にしております」

「……」


彼女は静かに自分にうなだれる貴族を眺める。

ディーン・ガルシア公爵

五大公爵の一人

この8年間、彼女を育ててくれた義理の父のような男。


「そう思うのは私だけ。…いや、正直こんな気持ちを抱くのもディーンさんに迷惑。息子に『お母さんにつづいでお父さんまで』奪ってはいけないから…」


そうしてミツキは、もう5歳になるディーン・ガルシアの息子を思い浮かべる。

生まれたばかりの赤ん坊の時に見たのが最後。彼女はガルシア公爵家を出てここに来たので,かなり前に会わなかった。

この程度の距離感がいい。

子供は本質をよく見抜くから。彼女が人間の形をした怪物だということを見破るだろう。

だからこの程度の距離感がいい。


『そういえば、私がこの国に来てもう8年も経ちましたね』


彼女は8年前に初めてここに来た時のことを思い出した。

「存在自体が罪」としてゲート帝国から見捨てられ、このプエルタ王国まで来た。

そして五大公爵の1人だったディーン・ガルシア公爵の世話になった。

あれから8年。

短かったような気もするし、長かったような気もする。



──生活場所が変わり、君もとても不安だろう。しかし君のためにも、身分を隠して、息を潜め、この狂気の国で、君の中の隠れた狂気を隠さなければならない



8年前にはその言葉の意味を知らなかったが、今ならその「自分の中の隠れた狂気」が何なのか分かる。


『あの白い影』


彼女に敵意を見せた者たちを容赦なく、彼女の意志も無視して殺す力。

そして──


『白夜の… 魔女』


そういうものがあると分かった以上。

人とかかわってはならない。


「姫様?」

「あ、はい」


ディーン・ガルシアの言葉にミツキは現実に戻った。


「珍しいことですね。真剣な表情を浮かべて…」

「すみません。どこまで話したんですか」

「だから『約束の日』です。もうそれほど遠い話ではありませんから」

「ああ、『あれ』ですか?」


ミツキも浮かんだのか話を続ける。


「確か、『太陽暦660年』でしだね。今年は残り3日なので、もう1年と3日」

「はい。約束の日に、不死大帝陛下は姫様を出迎えてくださるんです。それが私が陛下と交わした盟約」

「1年と3日。そうですね。本当によかった…」


ミツキは寂しそうに笑って見せた。

この親子ごっこもあと1年と数日後には終わる。

少し寂しいが、目の前にいる彼にはあと1年しか被害を与えないことに安心する。


私はおじいさまがとても好きだけど。今も好きだけど。祖父はそうではないようです。だから、その盟約かたしかなものなのが分かりません」

「姫様…」

「ああ、でも、それは、約束の日になっても、ここにお世話になるという意味ではありませんので、ご心配なく」


そう言って、ミツキはディンの背中を押す。


「帰ってください。私とこんなに長く話をすると息子さんも呪われます。奥さんも私のせいで…」

「いいえ、妻はもともと体が弱かったです。息子を産んだこと自体が奇跡。姫様は悪くありません。妻も最後まであなたが自分を責めないか心配しました。だから──」


「そう言ってくださってありがとうございます。 お世辞でも本当に嬉しいです」

「姫様。確か私に息子は大切です。でも姫様もそれと同じくー」

「ディーンさん」


彼女はディーンに向かって微笑んだ。

しかし、その微笑みは何やら遠くに感じられる。

まるで他人へのそんな微笑み。


「お気をつけて」

「…………はい」


伝わらない。

それを自覚したディーン・ガルシアは静かに帰った。

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