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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
2/39

1楽章。彼は英雄の夢を見ない。1

暗い夜。誰も訪ねない墓の前に、金髪の男性が立っていた。

彼の名前はカイン・ロベール。今年で23歳になる意欲だけ先走った青年。墓には『ノア・シュミット』という名前と『太陽暦653年』という死亡年が書かれている。

ぼんやり、寂しい目を浮かべながら彼女の墓を眺めるカイン。

「もう5年か」

小さくそうつぶやく。

彼女の死から5年。

太陽暦658年の12月の16日の冬を迎えるように、寒さがカインのほおを叩く。

当時少年だったカインが青年になるには十分な時間。

墓の前に立っているカインは、手には白い花を持って静かに祈りをささげている。

「……」

いまだにカインには5年前のことが悪夢のように思い出される。

燃える街。

人々の悲鳴をあざ笑うように、蹂躙する醜い怪物『凶獣』とそれを産む『女王』と呼ばれる個体。

『世界の中心=アビス』と呼ばれる穴から飛び出した怪物。

5年前、それを目の前にしたカインは怯えていた。

恐怖によって逃げられない少年。それが当時のカインの姿。そんなカインを助け、代わりに犠牲になった戦友『ノア·シュミット』の姿は今でも目の前に浮かぶ。

彼女を助けるどころか、怖くて振り向かずに逃げた、情けなくて見苦しいあの頃の姿を思い出す。


──あきらめろ。誰でも英雄になれると思うのは傲慢だ!この凡人が!


自分を助けってくれた黒髪の少年にそう言われた。

当時18歳だったカインと同年代のその黒髪の少年は、凶獣はもちろん、その女王と呼ばれる怪物も倒したという。純血の【適応種(てきおうしゅ)=月人(つきびと)】と呼ばれる強い種族の血統に恵まれたとの話も聞かれた。

自分と変わらない少年なのに…

「やっぱり僕は英雄になれないのか?」

彼の名前『カイン』の由来は、世界を半分に占めた『Gate(ゲート)帝国』の【不死大帝】の児名から取ったもの。そんな名前を背負っているのに比べ、当の本人は凡人そのもの。

カインが落ち込むのは当然だ。

「そんなことありません。マスターならできます。絶対」

「……」

そんなカインの想念を打ち砕いた優しい声に静かに後ろを振り向くと、そこにはメイドがいた。

右目は群青色に輝き、左目には眼帯をしており、両腕、両足には鎖を、首には首輪をつけている黒い髪の奇妙な少女がいた。

「……いつからいたの?コーヤ」

「うーん『もう5年か』──と感性に溺れていた時からです」

最初からじゃん!

──と心の中で叫んだカイン・ロベール。

目の前のメイドの名はコーヤ・ロベール。5年前のその黒い少年のように【適応種(てきおうしゅ)=月人(つきびと)】と呼ばれる強い種族の血を引く少女。

違いがあるとすれば、あの時の少年は純血で、コーヤはクォーターという点だ。

行き場のない孤児である彼女をカインが自分の従者として取り入れて育てた。最初は感情表現が下手な彼女だったが、今はロベール家のメイド長を務め、カインを補佐するほど成長した。

「それより何の用事でここに…?」

「まずは報告、…かな?」

どういう風が吹いてお墓を訪れたのかというコーヤの質問にカインがそう答えると、コーヤは「報告?」と首をかしげた。純真な表情を浮かべるあのメイドが可愛らしくてカインは自分も知らないうちにコーヤがけしからんと思った。

「バカだろ?僕。ノア・シュミットはもういないのに……そもそも僕のせいで彼女が死んだんだけどね」

そう自分を責めるように墓を眺めるカイン。

この墓もまたノア・シュミットの遺体は安置されていない。

彼女の最期を見届けることができなかったため、死体もないのは当然といえば当然だ。5年が過ぎた今もまだ見つかっていない。

彼女の死体さえ安置させることができなかったのは自分のせいだ。

「そんなことはありません」

そのように自分のせいにして暗くなったカインを否定するコーヤの声が聞こえてきた。

カインの手を温かく握って、信頼の瞳を見せる。

「マスターはこの5年間、頑張りました。当時『大男爵』と呼ばれたノア・シュミットを超えた『伯爵』の爵位まで上がりました!もうマスターを怖がり扱いする貴族はもういません!いいえ!私が言わせません!」

コーヤのその輝く瞳にカインはしばらく時間が止まったようだった。

弱音を吐く自分と違い、目の前の少女はこのような自分を信頼してくれる。

その信頼に答えてくれないと、

主人(あるじ)失格だね』

気がついたカインは、コーヤに向かって笑みを見せる。

「そうだね。僕にはこんなにかわいいメイドがついているからな」

カインがコーヤの頭をなでると、耳まで赤く擦ったコーヤは「か、かわいい?!か、からかわないでください!」と言いながら頬を膨らませた。

コーヤの反応は毎度かわいいので思わずからかってしまう。普段は冷静だが、時折見せるこの顔にカインはこの5年間救われた。

『久しぶりに墓参りに来て自分も知らずセンチメンタルになったな。コーヤに心配かけるなんてさ』

カインは心を改めるように両頬に手のひらをぶつけた。

パチパチ!という軽快な音が響き渡る。

冬の夜、自分にほっぺたを叩くのは相当痛いが、そのお陰で目がぱちんと開いた。

「愚痴はここまでにして、──そろそろ仕事に行こうか!コーヤ」

「はい、マイマスター」

その言葉と共に、カインは戦友のノア・シュミットにあいさつを終え、墓を後にした。近くに止めておいたバイクのエンジンをかけ、コーヤはカインの後ろに慎ましやかに正しく座った。

主従関係よりはまるで家族のような距離感が感じられるが、当の本人たちは気にしていないようだ。

カインのバイクがけたたましい音とともに平地を疾走する。

「凶獣はすべて僕たちが討伐してやる!」

「はい!」

民間軍事会社『シールドキーパー』所属。カイン・ロベール伯爵はそう叫んだ。

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