2楽章。小さな月と黒い断頭台。4
同日。12月25日の夜。
昨日と同じ公園で彼は緊張した表情で立っている。昨日そんなことがあったので、また来るかどうか正直分からない。今回は場所を変えた可能性も否定できないが、彼はその可能性は薄いと感じた。
『あんな力があれば、人の多い繁華街には行かないだろう』
特にこの周辺ではこの公園より人通りの少ない場所は見当たらず、昨日の軽装からして、おそらくこの近くに住んでいると言っても過言ではない。
♪~ ♬~
そんな彼の予想を的中させるように、昨日のような歌声が聞こえてくる。
『本当に来た』
彼はまるで魅惑されたように歌声が聞こえてくる方向に足を運ぶ。
その先には昨日と同じく黒い髪に白いワンピースの少女が歌っている。
相変わらずいい歌だ。
そう思って、彼はぼうっとしながらまた歌が終わるまで、その少女を見守る。
しかし、今日の歌は昨日のものと歌詞は同じだが、雰囲気が違う。
あたま──
「なぜ…泣いている?」
「!!」
「あ」
口に出してしまった。
まさに彼と距離を置く少女は、彼に向かって手の平を突き出して警告する。
「これ以上入らないでください。入ったらあなたは死にます。だから──」
しかし、彼はそのような少女の言葉を無視する。
無視して前へ、少女に向かって歩いていく。
「入らないで──と言ったのに」
そんな少女の呟きとともに、またも白い影が彼を襲う。
しかし、彼は攻撃の姿勢は取らない。
ただまっすぐに歩くだけ。
「──」
それを見て少女は目を丸くした。
「どうして…?」
何の傷もない。
いや、攻撃されなかった。
白い影の攻撃はまるで幽霊のように彼の体を通過した。
「きのうのそれで、そうではないかと思っだがやはり攻撃しなければその白い影も攻撃しないようだ」
「え?そうでしだが!?」
「いや、知らなかったのか。君の力なのに…」
そのように驚いた表情を浮かべる少女を見てむしろ彼の方がもっと驚いた。
「だって、私を見ると、ひとはみんなおそれながら攻撃します、から…」
「……」
彼もまた、俗世に落ちたと自負していたが、この少女もまた、それに押されないように世間知らずな少女だった。
「それで、私に…どうして? それも2回も」
「ああ、その…」
彼は頭の中で言うべきことばを調合した
ナオミから何か聞いたはずだが、急に頭の中が真っ暗になった。
それで飛び出した言葉が──
「月が…………きれいだね」
「…月?」
彼の言葉を繰り返す少女は空の月を見上げる。
確かに今日の月はきれいだ。
「プッ」
ふと少女は思わず笑ってしまった。
自分が笑っているのを自覚した少女は慌てて持っていたぬいぐるみで自分の顔を隠した。よく見えなかったが、ぬいぐるみの裏に隠れて笑っているようだった。わざと彼に恥をかかせないためにぬいぐるみの後ろで小さく笑っていたが、その親切さが逆に彼の胸を刺した。
すぐ笑いが止んだように、しばらく顔を出す少女。
「そうですね。今日の月は本当にきれいです。ふ、ふふ…。」
またもぬいぐるみを盾に小さく笑う少女。
さっきより長くはなかった。
少女がそんな動きを見せると、なぜか彼も少し恥ずかしい気持ちになった。
「何を考えてるのか…」
それは自分にも、そして目の前の少女にも共通の言葉だったが、彼はあえて口に出さなかった。とうとう少女の笑いが止んだようだが、さっき笑ったのがすまなかったらしく、相変わらずぬいぐるみの裏に隠れて静かに聞いた。
「あの、その…、すみません。なんか雰囲気違っていて少し驚きました」
「それは私も同じだからお互い様だ」
「……」
「……」
いざ話しすると何かきまずい。
何の話から始めればいいのか迷ったところ-
「あ、あの…」
少女が彼の裾をつかんだ。
そのきれいな手で汚れた彼の服をつかんだ。
しずかに、そして顔を赤らめて、ゆっくりたずねた。
「今日も私の歌。聞きました?」
「…ああ。聞いた。はっきり」
「うう…」
まじめに言う彼の言葉に少し恥ずかしくなったように、体を丸める少女。
この寒い冬に頭から熱が出る光景を目撃したのは錯覚だろうか。
「別に、そこまで恥ずかしがる歌ではなかった」
なぜこの少女を気にするのか自分でも分からなかった。
いや、最初になぜ話し合いたかったのかは分かる。
だがそれは自分と似た人を探したことに対する興味。どちらかというと、好奇心に近い感情だ。しかし、それにしても目の前の少女を元気づけるために、心から少女の歌を褒める彼の行動は彼らしくない。
「どちらかというといい歌だ。心が癒されるような部類の…」
怪物であるカダルソらしくない。
まるで…人間みたいだ。
『化け物のくせに……』
そう思った瞬間──
「ほ、本当ですか?」
「……」
相変わらずぬいぐるみで恥ずかしさを隠すように、少し怖がる子犬のように彼の機嫌をうかがう少女。 歌うときに比べて自信が足りない少女のために、彼はもう一度言った。
「ああ、また聞きたくなるほどいい歌だった」
瞬間、少女の顔が赤くなって温度が上がり、頭から熱膨張が起こっているようだった。どうもほめられたのが恥ずかしかったらしい。
「あ、あの…!」
そんな中、少女は彼の裾をもう一度引っ張って言った。
それより顔も赤く、目もクルクル回っている。
大丈夫なのか、すごく心配になるほど。
「名前を…、名前を教えてください!」
「……相手の名前を聞くとき、自分からなのると学ばなかったか?」
「あ、そうですね。『おじいさま』もそう教えてくれましたし」
おじいさま? 他に親はいないのか?──と思って、彼はそれ以上考えるのをやめた。
その後、少女は自分の名前を言おうとしているのか、さっき彼の言葉に戸惑ったせいで今度はうまく話すために心を落ち着かせようと夜空の月を見上げた。そして、何か祈るように、手を合わせて、目を閉じた。
その姿が外見より大人びて見えた。
祈りを捧げる姿がまるで聖女を連想させた。すぐに祈りが終わったらしく、少女は「待ってくれてありがとうございます」と言いながら、自分に胸に手を置いて、深呼吸をする。
そして言う。
「ミツキ、…ただのミツキです。」
「ミツキ?」
「はい、ミツキです。」
その言葉に瞬間、彼は月に目を向けた。
『ああ、なるほど。そういうことか……』
何か勝手に納得したような、表情を浮かべた。
やがて、自分を「ミツキ」と紹介した少女を見つめる。どうやら彼が自分の名前を言うのを待っているみたいだ。まるでおやつを待つ子犬のようだった。
でも残念ながら──
「期待させてすまないが、私の名前は無名だ」
彼はそう言った。
しかし、その言葉が理解できなかったようで、少女は首をかしげながら頭の上に疑問符を浮かべた。
「無名さん、…ですか?」
「違う。無名さんはまた誰だよ?」
名無しという意味だ。
そう言って、手を下ろして否定するように、言うと、その少女は急にしょぼくれた。
どうやら自分の歌をほめられたのもはじめてのようで、嬉しさのあまり自分をほめてくれた人の名前くらい聞いておきたかったようだ。
その心、彼も知らないではない。でも、そもそも彼はそんなキャラじゃ──
──すっごい!これ三人でやろう。きっと皆喜んでくれるよ!
「……」
突然昔のことを思い出した。
『誰より人間らしかった少年』と『空のように澄んだ声を持った少女』
そして『真っ黒で空っぽの自分』
そうやっで3人だった。
『もう8年か……』
ていうか最近墓参りに行ったばかりだが。
──と思い出した彼だったが、気がついたときには、自分も知らないうちに口をひらいていた。
そんな自分に疑問を抱くほどだったが、彼はそこで考えるのをやめた。
『まあ、こんな気まぐれも悪くないだろう』
──という気持ちも一緒に。
「ごめ、無名っていうのは嘘だ。」
「え?」
まだ、状況を理解していない表情で、ぼうっとする少女のために、彼は辺りに転がる木の枝を拾って、地面にそっと文字を書き始めた。
玄。
彼にとって8年ぶりに使う名前だったが、意外に上手に書けた。そして、彼はその文字を指差しながら言った。
「玄。これが私の名だ」
「玄? 玄さん… これが玄さんの名前」
やがて彼の名前を記憶するのに総力をあげる少女。
そして、彼が書いた名前のすぐ下に自分の指でごしごしと、少女も文字を書き始めた。
『ミツキ』という3文字。
少女はその字を見て明るく笑った。馬鹿みたいな表情だった。
そして彼に、玄に微笑んだ。
「月がきれいですね。…玄さん」
「…ああ」
小さな月と黒い断頭台はお互いを見ながら笑う。
是非この時間が続きますように──と。




