2楽章。小さな月と黒い断頭台。2
「レイラのやつ。依頼を受けたいなら自分の店に来いなんて。いちおう、俺の『管理者』じゃなかった? まったく…」
誰もいない公園で、カダルゾは独りつぶやく。木は全部死んで、古いベンチしかない、まるで幽霊でも出てきそうな古い公園。そんな不吉な雰囲気の公園だから、近くに住む人々の中で、ここを訪れる人は誰もいない。
そこでカダルゾは紙袋を開ける。
その中にあるのは、『デペンサ』に来た依頼書だ。
「まさか俺を休ませようとそんな見え透いたことをするとは」
レイラがどんな思惑でこうだったのかは彼もよく知っている。
休みをあまり取らない彼のために、レイラなりに彼が休める場を作ってあげたのでしょう。初めてレポソを作った日には、「カダルソを酒に酔わせる」と宣戦布告したほどだから。
「でもせっかくイブの日に俺が店にいても、店の雰囲気だけ壊すだろう。マチルダもまだ俺には冷たいし… 思春期に入った娘がいるとしたらこんな感じかな? はは……」
カダルーゾは瞬間、レポソにいる彼女たちを思い浮かべながら、しばらく虚しい表情をした。そうつぶやくカダルーゾは、依頼書を読んで世界中の父の気持ちを少し感じる。
内容は、大半が北地域に関する依頼だ。
彼が討伐した女王「ペレガティ・ポーレ」が作った凶獣の討伐やモシュコヴィチ公爵の死に乗じて庶民に被害を与える貴族の後始末などが大半だ。彼が動くことなく、「アルセナル」と他の「デペンサ」が処理していることだ。
モシュコヴィッチ公爵の死とシールドキーパー壊滅からすでに1週間が過ぎた。
今日は太陽暦658年12月24日。
女王の出現は、国民にはあまり大々的に知られていないため、街はクリスマスの雰囲気だ。
彼が座っているこの公園は、中央地域の一番外側。
北と中央の境界線と呼ばれる所。
すぐ隣がモシュコヴィチ公爵が【白夜の魔女】という怪物に殺された場所にも近い。
「……」
カダルーゾは1週間前のことを思い出す。
仕事を全部終えて「白夜の魔女」を逃した頃、彼はレイラに聞いた。
「そんなふうに彼らをえさに使うべきだったか」
「私は十分に警告しました。 しかし彼らは自分たちの力を過大評価し、敵をあまりにも過小評価していました」
「でもお前ならもっと上手にできたじゃないのが?」
「国民の命にかかわる重要な仕事に感情を持ち込めば、待つのは破滅だけです。全部を救うという中途半端な感情は、子供だけが抱ける感性です」
「…それはお前が外野にいるからこそ、言える言葉だ」
「はい、それでも私はそれ以外の方法を知りません。マスターを見ながら学んできたので、それ以外は知るすべがありません」
「……」
その時、彼はレイラの行動を叱ることができなかった。
まるでレイラに自分の本質を見抜かれたような気分だった.
自分の意志を表に出さないレイラだから、初めて彼の本質をよく見抜いた。
「だから私はどうしてマスターが怒っているのか分かりません。ただマスターを悲しくさせたということだけは知っています。 申し訳ないです。」
レイラは頭を下げて謝罪したが,その言葉がカダルーゾの耳に届くことはなかった.
カダルソは考えた。
彼はレイラの行動よりもいい命令を下すことができただろうか.
答えは Noた。
分かっている。
レイラは全部彼の肩越しに見たことをそのまま実行しただけ。
彼らを助ける方法で行けば、多くの国民の犠牲が出ただろう。
北地域で死者が出たなら、北側を率いるモシュコビッチ公爵の過ち。中央地域に助けを求めてもいないにもかかわらず、アルセナル公爵家の人間であるカダルーソが動けば問題になる。
これがベストだということは頭では知っている。
カダルーソもその場にいたなら、そうしていただろう
「分かっている。それが最善であることを… それ以上望むのは傲慢だということも… しかし、このいじが、怪物である俺が、人間だという最後の証拠だ。」
そうつぶやきながら現実に戻ったカダルーゾは空を見上げた。
今日は満月。きれいな月明かりが公園を埋める。
『きれいな月だな。』
夜空の星とは違って孤高で、静かに満月は自分の存在を表現する。
まるで夜の暗さが月光に全部洗い流されたようだった。
♪~ ♬~
「うん?」
その時、何もない公園に小さな歌声が聞こえてきた。
それに気づいたときは、その歌が聞こえる方向に何気なく歩いている自分あった。
「まさか「魔女」がいるのではないだろう?しばらくは遠慮したい。まあ、また出ることはないか。」
カダルーゾは一週間前に初めて遭遇した「白夜の魔女」を思い出した。
魔女というより,まるでゴーストや霧を凝縮させた化け物のような姿。にもかかわらず、敵意は全く感じられなかったことが、別の意味で鳥肌が立った。
その時彼を攻撃せずにただ見つめながらきゅうに消えたのも彼が先に攻撃しなかったからかもしれない。
先に攻撃をしたからリチャード・モシュコビッチは『白夜の魔女』に殺されたという報告もあったから。
「ていうか、すでに過ぎたことをなぜ考えている。俺は」
一週間前に遭遇した「白夜の魔女」の姿を振り払うことができず、彼はその歌を追うことをやめなかった。その歌声をもう少し身近に、そしてもっと長く聞きたかったから。
そのように歌声が一番大きく聞こえる所に入った彼が見た物は──
『これは…月の姫様か?』
──美しい少女だった。
10代前半の体格に比べて、やや長い黒髪。 それと対比される真っ白なワンピース。 それに赤ちゃんのように真っ白な肌。案外この冬の寒さとは関係ないというように、その少女は裸足だった。それにそのワンピースも春や初夏に着そうな、パジャマで書いてもかまわないほど薄いワンピース姿。
でもそんな少女の人相着衣より彼の目に入ったのは──
「まるで…月の光が踊っているみたいだ。」
月光によって薄いワンピースに映し出され、少女の体のラインが影ながらゆらゆらと動いた。 ゆらゆらと動くそのワンピースは月明かりのように明るく輝いた。
いや、輝いているのは少女だ。
そう。まるで少女の歌に合わせて空の月の光も少しだけど、その光を動かして踊っているようだった。
それはこの月光の夜が見せてくれる錯覚であり、幻想かもしれないが、彼はなぜかその純粋な光が愛しいと思った。それは同時にこの世で存在できない…いや、存在してはいけない、そんなたぐいの純粋さだった。
それと同時に彼自身は認めたくなかったが──
「逃げないで。
一人にしないで。
私は化け物
私を見て。
私を受け入れて。
私を離さないで。
私の幸せと不幸はあなたのもの。
あなたの幸せも不幸も私のもの。
今日の私があなたを証明してあげる。
だから泣かないで。
あなたは何のために生きていますか。
理由は分からないが、あなたは私を救ってくれました。
私はあなただけを、あなただけを
あなただけのために生きる。
あなただけに従う。
どうか消えないで。
私のそばにいて。
怖くて、怖いから
ずっとそばにいて。」
「本当に……いい歌だ。」
彼はその純粋さに惚れてしまった。
化け物にすぎない自分が。
人間性を失いつつある自分が。
「断頭台」そのもので、「断頭台」だけの自分が。
みすぼらしく、汚くて…… また醜く見えた。
「終わった、……のか?」
そう思っていたら、嘘みたいにその少女の歌が終わってしまった。
彼は一瞬、さっき少女が立っていたところに再び視線を向けた。
幸いにその少女は自分の錯覚でも幻でもないらしく、夜空の月を見ながら、自分の存在をはっきりと示していた。その光景は、まるで月の光をあびて自分をより美しくする宝石のようだった。
「……帰ろう。」
考えること自体をあきらめたらしく、彼はその少女を後にした。自分のためにもあの少女のためにもそれがいい。あの純粋さに真正面から向き合ったら、自分があの少女に何をするかわからないと思うので──
「俺には眩しすぎる。」
自分は主人公ではない。
だからあんなに明るいスポットライトを浴びるわけにもいかない。『舞台(明るい所)』の前に堂々と進むこともできない。むしろあの少女こそ主人公にふさわしい。あの少女を中心に回る『演劇(世界)』は、きっと優しい世界の話だろう。
しかし、自分はその『演劇(世界)』に入る資格はない。
こわれて、ゆがんで、死ぬことが不可能だから無理して生きる「悪の怪物」である『カダルゾ』にはそんな資格などない。
「楽しかったですか?」
「!!」
瞬間、彼はあわてて後ろを振り返った。
しかし、不幸なのか幸いなのか、少女が声をかけたのは彼ではなかった。
「そうですか。今日も楽しんでいただけたら私もすっごく嬉しいです。」
少女が声をかけたのは、ぼろのぬいぐるみだった。少女の方に気をとられたのか、少女の目の前のベンチに座っていたぼろぬいぐるみの存在は把握できなかった。
それよりかなり古いぬいぐるみた。
何度も、下手な手つきで繕ったような、ぼろのぬいぐるみ。その原型が熊なのか子犬なのかも区別しにくいが、まず首元に犬の首飾りのような飾りがあって、おそらく本来は子犬の形をしたぬいぐるみだろう。古い程度も少なくとも数年は過ぎているように見えた。
「驚いた。ぬいぐるみか。」
期待半分失望半分だが、安心した彼はその場を離れようとした。
それより──
「本当にいい声た。」
外見は12歳くらいの女の子らしいけど、そんな見た目に比べて本当にいい声を持っている少女。 彼は瞬間、少女を見て、少しぼうっとしてしまった。
そして彼は突然口を開いた。
自分が「その言葉」を口にしたことに一切拒否感さえ感じられなかった。
むしろ当たり前のように──
「──美しい。」
「はい?」
気がついたときは、少女はぬいぐるみを持ってこちらを見て、とても戸惑った表情をしていた。
それより──
『今…何と言った。俺…?』
彼は自分自身に当惑した。
こうしているのは彼らしくなながっだ。
ふだんの彼は殺戮の怪物、カダルーソだ。そのカダルーゾを演じる彼なら、さっきの少女の言葉を聞くやいなや、自分の存在を隠してすぐこの場を離れたはずだ。
いや、そもそもいくら良い歌を聞いたとしても、自分も知らず呆然としているほど彼はあまい男ではない.
なのに彼は今すぐ無視しても構わないこの少女に「誤解されたくない」という理由で、頭の中でさまざまな言い訳を探していた。
実に異例のことだ。
「いや、俺は…」
「来ないで!!」
その瞬間、少女の叫びに彼は衝撃を受けた。
しかし、その直後、少女の「来ないで!!」という言葉の意味に気付く。
「白い…影?」
突然少女の体から白い影が飛び出した。彼を襲った。しかし彼は力を開放してその白い影を相殺した.
──いや、そうはずだっだ。
「うっ…」
彼は一瞬、ほっぺたが破れたのを肌で感じた。頬を撫でると熱い赤い血液が彼の瞳を戸惑わせた。
『傷…? 俺が?』
彼はカダルーソ。
プエルタ王国最強のデペンサであり、最凶の断頭台。
絶対傷つかなかった最強の肉体
「カダルソ」というのはそいうコードネームだ。
そのように作られている。
「黒血」を注入された8年前からずっと。
『なぜ?』
彼は最強で、
最悪で、
そして最凶だった。
そんな彼が初めて傷ついた。
自分の攻撃は相殺され、それに傷まで負た。
──誰に?
目の前の少女に
──どうやって?
真っ白な影に
いや、彼はあの真っ白な影を知っている。
しかし、その名を口にするのが重かった。
生ける屍のように—いや、実際、生きた屍のような人生を生きてきた彼だった。 そんな彼が、初めて自分の生命の危機を感じた。
生物として当然の恐怖を感じた。
しかし、それは恐ろしさよりもむしろうれしささえ感じた。
「俺にも恐怖というのが残っていたのか? まるで人間みたいじゃないか。」
彼は純粋にうれしかった。
自分の頭の中に浮かんだ考えを否定しながらも、彼は口を開く。
目の前にいる少女と話したい。
そんな喜びが本能的な恐怖を打ち砕いた。
そうして彼は、ずっと頭の中を歩き回った存在の名前を口にする。
その名は──
「白夜の魔女…?」
彼のその言葉に沈黙する少女
彼を見つめながら緊張した表情を浮かべながら少女は静かに口を開く。
「ち──」
「ち?」
「違います!!」
そう叫びながら逃げる少女を見て、しばらく「え?」と言葉を忘れる彼はすぐに叫ぶ。
「ちょっと待って! なんで逃げる!?」
公園全体に響き渡るように彼はそう叫んだ。
いつもと違い、感情をこめた声で。
「違います!! 私は──魔女じゃ!!」
これは『人間の心を持った怪物』と──
「だから人の話を聞きけ!!」
──『怪物の心を持った男』との出会いと始まりだった。
これからは主人公たちの物語




