2楽章。小さな月と黒い断頭台。1
暗いクラシック音楽を追うと「Reposo」と書かれた看板が見える。
レポソ
カフェかバーか紛らわしい店だ。外からも古い蓄音機のクラシック音楽が小さく広がり、夜の雰囲気で溶け込んでいる。そこに黒い喪服に白い手袋をはめている黒髪の男カダルーゾがドアを叩く。
「いらっしゃい ──うん?またあんたか? 『こんな日』でも暇そうね」
内部は、ウェスタン・バーの形のレポソに意外に似合うウェイトレスが、彼を見ていやそうな表情で出てきた。
名前はマチルダ。
染めた金髪を後ろにのせてポニーテールに結んでおり、蛇のような赤い瞳が目立つ同年代に比べて背が高いのがコンプレックスの16歳の少女だ。
「唯一の常連さんに失礼たな」
「あんたはお客じゃないでしょう! この酔っぱらい! いいかげん金払え!』
マチルダはカダルーゾにすぐ文句を言ったが、彼はそれを無視して慣れているらしく、席に座る。
──自分勝手な男。
それがマチルダが感じた彼の印象だ。
いつも死んだ魚のような目を浮かべ、毎回着ている服は、葬式に行ってきたように喪服姿。そんな暗い雰囲気だけで十分マイナスなのに、いつもお客さんが来るたびにただで高い酒ばかり飲んで去っていく酔っぱらい。
最悪。
オーナーの知人でも彼の放蕩な行動にマチルダは嫌気がさした。
法や常識なんか無視しそうな無法主義的な男
それがマチルダが認識するカダルーソという男だ。
『なぜオーナーはこんな男に甘いのか。まあ、確かに顔はいいけど。顔だけは!』
いちいち言葉尻をとらえたところで疲れそうだったので、マチルダはおせっかいをやめた。
その瞬間、ガチャガチャという音が店内に響き渡った。
「あっ!ナオミ!あんたまた!」
マチルダはカメラシャッターの音が聞こえたほうに視線を向けながら盗撮犯に叫んだ.
「そんなに怒らないでお姉ちゃん~そんなに怒ると肌に悪いよ?」
そこにはマチルダに「お姉ちゃん」と声をかけながらカメラを持って現れたもう1人のウェイトレス。ナオミが姿を現した。
マチルダの胸の高さぐらいの身長に、マチルダとは違う、海のように青い瞳と染めた金髪をツインテールに結んだ14歳の少女だ。
ナオミはカメラを持ち上げながら、何がそんなにいいのか嬉しい表情で口の端を上げていた。
「あんたのせいでストレスだよ! いつもこっそり私の写真を撮って!」
「たって~お姉ちゃん 「こんな日」にも写真を撮らせてくれないじゃないか? せっかくなのに…」
「あなたが『おはよう』から『おやすみなさい』まで撮り続けるからでしょう!」
そのように怒ってナオミの頬を引っ張るマチルだ。涙を流しながら「こめんなさい。痛いからやめて!」と泣いているナオミ。
「本当にここは…いつ来ても変わらないな。」
そして、そんな彼女たちを見るカダルーソ。
あんなに戦うマチルダとナオミを見に来るのは、カダルーソの数少ない楽しみの一つた。
「全部マスターのおかげです」
カダルーゾに話しかけた1人のバーテンダー。
金髪に黄色の瞳を浮かべた美しい女性。
レイラ‧メネアドル
ウェイトレスの服装をしたマチルダとナオミ姉妹とは違って、レイラはまるで男装をしたようなバーテンダーの服装をしていた。
「たわごとを言うのを見ると、もう酔ってるのが? レイラ。いくらお前が『オーナー』だとしても適当に飲め.」
「今日は『聖夜』だから、そういうことにしておきましょう。」
「…店にいる時のお前は言葉遣いが子供っぽくなるみたいだな。」
「錯覚です」
「……」
本当かな~? ──と思ったカダルーゾは、あえてそれを口に出さなかった。
さっきマチルダが言った通り、今日は特別な日。
12月24日。クリスマスイブ。
レポソの内部はクリスマスの飾りをし、言葉はつんつんだが、聖夜を期待するマチルダと、そんな彼女を撮るナオミの姿が見える。
「そういえば、普段はキャロルを流しておくけど、今日も『あの曲』を流しているな。」
「……お気に召しませんでしたか?」
まるで子供が大人に怒られないかというとても慎重な口調でレイラは尋ねたたが,彼はかすかに首を横に振って言った。
「嫌いではない。好きでもないけど、」
ただ飽きないだけ。
──と彼は言った。
「でもあいつらにはせっかくの聖夜なのに、キャロルをつけた方が好きじゃないのが? 子供だし」
カダルーゾは、そのように相変らずけんかしているマチルダとナオミを指差して言った。
確かに、彼とレイラに比べれば、二人ともまだ十代の子供だ。
レイラは言う。
「数日前にあの二人があの曲について聞かれました。それであの曲について教えてくれました。 マスターと二人いる時よく聞くって言ったら、なんだかその後で二人とも気に入ったようで… やはりキャロルのほうがもっといいでしたか」
なぜか楽しそうに見えたようで、語るレイラの表情にやや驚いたカダルーソ。
「おまえの好きなものがあるって意外だな」
「好きなもの。 …ですか?」
「いや、この曲好きじゃないのか?」
「いいえ、ただマスターに似合う曲だと思って…好きだということとは違うのですか?」
レイラは心底わからないような口調で首をかしげた。
すでにレイラとは7年の付き合いが、カダルーゾはまだ彼女の考えはよく分からない。
元来自分の主張が薄いものもあるが それでも生ける屍のようだったあの時に比べれば、今はかなり美しい女性に成長したと思う。
妹がいるとこんな感じか。──とカダルソは、時々レイラを見てそう思う。
「まあ、お前が気に入れば、好きということだろう。」
「はい…」
何かすっきりしないような、レイラのことをめぐり、カダルーゾはしばらく目を閉じた。軽薄な彼らしくなく音楽を鑑賞しているようだ。何だか、気持ちが楽になるような曲。
好きでも嫌いでもないが、やはり飽きない曲だ。
静かに目を閉じた彼は、ゆっくりと口を開き始めた。
「そういえば、この曲。タイトルって何だっけ?」
「ムーンライト。月光です」
「月光……悪くはない」
どちらかと聞くと『ムーンライト(月光)』よりは『ルナティック(狂者)』が思い浮かぶけどね。
そう言って、彼はちょっと皮肉るようにくすくすと笑った。
「それより──」
そんな言葉と共に、カダルソはレイラに向かって言う。
「お前が俺をここに招待したというのは、『何かある』からだろう?仕事か?仕事なら早くよこせ。」
「……」
レイラは瞬間、カダルゾの目を避ける。
それでもカダルソの視線にしぶしぶレイラは──
「──今日は何にしますか?」
そう言って酒を並べる。
機械のように顔の表情は硬くなっているが、それなりに自信満々な雰囲気を漂わせるレイラ。 そんなレイラの気持ちを知っているのかどうか、カダルゾは笑って見せた。
「そうか。そういうことか。 …りょうかいした。それじゃ、一番強い奴で頼む」
「はい。」
わずかの言葉を交わさなかったにもかかわらずすでにカダルソとレイラはお互いの話を終結した。複数のきついお酒を組み合わせてシェーカーを振るレイラ。
熟練した手つきは一度や二度のてぎわではない。
いつの間にか、カダルゾの横でマチルダとナオミが目を輝かせながら眺めた時、レイラはシェーカーを止めてカクテルのグラスに注ぐ。
「ちなみにこのカクテルの名前は──」
「『ゾンビ』…だろう?少しはわかる」
レイラはカダルーゾの言葉に静かに微笑んだ.
カクテルゾンビは、ライトラムやヘビーラムなどの強いラムをベースに多用し、とても強い方に入るカクテル。
バーテンダーは、お客さんの面倒を見ながらカクテルを作り出すのが仕事だが、最初からこのようなカクテルを出したという時点で、言葉どおり相手をゾンビにするという意味。
彼女なりの決め手だった。
カダルゾはゾンビカクテルを見ながら話す。
「この店は休憩の意味を込めて『レポソ』と言ってなかったか?」
「そうですが?」
「……まあ、いいだろう。 勝負だから。」
そう言って、カダルゾはゾンビカクテルを一気に飲み込んだ。
そんな豪快さを超えて、無謀な姿に横で見ていたマチルダは戸惑い、ナオミはシャッターを連打した。
一方、ゾンビカクテルを渡したレイラは微動もしない。
「クウウウ……これだけか」
一度で飲み込んだものにして、さっきとは大差なく、カダルーゾは依然として腐った魚の目を浮かべているだけだった。むしろ、いつもゾンビのような表情を浮かべる彼にとって、ゾンビカクテルはそれほど意味がなかったのかもしれないと、その場にいる全員は思った。
「今回も俺の勝ちだな。レイラ」
「はい。」
「わるいな。いつもタダ酒をおごってもらってるし」
「いいえ、酔わせなければ意味がないのですから」
そう語り合う二人。そんな二人を見てマチルダは「今回もタダ…。」と呟くだけだった。
「これは約束通り。」
「まったく、お前も勝負欲が強いから…」
レイラが取り出した大きな紙袋を受け取り、カダルソは悠々とレポソを後にする。
最初からあの紙袋が目的だったようだ。
「黒兄ちゃん。またね~」
「何が『またね~』よ! 塩まいて!」
「え─ お姉ちゃん。ツンデレも度が過ぎると嫌われるよ」
「誰がツンデレよ! 誰が!」
カダルーゾが去ったドアを見てうなるマチルダ。
まもなく、カダルーゾの気配が感じられないと、マチルダはレイラに抱きしめたる
「オーナーァァァァァァァァァ~」
「急にどうしたんですか? マチルダ。」
「なぜあんな奴に毎度ただ酒をくれるのですか。雰囲気からすると、何か勝負でもしたみたいだけど…」
「うーん、確かに。さっきのオーナーと黒兄ちゃんはお互いに磨き上げてきたことを競う剣客のようだった!」
「知ってて言ってるの? ナオミ」
「いや、知らない~」
そのようににっこりと笑うナオミを見てため息が出るマチルだ。
それでもナオミのたとえは間違ったが、それに劣らない勝負のにおいがしたという事実には否定しない。
「そもそもこのレポソはマスターがゆったりと休めますように──という願いから始まったお店ですから」
「そうでしたか?! 私はそんなことも知らず…」
「いま、はじめて言ったのですから」
マチルダはカダルーゾに冷たく接したことを反省し、レイラはそのようなマチルダを叱責しなかった。
「それでもマスターは休息を知らない方。口実を作ってくれないとこんなに酒も飲みに来てくれません」
「口実?」
「あ、そういえばオーナー。さっき黒兄ちゃんに紙袋くれましたね。いつも考えているのですが、それは何ですか?」
ナオミが鋭く質問すると、レイラは自分の唇に人差し指を上げて、
「それは、……秘密です」
マチルダとナオミはそんなレイラの反応に顔が硬くなった。
何か触ってはいけない何かがあるようだった。




