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月光の歌  作者: サンジン
虚空月 篇
11/39

1楽章。彼は英雄の夢を見ない。10


カインはふと5年前の光景を思い出す。

女王を目前に控えて逃げた自分を思い浮かべる。

戦友のシュミット男爵も捨て逃げた見苦しい姿。

本当にみっともない。


──あきらめろ。誰でも英雄になれると思うのは傲慢だ!この凡人が!


5年前に自分にそんなことを言った黒髪の少年を思い出した。

カインと年齢差がほとんどしない幼い少年。

その少年を見て純血【適応種(てきおうしゅ)月人(つきびと)】だと思った。

黒髪に夜空のような藍色の瞳。

クォーターのコーヤとは違う純粋な月人(つきびと)

あの時の少年の言うとおりだ。

自分は5年前と変わりなく、また──

「…スタ! ま…」

悲鳴が聞こえてくる。

いや、誰かが呼んでいるのだ。

誰が?

「どうか!お願い… 生きて…!!」

この声を知っている。

誰だっけ?

思い浮かべるために考えるカインだったが、すぐに糸筋のようだった悲鳴は曇るばかりだ。

いや、耳が遠くなったのか?

死が近づいた。

死を自覚した。

目を閉じた。

「──あきらめろ…と言っただろう」

「?!」

見覚えのある言葉にカインは目が覚めた。

「誰も英雄にはなれないと『こんなこと』は俺のような化け物の役割だ。日の当たる人間の役割ではないんだよ。この凡人が!」

黒い喪服を着ている黒髪の黒い瞳をしている男。

その男は女王から倒れたカイン一行を守るように立っていた。

「──どうして?」

それを言ったのは驚くべきことに女王だった。

「どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうしてだ!!なぜ!なんで貴様が!!」

女王のその叫びに大地が揺らぐ。

まるで巨大な何かが押さえつけられているように空を飛ぶ鳥も地面に墜落して呼吸困難を起こしている。

あれが女王。

凶獣を生んだ怪物。

「なんで『また』我と母が会うのを邪魔する!許さない! 絶対許さない! 必ず貴様を──」

しかし、その言葉がこれ以上続くことはなかった。

黒い線。一瞬黒い線が見えた。

その線は女王の首を通り抜け、そのまま女王の首を切り落とした。

まるで風が自然に流れていくように静かに、静やかに、

『どう、…して?』


──女王の首は切られた。


『あれが…死か?』

死に近づいたせいか?カインの目にはそう見えた。 静寂なこの空間で女王の首を打ったその黒い線はたちまち、女王の体を黒く染める。

まるで魚が腐っているかのように、女王は外れた自分の体を見つめる。

自分の体が首から黒く染まって腐っていくのを見据える。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────!!!!!」

それは生きるための足搔きなのか、それとも道連れにするための叫びなのか。

女王の断末魔によって空の雲が割れた。まるで天を裂くようなその悲鳴が、その音が、大地を割る。

音速で見えない攻撃が彼を襲う。


──いや、そうはずだった。


「タフだね。即死は避けたのか?5年前のやつと違って」

彼は手刀(しゅとう)をたたきつけてそう言った。

一振り。それに切り取られたのだ。

女王が自分の断末魔が切り落とされたことに気づくには、その一瞬で十分だった。

『何?あれは?コーヤのような群青のリビド?いや、違う、あれは…黒?』

彼の両腕に漂う黒いオーラをカインは捕えた。

カインのリビドが黄色(ライトイエロー)だとすれば、彼のリビドは黒より濃い漆黒(ダークブラック)を帯びている真っ黒なリビド。

デストルドそのもの。

つまり、凶獸の以外には使えないデストルドを身にまとった人間だ。

「──お前の深淵を見せろ」

「?!」

彼は自分の黒い瞳を浮かべながら女王を捕らえる。

黒く、暗い深淵のような瞳。

覗けば自分の全てが見破られそうな瞳。

凝視するだけなのに、まるで体全体の細胞の一つ一つをつかまれたような不快感と鳥肌が首全体を覆う。

『あれはまずい!!』

女王は本能的にその目を避けた。恐ろしさを感じた。

人間の上位種族であるはずの自分が、凶獣の女王である自分が、目の前に人間を恐れたのだ!

いや、果たしてあれが自分の餌である人間に間違いないのか?人間の形をしている化け物ではないか!

『あれは…勝てない…』

本能で悟ると同時に女王の切られた首が腐り始めた。

まるで恐怖と恐ろしさが体全体に伝染するように、体はもちろん、首も速く腐っていく。

「いや…我は…こんな…こんなの!!」

「死に食われろ。おまえが殺し──食べただけに」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──!!!」

それと共に女王は灰と化して風に吹かれて消滅した。

彼は自分の服についた灰を払いのけて考える。

『5年前殺した女王も、今の奴も、…どうして俺を知っているかのように言うのか?』

そんな疑問を抱いていたが、彼はそれ以上考えることをやめた。

一方、カインは死にかけている体で、その光景を自分の目に刻んだ。

『なるほど… そういうことか?』

リチャードに最初この任務を命じられた時から感じていた違和感。その時はもしやーと思ったが死んでいく今なら断言できる。

『誘導されたのか?女王を殺す化け(あいつ)を呼ぶための囮として…』

カインは納得した。

リチャードの北地域であの男を呼ぶには、都市が滅亡するか、公爵級戦力を失った事態でなければ出てこないだろう。だからこそ、目の前のあの男を呼ぶ口実として、カインたちの犠牲や、住民の犠牲、2つのうち1つが必要だった。

『ちくしょ…』

自分の目の前に立っている喪服姿の男を見て、カインは歯を食いしばった。

怒りに身を任せたいが、仕方ない。

戦闘要員数人と都市の住民。秤にかけておけばどちらがもっと重いかは明らかだ。

「僕の…仲間は…?」

「俺が来たときは、もう全滅した。死んでいく君を守ったメイドも…もう」

「……」

意外に驚かなかった。

いや、死を直感して諦めたのか?

自分たちが勝てないと判断して逃げたほうがよかったかな?自分の誤った判断で3人を死なせたことが気にかかるだけだ。

「僕は…死ぬのか?」

「たすからない。そのまま死ぬだけ」

「そうか…」

カインは静かに、そして生気のない声でそう言った。

5年前にカインは女王から逃げてかろうじて命が助かった。そして、今回は逃げなかった結果。こうして死に向き合っている。

「あのさ…僕の体、…仲間の横まで運んでくれるか?」

「……わかった」

彼はカインを持ち上げ、仲間たちが倒れた場所に横たえる。

「ほかに必要なのは──」

「……」

瞳孔が開いたまま空を眺めるカイン。

いや、もう何も見ていない。

これはただの死体だ。

彼は小さくため息をつきながら、身なりを整え、両手のひらを突き合わせて祈る。

(とむら)う。


このどうしようもない状況を嘆きながら──


「少し待て。今は葬式の途中だ」

「……」

彼の後ろには真っ白な怪物が彼を見つめる。彼を見つめるだけ、動かない。

女王を殺した復讐や、自分を無視したことへの怒りは感じられない。ただ好奇心の旺盛な子供のように静かに眺める。

彼はついに両手を離して真っ白な怪物に向かって体を向けた。

「終わった……やるのか?たしか『白夜の魔女』と言ったっけ?」

「……」

白夜の魔女は静かに彼を見つめる。

魔女というよりは感情がない非人間ぽい動き。むしろさっき倒した女王の方がもっと人間らしい反応を見せた。

思考そのものを読めない。

やがて、その存在は消えていく霧のように静かに姿を消した。

「女王が死んだから去ると言うのか…?意味不明だな。白夜の魔女」

彼はもう暗くなって夜が訪れた空を見上げながらそう言った。

これは英雄として成長していく青年の物語ではない。

これは『人間の心を持った怪物』と『怪物の心を持った男』の物語。

「……寒い」


──彼は英雄の夢を見ない。


1楽章 おしまい

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