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帝国スパイは平凡転生者  作者: たかな
1/1

1 蛇


 リモコンを手に取り、テレビのスイッチをつける。


 ぷつぷつと音がした後に、深夜のお笑い番組が映った。しばらくそのコントを眺めてみるが、どうにもこの芸人さんたちは自分の肌に合わず、こりゃ駄目だとチャンネルを変える。

 今度は動物番組の再放送が流れていた。画面いっぱいに映し出された蛇に顔を顰めてすぐさま変えた。蛇は苦手だ。苦手というより、ほぼ嫌いレベルなので疲労困憊の視界に映したくない。


 ぽちぽちとチャンネルを変えつつ、結局、今日のニュース番組を黙って眺めた。


 今の会社に新入社員として入社し、はや数年。巷ではブラック企業とも呼ばれる箱庭に居座り続けると、そこから抜け出そうとする気力さえもなく、ただただ家と会社と、時々コンビニに通う日々だ。

 時計はすでに夜の1時を指している。はあぁ、と溜息を漏らしながら椅子から意味もなくずり落ちる。大げさにスーツが擦れる音がした。


 もう食事さえも面倒くさい。風呂に入ったら、そのまま寝てしまおう。うん、そうしよう。

 くらくらとする頭を支えながらジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外しつつ、立ち上がる。


 ふと、ぐらりと視界が揺れた。あらら、と体勢を立て直そうとしても重力には逆らえず。


 頭に強い衝撃が走る。


 痛みがあったような気がするけれど、それよりも先に意識はすぐ真っ白に染まった。

 


 ***



「おい! そこ、何を倒れている!!」


 グンッと両手首を強く引かれて染まっていた意識はすぐに目を冷ました。

 次いで、「は?」と首を傾げる。最初に目に入ったのは縄で縛られた自分の両手首と、みすぼらしく皺のよった服を身に纏う人間が約数十名。室内ではなく、何故か森林が生い茂った外だ。

 そして何より、寒い。


「お前だ、お前! 早く立て!」


 またしても野太い声が耳をつんざく。つられるようにして肩を落とした人々がこちらを振り向いた。

 

 その光景に息が詰まった。

 何というか、まるで生気が感じられないというか。服だけでなく、体にはところどころ怪我が残り、足を引きづる男性や、頬が赤く腫れている女性もいた。まるでテレビの世界のような光景だ。

 というか、寒い。耐えられないほどではないけれど、秋の終わりを感じさせるほどの気温だ。シャツ一枚じゃ風邪を引いてしまう。裸足だし。


 というかここはどこだ。先ほどまで自分の部屋にいたというのに。どういう状況だ、何かのどっきりですかと問おうとすれば、ぴしゃりと土を強く叩く音が自分の隣で跳ねた。


「さっさと従わねえと、食らわせるぞ。蛮族めが」

 

 自分の隣には細身の男が立っていた。何故か鎧のようなものを着込んでいる。……映画の撮影か何かだろうか?

 眉を顰めれば、男は手に持っていた鞭を地面に叩きつけた。今までご縁のなかったその代物に、もしかして夢でも見ているのでは……と頭を叩きたいところだが手首を縛られているのでどうにもならない。


「どうやら味わいたいらしいな」


 再び鞭の音が鳴った。自分のすぐ隣だ。条件反射で慌てて立ち上がる。

 男は、ふんと鼻を鳴らしたあと「さっさと歩け!」と大声で集団に指示を下した。虚ろげにこちらを見ていた人達はゆっくり足を進める。

 隣の男に強く背中を押されて、渋々その集団に後ろからついていく。


「変わった装束だな。どこから持ってきた?」

「分かりません。ちょうどさっきのとこで何故か寝転がっていたんで、とりあえず縛ってはおいたんですけど」

「……蛮族らの町からではないのか?」

「おそらく別部隊から逃亡してきたかもしれないですね。どのみち、この辺りじゃ蛮族しかいないはずですし」


 後ろから男性二人の声が聞こえてくる。蛮族って何だそれ……と頭を捻りながら、嫌な予感が徐々に思考を占め始めた。

 もしかして、知らぬ間に拉致でもされてしまったのか? 鞭を持った男の格好からして、何やら西洋ファンタジーっぽい感じではあるけども、誘拐されて全く文化の違う国に連れてこられたのか。

 いや、それなら何故言葉が通じるんだっていう話になる。やっぱり撮影か何かかに巻き込まれたのか。知らぬ間に。そんな馬鹿な。


 この状況は一体何なのか。訊きたくても誰かに尋ねられるような空気でもなく。仕方なく口を噤んだまま足を動かした。



 冷たい風に肩を窄めながら十数分ほど進むと、拓けた場所に出た。そこにはさらに大勢の人間が集合していた。手首を縛られている人間たちは百人以上はいる気がする。唾を飲み込もうとしたけれど、口の中は乾いていてそれは叶わなかった。


「蛮族であるお前たちに最後の機会をくれてやろう」


 背中を押されてその集団と合流した後、木台に登った重装備の大男が声をあげた。


「我らカーラに忠誠を誓うのであれば、名乗りでろ。さすればカーラ民として迎えることを王は約束されている」


 男は両手を掲げながらそう言葉を紡ぐ。演技がかったその光景に、いよいよこれは映画の撮影説しか考えられない。というか、そうでないと本気で困る。

 

「ち、誓う!」

「私も誓います! 従うから奴隷になんかしないで!」


 わあっ、と周囲は縛られた両手を挙げる。奴隷って何だ、そういう設定か?


 前に立つ男はその光景を一望した後、「カーラ民として望むものは前に出ろ!」と左方を指差す。そこには布をかけられた長い台が一つ、その隣には別の鎧男が軽く手を掲げている。そうすれば大半の人間たちは我先にと差された方へ向かった。

 自分はというと、国民性は働いてしまうもので。皆がそちらへ向かうのならば、と自分も集団についていった。残っているのは老人たち数名だけだ。


「この罰当たりめ……!」


 一段と年老いた男性が苦言を漏らす。

 老人たちは鎧人間に連れられて右方へ移動させられた。大変なご立腹なその様子は名演技だ。お願いだから演技であってほしい。


「さぁて、随分と多くの蛮族が残ったようだが」


 連れ去られていく老人たちには意識を向けず、大男はこちらを見下ろしながら腕を組む。


「カーラ国は忠誠を誓うものに対して万人を受け入れる。ただし、そうでない愚民を懐に入れることは良しとしない」


 またしても演技がかった台詞を吐きながら、大男は長台近くにいた鎧男に目配せする。鎧男は頷くと、台にかけられていた布を剥いだ。

 ざわり、と更に周囲が騒がしくなった。


「何故ここに道祖神様が!」

「一体何をさせるつもりなんだ……」


 人の間から覗き見ると、長台にはずらりと小さな像が並んでいた。げげ、と眉を顰める。

 並んでいたのは蛇の像だ。両手で抱えられるほどの大きさだが、なかなか毒々しい姿をしている。


 鎧男は台に乗せられていたトンカチのようなものを手にとった。


「カーラに忠誠を誓う者は、この像を壊せ。そうすれば我らはお前たちを認め、カーラ国第三階級市民としての地位を約束する」


 まずはお前達からだ、と一番前に並んでいた五人の男女にそれぞれトンカチを渡した。

 五人とも、固まったままだ。周囲の鎧男達に急かされても、持たされたそれを振りかぶる様子もなく。最初に動いたのは右端にいた若い男性で、「できない」と首を左右に振った。

 そうすると続けて他の四人も、同じように自分には無理だと断りを入れた。


 鎧男達はそれを最初から予想していたように、並んでいた五人の縄を引いていく。先ほど老人達が連れていかれた方向だ。


「次だ。さっさと持て」


 続けて別の五人が縄を引かれて並ばせられる。先ほどと変わりなく、同様の色は全員顔に出ていた。


「……どこまで堕とせば気がすむんだ」

「同じ人間とは思えないわ。どっちが蛮族だっていうのよ」


 自分の後ろにいる男女がぽそぽそと囁く。直後、「そこのお前ら!」と、すっかり聴き慣れてしまった鞭がすぐ側で鳴った。


「どうやら不満があるようだな」

「……ひっ、あっ、その」

「せっかくの温情な機会だが、どうやらお前達には不要だったか」


 鞭を持った男は呟いていた二人の後ろ首を掴むと、そのままずるずると引きずっていく。

 違うんだやめろ家へ返せ、と喚く二人の……その、演技力も、相当素晴らしく。


「何を見ている」


 引いた目でその光景を眺めていれば、鞭男の隣にいた別の男が私の後ろ首を掴んだ。

 えっ、えっ、自分も引きずられるのか? と警戒しながら肩を窄めていれば、そのまま先ほどの長台のところまで運ばれる。


「愚像を壊せもせず、我が国に誓うとよく虚言を吐けたものだな。……次の五人だ」


 二番手に並ばせた彼らも像に手を出せなかったのか、変わらず毒々しい蛇の像がこちらを睨んだままだ。

 縛られた両手に例のトンカチを握らされる。

 他の四人をちらりと横目で見てみるが、彼らも例外なく、握らされたまま振り下ろす気配はなかった。

 その光景に飽きたのか、鎧勢の一人が私の隣の男に手を伸ばす。


「さっきの威勢良い宣誓はどうした。カーマに従うんだろ?」

「む、無理だ! 勘弁してくれ! 頼む!!」


 鎧男は強制的に大きく振りかぶらせる。隣に立った男は半狂乱になりながら、何度も何度も首を左右に振った。

 成人男性の悲鳴なんてものは、今まで生で聞いたことはもちろん一度もなくて。暴れ始める男性を、鎧男は黙って抑え込む。


 さすがに、これは……演技説も除外せざるを得ないというか。


「おいお前。……お前だお前」


 取り押さえられる男性を呆然と見下ろしていれば、顎を強く引かれた。かさついた手が擦れて痛い。


「なんだ? 言葉も通じないのか」


 強面の男が強く顎を揺さぶる。何なんだこの扱いは……と血の気が引いていく感覚に酔いそうになりながら、とりあえず首を左右に振る。


「ならばさっさとその像を壊せ。できなければお前もあっち行きだ」


 そう言って、像を壊せなかった人間達が連れていかれる方向へ目配せする。どう考えてもその先が良い未来とは思えない。


 握らされたトンカチを改めて一瞥した。木目のところは汗で濡れている。

 蛇の像は相変わらずこちらを睨んでいた。


「さっさと壊せ」


 蛇は嫌いだ。

 小学生の頃、林間学校で好奇心に駆られて森林探索をした時、噛まれたことがある。

 毒がなかったから良かったものの、当時の自分にとって『蛇に噛まれる=死』だった。二週間は布団の中で、自分はいつか近いうちに死んでしまうと震えていた。大変苦々しい記憶である。七日目辺りから両親は笑っていたけど。


 それから蛇は駄目になった。

 可愛いマスコットキャラでも蛇という存在がもう受け付けられない。リアルなやつはもっと駄目だ。論外だ。直視したくない。


「どうした、お前も壊せないか」


 ……未だに状況はまったく読めないし、たぶん相当大変な事態に巻き込まれているような気がするけれど。よくよく考えれば苛立ちは徐々に募っていく。

 ここがどこなのか分からないし、さっきから寒いし、縛られた腕も痛いし、足の裏がちくちくして気持ち悪い。

 

 そんな苛立ちを蛇の像に向けて、深く考えずトンカチを振り下ろした。


 ガシャン、なんて思ったよりもよい音を立てて像は崩れる。小気味好い音に何度か瞬きをして、像には悪いが少しすっきりしていると。

 がたがたがた、と音を立てながら隣に並んでいた薄着の男女が後退する。むしろ腰を抜かしている。


「こ、こここここ壊した……!!?」


 信じられない者を見るような眼差しで彼らはこちらを凝視する。


「なんて罰当たりな!」

「ああああああ道祖神様!!」

「というかこいつ誰だ!?」


 さきほどまで肩を落として沈み込んでいた囚人達は、顔を真っ赤にして叫んでいる。相当なブーイングだ。

 これは、自分が空気が空気をちゃんと読めていなかった結果なのか。なかには本気で泣き叫んでいる女性もいた。


 ばらばらになった蛇の像はもう戻ることはない。


 なるほどこれは……やらかしたか? と息を呑んだ。


まだ何も始まっていませんが、少しずつ物語を動かせたらと思います。

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