超能力戦士の徴兵
超能力者と小学生は傷の治りが早い。
ある日曜日の朝、またベンダーゲームを言い訳に公衆電話ボックスを探した不動は、探し回った末片隅に立っている『それ』に入ろうとした。
扉を押したが開かない。引いたら、扉が2つ折りで開いた。電話ボックスを使うのは初めてだった。
恐る恐る電話ボックスの中に入る。狭い個室の中で、突然公衆電話が鳴り響いた。
どうしていいか分からない。
不動には受話器を取るということが分からなかった。
心の中で慌てふためきながら、公衆電話の数字のボタンを押してみたり、なんとなく取手ではないかと受話器に触れてはみたが、公衆電話は鳴り止まない。
緊急用の赤いボタンを押そうとする所で、どこからか教授の声が響いた。
「ああ、すまんすまん。今から君を転送する」
足場が消えて落ちていく様な感覚を残す、原理の分からないテレポーテーションの後、第三倉庫に着いた。
教授、キャッツ、タンク、そして不動を助けたステルスが、皆ばつの悪い顔で彼を迎えた。
「まず、うかつすぎた私から謝らせて欲しい」
教授の第一声は謝罪の言葉だった。
「もう二度と会うこともあるまいと思ってテレポートポイントを変えて、我々の基地がばれる可能性を減らしたつもりだったのだ。まさかもう一度不動君が来るとは思っていなかった。申し訳ないことをした。」
「酷い言い訳だよな」ステルスが不動に話しかけつつ教授をなじる様に横目に見た。
「選択とかいって俺達と接触したのだから、どんな可能性だってある。教授は超能力研究は凄いつもりでも、何もかも頭の中だけで完結させる馬鹿だ。俺がついてなかったら命は無かったんだぞ。」
「全くその通りだよ、ステルス」教授の言葉には覇気が無かった。
「彼等は人間の脳に寄生した。しかし、人間の全てを知った訳ではない。
彼等には家族という概念がない。
トランペッターの何らかの信号なり命令に従う事こそすれ、それを自我の芽生えと呼んでいいのか意見が割れる所ですらあった。一応宿主の意思から離れる意味で自我を持つと表現したに過ぎないが、結局よくわかっていない異生物なのだ。世界中を飛び回り、彼等の本能や性質を理解したつもりでも、予測不能な行動をとる。これは教訓だよ。」
「教授」不動は謝罪を通り越した教授の独り言に近い嘆きを遮った。
不動は、決心していた。
不動の父親は不倫を機に母親と離婚して出ていった。不動はどうすることもできず、ただ傷ついた母の姿を見ることしか出来なかった。そして、母親に引き取られて祖母の家に来た。
母と祖母の命が危ないという。
今度は、今度こそは母親を守りたい、そして祖母も守りたい。それが不動の意思だった。
「偽天使のボスのトランペッターを倒したら、それで終わりなんでしょ?」
「不動…」ステルスは分かってるがそれでも苦い声を発した。皆も察していた。
「僕はお母さんやお婆ちゃんをあんなのから守りたいです。だから、お願いします。仲間に入れて下さい。」
教授は、頭を下げる不動を見た。
さっきとは打って変わって冷たい指導者の顔と声で淡々と不動に向き合う。
「君の選んだ道を歓迎する。しかし、まずは超能力増幅術を受けてもらう。そのあと、君が実名で呼ばれることで、万が一家族や身の回りの者達に危険が及ぶ可能性を減らすため、コードネームを与える。
進化と学習を続ける天使虫の前では、今となっては形骸化したかもしれないが、それでも天使虫の奴等に外見と能力以上の個人情報を晒すのを避けておきたいからね。」
「早速始めよう。立ったまま動かないでくれ。脳は痛みを感じないし、君ほどの超能力者なら失敗はない。」
思わず気をつけの姿勢をとった不動に、教授は手の内で奇妙なパントマイムを行った。
「そのまま五分動かないで、そう、もうすぐ終わる」
メンバー達の複雑な思いが錯綜している視線を浴びながら、不動は不思議な高揚感を感じた。手術の効果だろうか。
「…よし。出来た。君は多分一生超能力を使えるはずだし、生体エネルギーを放射して超能力を発現するスピードもパワーも桁違いになったはずだ。」
「ほどいたら世界を手にいれるという紐を剣でたち切ってみせた逸話にちなんでアレクサンダーとでも名付けたいが、」教授は一人で呟き一人で笑った。
「君の紐切り技からみて剣、コードネームは『ソード』でいいだろう。仲間と会った時や集まった時、そして、偽天使と戦う時はコードネームで呼ぶ様に。日頃から癖をつけておくのが大事だ。」
「宜しくね、ソード」キャッツは笑顔を見せた。
「歓迎する、ソード」タンクは堂々と腕を組んだ。
「俺は、素直には歓迎できない」ステルスが不動、もといソードの肩を優しく叩いた。
「けど、仲間になったからには、全力でお前をサポートするよ、ソード」
「まずは親御さんの身の安全の為にここで訓練をし、しばらく生活してもらう。
過去のデータからいって彼等は家族という概念を理解できないから、君がいなければ彼等が家族に危害を加えることはまずない。それでも例外がある可能性を考慮し、一応私が君の家まで行って監視役になろう。
そしてすまないが、ソードの超能力訓練のため一週間程、不動君は流行りの風邪を引いているという暗示をご家族と学校関係者にかけてまわる。」
君を一週間で超能力戦士まで引き上げる、と言われて、ソードは不安がよぎった。
「俺が教官をやるよ」ステルスが手を上げた。
「珍しいな、私がやると思っていた。」タンクの言葉に、ステルスが赤髪をかいた。
「戦う所を見て思ったんだが、初めてみる相手の一撃をサイコフィールドで防いだんだ。ソードに戦いかたを教えたら、多分俺達のなかで一番強い戦力になる。」
ステルスはソードを見た。
ソードには、ステルスが中学生程度の年齢と反比例に、子供に向ける大人の目をしていたのが印象に残った。