不動の選択
「でも、そういう小さい集まりじゃなくて、いくらなんでも警察とか軍隊とか、世界中の国々が気づいて、その偽天使とかトランペッターと戦ったりしませんか?」不動の最もな質問に、キャッツが肩をすくめた。
「当たり前よね。皆馬鹿じゃないし事の異常さに気づいた。でもね、その時にはもう遅かったの。」
「遅かった?」
下を向いて沈黙したキャッツの代わりに教授が続ける。
「天使虫は『生物であり概念』という特殊な性質をもっていて、医療機器においてすら姿形を発見出来ず、超能力による特殊な探査が無ければ寄生されたことにも気づかない存在だったのだよ。
あるいは自ら天使の輪の様に宿主の頭上に現れるか、それくらいしか判別出来ないのだ。
それでも生物として自我を持っていないだけ、人類と天使虫とはある意味共生出来ていた時期があったと考えられるがね。
しかし、トランペッターによって自我無き天使虫が敵となってしまう今、誰が宿主で誰がそうでないかがわからない。
実際、ある政府の中枢や国のトップが天使虫宿主だったケースも相次いだ。」
ため息を一つ吐いた。
「その結果、偽天使なるものを国家機密にしたり、偽天使の起こした超能力事件そのものを秘匿、隠蔽、世界的パニックを起こさない為というお題目での世界レベルの『暗黙の了解』が成立してしまったのだ。
水面下での国連超能力治安維持部隊案というのもあったが、超能力を主に使えるのが少年少女だけと言うこともあり、倫理問題として頓挫してしまった。駄目になってしまったのだよ。」
「質問していいですか?」不動はあることに気づいた。
「どうぞ」教授が口角を上げて微笑む。
「なら、何で大人の教授が超能力とか使えるんですか?他にも大人の超能力者とかいないんですか?」
不動が質問した時、長い沈黙が流れた。
不動の目には、塩谷や朽木は中学生位に見えるし、内藤に至っては高校生に見えた。
「やっと」教授は乾いた唇を舐めた。
「やっと大人や超能力を失った思春期の子供達でも超能力を使えて、しかもそれが偽天使と戦える様に増幅させる事に成功させたのだ。およそ5年前に、主に私を実験台にしてね。」
教授は年齢不詳の顔を更に老けさせた様な表情で不動に向き合った。
「超能力を使った生体エネルギーと超能力増幅脳改造手術。超能力を持ったままの子供か、超能力が減衰した程度の思春期の子供であればあるほど成功率は高くなる。」
「君に選択してほしいといったのは他でもない。超能力脳改造手術を受けて我々のメンバーになって、偽天使やトランペッターと戦って貰いたい。
多くの超能力戦士を見てきたが、君がベンダーゲームで見せた相手の生体エネルギーのフィールドを破って物体を切り裂く超能力は、天使虫に対抗する決定打としての素晴らしい力がある。
あるいは、戦いを拒否して平凡な小学生として生活することも出来る。この戦いは命をかけることになる。私の超能力で暗示や洗脳などして強制するなど、これに関してはとてもじゃないが私には出来ない。」
「ただ、これだけは知った上で決断してほしい。もう世界はトランペッターと偽天使による破壊と殺戮が進んでおり、一般世界や世間に隠し通せないレベルまできてしまっている。
アフリカから段々と東へと騒ぎと混乱が移動していっているから、対岸の火事にはどこか他人事の様に疎くなる日本もマスメディアを通じて彼らの存在を明るみにするだろう。当然パニックも起きるだろう。偽天使引いてはトランペッターを止められるのは脳改造を受けた世界中の数少ないイレギュラーズと我々だけなのだ」
また、沈黙が流れた。
不動は彼らの言葉を咀嚼し、理解し、そしてまた疑問が生じた。
「その改造手術を世界中の戦う人達に出来ませんか?」
「やろうとした。私は、超能力に肯定的なロシアを中心に何百と超能力手術を執刀したのだ。」教授の声はかすれ始めていた。
「全ての手術は成功すると思っていた。しかし、脳の特定部位を改造して超能力を得たり増幅出来た者は数%に満たなかった。手術として確実ではないのだ。
それを知ったロシア政府は私を追放したし、アメリカやその他の先進国は私を人体実験を行う狂人として誰も耳を貸さなくなった。」
「で、耳を貸した俺達の様な物好きで、手術に成功した奴等が、サイオニクスイレギュラーズになってる、と」ステルスが教授の話を適当に端折って、鼻を鳴らした。
「不動、今ならまだ止めて引き返せるぞ、手術に失敗しても身体に不自由とか起きないらしいが、二度と超能力が使えなくなるらしい。脳いじって失敗して、早く中学とか高校生気分を味わって暮らしていくといい」
「ステルス」タンクがステルスを睨む。
「もう日本にはイレギュラーズは4人しかいない。日本で偽天使騒ぎが起こる前に超能力者を増やす計画が、日本に潜伏していた偽天使によって全て失敗してしまった。
サーチもクラッシュもカッターでさえも死んだ。他の支部との合流は、自分達の国を守るだけで精一杯で事実上不可能だ。そして中国支部や韓国支部は全滅した。次は俺達だ。もう後は無いんだぞ。」
彼らの会話を聞きながら、不動は、怖い、と思った。
脳改造、命をかけた戦い、襲ってくる偽天使、そして、命と聞いて浮かんだ母親と祖母の顔。
「……ごめんなさい。僕には無理です。」
頭を下げる不動に、三人の少年少女は沈黙した。
そして、謝らなくていいと教授が優しく声をかけた。
「こちらこそ無理矢理連れてきて、済まなかった。もう二度とこんなことはしない。君の学校の生徒とももう会わないだろう。君だけが金の卵だった。」
マンホールの蓋の上に立つように手で示すと、不動はそれに従った。
「さようなら」
テレポートの瞬間、誰かがそういったが、不動には誰が言ったか分からなかった。