秘密基地
その日、不動は授業も掃除も何もかも上の空で学校を終えた。
集団下校を親がくるからと、何となく断った後、私服に斜めがけバッグの姿のまま、
教師やSPの眼をすり抜けて、教授の洗脳通りに学校の裏にある山を登り、山の中腹にある廃屋へと向かった。
廃屋は錆びたトタン屋根と、同じ材質だろう壁があるだけであり、床には枯れ葉が積もっていた。
とても秘密基地に通じる何かがあるようには思えない。
「やぁ、来たね。そこのマンホールの蓋の上に立ちなさい」どこからともなく教授の声がした。
よく見れば、床の上にマンホールの蓋が置かれており、不動は言われるまま蓋の上に乗った。
その途端、マンホールの蓋が壊れて下に落ちていく感触と共に、不動の意識は洗脳状態から解けた。
気がつくと、不動は蓋の上に乗ったまま薄暗いコンクリートの別の建物に移動していた。そこはどこかの倉庫の様だった。
コンテナが一つ積んであり、コンテナの上に金髪の白人の少女が座っている。
コンテナの右横には黒人と黄色人種のダブルらしい少年が腕を組んで不動を睨んでおり、その反対側では教授が笑顔で立っていた。
コンテナの中の奥では髪を赤く染めた黄色人種の少年が何か機械をいじっていた。
教授は洗脳が解け混乱する不動に向かって両手を広げた。
「ようこそ、サイオニクスイレギュラーズ日本支部の基地へ、歓迎するよ」
「何が歓迎だ!」コンテナ奥の少年が叫んだ。
「『犠牲者』にようこそも糞もあるか!どうせまた超人を造るつもりなんだろう!この悪魔!」悪態をつきながら、奥から出て不動を見た瞬間、赤毛の少年は教授に向かって激昂した。
「おい!しかもこんなガキの脳ミソいじって戦わせる気か!死んだクラッシュ達より年下じゃないか!」
胸ぐらを掴んだ少年の手を、教授は両手で包みこんだ。
「落ち着け、ステルス。もう選択肢も、倫理も、何もかもなりふり構ってはいられないんだ。我々と戦うか、人類が絶滅する時に巻き添えで死ぬか。この子の将来はそれしか無いのだよ」
ステルスと呼ばれた少年は、やり場のない怒りを舌打ちで表現し、不動に向かい合った。
「不動結城、だな?」
「そうです。」不安しかない声で不動が答える。
「俺は塩谷たかし。ステルスと呼んでくれ。詳しい説明は教授がやるだろうから、先に言わせてくれ。君はとんでもない戦争に巻き込まれた。自分の命だけじゃない人類とか世界の運命とかかかった戦いだ。説明を聞いた後、嫌ならまだ引き返せる、と思う。慎重に考えてくれ」
ステルスは不動にそう告げると、またコンテナの奥に引っ込んだ。どうやら古い立体画像装置を修理しているらしい。
体験型テレビに慣れている不動でもその装置は知っていた。
「さて、説明前にステルスの様に自己紹介した方がいいな。」捕まれて出来た衣服の乱れを直しながら、教授は不動に声をかけた。
「コンテナの上にいる彼女は朽木アリシア、コードネームはキャッツ。腕組みをしている彼は内藤アンドレ、コードネームはタンクだ。彼らは所謂超能力戦士で、私と共に天使虫と呼ばれる知的生命体に寄生された人間と戦っている」
「…。」
「状況が飲み込めていないのだね。不動くん。この秘密基地、第三倉庫に君が来てからパニックを起こさないよう君の思考の一部に干渉をしているが、やはりそれでも無理なものは無理か」
「当たり前でしょ」キャッツという少女が呟いた。
「ここにいる誰だって初めは混乱したよ。超能力が人より得意だったり強いだけで、さらわれてきた様なものだもの。」
「キャッツ」タンクが腕組みをといた。
「さらわれてきたんじゃない。教授に選ばれたんだ。良くも悪くも。それに状況を俯瞰して考えれば、教授は正確には加害者とまでは言えない」
「いいや、教授は加害者のゲス野郎だね。俺らや不動君の人生のことなんて何一つ考えてない」ステルスの悪態が響く。
「君達、各々の感想はいいから説明させては貰えんかね」肩を落とした教授に、不動はここに来て初めて口を開いた。
「ここはどこ?どうして、僕はここにいるの?イレギュラーズって何?兎に角、ここから家に帰して」
「すまない」
教授は帽子を取って白髪頭を深々と下げた。
「まずは説明を聞いてほしい。そして、選んで欲しい。そうしたら、君を家に帰してあげるし、選択によってはもう二度とこんな事をしないと約束しよう」
「………分かった」
不動の一言で、教授は頭をあげ、帽子をかぶりなおすと、長い説明が始まった。