プロローグ
「どうしてあんなことをした?」
高橋一馬は、びしょ濡れで毛布にくるまってガタガタ震えている女に聞いた。
「だって、もう、生きていてもしょうがないもの」
高橋山近くを流れる白川に女は見投げして自殺を図ったのだが、偶然居合わせた一馬が女を救った。
季節は冬のさなかで、心臓麻痺で死ぬところを人工呼吸までして救ったのだ。また死なせる訳にいかないから、事情を聞いて力になろうと思っていた。
しかし、女は頑として理由を話さなかった。一馬はお手上げだった。
「名前は?」
「翔子」
「俺は高橋一馬。しばらくここで養生していくと良い」
そうして高橋山の洋館で翔子は過ごすことになった。
「良いなぁ。綺麗で」
多恵子は翔子を見て心底羨ましがった。
多恵子はお世辞にも綺麗と言われたことがない。自分でも太っていて、ブスだと思う。
多恵子は高橋家の執事のつてでお手伝いとして雇われていたが、いつも自分のどんくささに嫌気がさしていた。
「綺麗なことがそんなに重要なのか?」
一馬が聞くと、
「勿論!女として人生を決定づけるくらい重要ですよ」
と多恵子は答えた。
「話って何ですか?」
数日後。とある一室に呼び出された翔子と多恵子は一馬に聞いた。
「実は、実験につきあって欲しいんだ」
科学者連盟に所属している科学者の一馬は、ずっと以前に造った装置の改良版を考えているところだった。以前よりずっと小型で高性能の装置。人格交換器。
多恵子は本当に自分が翔子になれるのかと思うと半信半疑ながらも望んでしまったが、翔子がふたつ返事で了解したのにはびっくりした。
二人の女は、実験に同意して、地下の実験室に案内された。
「こんな施設があったんですね・・・」
様々な機械がところ狭しと並んでいる。こころなしか背すじが寒かった。
「お互いの同意がなければこの機械は使えない。入れ替わる時はもちろん、元に戻る時もだ」
一馬が言う。
「拒否する心がわずかでもあったら作動しない」
私は、断然彼女になってみたい!と多恵子は強く思った。多分、もう元に戻りたいとは微塵も思わないことだろう。でも、彼女は本当に私になって良いのかしら?
機械の出す微弱な電磁波に乗って、多恵子の考えている内容が翔子に伝わった。
私は、自分が嫌でどうしようもない。だから、違う人生を送ってみたい。
翔子の心が多恵子に伝わってきた。
「じゃあ、実行するぞ」
一馬の合図で人格交換器が作動した。二人の女は入れ替わった。