告げられし真実
カッ、カッ、カッ。
洞窟の入り口から響く足音が徐々に近づいてくる。どうやら、一人ではないようだ。
影が二つ入ってきた。
「あっ!」
驚きを隠せない美衣子。そこに現れたのは彼女の両親だった。
「どうして、お父さんとお母さんが?」
「驚かせて済まない。けど美衣子。まずは水仙人様の話しを聞きなさい」
「う、うん……」
戸惑う美衣子の横に両親は座る。
「では、話を始めよう。まずは、ファイヤーストーンのことからじゃ。この宝石は、一千年前の黒魔族との戦いの時に現れた。当初から黒魔族は数が多くて強かった。ファイヤーストーンは、死んでいった正義の戦士達の思いを取り込み、黒魔族の力を封じたのじゃ」
「一千年も前から……」
「そうじゃ。まだmirikoworldが、別の名で呼ばれていた時のこと。その時、正義の戦士達を率いて、ファイヤーストーンの力を使い黒魔族を封じた人物。その女こそ初代救世主、ミーアノーア様じゃ!」
水仙人の口調がたかぶった。興奮しているのか。
「その時の衝撃で大地は二つに割れ、一つは彼方へ流された。残った方の大地が後のmirikoworldとなり、もう一つ、魔空間に流れ着いた大地はブラックグラウンドとなった。ミーアノーア様は、魔空間に流され、お戻りになることはなかったのじゃ……!」
「水仙人様……」
魔空間とは、黒き空間とも言われる闇が支配する空間で、ブラックグラウンドの他にもう一つ大地が存在する。反対に、聖空間と言われる場所がある。聖空間は白き空間と言われ、mirikoworld含め四つの大地で成り立っている。
この二つの空間、隣あっているものの互いの理が違い、混ざり合うことはない。
「黒魔族を封じたファイヤーストーンは、自らの意思で五個の欠片に分かれ飛び去った。わしはミーアノーア様の命により、サイーダ様をお守りする役を仰せつかったのじゃ」
「ええっ!? じゃ、あなたは……?」
美衣子と美理子、うさちゃん、ジースは、水仙人の顔をまじまじと見つめた。
「そうじゃ。わしは、一千年前の戦士達の生き残りじゃ。そしてサイーダ様は、ミーアノーア様のご息女じゃ」
「ええええーーーーっ!」
話しが大き過ぎて、驚くことばかりだ。一千年前からの戦いに、ミーアノーアのこと。サイーダのこと。頭が、パニックになりそうだ。
「そう驚くことはなかろうて。わしとサイーダ様は、ミーアノーア様のお力によって、長い間深い眠りに包まれた。仙人の力を得たのは、目覚めてからのことじゃ。何も一千年も生き続けているわけではないのじゃよ」
「は、はぁ」
それにしても長生きなおじいさん。そう考えると、サイーダもけっこうなお年なんだろうか。女性に年齢を聞くのは失礼だが、あの美貌と若さの秘密は凄い。
「どうじゃ。少しは落ち着いたかの。話しを続けてよろしいかな?」
「は、はい!」
「五個に分かれたファイヤーストーンの欠片。この欠片を全て集めて念を込めると、ファイヤーストーンは再生するはずじゃ。黒魔族がこの欠片を狙っているとすると、急がねばなるまいて。ただ、五個のうち二つは、もう持っているようじゃな」
「ええっ、どこに?」
水仙人が美衣子と美理子のペンダントを指差す。
「お前さん方、そのペンダントに不思議な力を感じなかったかの?」
「ま、まさか……」
「そうじゃ。それこそファイヤーストーンの欠片。正しき勇者が持つにふさわしい宝石じゃ」
「これが、ファイヤーストーン……」
改めてペンダントを見つめる。透明な水晶の中に、かすかに赤い炎が混じっているような不思議な色だ。
「その欠片はお前さん方を真の勇者と認めたのじゃろう。そしてみーこ、次はお前さんのことじゃ。お前さんが何故、救世主の力を持つ者と言われておるのか。それは……」
ゴクッ。
美衣子は唾を飲み込み次の言葉を待った。なんだかドキドキする。今までも疑問に感じたことはあった。その答えが、ついに聞けるのだ。
「みーこ、お前さんが17年前、mirikoworldで生まれたからなのじゃ」
「ええっ、わ、わたしが?」
「そうじゃ。わしらはずっと探していた。いつかミーアノーア様のお力を受け継ぐ者が来ることを。あの日、ミーアノーア様の肉体は滅びたが、わしはそのお力を結晶にして残しておいたのじゃ。そして、お前さんが生まれた時、その結晶が強く反応した。わしは確信した。この者こそ、救世主の力を継ぐ者だと」
「その結晶って、どこに置いてあったんですか?」
美理子が質問する。
水仙人はゆっくりと答えた。
「わしが持つこの杖に、飾りとして付けてあったのじゃよ。そして偶然あの時、ミリルーク神殿に来たみーこに反応したのじゃ」
「ち、ちょっと待って下さい。わたしは……、その、生まれがmirikoworldって……」
美衣子は泣き出しそうになっていた。半分パニックになって、頭の中で上手く整理できないでいた。
「水仙人様。ここからはぼくたちが」
「ふむ、そうじゃな」
美衣子の両親が話しを引き継ぐ。彼女の母親が、娘をギュッと抱きしめ落ち着かせる。
「美衣子、ごめんね。泣かせてしまったわね。でも話を聞いて。実は、わたしは、ミリルーク神殿で食事を作る係だったの。あなたのお父さんは、神殿の兵士だった。けど、あなたが生まれる三ヶ月前に、あの人は、黒魔族にやられて殺されてしまったの。黒魔族に襲われた近辺の村を調査している最中にね。失意の中、わたしはあなたを産んだわ。これから、どうしたらいいか分からない絶望を抱えて。そして、サイーダ様にご相談しようとあなたを抱いて接見の間に行ったの」
「お父さ……死んだ……」
「そう、そしてその場で偶然にも、あなたが水仙人様の結晶に反応した。今でも覚えているわ。結晶から出た光が、まるで煙のようにあなたの体に入って行くのを」
「………」
「その後、サイーダ様のご提案で、わたしはあなたと一緒に人間界で暮らすことになったの。救世主の力を持つあなたを、黒魔族から守るために。水仙人様も、わたし達をお守りするために、一緒について来て下さったのよ」
「そう、そしてぼくは、彼女と出会ったんだ。美衣子、君がぼくの本当の娘じゃないとしても、父親として、君を愛し守ると誓ったんだ。もちろん彼女のことも。今まで黙っていたことは、悪かったと思っているよ。だけど信じて欲しい。ぼくたちは、家族だから」
「お父さん……」
「わたしも、あなたが大好きよ美衣子。救世主であろうとなかろうと、私たちの娘であることに変わりはないから」
「お母さん」
家族三人が抱き合う姿を、水仙人達は優しい目で見ていた。黙っていたことは心苦しかったはず。美衣子に嫌われてしまうかも、と内心両親は思っていたが、美衣子は育ててくれたことに感謝し、これからもこの家族でいたいと思った。
誰より、大好きな両親だから。
これでやっと意味が分かった。自分が生まれてきた訳も。救世主と言われる意味も。
だけど、涙は流れる。やっぱり悔しかった。
嘘をつかれたことがショックだった。
美衣子は、ニコッと作り笑顔をして見せた。
本当は、大声で泣きたかったけど、両親の前では、仲間の前では泣けなかった。
だからーー、
「お父さん、お母さん、わたし、サイーダ様に報告してくるね」
そう言って洞窟の入り口に向かった。
その後を追ったのは美理子とジースとうさちゃんだった。
「みーこ、大丈夫?」
美理子が美衣子の隣に来た。ジースとうさちゃんも心配そうにすぐ後ろにいる。
「大丈夫だよ。アハハハハハ」
平気な顔をして笑って見せる。が、仲間達には分かっていた。美衣子が、無理をしていることを。
「みーこ、無理しないで。いきなりあんな話を聞かされてショックだったんだよね。わたし達も知らなかったとはいえ、あなたを救世主だって巻き込んで……」
「美理子のせいじゃないよ」
「美衣子……」
両親が、近くに来ていた。美理子が彼らに美衣子を託し手を振る。
「おじさん、おばさん。みーこ今日は疲れているみたいなんで、このまま家で休ませてあげて下さい。みーこ、サイーダ様への報告は、わたし達がやっておく。じゃ、またね」
そのままジース達と洞窟を出て行く。
美衣子は、両親に手を引かれ家に戻った。
家に着いた時には午後三時。美衣子は、自分の部屋のベッドの上でうつむいていた。両親は、何も言わず部屋を出て行く。一人になった美衣子。自然と涙が溢れ出す。我慢できずに、おもいっきり泣いた。
その泣き声を下の階で両親は聞いていた。が、何もしてやれない。今はただ、美衣子の気持ちが落ち付いて、元気になるのを待つしかないのだ。
その頃、アジトに着いた美理子達は、サイーダに洞窟での出来事を報告していた。サイーダと共に待っていた他の仲間も、その話の衝撃に驚いていた。サイーダは、美理子から美衣子の今の状態を聞いて、悲しそうな顔を見せた。
「そうですか。みーこは真実を知ったのですね。私もあの時は、その方法しか浮かばず、彼女には辛い思いをさせてしまったようで、胸が痛みます」
「サイーダ様のせいではございません。多分、わたしがサイーダ様のお立場でも、同じ提案をしたでしょう。あの時は、それが最適な方法だったと、わたしは考えます」
「ありがとう美理子。けれど、みーこが心痛めている今、ファイヤーストーンの欠片を探すのは、私たちだけで行うしかなさそうですね」
「はい、サイーダ様!」
「この水晶玉でも、できる限り探してみましょう。ハッ!?」
「サイーダ様、どうかなされましたか?」
サイーダが手に取った水晶玉に写っていたのは、美衣子の家と黒い闇だった。
嫌な予感がする。
「大変! みーこの家に黒魔族が向かっているみたいです」
「ええっ!?」
「彼女は今気落ちして一人では戦えないでしょう。すぐに向かって助けなければ!」
「サイーダ様! 僕らが行きます!」
パンパン、美理子、妖精達、動物トリオが出て行った。ジース達は、サイーダの安全を考え残る。
(みんな、ご無事で……)
サイーダは、祈るしかなかった。
泣き疲れて眠ってしまったのか、時刻は四時半を回っていた。まだ、外は明るい。窓から道路を歩く子ども達が見える。元気な声を聞いて、美衣子は少し落ち着いた。
「ん?」
電柱の影に何かが見えた気がした。もう一度見てみる。黒い影が素早く動き美衣子の家の玄関先へ。どんどん、人数が増えてくる。
「あれは……!」
美衣子は急いで下に駆け降りた。
「お父さん! お母さん!」
リビングのドアを美衣子が開けた途端、黒魔族が玄関から入ってきた。
「伏せて!」
黒魔族の放つエネルギー砲が両親に迫る。美衣子はソファーの上で頭を抱える両親の前に出て、魔法を放った。
「エレクトロニックサンダー!」
三年経って成長した美衣子は、魔法の杖がなくても魔法がうてるようになっていた。多分、ファイヤーストーンの欠片をお守りとして、いつも持っていたおかげでもあるだろう。
美衣子自身も久々の魔法で、上手く使えるかどうか心配だったが、体は覚えていた。
二つのパワーは相殺しあい消える。
だが黒魔族の数は増え続け、美衣子達は完全に囲まれた。
「み、美衣子……」
魔兵士の剣が間近に迫る。
「さぁ、救世主の力を持つ者よ。そのペンダントを我々に渡すのだ」
「嫌よ!」
「後ろの二人を守って何になる。その二人はお前に嘘をついて騙し続けたのだ。お前を救世主に仕立てあげ、戦わせるために」
「そ、それは……」
「さぁ、ペンダントを渡せ!」
「騙されるんじゃないぞ。みーこよ!」
黒魔族の後ろに水仙人が立っていた。彼は杖を振り、唱える。
「グレート・シー・ラビリンス!」
巨大な波が渦を巻き黒魔族を包む。
一瞬にして、黒魔族は消えた。
「水仙人様!」
「大丈夫じゃったかみーこ。怪我は、なさそうじゃな」
「どうして、ここに……」
「あんな話しをした後じゃ。お前さんのことが心配になっての。様子を見に来たのじゃ」
「ありがとうございます。水仙人様。あっ!」
「隙あり!」
生き残った黒魔族が剣を振り下ろす。
「ウォーターフラッシュ!」
ギリギリ駆けつけた美理子達だ。
「美理子! みんな!」
彼女達の活躍で魔兵士は今度こそ去った。
「みーこ、心配したよ」
「ありがとうパンパン。でも、もう大丈夫。わたしも、みんなと一緒に戦うわ」
「本当〜〜? みーこ〜〜」
「うん! 確かに、わたしがmirikoworldで生まれて、本当のお父さんが亡くなったって話しはショックだったけど、人間界に来て、大事に育ててもらったことには感謝してる。たとえ、血が繋がっていなくても、この人は、わたしのお父さんだもの」
「美衣子……」
「それにね。サイーダ様のご決断があったからこそ、今こうしてみんなに会えて一緒に戦えるんだと思う。誰も悪くないの。ただ、運命がそうであっただけ。だから、わたしあなた達と一緒に歩くよ」
両親が、成長した娘に涙ぐんでいた。水仙人が、そっと近づく。
「立派になったものじゃな。みーこも」
「……ええ、本当に」
「ただ、これからが大変じゃぞ。黒魔族は、これから本格的に襲ってくるじゃろう。気を引き締めねばいかんな」
「大丈夫です。水仙人様。あの子達に任せれば」
「そうじゃな」
水仙人と両親は、笑顔で語り合う若者達を見た。この子達なら、きっと人間界も、mirikoworldも救ってくれるだろう。自分たちも、気を引き締めてサポートしよう。そう、誓った。
そんな事があってから二日後。
美衣子達は水仙人に誘われて街に出ていた。
せっかくサイーダ一行が人間界に来たのだから、息抜きを兼ねてこの世界の事を知るのも悪くないだろうという水仙人の意向だった。
それに美衣子も心が休まる。
救世主とはいえ、まだ17才の少女。
これからの長い戦いを生き抜く為には、仲間との絆をより深く強めていった方がいい。
そこには水仙人の、ちょっとした優しさも含まれていた。
デパートに入った美理子達は、自分達の世界にはない物に興味津々。服はほぼ同じ。が、エスカレーターは初めて見たようで、階段が動くのかと興奮していた。
一応mirikoworldにも電気はある。エレベーターに関しては、ワープ装置という似たものがある為、あまり驚かなかった。
ショーケースの前を通る。色とりどりのケーキに、美味しそうと声を漏らした。
自動販売機にも驚く。お金を入れてボタンを押すだけで好きなジュースが買えるなんて、なんて便利と言っていた。
試しにそれぞれ好きなジュースを買ってみる。
味も美味しかったようで、美衣子はホッとした。
ところで、人間界のお金は、どうやって手に入れたのか? 実は、mirikoworldからいらない服を持って来て、リサイクルショップで交換してお金にしていたのだ。これ、水仙人のアイデア。水晶玉で、サイーダと水仙人は、たまに連絡を取っていたらしい。しかし、美衣子を守る為、自分の居場所だけは知らせていなかった。
ベンチに座って、アイスをペロリ。
冷たく甘い食感に、美理子は頬を押さえた。
「美味しい! これ、初めての味」
「うん。バニラアイスっていうの。気温が高くて暑い日には、人気のデザートなんだよ」
他の戦士達も、舌鼓を打った。
「本当に美味しいですね。私、ビックリしました」
「サイーダ様に喜んで頂けて、わしも嬉しいですじゃ」
「本当に上手いな」
「動物トリオに、お土産に持っていってやりたいね」
「あ、パンパン。アイスは溶けるから。動物トリオには、別のお土産を選んだよ」
「そうなんだみーこ。さすがだね」
「それほどでも……」
来た場所がデパートなので、動物トリオはお留守番。美衣子は、彼らの事を考え、ロールケーキを買っていた。これなら、後でみんなと分け合える。
デパートの外に出る。先ほどまで降っていた雨が止んでいた。その足で公園に向かう。
公園には誰もいない。美衣子達だけだ。
水仙人が、シャボン玉のキットを出す。
ストローで吹くと、透明な泡の玉が幾つも出てきた。
偶然、ブランコの先の方に虹が掛かっていた。
シャボン玉と虹、幻想的な光景に戦士達は癒される。
「綺麗……」
誰からでもなく呟く。
ファイヤーストーンの欠片を探す戦いの合間に、素敵な思い出ができた。
これでまた頑張ろう。
戦士達は、今日の思い出を忘れまいと、しっかりと胸にしまった。
帰ろう。
ワンメー達が待っている。
夕焼けを背に、美衣子達はアジトへと歩き出した。