人間界へー幻の宝石ー
人間界ーー。
美衣子が住む現実世界のことを、異世界ではこう呼ぶ。確かに、人間が主流の世界と言えなくもない。だが人間と同様、動物や植物、さまざまな生き物が住む世界であることに変わりない。
mirikoworldの冒険から戻った美衣子は、早速両親に報告した。二人とも、とても興味を示して、彼女の話しを熱心に聞いてくれた。ただ、少し淋しそうでもあった。それは冒険を通じて成長した娘を見たからなのか、それとも別の意味があるのか、美衣子には分からなかった。
夏休みが残りわずかだったため、宿題は急いですることになった。それでも、美理子達との思い出を胸に、中学生活を満喫する美衣子であった。
そして、三年の月日が流れ、17才の高校生になった美衣子は、ショートカットだった髪を肩まで伸ばし、イメチェンをはかった。
くりっとした目に、笑うとエクボが出るのも変わらない。ただ、中学から悩みだった胸の小ささは、相変わらずだ。
美理子達との別れ際、お守りとしてもらったペンダントは、常に首にかけている。そうすれば、いつか美理子達と再会できるんじゃないかと、密かに思っていた。
いや、それは夢じゃなかった。
ある日、朝学校に到着すると、なんだか教室が騒がしい。どうやら、転校生が来るそうだ。先生と二人教室に入ってきたその人物を見て、美衣子は思わず声を上げそうになった。美理子だ。美理子がきたのだ。
長い髪にすらりとした手足。その美少女ぶりに、クラス中は騒然とした。
彼女は偶然にも美衣子の隣に座る。
父親の仕事の都合で、またすぐ転校するかもしれないという設定で、彼女は美衣子のクラスにやってきたのだ。
放課後、色めきたつ男子をすり抜け、美衣子と美理子は一緒に帰ることになった。
まだ少し、興奮が覚めやらない美衣子。
美理子はクスッと笑って話し始めた。
「久しぶりねみーこ。髪伸ばしたのね。背も高くなってるし。あ、成長したんだから当たり前か。とにかく、元気そうな姿を見て安心したわ」
「こっちこそびっくりしたよ。いきなりだもん。美理子も背が伸びたけど、雰囲気変わらないね。しかも、同じ学校なんて、どうなってるの?」
「ごめんなさいね。ちょっと事情があって。実は、わたし達が倒したはずの黒魔族が復活して、今度はこの人間界に手を伸ばしてきたのよ」
「ええっ!?」
「今はまだ被害がないからいいけど、このままだとmirikoworldと同じことになる。それに、彼らの狙いは他にもあるらしいわ。みーこ、良かったらこのままわたし達のアジトに来て、サイーダ様のお話しを聞いて欲しいの」
「ええっ、サイーダ様もこちらに!?」
「ええ。サイーダ様はこの緊急事態に、自らも戦う決意をなさったの。サイーダ様だけじゃないわ。ほとんどの仲間達が、今はもう、こっちに来てる」
突然の話しに、美衣子は驚きを隠せない。だが、ダル率いる黒魔族が復活し、さらにこの人間界を狙っているときたら、黙って見過ごす訳にはいかない。美衣子は決意を固める。
「分かったわ美理子。また一緒に戦おう!」
「うん!」
サイーダ達が待つアジトに向かう前に、美衣子は一旦家に寄り、両親にこのことを話した。二人は驚いたが、美衣子の決意を知り、止めることはせず笑って送り出した。ただ、それでも心配は尽きないようで、決して無茶はしないように念を押した。
美衣子と美理子がアジトへ向かったあと、両親はこんな話しをしていた。
「また、あの子の戦いが始まるのね」
「そうだね。いよいよ救世主への道が近づいているのか……。そろそろ、ちゃんと話しておかないと。あの子のことも。そしてぼくたちのことも」
「……そうね」
やはり、この両親には秘密があったのだが、それはやがて本人たちから美衣子に伝えられるだろう。それは美衣子の運命を、さらに動かすことになる。
サイーダ達が待っているアジトは、人目につかない林の中の小屋だった。この土地の所有者が、もう小屋は使わないからと、美理子達に貸してくれたのだ。小屋は思ったより広く横にもなれる。サイーダ達は所有者の人の好意に甘え、ほとんどここで生活していた。ちなみに、ドレスという訳にもいかず、服は人間界で買った物を使用している。
美衣子と美理子がアジトに着いた時、仲間達は笑顔で迎えてくれた。みんな、それぞれ成長している。18才になったパンパンは背がぐっと伸び、たくましい体つきになっている。おなかの太鼓は無くなり、その代わりドラムセットという楽器を手に入れた。このドラムセット、普段は魔法で小さくなっていて、必要な時に念を込めると元の大きさで出てくる。ただ、バチだけは武器として使えるため、ズボンのベルトにかけてある。半ズボンは、今もはいていた。
その姿に、美衣子は思わずときめく。
(パンパン、カッコいい……)
うさちゃんは20才になり、大人の女性になっていた。GパンにTシャツ姿。人間界にいるのでうさぎの耳は帽子で隠している。実は、この耳は柔らかく折り畳める。帽子は、スポーティーなキャップだ。
サイーダは、薄いピンク色のブラウスに白いフリルのスカート。足元はローヒールだが、今は小屋の中なので脱いでいる。
動物トリオと妖精達と小人達は、あら、変わっていない。
逆にいつまでも若いままって事?
少し羨ましい。
美衣子達が床に座った時、サイーダが話し始めた。
「みーこ、ご無沙汰しています。元気な姿のあなたを見て、私も安心しました。またこうしてあなたと共に戦えることを、私達は誇りに思います。さて皆さん、私はここに来るまでに、黒魔族のことを調べてきました。彼らは、人間界を手に入れる他に、ファイヤーストーンという宝石を探しているようなのです」
「ファイヤーストーン……ですか?」
聞いた事のない、また不思議な名前の宝石が出てきたな、と美衣子は思った。
サイーダは続ける。
「ええ。もともとはmirikoworldにあった宝石らしいのですが、私もその現物を見たことがないのです。ただ、みーこ、美理子。あなた方の持つペンダントと、何か関係があるのかもしれません。そのペンダント自体、いずこから飛んで来て、まるでみーこの側に行きたがっていたみたいでしたから」
「それでサイーダ様。黒魔族がその宝石を狙う理由は?」
「そうですね。その宝石は凄いパワーを秘めていて、使う人によって正義にも悪にも染まると言われています。その力がとても強力なため、手に入れた者は最強の力を得ることができるそうです」
「そうか〜〜。黒魔族はその力を利用して〜〜、人間界を手に入れようと〜〜、してるんだ〜〜」
「そうです。ですから皆さん、私達は黒魔族よりも先にファイヤーストーンを見つけ出し、人間界を守らなくてはなりません。頑張りましょうね」
「はい!」
サイーダの話しを聞いたあと、美衣子は自分の家に戻った。作戦が決まり次第、連絡がくることになっている。とにかく、今は戦いに備えて体を休めておこう。美衣子はそう思った。
数日後、美衣子と美理子はサイーダの頼みにより、学校の裏山を訪れていた。実はこの山の中腹には滝があり、その付近に水仙人という人が住んでいるというのだ。水仙人は、もともとはmirikoworldでサイーダの補佐をしていた人物だが、ある事情により人間界に来ていた。サイーダは、水仙人がここにいることは知っていたが、詳しい場所が分からず、ずっと探していた。そこで今回人間界に来る時に持ち込んだ水晶玉で、やっと居場所を突き止めたのだ。
「はぁ、はぁ」
山道はけっこう険しく、石がところどころ転がっている。階段はあるが、土が滑りやすい。気を付けて先に進む。しばらくして、道が二つに別れた。右に行くと滝。真っ直ぐ進むと頂上だ。
滝の方へ曲がる。道が坂道じゃなく平らになった。水の流れ落ちる音がする。滝が見えてきた。
「わぁ」
切り立った岩場から流れ落ちる滝は、かなり迫力があった。水の勢いも、高さも凄い。これほどの滝が学校の裏山にあるなんて、想像もつかなかった。あまり、人が知らない場所なのか。
滝をしばし眺めた後、美衣子達は辺りを見回し水仙人がいそうな場所を探した。しかし、滝の周辺にはそんな場所は無い。もしかしたら、と美理子は滝に近づく。水が流れ川になっていたが、飛び石の上を渡り滝の裏側にたどり着く。思ったとおり、洞窟があった。美衣子を手招きして、中に入って行く。
中は暗かったので、懐中電灯を照らした美衣子が先に進む。山に行くのでリュックの中に入れておいたものだ。美理子は、人間界に来る前にこの世界のことをみんなで勉強していたのだが、懐中電灯は初めて見た。
奥に近づくたび、道が狭くなってくる。明かりに照らされ、コウモリ達がバタバタと逃げた。すると突然、光がもれる広い場所に出た。
壁に一面生えて光っているのは、たくさんのヒカリゴケだ。後、ランプが二、三個置いてある。懐中電灯は要らなそうだ。行き止まりになっているように見えるが、人の気配はない。
「もしかしたら、水仙人っていう人は留守なのかな?」
「そうね。でも、だったらここに来た意味は無いね」
「いや、意味はある」
壁の一部がバタンと開き、仮面を被った男が入ってきた。男は剣を構え美理子達に襲いかかってきたが、不思議と殺気はなかった。
それにこの気は感じたことがある。
美衣子は素早く相手の背後に回り、さっと仮面を剥がした。
「ジ、ジース!」
「よっ。みーこ、久しぶり。よく俺に殺気がないのが分かったね。けど、まだテストは終わってはいないよ」
確かに、ジースはサイーダの小屋にはいなかった。だが、そんなことを考えている暇はなさそうだ。今度は、うさちゃんが出てきて、二人に攻撃を仕掛ける。
「セビュン・ボディス!」
攻撃を避けながら二人は、うさちゃんが自分たちに何を試そうとしているのか考えた。そして、それはうさちゃんの本体を探すことだろうと気付き、彼女の足元を見た。影があるのは一人だけ。
美衣子がリュックから使えそうなロープを取り出し美理子に渡す。美理子はそれを本物のうさちゃんに向かって投げた。ロープが体に絡まり、幻のうさちゃんは消える。
「さすがね二人とも。わたしの負けだわ」
ロープを外しながらうさちゃんは言う。
ジースも近づいて来た。
「そうだな。お見事だったよ。さて、それじゃ依頼人に登場してもらおうか」
「依頼人?」
ジース達が出てきた壁の穴から、一人のおじいさんが現れた。頭は見事なツルピカだが、口元に立派な白い髭を生やしている。歩きやすいように杖をついていた。
「はじめまして。お嬢さん方。わしが水仙人じゃ。お前さん達がそのペンダントを持つにふさわしい者か、少々試させてもらったぞい」
「そうだったんですか」
「みーこ、美理子。お前さん達は見事ペンダントに選ばれたようじゃ。さて、サイーダ様にお頼みされて、わしの話しを聞きに来たのじゃろう。今、もう一組ゲストがくるから、しばし待たれよ」
「ゲスト、ですか?」
「うむ、来たようじゃぞ」
洞窟の入り口から足音が響いてくる。
「さあ、話しを始めようか」
水仙人の顔が真剣になる。
声のトーンが、変わった。