聖地ミリルークへ
悲しみの大地を抜けると、山道になる。あまり高くないその山の頂上で、戦士達は聖地ミリルークの街並みを見た。
今までの村と違ってはるかに大きい。家々が重なりあっている。行き交う人びとも、活気に満ちあふれているようだ。
一気に山を駆け降りる。ようやく、ミリルークへたどり着いたのだ。
城下町の中を歩く。いろいろな店がある。武器屋、防具屋、道具屋、宝石店、ドレスを売っている所まで。時折、牛や馬を連れた人を見かける。
農場の人だろうか。
甘い匂いに誘われて、飲み物を売っている店に入ってみる。ここはmirikoworld特産の果物がジュースにされていて、城下町でも一、二を争う人気店だ。
ずっと店巡りをしていたい気分だが、さすがに歩きっぱなしで足が痛い。空も暗くなってきたので、美衣子達は宿屋を探して休むことにした。
近くにいた人に話しを聞くと、ティノという女将がいる宿が、料理も美味しく評判だという。その宿はログハウス風の宿で、看板も出ており、すぐ分かった。
宿に着いたら、女将の娘がすぐ部屋に通してくれた。女将さんであるティノは少しふっくらしている、元気な女性だった。評判通り、料理も美味しい。
食事のあと、美衣子達女性陣はお風呂に入ることにした。ここの宿は露天風呂がある。星空の下、しっとりしたお湯に肩まで浸かった。
うさちゃんがうーんと手足を伸ばす。
彼女の胸はなかなか大きい。それにヒップの形もいい。いわゆる美尻だ。そんな年上のお姉さんを、美衣子と美理子は羨ましく思った。
「いいな。うさちゃんはスタイルが良くて」
「そう? 美理子も悪くないじゃない」
「わたしに比べたら二人ともいいよ。わたし、小さいし」
と、美衣子が自分の胸と二人の胸を見比べて嘆いた。
二人はそんな彼女をフォローする。
「え〜。だってみーこ足長いし。それは羨ましい」
「そ、そうかな?」
「ええ。美理子の言う通りよ。それに、きっと大きくなれば胸も成長するわ」
「そうよォ。アタシも胸無いけど、付き合ってくれる男の子もいるもん」
話に入ってきたのはリースだ。彼女と妖精達は、美衣子達が入っている大きいお風呂には入れないので、桶にお湯を張って浸かっている。
「じゃあ、リースってモテるんだ」
「そう。アタシ、モテモテよォ」
「ハハハ……!」
みんなの言葉に、美衣子は少し自信を持った。
女子達が、そうして談笑している頃、パンパン達男性陣も、風呂に入っていた。
男風呂は女風呂より少し離れた場所にある。
どうやら覗き対策のようだ。
では、失礼して中を覗いて見よう。
ジースが長い髪を洗っている。
パンパンは湯船から、その様子を眺めていた。
「ジースって、髪長いよね。洗うの大変そう」
髪をすすぎ終わったジースが、パンパンの方を向く。
「そうか? 慣れるとそうでもないよ。ただ、ドライヤーで乾かす時が時間かかるな。そういえば、パンパンも後ろ髪結んでるけど」
「僕はくせっ毛なんで、結んでいないと跳ねちゃうんだ」
「そうなのか」
「それにしても〜〜、女の子達とお風呂離れちゃったね〜〜。残念だね〜〜、パンパン〜」
「そうそう。うさちゃんとかスタイルいいんだろうな。美理子も、みーこも……。って違う! 巻き込まないでよ、ワンメー!」
「お〜。パンパンもやっぱり男だな。まぁ、俺にはアヤがいるし」
「ボクもリースがいるよ」
「違うんだよ。カン、ジース。いや、でも、少しぐらいは……」
「やっぱり〜〜」
みんなにからかわれ、パンパンは湯船に半分、顔をうずめた。
その瞬間、女子達はみんなでくしゃみをしていた。
「も〜〜、誰かが噂しているのねェ。誰かしら?」
「わたし達全員ってことは、きっと彼らね」
「そうね」
「じゃあきっと良い噂ねェ。カンがアタシの悪口言う訳ないもん」
「ハハハハハハ……」
ジース達がエッチな話をしていたとも知らず、美衣子達は笑っていた。
そしてお風呂を上がる。
体は凄く温まっている。それに肌はすべすべして気持ちいい。部屋に戻ると、先に上がったジース達男性陣がリラックスしていた。
「お待たせ。ジース達もお風呂は?」
「ああ、みーこ。俺たちも上がってきたところだよ」
「ここのお風呂ってすべすべして気持ちいいよね」
「そうだな。何でも美肌効果があるそうだ」
「へぇ、そうなんだ」
「そういえばみーこ。ジースって20才なんだって。さっき、ちらっと年齢を聞いちゃった。良かったね。僕らとほとんど年が違わないよ」
「えっ、そうなの? もうちょっと大人に見えた」
「そりゃ、14才の女の子からしたら、俺は大人に見えるよね」
「ハハハハハハ……」
と、そんな雑談をしていたところに、ティノと娘さんが入ってきた。
「ちょうどいい。皆さんお集まりのようだね。ちょっとお話がしたいんだけど、いいかい」
「ちょ、ちょっとお母さん。失礼よ」
二人は戦士達の前に腰かける。
「ごめんねぇ。大事な話なんだ。実は……。あたしは、ミリルーク神殿に仕えていた女官だったんだよ」
「ええっ!?」
戦士達は一斉に驚いた。
「そう。10年前のあの日まで。この子は、この宿の跡取りだったあたしの旦那に任せて、あたしは神殿で働いてた。時々、様子を見に来てたけどね。だけどあの日、女王様はあたしの目の前で氷漬けにされた。その後、神殿の中にだんだん植物の枝みたいなものが侵食してきたんだ。あたしは、必死に逃げた。けどね、黒魔族は神殿だけじゃなく、この城下町まで襲おうとしたんだ」
「お母さん……」
「街を黒魔族から守ろうとしたのは、神殿の兵士だけじゃなくこの城下町の男衆だった。必死の抵抗で、なんとか黒魔族は去ったよ。だけど、あたしの旦那をはじめ、ほとんどの男衆が命を落とした。残ったあたし達は、街を再建し、いつか来るはずの戦士達に、このことを伝えようと思った。そして、あんた達が来たのさ」
そこまで言ってティノは娘の方を見た。
娘はうなずく。
「はい。わたしはその時まだ5才で、何も分からなかったのですが、大きくなって母からそのことを聞きました。何も力はありませんが、せめて女王様をお助けする方法をお知らせしようと、母とともに待っていたのです」
ミリルークの城下町は、北と西に出入り口がある。西の方向に向かうと、美衣子達が歩いてきた山に出る。北に続く道を行くと、閉ざされた鉄の門がある。その先、石造りの20段位の階段を登り、広間に建っているのが神殿だ。神殿は今やいばらの山となり、立ち入る者は誰もいない。
「女王様をお助けするには、まず神殿のいばらを焼く必要があります。いばらは火に弱いので、火がつく道具を持っていくといいでしょう。そして、神殿に入ったら、真っ直ぐ奥の部屋を目指して下さい。そこに、女王様がいらっしゃるはずです」
「けど、女王様は氷漬けになっているからねぇ。なんとか氷を割る必要があるよ。氷を割るには、黒魔族に奪われた稲妻の剣がいるんだ。この剣で、氷を真っ直ぐ割くんだよ。ほかの武器を使ったら、氷ごと女王様の体をバラバラにしてしまうかもしれないからね」
「氷を割る力があるのは、稲妻の剣だけと言われています。何故かはわたしには分かりません。ただ、黒魔族の方もこの剣が女王様の封印を解く鍵と知っていて、それで奪ったのだと思います。後は、奪われた稲妻の剣を取り戻すことができれば……」
「女王様を、お助けできるんだけどね」
ティノと娘さんの目に涙が浮かぶ。悔しい気持ちが伝わってくるようだ。
「ねぇ、ジースぅ。稲妻の剣って確か……」
沈黙を破ったのはリース。
「ああ、アヤが持っていた剣だな」
「じゃあさ、アヤともう一度会うことができれば、稲妻の剣を取り戻せるんじゃない? だってぇ、アヤはジースを狙っていた訳だしぃ、アタシ達がここにいると分かったら、封印が心配で来るかもしれないしぃ」
「そう、だな。その可能性は高いかもな」
「でっしょー! アタシ、天才!」
喜ぶリースを横に、冷静にうさちゃんが続ける。
「だったら、明日の朝すぐに、わたし達は神殿に向かいましょう。神殿に近づくほど、彼女に出会う可能性は高いわ。できるだけ、みんなも用心して。ダルが本当にアヤさんを送るかどうか分からないけど、女王様のため、ジースのため、わたし達はできることをしましょう」
「そうだね〜〜、うさちゃん〜〜。じゃあ〜〜、明日のために〜〜、今日は休も〜〜」
「オーッ!」
戦士達に迷いはない。彼らの話しを聞いていたティノと娘さんにも笑顔が戻った。
「ありがとう、皆さん。感謝するよ。あの優しい女王様が氷漬けにされて、あたしは一人で逃げたことを後悔してたんだ。けど、これでやっとお救いできるんだよね」
「わたしからも礼を言います。この10年、母はずっと悔やんでいました。さぁ、もうお休み下さい。明日わたしと母が見送りに出ます。本当に、ありがとうございます」
二人は嬉しそうに出ていった。
ベッドの中、美衣子はなかなか眠れずにいた。
(明日、必ずわたし達がお助けします。待っていて下さい。サイーダ様……)
決戦を控え、戦士達はそれぞれの思いで、夜を過ごすのであった。
そして、別れの時。
ティノから受け取った門の鍵を持って、美衣子達は神殿を目指す。後ろを振り向けば、遠くティノと娘さんが手を振っていた。
街の中心、北の道に出た。この先に門がある。
長い間雨風を受けたのか、あちこち錆びが見える。もう誰も来なくなったことを物語っているようだ。
カチャッ。
錠前に鍵を差し込むと、両開きの門が開いた。戦士達は中に入り階段へ向かう。
ダッ。
後ろから誰か駆けて来る気配。雄叫びとともに剣を抜く音。ジースも自分の剣を素早く抜き、振り向いた。
カッキーン。
剣と剣がぶつかりあう。やはり、来たのはアヤだった。
「また会ったねジース。あの時の借り、今ここで返してあげるよ」
「待て! 俺は君とは戦いたくない! 目を覚ましてくれアヤ!」
「黙れ!」
アヤの攻撃は止まらない。ジースは避けるので精一杯で、なかなか反撃のチャンスを掴めない。
「ジース!」
このままじゃジースが殺されてしまう。美衣子は魔法の杖を構えた。
「ファイヤー!」
ジースとアヤの間を火の玉が行く。驚いてアヤが少し怯んだ。
「今だ!」
ジースがアヤの稲妻の剣を弾く。そして、服のポケットから何かを取り出した。
「アヤ、これを見ろ」
金色の小さな指輪。これはアヤがジースからもらった思い出の品だ。
「俺は君がいなくなった直後、君の部屋でこれを見つけた。多分、君が落としていったものなんだろう。俺は、これを君に渡すために持って来た。これがあれば、もう一度君に会うことができるんじゃないかって思って。アヤ、頼む。正気に戻ってくれ!」
アヤはじっと指輪を見つめる。アヤの心に、ジースとの記憶が蘇った。
緑と山が美しい村、フォエバール。
ジースとアヤの故郷だ。
二人は同い年。同じ師の下で剣術を習い、時に切磋琢磨しながら、技を競いあってきた。
今は、たまに道場に行って、子ども達に剣を教える立場になったが。
いつしか、お互い意識するようになる。
道場の帰り道。橋の上。
ジースがアヤに、リボンのかかった小さな箱を渡した。
「おめでとう、アヤ。今日、誕生日だろ?」
「えっ、わたしに? ありがとう」
何が入っているんだろうと、アヤは期待して箱を開けた。
中に入っていたのは、金色の輝く指輪。
「わぁ、きれい」
「ああ、君のために、隣の村で作ってもらったんだ。気に入ってくれたら嬉しい」
「ありがとう、ジース。とても嬉しい」
アヤは指に指輪をはめ、嬉しそうに眺めた。
さらにジースは続けた。
「じゃあ、このまま君の家に帰ろう。特別な事が、待っているかもよ」
「えっ、何?」
ジースに手を引かれて家に急ぐ。
そして玄関の扉を開けると、
「おめでとう!」
村の親しい友人達が、美味しそうな料理を用意して、パーティーを企画してくれていたのだ。
テーブルの上にはケーキもある。
「実は、みんなで君の誕生日を、サプライズで祝おうという事になって。驚かせちゃったかな?」
アヤは感激して泣いていた。
「ううん。今日は素敵な日よ。ジース、みんな、ありがとう!」
だが、それから数日後、彼女は黒魔族によって、ジースの前から姿を消すことになる。
「あの時の指輪、持っててくれたの……」
アヤの目に光る涙。指輪のおかげか、彼女の呪縛は解けたみたいだ。
「アヤ、俺たちはこのまま神殿に入って女王サイーダ様の封印を解く。君は、安全な場所で待っていて」
「いいえジース。わたしも行く。わたしの他にも、たくさんの黒魔族の兵士がこの地に入り込んでいるの。急がなくては」
「分かった。行こう」
美衣子が魔法で神殿のいばらを焼く。みんなもたいまつを投げてそれを手伝った。
いばらは瞬く間に灰になる。
神殿に突入。真っ直ぐ奥の部屋まで走る。
「あ、あれは!?」
女王サイーダの眠る氷の棺。金の長い髪に白いドレス。首にネックレス風のチョーカーをしている。そのあまりの美しさに美衣子達は見とれた。
「ジース、早く!」
アヤの声にジースが稲妻の剣を構える。
いよいよ氷を割るのだ。
その時ーー、
神殿の入り口や窓から、黒魔族が突入してきた。
サイーダが入っている氷を守るため、美衣子達は輪になった。
「ジース、ここはわたし達が防ぐ。あなたは早くサイーダ様の封印を解いて。アヤさんは、安全な場所に隠れていて下さい」
「分かった」
「黒魔族、わたし達が相手よ」
黒魔族の兵士、魔兵士が仕掛けてくる。その一人が持つ鎖鎌が、うさちゃんに当たった。
「うさちゃん!」
彼女は壁に激突した。
それを見て怒った動物トリオ、ワンメー、カン、リース。鋭い牙を持つカンとリースは、魔兵士に噛みつき、ワンメーはその素早さで、敵の隙間を駆け回り混乱させた。しかし、ただそれだけの攻撃では黒魔族には効かない。三匹は投げ飛ばされ、蹴りを浴びせられた。
うさちゃんは、自分のために三匹がこんな目にあっているのを悲しんだ。彼女は立ち上がり、両手を上にあげて叫ぶ。
「セビュン・ボディス!」
彼女が得意な幻覚を使った分身の術だ。
七人に分裂したうさちゃんが黒魔族を囲む。
「な、何いっ!?」
驚く魔兵士だが、すぐに本体がどれか見破ろうとした。
七人のうさちゃんは持っていたナイフで攻撃。逆に魔兵士は幻のうさちゃんに攻撃を仕掛け、空振りする。さらに、空振りした武器が自分に跳ね返ってきた。
「ギヤアアアアアッ!」
うさちゃんのナイフさばきと分身の術で、魔兵士の数が減っていく。
ある程度数を減らしたところで、うさちゃんは一人に戻った。
「エレクトロニックサンダー!」
「スーパーウィンド!」
「妖精のメロディー!」
みんな頑張っている。ジースはその戦いを後ろで感じながら、氷に向かった。
ダッ。
勢いをつけて飛び上がる。空中で剣を構え、氷を、真っ直ぐに切り裂いた。
稲妻の剣の熱で氷が溶ける。
美しき女王サイーダが、ゆっくりと出てきた。
優しい気が満ちる。
その気配にmirikoworldの戦士達が振り向く。
悔しそうな黒魔族。
サイーダの口から言葉がもれる。
「ありがとう皆さん。あなた方のおかげで、私はこうして氷から出ることが出来ました。私は氷の中から、あなた方の戦いを見ていました。何度倒れても諦めない姿に、私は励まされました。ですから、私も諦めずに、あなた方を信じることができたのです。本当にありがとう。私はこんな素晴らしい戦士達を仲間として、誇りに思っています」
サイーダの言葉に、美衣子達は感動している。自分たちが女王サイーダをお助けするという大役を成し遂げたことに喜びを感じ、サイーダから感謝されたことで、誇りと自信を持ったようだ。
「けれど、まだ戦いは終わってはいません。あれをご覧なさい」
サイーダが指差す方向。部屋の入り口に、黒い髪にマントを羽織った男。
黒魔族の王、ダルだ。
「サイーダよ。久しぶりだな。よくわたしの作った氷の棺から抜け出した。お前が助かったのなら、この世界の征服はすぐには無理そうだ。ならば、今度は確実にお前の命を奪い、この世界を手に入れる」
「この世界はどんな生き物も一緒に、平和に暮らすために生まれた地です。何故手を取り合って生きようと思わないのですか?」
「フッ、もとより闇から生まれた我らにそんな感情はない。魔兵士たちよ。mirikoworldの戦士達を倒し、サイーダの命をわたしに捧げよ」
サイーダを中心に体勢を整える。
にらみ会うダルと戦士達。
今、戦いは始まる。