闇と光の狭間で
「ああああああっ」
苦しみ出すベルラ。その様子を見ていたウルスが彼女をかばう。
「大丈夫か? ベルラ」
「ああ、何とか」
ベルラが立ち上がる。
「よくもやってくれたね!」
怒りのベルラが美理子を殴る。
バシッ、バシッ。
負けじと美理子もベルラを投げ飛ばす。
さんざん殴り合って肩で息をしている二人。
不意にベルラが言った。
「何なんだ。さっきから私を包んでいるこの優しい気は。このせいで、戦う気が失せちまう。それにあんたら、何で倒れても倒れても起き上がってくるんだよ。苦しいんだったら、そのまま寝てればいいんだよ!」
「これはサイーダ様の愛の気よ。それにわたし達は、どんなに辛くても負ける訳にはいかない。諦めてしまったら、そこで終わりだから」
ベルラが投げかけた問いに答える美理子。
「何故だよ! 辛いんだろ? 苦しいんだろ?」
「わたし達が諦めてしまったら、この世界は駄目になってしまうわ。わたし達は、平和で明るい世界を作るために生まれた戦士よ。愛で包まれた世界を作るために、絶対に逃げはしないわ!」
「愛の……世界だと?」
「そうよ。人は誰でも愛を求めて生きているの。誰かを好きになって、信じ合い、そして幸せになるの」
「フッ……。バカバカしい。おいベルラ、そんな戯言聞くことはないぞ!」
美理子の言葉をかき消すように、ウルスが叫んだ。
「ウルス……」
「さぁ早く、オレの後ろに来い!」
ウルスがベルラの手を乱暴に引っ張り、後ろに隠した。
「愛だの正義だのオレ達は知らんな。力こそ全てだ! さぁ行くぞ、フェンリル・パワーアタック!」
ドッカーン。
「う、うう……」
美理子達が傷だらけで倒れる。
「どうだ! やっぱりオレ達の前では、貴様らは手も足もでまい! 今トドメをさしてやるよ!」
ウルスが美理子達にトドメを刺そうと構える。
ベルラもそんなウルスの様子を、彼の後ろからしっかり見つめていた。
だが、彼女の心は揺れていた。
倒れる直前の美理子の言葉が頭をよぎる。
「人は誰でも、愛を求めて生きているの」
悩みながら、ベルラは自分の過去を振り返ってみる。
思えば、自分は何をやっていたのだろう。
殺人と恐怖。無数の戦士の死。そして争いの日々。
戦いだけが、生きることの全てだった。強さは力となり、自分の誇りとなった。
生まれた時から、闇の世界の住人として、憎しみだけを教えられた。
「強さはやがて自分の力となり、その力が世界を支配する」
彼女が五人衆の一人として選ばれた時、ダルが言った言葉であった。
その言葉を胸に抱きしめ、今日まで生きてきた。
しかし、美理子達と戦い、ベルラはもっと違う何かを感じていた。
愛。そう、彼女は愛を知らなかった。
誰かに愛されたこともなく、孤独で、一人生き抜いてきた。ダルに戦士として認められた時、彼女は憎しみを、孤独な心を、敵にぶつけることで満たされていた。孤独な女戦士には、優しさはいらない。そう思っていた。
「フェンリル・パワーアタック!」
ベルラの耳に、ウルスの声が響き、ハッとしてウルスを見る。倒れている美理子達に、ウルスがトドメを刺そうとしている。
それを見た時、ベルラは自分でも分からない行動に出た。
ゴゴゴゴゴゴ……。
フェンリル・パワーアタックが近づいてくる。が、それに美理子達が当たることはなかった。
「!!」
目を疑うウルス。
ウルスの後ろから飛び出していたベルラが、自分の風でウルスの技をかき消したのだ。
「何をしているベルラ! お前の敵は向こうだぞ!」
ウルスが、ベルラの後ろの戦士達を指さして言う。
「どくんだ!」
「私は、今までの私は、間違っていたようだ。この女が愛について教えてくれなかったら、これから先、私はどうなっていただろう」
美理子を見て、ベルラがポツリと呟く。
「ベルラ、お前……」
サイーダの力で傷を癒された戦士達が目を覚ます。そして、目の前のベルラに気付いた。
「ベルラ!」
立ち上がった美理子達はベルラに攻撃しようとするが、ベルラが安心したように笑みを見せたので、攻撃を止めた。
ベルラはそのままウルスに向きなおる。
ベルラの行動に、戸惑いを見せる美衣子達。
「ベルラ、退かないと、巻き添えをくうぞ!」
「構わないよウルス。討ってごらん」
少し哀しそうな顔でウルスに言う。まるで愛を知らないウルスをあわれむように。
「そうか……」
ウルスの表情が変わった。ニッと不敵な笑みを浮かべる。
「ベルラ……」
心配する美理子。ベルラは彼女に向かって微笑んだ。
「もう少し早く、あんたに会っていれば良かったね。ハッ?」
「フェンリル・パワーアタック!」
一瞬の隙をついたウルスの攻撃だった。
「私が今やるべきことは、あんた等を守ること!」
「ベルラ!」
ウルスに向かってベルラが突っ込んでいく。
「ハイパートルネード!」
「ムウウウウウッ……!」
ベルラとウルスのパワーがぶつかり合う。
バシッバシッ。激しさを増すベルラの竜巻。
だがウルスも負けてはいない。
闇の狼の爪がベルラの心臓を捕らえる。
ぐさり。ウルスの技がベルラの胸に刺さった。
「ベルラーーーっ!」
美理子達の声がベルラの耳に届く。が、そのまま彼女は倒れた。
「うう……」
「ほう、まだ生きていたか」
胸から血を流し、腹ばいに倒れたベルラにウルスが近づく。そして、彼女の背中を足で踏んだ。
「う……」
「悪く思うなベルラ。奴らに肩入れしたお前が悪い」
今度は彼女の腕を引っ張り仰向けにする。
「何する気なの!」
止めに入ろうとする美理子を制止するベルラ。
「来るんじゃないよ! これは、私が決めたことなんだ」
「そうか、いい度胸だ」
ウルスの不気味な笑い。彼の残忍さに火がついたようだ。
「アッ、アアアア!」
ベルラの右腕が岩にぶつけられ折られた。さらに左肩を切られる。
「はぁ、はぁ……」
「そろそろだな」
ウルスがベルラにトドメを刺そうと爪を構える。
その時ーー。
「いい加減にしなさいよ!」
怒りの美理子のアクアビームがウルスに炸裂した。
不意をつかれたウルスは地面に転がる。
その隙に美理子はベルラの下へ。
「ベルラ、ベルラ!」
ベルラの体を揺さぶる。彼女は目を開けて、微かな声で言った。
「ありがとう……。あんたに、会えたことが……、私にはたった一つの、安らぎ……だったよ……」
「しっかりして!」
「愛って、いいもんだね。さよ……なら……」
「!!」
美理子の腕の中で、ベルラは息を引き取った。
mirikoworldの勇者達の目から涙がこぼれる。
サイーダがそっと、ベルラの手に花を握らせてあげた。
「やっと愛を知って、本当の幸せを掴もうとしたのに……」
美理子がウルスを見ながら立ち上がる。
ゴゴゴゴゴゴ……!
「な、なんだ?」
美理子の気が上がっていく。ベルラが死んだことで彼女の心に悲しみと怒りがこみ上げ、それがパワーになっていた。
ウルスが一歩後ずさりをする。
恐怖を感じたのだろうか。
「ウルス……」
悲しげな美理子の瞳。涙がポタリと地に落ちた。
美衣子達も、今までとは違う彼女の様子に驚きながら、静かに見守っていた。
「フッ、ベルラはオレを裏切った。裏切り者にはちょうどいい死に方だ。それに、お前らもすぐに後を追わせてやるよ!」
ウルスが言った。まるで美理子も殺すと言っているような言い方だ。
「あなたって人は、どこまでやれば気が済むの!?」
「オレ達はもともと闇の世界を生きる者。mirikoworldを支配し、本当の暗黒の国を作ることこそ真の目的だ。その女はオレを裏切り、目的を果たさなかっただけでなく、愛を分かち合うことを覚えてしまった。ベルラは死を与えられて当然の罪を犯したのだ!」
「何てことを……」
「さぁ、話はここまで。ダル様から与えられた使命を果たさなきゃな。フェンリル・パワーアタック!」
ウルスが気を高めて放った最高の技が美理子めがけて飛んでいく。
狼の爪が、牙が、美理子の体を狙う。が、美理子は颯爽と避けた。
「アイソトニックブリザード!!」
ものすごい雪と氷がウルスの体を凍らせる。
「なっ」
ウルスの足は完全に凍りつき、一歩も動けなくなった。
「ウルス、ベルラの無念、今わたしが晴らしてあげるわ」
アクアビームの構え。
が、
「足は凍っても、まだオレの手は動くぜ!」
「えっ!?」
グサッ。
何かが突き刺さる音。
「美理子!」
慌てて美衣子が駆けつける。
美理子が、自分の胸に手を当てて倒れた。
赤い血が彼女の胸から流れている。
そこには短剣が刺さっていた。
あの瞬間、氷で足が凍りついたウルスは、美理子の魔法より早くポケットから短剣を出し、美理子に向かって投げた。美理子にも、相手が動けないという油断があったのだろう。
さすがは五人衆。場数を踏んでいるということか。
美衣子は、うさちゃんの手を借り、美理子を急いでその場から動かそうとしていた。
ウルスは目を閉じ、気を集中する。
「はあああああっ!」
ウルスの妖気で、彼の足元の氷が割れた。
「いけない!」
うさちゃんが気付くが、ウルスの方が早かった。
「フェンリル・パワーアタック!」
ウルスの必殺技が三人を吹き飛ばす。
ドサアッ。地上に激突する美衣子達。そこにウルスが歩いて来る。
「今、楽にしてやるよ!」
ウルスの長い爪が、狙いを定め、振り下ろされる。
「やめろ!」
ジースが雷光剣を手に飛び出し、危ないところでウルスを止めた。
「サイーダ様、彼女達を頼みます」
「ええ」
サイーダに後を任せ、単身ウルスに挑むジース。
心配そうに、アヤも見守る。
「ジースか……。オレの技を受けて、初めて立ち上がった奴。だが、オレは認めない。今度こそ、確実に殺してやる。そして、やっぱりオレは最強だと、証明して見せる」
「いいだろう。やって見せろ。だが、俺は負けない」
ジースもウルスも本気だ。互いの、睨み合う目がそれを物語っている。
「行くぞ!」
男と男の意地が、ぶつかり合うーー。




