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脱出ゲーム in倉庫

今回は「犯人」がいます。

 ドン。

 壁際で、彼は彼女の顔の横に手を突き立てていた。

「え。あのあの……真斗(まこと)くん?」困惑する彼女。

「動くな。皆元(みなもと)さん」真剣な眼差しの彼。

「…………っ」彼女は息を詰まらせて、ぎゅっと瞳を閉じた。


 体育倉庫。

 学校の区画の隅に設置されているかなり大きな物置きだ。

 薄暗い。そして体育の授業で使用する備品が片づけられていた。高跳びの巨大なマットや使わなくなった古い跳び箱、グラウンドを均すトンボ、各種ボールの数々、がらくた類。

 そんな倉庫の壁際で、彼女は事に対して心を準備していたのだが、ひたすら何も起こらなかった。

「ん。え、あの、……なんで、なにも……」彼女はゆっくり眼を開いた。

「ふーっ。もう大丈夫だよ」手に持っている靴を足元に落として履きなおす。

「え。ん? なにが」

「ああ、『黒い悪魔G』とエンカウントしたから、叩き潰したんだけど……」

 制服のポケットからティッシュを取り出し亡骸を処理する彼。勘違いをした彼女は――

「紛らわしいわぁ! 閉じ込められて二人っきりの体育倉庫で意味深な真似しないでよ。変な期待しちゃうでしょうが。でもありがと。しかしムカつく。くらえ真斗くん。てんちゅう!」

「どわたっ」

 そこにあった棒でどついた。






 先刻。

 吹奏楽部や合唱部のサウンドの中、足早に下校するところだった。

「ん。サッカーボールだ。片付け忘れかな。しまいに行くか。体育倉庫はちょっと遠いけど仕方がない……」

 彼は体育倉庫の方へ。

 ボールをわきに抱えて、戸の掴みに手を伸ばす。

 掛金が受壺から外れているのを確認。

 動きの悪い引戸を開けて倉庫内部へ。

 サッカーボールの入ったケージを探す。なかなか見つからず、奥に踏み込んで探す。

 ようやく目的のケージを発見。ボールを投入しようとしたところで――

 ――ガラガラバタン――

 倉庫内が暗くなった。

 ――ん? まさか。ヤバい!

 急いで倉庫入口の方へ向かう。

「あ、真斗くん?」

「え。その声は、皆元さん?」

「うん。そうだよそうだよ。――それよりマズイの! 戸を閉められちゃったみたい」

「やっぱりか。この戸って内側から開かないよね?」

 彼女が戸を引っ張る。ガコガコと音が鳴るだけで開かない。

 彼は暗い中なんとか戸まで寄っていき――ドンドンドン――戸を叩いて大声で叫ぶ。

「まだ中いますよ! 開けてください! おーい」

「おーい! 私たち閉じ込められてるんだけど! だれかー」

 返事はなかった。

「う、うそだろぉ……」

 彼が絶望的な声を漏らした。

「音楽系の部が活動しているから、うるさくて声が聞こえないのかも」

「ああ、そうかもね……」

「真斗くん、一緒に戸を引っ張ってみようよ。もしかしたら、古い倉庫だしつっかえて、開かなくなっているだけかも」

「え、そうかな……」

「とにかくとにかく、二人で引っ張ってみようよ。二人で力ずくなら開けられるかも。それに万が一にでも鍵が閉まっていて、南京錠を壊しちゃっても、閉じ込められちゃってるんだから先生も大目に見てくれはずだよ」

「そう……だよね。じゃあ、やろうか。――えと、戸でどこか掴めるところは……」

「私の手のところ、取っ手の裏側の出っ張りになっているから掴めるよ。私の手の上から重ねるように握っていいから」

「わかった」手を添える。

「初めての共同作業だね」

「いまピンチだから冗談とか結構ですので!」

 彼女と彼は息を合わせる。


「せーの。うんしょおぉ!」「でりゃああああああああ!」

 二人は渾身の力で引っ張るが、それでも戸は開かなかった。


「ぐああ。だめかぁ……かたすぎるぞ……」

「うん。だめだね。完全にカギ、閉まってるや……」

「なんてこった……」

「真斗くん。他に出入り口がないか、ちょっと探してみようよ。古い倉庫だし、穴とかあいているかもしれないし。マットの裏とか、用具の後ろとか」

「そうだね。わかった。じゃ、僕はここから左回りに調べてくる」

「うん。じゃ、私は右から壁伝いに見て回るよ。棚の裏とかもちゃんと見てね」

「……うん。まあ、でも、望み薄そうだよね……」

「そうだね……穴があるなら外からの光とか漏れていそうだもんね」

「まあ、それでも一応、やる価値はあるな……」

 彼と彼女は倉庫の壁に沿って穴などがないか、確認した。

 倉庫を半周して、最奥で彼と彼女は再び巡り合った。

「真斗くん。どうだった? 聞くまでもないかもしれないけれど……」

「うん。脱出できそうなところはなかったよ。ネズミ一匹通さない、なんてことはないけど、とても人間が出入りできるような穴や隙間はないね……」

「そうだね。こっちも似たような感じ。ま、あったらあったで学校の防犯的にマズイよね」

「たしかに。しかし、まいったなぁ……」

「そうだねそうだね。まったくだよ。完全に閉じ込められちゃったよね……」

「ん」――彼は気配を察知した。暗闇に慣れてきた目が、壁を這っている影を捕らえた。

「でもでも、たしかに閉じ込められたけれど、ここは私と真斗くんの二人だけだし、ドラマや映画でよくある殺人鬼も怨霊も、人食い宇宙人も出てこないから、安全といえば安全だよね。一つだけ可能性があるといえばあるけれど……」

 彼女の背後の壁で、人に害を成す存在が動いていた。彼女は気づかない。

「真斗くんがわたしに危害を加えてくるなんて、そんなことないもんね」にこっ。

 ドン。――手に持った靴で叩き潰す。彼女の背後、壁に一撃。

「え。あのあの……真斗くん?」

「動くな。皆元さん」――この一撃で倒せたか、わからない。

 以下略。





 とりあえず倉庫の中では、外敵を処理して、ひと騒動あって、落ち着いた。

 彼は高跳びマットにボフッと、彼女は平均台にコンと音を立て、腰を下ろした。

「……私たち、ここに一生閉じ込められちゃうのかな……どうしよう」

「いやいや、最悪でも、明日の朝には授業で道具を使うから開くよ。それに吹奏楽部や合唱部の練習が終われば、僕らの声も届くだろうし、ここを開けてもらえるチャンスはある。それまでの辛抱だよ」

「あ、そだね」

 彼女の返事は軽い。わかっていたのだろう。

「ところで皆元さん。スマホもってないの? それがあれば外に助けを呼べるけど」

「うん。もってない。ほら、真斗くん、よく見てよ。私、体操服だよ。白シャツに赤ハーパン。体育の授業が終わって片付けをしていたところだったの。スマホは鞄の中に入れたままだよ」

「あれ。女子って体育館でバレーボールじゃなかった? なんで外の倉庫に」

「うん、バレ―だったんだけど、授業の片付けのとき体育館で野球ボールを見つけちゃって、たぶん飛ばしたのが入っちゃっていたのね。で、それを片付けに来たわけ」

「なるほど。災難だね。でも教室に皆元さんの荷物が残っていれば、少なくとも誰かが気が付いて探しに来てくれるはずだよね。朝まで取り残されることはなさそうだ」

「うん。――真斗くんはもっていないの。ケータイ」

「基本的に学校に持ってきてないんだ。家に置いて来てるんだよね……必要ないし」

「そーかそーか。そういえば以前、聞いたことあったね。でもでも、たとえ真斗くんがケータイを持っていても、助けを呼べるような友達がいないか……」

「失礼なっ! いや、まあ、たしかに、そうだけどさ……」

「ごめん。ところで真斗くん、このあと用事は?」

「幸いにして今日は特に用事はないんだけど……………………だけど」

「そっかよかった。ん――だけど?」

「ポーモンのアニメ、夕方に再放送があるんだよね……間に合わないな、これ。無念だ」

「え。再放送って……それ、前回の放送見てないの?」

「いいや。もちろん見たよ。神回だった。ティルのモンスターの魔法が炸裂するときオープニングが流れる神演出が、たまらなく熱い。もちろん録画したし、円盤も買ったくらい」

「じゃ、別にいいじゃん」

「いいことないよ。リアル視聴したいじゃん」

「いや、再放送だし……それ、リアル視聴っていうのかな……」

「再び神アニメが放送電波に乗って多くの人の目に映り、心に残る。そういうことがファンとして誇らしいし嬉しいんだよ。視聴回数の問題じゃないよ」

「オタクって変なところ崇高だよね……」

「で、皆元さんは用事とかないの。大丈夫?」

「うん。帰っても受験勉強するだけだし、別に困らない。むしろ少しサボれてラッキーかな」

「おいおい……気持ちはわからなくもないけれど」

「ところで真斗くん、話が変わるけれど、絆創膏が貼られているけれど、どうしたの?」

「え、なんのこと」

「ほら、真斗くん人差し指に絆創膏が貼ってあるでしょう。さっき扉を開けようとしたときに手が触れたからわかったんだ。貼ってあるよね。ケガしたの?」

「あ、ああ、……えーっと、絆創膏って地域によって呼び方が変わるの知ってる?」

「話しのそらし方が露骨すぎるけど。ケガについて話すのが嫌なの? ――ちなみに絆創膏の呼び方は、北海道ではサビオ、東北はカットバン、関東はバンドエイド、九州の多くの地方ではリバテープ、富山県はキズバン。メーカー名や商品名らしいよね」

「皆元さんが絆創膏に詳し過ぎる件について! 僕からフッた話題だけど、知り過ぎていて、いささか引いちゃいそうなんだけど」

「引いちゃわないでよ。絆創膏について詳しいのは、小学生のときに夏休みの自由研究で取り上げたからだよ」

「めっちゃフリーダムだな、その自由研究!」

「私、子どものころは活発だったから、よく転んでケガが絶えなかったの。だからいつも絆創膏を持ち歩いていて。まあ今も持ち歩いているけれど。――それが理由。絆創膏を調べてみたいなと思って。だから絆創膏については、私、一家言あるよ」

「なにこの皆元さんの新たな属性。どこに需要があるの。絆創膏オタって……」

「で、真斗くんの指、どうしたの」

「あ、そこに戻ってくるんだ……。まあ、どうしたと言われても、この前、料理をしていたときに、ちょっと切っちゃったんだよ」

「へー。真斗くん料理するんだ。何を作ったの?」

「えと、スクランブルエッグ」

「まった。指を切る要素ありませんよね。包丁使わないよね。なにどうしたの、なんでそんな嘘つくの?」

「あー。んー。……あの時と同じだよ。自分の失敗を話すことになるから、言いたくないだけ」

「まったくまったく。言いたくないなら言いたくないって、言ってくれればいいのに。嘘つかなくていいのに。無理に理由は聞かないよ」

「そうしてもらえると助かる」

「うん。――でもでも、気になるなぁ……」

「ところで皆元さん。南京錠ってお城の名前みたいだよね。大阪城とか姫路城みたいに」

「話しのそらし方が露骨すぎるよっ」

「あ、れ。そういえば……南京錠?」

「どーしたの、真斗くん?」

「ここの施錠、南京錠だったっけ。入ってくるとき南京錠を見た覚えがないんだけど……」

「南京錠だよ。忘れちゃうなんて真斗くんらしくないね」

「そうだったかな……。でも言われてみれば、そうだった気がしてくるな」


 彼は少し思い返す。

「あー、そうだね。思い出した。南京錠か。放課後に日直の先生が施錠するルールがあったね。だから、生徒は体育の授業で道具を片付け終わっても、南京錠をロックしないようにって」

「うん。南京錠ってロックするとき鍵は要らないもんね。それでロックしちゃったら中の道具が取り出せない。毎回授業ごとに開けるのは手間がかかる。だから、いつもは開けておいて、最後に締めるのが学校ルールだよ」

「そっか、そうだね。春ごろは事情の知らない一年生が施錠して、次の授業のとき体育委員が走って職員室へ鍵を取りに行くってことがよくあったなぁ」

「うんうん」

「ということは、救助を呼んだあと、ここを開けてもらうために、この倉庫の鍵を職員室に取りに行ってもらわないといけないね。手間がかかるし申し訳ないな」

「でも、真斗くん。南京錠がロックされているとは限らないんじゃないかな。留め具――掛金の方だけで戸を留めているかもしれないよ。南京錠はロックしていなくても、掛金が留っていれば、内側からは戸が開かなくなるでしょ」

「いや、それじゃあ訳がわからないし、意味がないよ」

「どゆこと?」

「なぜこの倉庫の戸が閉められたのか。それは、もう放課後でこの倉庫に用事がないからだ。授業道具の倉庫だし、部活道具の倉庫は別にあるしね。だからこの状況は、日直の先生が仕事を早く終わらせようとして早めに施錠した、としか考えられない」

「なんで? 生徒の誰かが閉めたってことも――」

「施錠は先生が行うから生徒は閉めない。閉める必要がないということは、戸を閉めても、掛金は留めない。それなら僕らが閉じ込められることはない。矛盾する。――訳がわからない」

「あ、そっか」

「先生が南京錠をロックしないで掛金だけ留めることも、ありえない。結局、あとで南京錠をロックしないといけないから二度手間だ。――意味がない」

「なるほど。だから先生が早めに施錠した、としか考えられないわけだね」

「うん。そういうこと。だから外の南京錠は絶対にロックされているんだよ」

「そうだね。じゃ、助けてもらった人に、ちゃんとお礼を言わないとね。職員室のキーボックスだったよね。体育倉庫のカギのある場所」

「うん。そうだったと思う。先生の許可もいるだろうね」

「たしかに職員室までパシらせちゃうのは申し訳ないね。それにしても日直の先生、閉めるの早すぎるでしょ。明日、その先生を調べて、二人で文句いってやりにいこうよ」

「うん。そうだね。せめて中に人がいないかくらい、確認するべきで――」

 彼は思い出して、気が付いた。恐ろしく正しい可能性に。

「……ちがう……」

「どーしたの、真斗くん」


「そもそも……倉庫を閉めた人物は開いている戸をわざわざ閉めて僕たちを閉じ込めたんだ。開けっ放しにしていた戸が閉まる音がして暗くなったんだ。――前提が間違っていた」


 彼は、悪意を感じながら話を続ける。

「……倉庫の戸が開いているということは、中に誰かがいるというアピールだ。ふつう先生なら戸が開いているなら内部に誰かいると思うし、確認するはず」

「た、たしかに、そうだね……」

「この倉庫を閉めた人物は、誰か中にいると知っていて、それでも戸を閉めたことになる」

「…………」彼女は嫌な予感がして、何も答えない。

「ごめん。皆元さん。閉じ込められたのは僕の責任かもしれない」

 彼はバツが悪そうに言った。




「ちょっと僕、クラスで嫌がらせされているというか、とある人物と揉めていてね……」

「……え。それって、いじめ?」

「いじめじゃないよ。そんなに深刻にならなくていいよ。べつに大したことないし」

「大したことないって……でも」

「だから僕に嫌がらせをするそいつが、体育倉庫に閉じ込めた犯人なのかもしれない」

「いったい誰、いつから、どんなことされてるの?」

「うーん。名前を出すのは気が引けるから仮称L・Mくんとしようかな」

「L・Mか……」

「名前に深い意味はないからね。たしか始まったのは、夏休み明けくらいからかな」

「うん。どんなことされたの」

「大したことないよ。僕のところに回ってくるお知らせのプリントがぐしゃぐしゃだったり破れていたり、上履きや教科書にいたずらされたりとか、それくらい」

「そんな……それ、いじめじゃん。なんで……」

「ま、僕が気に入らないんだろうね。しかし、なんの得もないのによく頑張るよね。ははは」

「笑いごとじゃないでしょ!」すさまじい剣幕で怒鳴る。

「ま、まあまあ、おちついて。皆元さんが気にするようなことじゃないさ。――それにあんまりにひどくなるようだったら、ちゃんと先生に報告して対処してもらうから」

「それならいいけれど……てか、今のでもう相当なものだよ。早く先生にチクちゃいなよ」

「ともかく、今回閉じ込められたのも、そのL・Mくんの嫌がらせの延長なのかもしれない」

「そっか。――そういえば最近、真斗くんが休み時間にクラスにいないのは、先生のところにプリントを貰いにいっているからなの?」

「うん。まあ、そんなところ」

「ねえ、もしかして、真斗くんの指。そのL・Mにやられたんじゃないの?」

「……ちがうよ。ただの僕のミスだって。掘り返さないでくれって言っただろ」

「むー」彼女は訝しむがそれ以上の追及はしなかった。「でも納得。だから、真斗くんに嫌がらせをするL・Mが、この体育倉庫に私と真斗くんを閉じ込めた、ということかもしれないね。真斗くんのせいじゃないよ。――L・Mめぇ。私を巻き込みやがって。許さない」

「あ。」気が付いた。「うっわ、語る前に気付くべきだった……」

「え。どうしたの真斗くん?」

 彼は合掌して、謝った。

「ごめん。やっぱりさっきのナシ。L・Mくんは今回の件になにも関係していない」

「えええっ! なに、その手のひら返し」

「僕だけを閉じ込めるならともかく、L・Mくんは皆元さんまで閉じ込めるようなことはしないはずだ。うん、絶対」

「他の人には手を出さないってこと?」

「そうだね。少なくとも皆元さんには危害を加えないと思う。もしも僕を閉じ込めるつもりだったのなら、この倉庫を監視しなければならないから、皆元さんが倉庫に入るところも、きっとL・Mくんは見ている。皆元さんが倉庫に入ったことを知っているなら、閉じ込めるような真似はしない」

「でも私はそのL・M、あやしいと思うな……。気になるし、誰だろう」

 彼女は考える。推理する。

「回ってくるプリントを破くということは、教室の座席が真斗くんと同じ列の人間。それならば、長岡潤太郎(ながおかじゅんたろう)畑大将(はたたいしょう)金木元親(かねきもとちか)宇山日真理(うやまひまり)清家美穂子(せいけみほこ)。このうちの誰か。あ、そうだ。真斗くんが『君付け』していたから女の子じゃないんだ。ということは――」

「なんで今だけ記憶力と推理力が冴えわたっているのさ。ヘッポコ探偵の皆元さん!」

「ヘッポコ言うなし! それに思えば私、今までそんなにヘッポコな推理してないよね?」

「僕は正志(ただし)じゃないんだけど。ところでいま何時かな、皆元さん?」

「ぴゅーひゅるるーぴゅぴぴぴー」

「口笛吹いてごまかしているみたいだけど――って、いつの間に口笛できるようになったの?」

「先月くらいかな。けっこう時間を割いて練習したからね」

「おい受験生」

「あはは。――でも真斗くんの座席列は誰もL・Mじゃないなぁ。あ、仮称って言っていたね」

「とにかく、L・Mくんはこの件の犯人じゃないから、もう置いておこう」

「えー。わかんないじゃん。動機もあるし矛盾もないよ。なんで」

「絶対に違う。断言できる。理由は言いたくない。――なので、その話は忘れよう」

「えーえー。なんなのよー」

「他の可能性を考えてみよう。狙われたのは僕だと思っていけれど、もしかして、そうではないとしたら、……ターゲットは皆元さんだったのか?」

「え、私……」

「皆元さん。ちょっと聞きづらいことだけど、誰かから恨まれるようなことなかったかな?」

「うーん。そうだなぁ」

「参考までに聞いただけで、言い辛いこと言いたくないことは、言わなくていいからね」

「ふふふ。うん。わかってる。ありがと。――でも、思い返せば、けっこうあるなぁ」

「そうなの?」

「まず先週、山西柑菜(やまにしかんな)ちゃんのお弁当のハムを一つ食べちゃったし。三日前、竹田玲奈(たけだれな)ちゃんが出してくれたポテチいっぱい消費しちゃったし。昨日、寧々香(ねねか)の食べかけのアイスクリームを一口いただいちゃったし。――思い返せば私、かなり恨まれることをーー」

「してないよ! 罪状がショボすぎるだろ。そんなことで恨まれて体育倉庫に閉じ込められてたまるか。てか全部、食べ物案件だな」

「あ、いや、べつに毎回食べ過ぎているわけじゃないからね。食い意地はってるわけじゃないからね。勘違いしないでよねっ」

「ツンデレかっ!」

「あ、でもでも、柑菜ちゃんには私の卵焼きをお返ししたし、玲奈ちゃんには私のジャガイモスティックを提供したし、寧々香にも私のアイスクリーム一口あげたなぁ」

「仲良しかっ! それ、絶対に恨まれてないから安心していいよ」

「そーかな?」

「そうだよ。――まあ、べつに言いたくないのなら、無理に聞かないし、いいんだけど」

「え。」ショックを受けた。そんな顔だ。

「ん。どしたの」

「真斗くんは、私が、誰かから恨まれていると思っているの?」

「え。うん、まあ」

「ねえ、それって、ちょっと酷くない? 別に私、誰かから恨まれることなんかしてないし」

「恨むのも、恨まれるのも、人間なら当然でしょ」

「…………」

「生きていれば誰かから恨まれるなんて当然だろ。その感情が大きいか小さいかはあるかもしれないけれど、誰からもマイナスの感情を向けられないで生きられる人間なんていないよ」

「……だから、私がごまかして嘘ついてるって思うの?」

 ムスッとした怒りが伝わる。

「あ、いや、最近、僕自身がよく恨まれているから、そう思うだけなのかもしれないのであって、誰からも恨まれずに生きる聖人のような人間もいるかもだけど……」あせる。

「ぷっ」彼女は吹きだした。「はは。手のひら返すの早すぎるよ」

「でも実際、かなり簡単に恨みを向けられているけど。いま、皆元さんに僕が」

「あ、たしかに……」

「いや別に、無理に聞く必要もないし、何度も言うけど、言いたくなかったら――」


「このあいだ……名前は出したくないんだけど、ある男の子から、付き合ってくれて告白されて断わっちゃった」


「あ。……ああ、なるほど」

「でもでも、その人は、断られたからって体育倉庫に閉じ込めるような性格じゃないと思う。まあ、本当のところは、私にもわかんないけど、さ」

「ん」彼は、軽く聞こえるような返事を意識した。

「私が恨まれているといえば一番大きいのはその案件かな。他には、さっきみたいな細かい案件しかない、かな。――つまみ食いとか。お母さんに怒られた」

 彼は何を言っていいかわからず「……まだ食べ物案件に余罪があったのか」とごまかした。

「動きはムシャムシャしてやった。唐揚げは出来たてでおいしかった。後悔はしてない」

「反省はしてね?」

「うん。――はっ、はくしょい!」彼女はくしゃみをした。「はっ。しまった。ブサイクなくしゃみになってしまった……もっとかわいい感じのくしゃみがしたかった……『へくちょん』みたいな庇護欲をそそるようなーー」

「くしゃみって、意識してコントロールできるものじゃないだろ。でも、ちょっと寒くなってきたな」彼は上着を脱いで、彼女に渡す。「これ着なよ」

「別にいらないよ。だいじょぶ」受け取らない。

「いいから着ておきなよ。僕そこまで寒くないし。体操服じゃ寒いでしょ」

「いや、でも、私、体操服だから、その汗とか……」

「それなら、なおさらだよ。風邪引いたらまずいだろ。この時期に」

「……」

「皆元さんが着なくても僕は脱ぐからな。上着はここにおいておくから。汗やにおいが気になるなら、上着は持ち帰ってから、洗って返してくれたらいいから。まだ家に予備があるし」

「……ありがと」

 彼女は上着をはおる。

「でもでも、さっきの真斗くんの言葉、きわどいよね。――『皆元さん、僕は脱ぐからな』とか『においが気になる』とか」

「声真似ピックアップしないで! ニュアンス違うように聞こえるから」

「あはは。似てた?」

「似てない」

「まあそうだよね。真斗くんのモノマネだったら、遺伝子レベルでモノマネするヤツがいるから。普段からそれを見ていたら大抵の人は似てないよね」

「双子を遺伝子レベルのモノマネとかいうなよ」

「うん。――でも、上着、あったかい……」

「それはよかった。ポケットに入れてある『Gの遺骸』の効力かもしれないな」

「ぎょわあああああああああぁ!」彼女は跳び上がる。

「うそだよ。死骸をくるんだティッシュは扉の近くに安置している」

「ちょっとちょっとちょっと、真斗くん!」

「さっきから、からかわれてばかりだったからね。仕返しだよ」

「まったくまったく。――またどつくよ?」

「やめて。痛いから」

 そこで彼は思い出して、気が付いた。

「あれ……あれは、いったいなんだったんだろう……」

「ん? あれ? 真斗くんなにいってるの」

「……まさか」

 ――そういうことだったのか。

 彼は全部わかった。






「もう茶番はやめよう」

 彼はひやりとした冷たい口調で話す。

「そうだね。準備運動はこれくらいにしましょう。――本当の戦いは、これからよ!」

 彼女は燃え立つように言葉を返した。

「あ、いや、そういうノリを期待したわけじゃなかったんだけど……」たじろぐ。

「え。じゃあどんなの」

「どんなのじゃなくて、ネタじゃなくって、僕はこの倉庫に、僕と皆元さんを閉じ込めた犯人がわかったんだ」

「ええっ! うっそぉー。すごいじゃん真斗くん。で、だれだれ? やっぱり、例のL・Mなのかな。私もそいつ、あやしいと思っていたんだよね。ここが開いた後、二人でカチコミに行きやしょうか。真斗警部」

「いや、さっきも言ったけどL・Mくんは無関係。もう話題に出さなくていいから」

「えー。私の中でL・Mはすでに重罪人で犯人にもっとも近いヤツなんだけどなー」

「もう忘れてくれL・Mくんの件は。……僕が無駄なことを言ってしまっただけ」

「じゃあ、犯人って誰なの? あ、もしかして、私にその……告った男子を疑ってるの?」

「……皆元さん……」彼は問うように呟いた。

「いやいやいや、その男子はきっと違うよ。振られた腹いせに私を閉じ込めるなんてしないタイプだと思うけどな。あ、さっきも同じことを言ったね」

「皆元さん……」

「なになになに、さっきから私のことをじっと見つめて……もしかして真斗くん。私に惚れちまった感じ? きゃーっ」

「……皆元さん」

「ねえねえねえ、それより真斗くん、犯人はどうしたの。でもでも、ここでまったく見知らずの人だったら視聴者は興ざめだよ。さあさあ、はやく話してよ」

 彼はうんざりして話す。


「だから、さっきから言っているだろう。僕と皆元さんをこの倉庫に閉じ込めた犯人は―― 

 ――――皆元さん。きみだよ」


「…………………………………………え。」

 一拍溜めて。

「えぇえええええええええええええええええっ! わ、わたし、私ぃ?」

「うん。皆元さん」

「え。なになになに! どういう展開? 私、いま真斗くんといっしょに閉じ込められているんだけど? これなんの冗談? いやいやいや、ありえないよっ」

「ありえないことはないよ。僕らをここに閉じ込めた犯人は、皆元さんだ」

「ええっ! どういうこと」

「もういい加減に驚く演技をやめてほしいんだけど……」

「演技とかじゃなくって本気で驚いているんだけど……」

「だって皆元さん以外に、犯人は考えられないしなぁ」

「えーかげんにしてよ。今日の真斗くんは輪をかけて酷いなぁ」

「犯人だと宣言されてから皆元さんの言葉がすべて『え』から始まっている件について」

「え。ああ、そうかも、……って、どうでもいいよっ! ……まあでも次から気をつけるよ」

「うん、どうでもいいんだけどね。でも、やっぱり犯人は皆元さんだ。正直、話せばすぐに自白して、謝ってくれるんじゃないか、と思っていたんだけど」

「……無実なのに、事実無根で無罪冤罪なのに、自白も何もないよ。まったく」

「でも、犯人は皆元さんでしょ?」

「ちがうって言っているのに、酷い!」

「自首をする機会をあげているだけ、良心的だと思うよ」

「あったまきた! 頭にきました。そこまで言うんだったら、私から真斗くんに提案がある。――賭けをしましょう。前みたいに」

「うん? 賭けってなに」

「もしも私が犯人だったら、私、真斗くんの言うこと、何でも1つきいてあげるよ。無理無茶無謀なことはダメだけど」

「ああ、そういうことか。ーーいや、やめておこう」

「え、なんで?」

「どうせ犯人は皆元さんだし」

「ムカッ。絶対に違うから! だから、こうやってーー」

「やめよう。『皆元自滅伝』が増刷されるだけだよ」

「だあ! もう! じゃ、真斗くんは絶対に私が犯人だって言うんだね? 絶対に?」

「うん」

「じゃあ、もしも私が犯人じゃなかった場合――」

 彼女は、少し止まる。

 それから目をそらして、しぼんで、それでも負けまいと宣戦布告する。

「私と、……付き合ってよ」

 本当の戦いが、始まろうとしていた。





「こんな賭けは、倫理的にどうかな、と思うんだけど……。でも、真斗くんは、もう絶対に犯人は私だと思っているんだよね。だっから問題ないよね。自分は間違っていないんでしょ?」

「……」

「だから私が冤罪だった場合、真斗くんには『罰ゲーム』。私と付き合ってもらいます。交際してもらいます。あれだけ私が犯人って言い切るんだから、大口をたたくんだから、別にいいよね! 今さら逃げないよね?」

「わかった。いいよ」

「そこまできっぱり言われちゃうのも、なんか複雑」

 そして、戦いが――ゲームが始まる。


「ではでは聞きましょうか。真斗くん。――どうやって私が倉庫の中から、この倉庫に鍵をかけたのか」

「うん。でもそれは違う」

「ん。はい?」

「皆元さんはこの倉庫に鍵をかけたわけじゃない。戸を開けられなくしただけだ」

「どういうこと?」

「うわっ。皆元さん演技派だなぁ。全部わかってるはずなのに……。演劇部に入ったらよかったんじゃないかな。女優とか向いてそうだよ」

「話がそれている。戸を開けられなくした、ってどういうこと。鍵をかけた、と同じでしょ」

「ちがうよ。――とりあえず、順を追って説明する」

 彼はマットから立ち上がった。


「まず皆元さんは、僕をこの体育倉庫に入らせるために、下校路にサッカーボールを仕掛けておいたんだ。3年2組の本日最後の授業は体育だ。男子は外でサッカー。だから片づけ忘れたのだと思って、僕はこの体育倉庫にボール持ってきてしまった。誘導された」

「ふむふむ。まあ私そんなことしてないけど。――でも真斗くんなら、授業で使ったものが片付けられていなかったら、みんなの為に片付けてくれそうだよね。まったくニクイやつめ」

「……それで僕は体育倉庫に入る。だが、サッカーボールのケージが見当たらない。これも皆元さんの工作だったんだろうね。授業で使っているから目立つ位置にあるケージを、移動させて体育倉庫の奥に持っていっておいたんだ。そして僕は、ケージを探しに倉庫の奥に踏み入った」

「へー。ケージが奥にあったんだ。私はやっていないし。不思議だね」

「そして皆元さんは、僕が体育倉庫の奥に入ったことを確認してから体育倉庫に入ったんだ。皆元さんの尾行技術なら簡単だろ。僕が自転車で激突されるまで気づかないくらいに、尾行が上手なんだから」

「あー。うん。仕方ない。そこは認めよう。私の尾行技術は完璧だ。――あ、でも真斗くんを尾行したことは認めないからね。私は野球ボールを片付けにきたの」

「はいはい。――で、倉庫の中に入った皆元さんは、奥にいる僕に見られないように気づかれないように、内側から倉庫の戸を閉めたんだ」

「ダウト! 閉まってないじゃん。鍵、かかっていないよ。それなら戸は動くはずでしょ。私たち閉じ込められているんだけど。さっきも言ったけど」

「うん」彼は歩き出す。

「うん、じゃないよ。矛盾してるって」

 彼は扉の前で立ち止まる。


「だからこの戸は、ずっと開いていたんだ」


 彼は戸の出っ張りに手をかける。力を込める。

 ガラガラガラガラ。そんな音を立てて。

 ――戸が開いた。簡単に。

「うそ……」眼を細めて唖然とする彼女。

 夕日が眩しい。光が倉庫内を照らす。彼らは倉庫から解放された。


「いやいや、真斗くん、変だよ。開かなかったじゃん。私と真斗くんの二人で戸を引っ張ったよね。でも、戸は動かなかったよ」

「うん。あのときは、ね」

「あ、もしかして、真斗くん私のことゴリラと思ってんの? 一緒に戸を引っ張ったとき私が戸を押さえていたと思っているの? 逆方向に力を加えていたと思ってるの?」

「それも考えなかったわけじゃないけど。皆元さんがゴリラ級のパワーを発揮していたんじゃないかと疑ったこともあるけど」

「おい」彼女はキレかけた。

「いや冗談。あのとき、戸には絶対に開かない仕掛けがあったんだ。――それがあれだ」

 彼は再び倉庫の中に入って、探す。見つけた。そして拾い上げる。

「それって、棒?」

「うん。皆元さんが僕をどついた、棒」

「ホウキやモップの柄かなにかな。それがどうしたの」

「これが鍵だったんだ。いや、棒だけど」

「どういうこと」


「これは突っ張り棒だったんだ。用心棒とも言う。皆元さんは、この棒を戸に仕掛けることで、戸を開けられなくしたんだ」


「えー。いやいや、そんなバカな……」

「この倉庫に入って戸を閉めた皆元さんは、この用心棒を仕掛ける。そして、戸を開けられなくした上で、僕と一緒に戸を引っ張ったんだ。それで戸は開かないという認識ができて、心理的に閉じ込めることができる」

「おかしいって、真斗くん。それなら、なんで真斗くんは戸を開けようと引っ張ったとき、棒の存在に気が付かなかったの? そんな見え見えの仕掛け、あったらわかるじゃん」

「うん。これは巧妙なトリックだった。ネタが二つもある」

「ネタが二つ?」

「まず、倉庫の中は暗くなったばかりだった。僕は目が慣れていなかった。暗順応と明順応ってやつだ。暗い倉庫の中だったから棒が見えなかったんだ」

「なるほと。それが一つ目だね」

「そして、もう一つ。僕と仕掛けのあった戸のあいだには、皆元さんがいた。皆元さんの手に僕の手を重ねる形で、戸の出っ張りを握ったんだから。ドクロのネックレスの件と同じだ。戸の前には皆元さんがいたから、僕には戸に仕掛けがあるのが見えなかった」

「でもでも、それなら戸に、突っ張り棒の仕掛けが残ったままだけど?」

「だから、すぐに回収したんでしょ? 戸を開けようと引っ張った後、僕らは穴や隙間がないか、倉庫の中を壁に沿って探したよね。すぐに戸の前を離れた。皆元さんが提案したとおりに、ね。そのときに棒を戸から外したんだ」

「あれあれ、それ提案したの、私だったっけ?」

「うん。そうだよ。ちなみに戸を二人で引っ張ってみようと提案したのも皆元さんだ」

「あっれれー。そうだったかなー」

「そういうトリックで、皆元さんは倉庫に閉じ込められたという状況を作りあげたんだ」

「なるなるほどほど」一理ある、とでも言うようにうなずく。が、「でも、決定的な証拠がないよね。私がやったって」

 彼女は、認めない。




 夕日に照らされる倉庫内で、彼女は話す。


「たとえば、こういうストーリーはどうかな。――とある一年生が部活の先輩に『おい一年、倉庫閉めてこい』と頼まれる。不慣れな一年生は部活用倉庫と授業用倉庫の違いがわからず、この倉庫にやって来て、偶然に戸が開いていたのでこれを閉めてこいと頼まれたのだと勘違いして掛金を留めた。これで私たちは閉じ込められる。しかし部活中『おい一年、倉庫、閉まってないじゃねえか』と先輩に怒られる。それで閉めた倉庫は無関係だと気付く。部活と先輩のしごきが終わり、この倉庫に戻って来てみると、どうやら中に誰かがいるようだ。まずい。閉じ込めてしまったのが自分のせいだとバレれば、また怒られるかもしれない。そこで、バレないように倉庫の掛金を外して、逃げてしまった」


 彼女の作った物語を聞いて彼は――

「すっげえ。理屈も通っているし、筋立てもばっちりだ。なにこの才能、うらやましい」

 感動した。

「あはは。もっとほめてくれていいよ」得意げだ。

「このストーリーの落ち度を無理矢理にあげれば、もう秋だし、そんなに不慣れな一年生はもういないだろう、ってくらいしかない」

「いやいや、これが真相なんじゃないの? 不慣れなのは二学期からスポーツに興味が出てきた新入部員という設定で、ど?」

「ダメ。そのストーリーだったら僕もいいと思うけど。でも僕はもう皆元さんが犯人だと確信しているから」

「えー。なんでなんで」

「皆元さん。この倉庫に閉じ込められた瞬間のこと覚えている? ちょっと話してみてよ」

「うーんと、私が野球ボールを返しにこの倉庫に入って、ボール入れを探していたら、ガラガラガラと音がして戸が閉まって、そしたら、倉庫の奥から真斗くんが出てきて――」

「はい、ストップ」

「え。何かおかしいところがあった?」

「奥から真斗くんが出てきて――と皆元さんは言ったけれど、なんで僕だとわかったの?」

「え、それは、見たら――」

「倉庫の中は戸が閉まって暗くなっていたのに?」

「あ、」

「さっきのトリックでもそうだったけれど、暗くなった倉庫の中だよ。奥から出てきた人物を僕だと判別するのは困難だ。暗闇で辺りは見えないはずなのに。それなのに皆元さんは『真斗くん』と声をかけてきた」

「……そうだったっけ?」

「そうだったよ。――皆元さんが僕だと判断したのは、なぜか。それは、皆元さんは僕が倉庫に入るところを見ていたから。いいや、僕を倉庫に誘導したのが皆元さんだから、の方がしっくりくるかな」

「でもそれも、決定的な証拠じゃないよね」

「そうかな」

「うん、そうだよ。それに私、夜目がきくし。真斗くんは気配が独自だから、私の秘められた第六感覚が、なにか感じ取ったんだよ。きっと。だから真斗くんだってわかったんだよ」

「僕と正志を間違えるのに?」

「ぴゅーひゅるるー」

「口笛はもういいから。うん。うまくなったね、えらいえらいすごいすごい」

「うん。でしょ?」自慢げだ。

「とにかく、暗闇では僕が見えないという矛盾だけど、なにかある?」

 彼女は観念した、みたいな雰囲気である。


「じゃあ仕方ない。ほんとの訳を話そう。……実は私、真斗くんがこの倉庫に入っていくのを見ていたんだ。で、からかってやろうとしていたの。わあっ、と背後から驚かそうと思って」


「取って付けたような言い訳をありがとう」

「でも、筋が通っているよね。矛盾もないよね。本当のことだし」

「……うん。残念ながら見事な返しだよ。そう言われると」

「嘘をついていて、ごめんね。驚かせる作戦は失敗しちゃったし、それがバレて、真斗くんに性格の悪い女だと思われたくなかったんだ……」

「だいじょうぶ。もう手遅れだよ」

「えー」彼女は言いながら笑っていた。

「まあ、でもわかったよ。言い訳は」

「うん。そういうわけで私は真斗くんが倉庫に入ったのを知っていたの。――でも、この倉庫に閉じ込めた犯人じゃないよ」

 やはり彼女は認めなかった。





「はあ、手強い……ヘッポコ探偵のクセに、犯人側に回るとここまで厄介とは……」

「いやいや、私、ヘッポコでも犯人でもないからね」

「探偵は否定しないところが皆元さんらしいな」

「えへへ」彼女はいやらしく笑う「ま、今回は絶対に負けられないしね。そもそもやっていないし」と付け加えた。

「それじゃあ、皆元さん。あの野球ボールはどうしたの?」

「え。どうしたって。片付けたけど」

「いや、そうじゃない。体育館で野球ボールを見つけたと話していたけれど、それはおかしいから聞いたんだけど」

「えー。どこが」

「いまの時期、体育の授業はサッカーだ。野球はやっていない。体育館に野球ボールが入る理由がないんだ。それなのに、なぜ野球ボールを持っていたの?」

「なぜと言われても……持っていたものは持っていたとしか言いようがないし、見つけちゃったものは見つけちゃったとしか、言えないよ」

「さっきのトリックを実行するためには、皆元さんもこの倉庫に入る理由が必要だ。だからその理由として、あの野球ボールをこの倉庫から拝借したんじゃないかな」

「うむー。違うんだけどな……。あ、きっと、あの野球ボールは、今日や昨日、体育館に入ったものじゃなかったんだよ。一学期には体育の授業で男子は野球するでしょ。その時期に紛失したボールが発見されたんだよ。実際、見つけたのは、体育館の消火器の裏だったんだ」

「なるほど。ちなみにそのボールを見つけたこと友達に話したり、先生に報告したりした?」

「いいえ。別に話すことじゃないでしょ。さっと片づけて終わりだもん。なにか反論はあるかしら?」

「……いいや。ないよ。――でも、やっぱり僕はその野球ボールは、皆元さんがこの倉庫に自然にやってくるために準備した、体のいい言い訳のような気がするんだけどな。一学期に体育館に紛れ込んだボールが、偶然、今日発見されるなんて、さ」

「でも、ありえないことじゃない、でしょ?」

「ああ、そうだね。疑惑としては充分だけど、証拠としては不充分だね」

「でしょでしょ。そもそも、私、やってないんだもん」

「じゃ、仕方ない。次の疑惑と証拠を話そうか」

「まだ何かあるの。私じゃないのに」彼女は、やれやれ、という体で話を聞く。

「皆元さん。なんでまだ体操服のままなの?」

「え。授業が体育だったからだけど」

「うん。それは知ってる。てか僕もそうだったから。この話は、なぜ皆元さんがまだ着替えていないのか、ということだよ。僕らが閉じ込められる前、すでに放課後だった。僕はすでに着替えて下校しようとしていた。なのに、皆元さんは体操服のままだ。――それはトリックを準備していて、着替える時間がなかったからじゃないかな」

「友達と話していて遅く――」

「友達と話していて遅くなった、って言い訳は使えないよ。それなら、明日にでも鷲尾(わしお)さんや他の女子に確認をすれば、皆元さんと会話したかどうかわかる。アリバイは崩れる」

「ちっ……」

「舌打ちされてもなあ……。ごまかす気あるの?」

「実は、あんまり話したくないんだけど、授業が終わったすぐ後……お花を摘みに、行っていたの」

「ん?」

「それで体育館に戻ったら、片付けはもう終わっていて、そのときに野球ボールを見つけたの。だから私が一人で片付けようと倉庫に向かった。――どお? 矛盾ないよね」

「いや、お花を摘みに行くって、酷い言い訳だよね」

「え」

「なに、めずらしい野草でも生えていたの? まあ秋だしそういう事もあるのかもしれないけれど、それで片付けをサボるって――」

「まった。真斗くんストッピング! お花を摘むの意味、わかってる?」

「ん? え。そのままの意味じゃないの」

「………………っ」照れ臭すぎる彼女がついに言った。「このデリカシー無し男! お花を摘みに行くというのはね。……あの、その……おトイレのことだよ! この配慮無し男」

「え、あ、ああ。なるほ……」

「……あのときの寧々香の気持ち、いまならよくわかるわ……」

「それで、皆元さん。それは――」

「大きな花だったのか、とか、小さな花だったのか、とか、そういうことを聞いてきた場合、私は真斗くんに不慮の事故が起こる自信があります」天使級のほほえみで例の棒を握った。

「――なんでもないです」

「とにかく、そういう事情。だから着替え遅れちゃったの」

「ああ、なるほど。そう言われると矛盾はないなぁ」

 賭けはまだ、続行中。

「じゃあ、仕方がない……」

 彼は最後のカードを切ることにした。




「皆元さん。お尻を見せてほしい」

「は? ま、まさか……」

「……あ、間違えた。間違えました。ちがう違う違う! そういう意味じゃない!」

「……………………………………………………………………………………ヘンタイ」

「みるみると顔を赤らめて恥しそうにジト眼で僕を見ないでくれるかな! いつもみたいに冗談で茶化してくれよ。それに今まで皆元さんの方がもっとギリギリの発言をしているだろ」

「……脱げ、ってこと?」

「ちがうから! 言葉の選択ミスだから」

 完全否定の彼。顔の赤くなった彼女。――とにかく彼は言う。


「僕は皆元さんの体操服ハーフパンツの後ろポケットの中身を見せてほしいって伝えたかったんだよ! それが決定的な証拠だから」


「……いやだよ。見せたくない」

 彼女は臀部を手で隠した。

「ポケットの中身に対する議論です。誤解がないように。……それを見せてくれないならその理由を説明してくれないかな。納得がいかない」

「そんなに……見たいの?」

 恥いるように、ゆっくり手を退けた。

「ポケットの中身に絡んだ応答です。勘違いしないように。――うん。見せてほしい。そのポケットの中身こそ、皆元さんが犯人である物的な証拠だから」

「そんなに見たいなら…………見れば」

 彼女は後ろを向いた。

「ポケットの中身に関する行動です。お間違えのないように。――皆元さん、後ろを向かれても、どうしたらいいと言うんですか。まさか僕に取れとおっしゃるのでしょうか?」

「……はやく。やるなら、やれば?」

 彼女はお尻を突き出した。

「ポケットの中身にまつわる反応です。――無理! 僕がそれを取るのは、その部分に触れることになるので倫理的事情によって不可能です。ご了承いただきたい。お願いします!」

「はあ。根性なし……」

 赤面の彼女は、まことに残念そうに自分のハーフパンツの後ろポケットに手をつっこんで、中身を取り出した。

 彼女の手中のそれを彼は見る。


「南京錠、だよね」


「……なんでポケットにあるってわかったの?」

「皆元さんが平均台に腰掛けたときに、硬いものが当たる音がしたんだ。コンって。なにかポケットに入っているとは思っていたんだ。それが南京錠だと確信したのは、倉庫の戸を開けてからだけど。外の掛金には、やはり()()()()()()()()()()()()から」

「……なるほどね。真斗くん耳いいね……」

「南京錠をもっていた理由は、本当に閉じ込められてしまうのを防ぐためだったんだろ。だから、安全策として、自分で持っていた」

「……さあね」

「掛金に南京錠がなければ、外からは倉庫を自由に開けられるから防犯的な意味がない。だから、外から誰かが掛金を留めることはない。もちろん持っているのだから南京錠でロックされることもない。外の人がうっかり本当に鍵をかけて僕らを閉じ込めないように、皆元さんが持っていた」

「……どうだろうね」

「僕を倉庫に誘導するためにボールを仕掛けたときから、ずっと南京錠を持ち歩いていたんだ。僕を誘き寄せている間に、倉庫を閉められてしまったら、すべて()()()()になるから」

「……」

「思えば皆元さんは、僕を閉じ込めてから早い段階で、放課後に用事がないかを聞いていた。あれは本当に重要な用事があった場合、すぐに僕を解放しようと配慮してくれたんだろ。そのときに、本当に倉庫が開かなければ一大事だから」

「…………」

「皆元さんが常識的な人で、助かったよ。ありがとう」

「……どういたしまして」

「――さて、皆元さんが南京錠を持っていた件について、なにか言い訳はある?」

 彼の問いに、泣きそうになりながら、彼女は漏らす。

「あーあ。負けちゃったか……」

 ゲームセットだ。




「皆元さんは座ったときに音が出ないように、平均台ではなくマットに座ればよかったのに。僕の隣に。そうすれば、あれらの言い訳を駆使して、完全犯罪ならぬ完全ゲームを成立させられていたかもしれない……。なぜマットに座らなかったの?」

「……乙女心のわからない真斗くんには教えてあげない」

 体操服の彼女はそう答えた。それから訊ねる。

「……じゃ、なんで私がこんなことしたのか、もう推理できているの?」

「うん。なんでこんなことをしたのか理由に予想はついている。――あの告白の件だろ」

「……」コクン。と彼女はあごを引いた。

「夏休み、ゲームを一緒に買いに行った日、皆元さんは僕に告白してくれたけど、あれから、いつまでたっても返事をしない僕に皆元さんは怒っていたんだろ。キレていたんだろ? だから、腹いせに僕を閉じ込めて、あわよくば恥をかかせてやろうと――」

「ちがう! ここまで完膚なきまで暴いといて、鈍感はやめてよ!」キレた。

「えぇっ。なにを」ひるむ。

「私、賭けをしたよね。それなら、私がどんな気持ちか、わかるはずだと思うんだけど。どれだけ自己意識が低いの? いや、バカなの?」

「え。僕にあきれて怒っていたわけじゃないの? いや、実際いま、キレてるし……」

「そんな訳ないでしょ――いや……」彼女は感情のままに怒鳴るが、少し止まって、これまでのことを顧みて気が付いて「でも、それもある……かも」声を小さくした。

「ですよね……」


「たしかに私、告白したとき、返事はいつでもいい、って言ったけれど……二か月もほったらかしって……酷いよね」

「……」正論過ぎて、彼は何も言葉を返せなかった。

「普通に会話もしてくれないし。私が口笛できるようになったことも知らなかったもんね」

「…………」

「休み時間や放課後に、返事を聞こうと思っても、毎回クラスに居ないし、いつも早く帰っちゃうし。さっき休み時間にクラスにいないのは破れたプリントを先生のところに貰いにいっているとも言っていたけれど、それだけじゃないよね。――あれって私を避けてたんだよね?」

「…………」

「今日、このトリックを仕掛けられたのだって――この倉庫に誘きだせたのだって、真斗くんが私を避けるために、早く帰ろうとしていたからでしょ。サッカーボールが落ちていても他の誰かが片付けてしまうかもしれない。クラスで誰よりも早く帰ろうとしたからだよ」

「…………」

「私のこと、好きじゃない――嫌いだとかウザイとか思っているなら、きっぱり……振ってよ。悲しいし、やるせないけど、……諦めるから。いつまでも希望をぶら下げて、もてあそぶようなことしないでよ。――残酷だよ」

「…………」

「夜、眠ろうとするたびに考えちゃうんだ。もしかしたらって希望で嬉しくなって、それでもダメだろうなって絶望で苦しくなって、時間が経つごとに苦痛の方が大きくなって希望なんて持てなくなって、いっそもう諦めたいのに真斗くんは何も言ってくれない。毎晩こんなだよ。出口のない迷宮に迷い込んで、永遠に出られないみたいな。――でもまあ、私がどれだけ苦しかったかなんて、真斗くんにはわかんないでしょうけれどね」

「…………」

 そこまで言った彼女は、不意に笑った。

「でも、久しぶりに、お話できて、嬉しかったし楽しかった」

「…………っ」息がつまった。

「それが、理由。動機。――真斗くんと、話したかった……おしゃべりしたかった」

 思いの丈をぶつけた彼女は、最後に言った。

「こんなことをして、ごめんなさい。――でも、もう答えが欲しいです」

 彼女は出口に向かった。





「ごめん」

 彼は謝罪から口にした。

「うん。こっちこそごめん。嫌な思いさせ――」

「あ、まって、皆元さん。最後まで聞いて」

「え」

「僕は……皆元さんに内緒にしていることがあるんだ」

「…………そう」

「あ、いや、彼女がいるとか恋人がいるとか、そういうことじゃないんだ。いや、二次元嫁とか画面内彼女とかそういうジャンルは含まれるのか……って、ごめん! 話しがそれた」

「……で?」

「そんな訳で、秘密があるんだけど、いや、秘密なんてキレイなものじゃない。だましているという方が正確かもしれない。それに、きっと秘密を知られたら幻滅されると思う」

「……真斗くんが私をだましている?」

「うん。そう。でも僕はその秘密を絶対に知られたくない。死んでも」

「で、それが、なに……」

「だから皆元さんのことを避けていたんだ。関係がなければ、そのことを知られることはないから。でも、……それでも、もういいや。と思えてきた」

「もう、いいって、なにが……」

「だから、僕に愛想が尽きたら、皆元さんは遠慮なく僕をフるって……条件で、なら」

「え。あの、真斗くん。どういうこと」

 彼は決意と共に、言葉を紡ぐ。


「皆元さん。僕は、キミのこと、好きだ」


 彼女は信じられない言葉をただ茫然と聞いた。

「だから、よかったら、……付き合おう」

「え。うそ……なんで……」

「なんでって、そりゃ……やさしいし、他人のために動けるし怒れるし、愛嬌があって魅力的だし、まあ、その、かわいいし……ってハズいなっ! もういいよね。そういうことは。皆元さんはもうちょっと、自覚したほうがいい」

「じかく?」

「皆元さんは人気があるからね。クラスでも好きなヤツは多いと思うよ。……まあ、僕も、そうだし……」

「真斗くん……じゃ、ごめんっていうのは?」

「だから、返事待たせて、ごめん。――どうかな。心変わりもあるだろうし、いまからでも、やっぱり『なし』って言ってくれても僕は全然――」

 スイッチが入った。オン!

 泣きそうな彼女は、彼に駆けてゆく。走ってゆく。助走から跳んだ!

「おりゃあ!」彼女の跳びヒザ蹴りが、

「ぼごっはぁっ」彼の腹部を直撃した。

 ぶっ倒される。

 倒れた彼に駆け寄って、乗る。マウント。

「それ、以上、言わないで! 『なし』なんて、そんなこと、絶対、言うわけ、ない! このバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ、バカぁ!」

 単語の回数だけ胸部を叩く。最後の一撃は、なかなかに重い拳が入った。ズンッと。

「ぅぐあ……し、死ぬか、も……。しかし、大昔から存在する暴力系ヒロインって……リアルにもいるものなのかぁ……。いや、悪いの全部、僕だけど……」

「…………ぐずん」

「あ、の、皆元さん?」

 彼女は力を抜いて彼の上に倒れ込む。彼の熱さを感じながら。微笑んだ。

「………………………………真斗くん。告白お受けします。よろしくお願いします」

お読みくださり、ありがとうございました。

お疲れさまでした!


ハッピーエンドっぽいですが、まだ終わりません。


完結まであと3話。

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