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前々回の場面と繋がっています。

「謎」的な繋がりはありません。

ここから読んでもご理解いただけます。






 ショッピングモールの駐車場の一角には、長蛇の列ができていた。

 動かない列の後方、痩身ロマンス・グレーの背後。そこで彼と彼女は順番待ちしていた。

「ああ……しかししっかし、長いし、暑いし、進まないね……暑い」

「あまりの列の長さと暑さに、皆元(みなもと)さんが『なんなのよー』とか叫ぶほどだもんね。ま、たしかに暑いし長いけど」

「……うっ。ま、まあ、ね」

 彼はそういう風に勘違いしたようだ。

 まあその方がいい。


 彼女は話をそらす。

「――ところで真斗(まこと)くん。コレ、そんなに人気のゲームなの?」

「なんだとっ。まさか皆元巡査よ。このゲーム――『ポーモン』を知らないのか。職務怠慢だ。熱意が足りん。処罰として一ヶ月の減給。反省しなさい」

「知らないけど。その前に真斗警部のテンションが無駄に高すぎるんだけど。いったいなんなの?……ああ、これがゲーム発売日のオタクのテンションなのかぁ……」

「ねえ。『ポーモン』のこと知らないくせに、この行列に並ぶ人間として恥しくない?」

「私、あなたに連れられて来ただけなんですけどっ」

「いやいや、それでも普通の人なら『ポーモン』がどんなゲームなのかは知っているよ。子どもから大人まで、あらゆる人が楽しめる万能やりこみRPG『ポータブルモンスター』――あ、もしかして皆元さんって義務教育受けてないの?」

「いま現在受けてますっ。クラスメイトでしょーが」

 妙にテンションの高い彼に、押され気味の彼女である。

 なんとか主導権を取り戻したい。

「それ一般知識じゃないよ。てか私、JC――女子中学生だよ。ふつうだったら、うわっこの男、オタク知識ひけらかしてキモーイウザーイ、って言ってやってるとこだよ」

「ぐわぁ……皆元さんの口撃、精神にクリティカル。効果は抜群……」彼が死んだ。

「ちょ、やめてよ。ホントは思ってないからね。オタクのことはわからないけど、わからないから、気持ち悪いなんて思わないよ。だから胸を押さえて苦しそうな仕種をしないの」

「ぐうう……そ、そう。キモイって責めているわけじゃないんだね?」

「そうだよそうだよ。もしオタクやゲームが嫌いで批判的なら、私、もう帰っちゃってるよ。私は知らないから、わからないの。未知なモノは、良いも悪いも決められないって」

「それでもポータブルモンスター――『ポーモン』を知っている女子だっているはずだよ。未知じゃなく無知だよ。意識が低い。嘆かわしいな」

「……そこまで言う? 家の前では()()()()()()()()()()()()()()()()()()くせに。美しいとか、その……えと、かわいいとか……、言っていたくせに」

「それはそれ、これはこれ」

「あっけらかんと言いやがってえ!」

「もう付き合ってくれる、と――協力してくれると言質はいただいておりますので」

「もうっ、むかつくなあ。でもでも、ふつうの女の子はそんなゲームのことについて知りません!」

 そこで彼女が思いついた。今日は推理を外したりと、赤っ恥が止まらない。だから――

 汚名返上。名誉挽回。その策を。


「――あ、じゃあ、真斗くんに提案があります」


「ん? 提案ってなに」

「これから寧々香に、その『ポーモン』を知っているかどうかを聞いてみましょう」

「鷲尾さんに聞くの? 僕は構わないけれど、いま朝だし電話するのは迷惑じゃないかな」

「へーきへーき。寧々香は早起きだから。今の時間には起きてるよ、絶対。経験談」

「経験談ってことは前にも鷲尾さんに早朝電話したってことだよね?」

「そしてそして、せっかくだし賭けをしましょう。そうしましょう」

「賭け?」

「もしも寧々香がそのゲームのことを知っていたら私、真斗くんの言うことをなんでも一つ聞いてあげる。もちろん無茶や無理や無謀なことはダメだけど」

「げっ……」

「真斗くんなぜ『げ』と言ったの。それって『え』の間違いだよね。発声ミス。なんでそんな困ったような顔しているの。――まあ、もちろんそのかわり寧々香が知らなかった場合、真斗くんには私の言うこと一つ聞いてもらうよ。――ギブアンドテイクね」

「意味が違うよギブアンドテイクって。『お互いに』みたいな意味で使用したであろうけれど、本来は『互いに利益がある』って言うのが正しい意味で――って皆元さぁん! なんですでに電話してんだよ!」

 着信音が聞こえた。


「もしもしもしもしー。寧々香おはよー。実はいま色々あって真斗くんとゲームを買いにショッピングモールに来てるんだ。……ん。もしもし? どったの、何かあった。だいじょうぶよね、声が聞こえにくいんだけど……寧々香、聞いてるよね」

『――』

 彼にも返事が微かに聞こえた。

「よかったよかった。聞こえているよね。電波が悪いのかな。――あ、そうそう、それでね。なんか今日がそのゲームの発売日らしくて。『ポーモン』って言うゲームらしいんだけど。それで寧々香はこのゲームのこと――」

 そこで彼が口を挟んだ。

「皆元さん。ちょっと」

「なになに真斗くん。私、いま寧々香に――」

「僕が鷲尾さんにゲームのこと聞いてもいいかな。電話を代わってもらってもいい?」

「え。なんで」

「もしかしたら、皆元さんがズルするかもしれないだろ。鷲尾さんが『ポーモン』を知りながらに知らないことにするかも。二人は友達だから、あとで口裏を合わせることもできるし」

「そんな外道なことしないよ。私をなんだと思ってるの。ズルなんかしない」

 彼女は本気で真っ向から正々堂々と勝負するつもりだ。

 負けたらリスクを負う。当然だ。

 負ける気はしなかったが……。

「だったら僕が聞いてもいいだろ。僕と鷲尾さんはそんなに繋がりないし、あとで口裏を合わせるなんて卑怯な手段は、絶対にできないでしょ?」

「うーんまあそうだけど。……わかった。じゃ真斗くんが直接、寧々香に聞けばいいよ。――――もしもし寧々香。真斗くんに電話を代わるね。――はい」

 スマホを差し出された彼は、両手で丁寧に受け取り、そのまま顔の側面に当て、言葉を選ぶように少し悩み、そしてゆっくりゆっくりと話し始めた。


「もしもし鷲尾さん。――若いねぇもう起きてるなんて。――ここのところ熱くて気が滅入るよね。――おとといも熱かったし身体に効いた。――夏晴れが続いて今も汗タラタラだし、これはダメだよね。――オタクな僕には厳しい環境だよ。――うん。今も皆元さんに、汗ベトなところをキモーイって眼で見られているし、思われているし、非常にやりづらいよ……」


「そんな眼で見ないって。思ってないよ!」

 彼女が横槍を入れた。


「ははは。まあそんな感じだよ。――でも、せっかく夏休みなんだし、したいこともあるよね。――それで鷲尾さんはなにかしたいことあるの。ああ、なるほど。いいと思うよ。うんうん。宿題は進んでる。――作文かぁ、書くのはできたけど、下書きのままで指定用紙に清書できてないんだよ。――うんうん。終わらないよね。僕もそうだし」


「もーいい加減ストップぅ! 関係ない会話をし過ぎ。本題に入りなさいっ!」

「おっと、ごめん皆元さん。ところで鷲尾さん『ポーモン』ってゲーム知ってる?」


『――』その返事を聞いて、彼は渋い顔を作った。


「そっか。そうだったか」

「ほーら真斗くん。やっぱり寧々香は知らなかったでしょ?」

「うん。じゃあ皆元さんに電話代わるよ、――鷲尾さんまた学校で。はい」

 彼はスマホを返却し、彼女は受け取り耳に当てた。

「もしもし、いやいやー寧々香、真斗くんがごめんね。ちょっと賭けをしていてね。――とにかく、どうもありがとね。それじゃまたね」

 彼女はスマホを操作して通話を終了。


「うふふ。さーてさて、やっぱりだったわねー。やっぱり常識的なのは私のほうだったみたいだね真斗くん。――さーてどんなお願いを聞いてもらおっかなぁ。うふふのふ。フフフフフ」

「うん。そういうことにしておくよ」

 上機嫌な彼女に、彼はうんざりしながら返答した。


 ☆


 着信だ。こんな朝早くに。もちろん彼女である。

『もしもしもしもしー。寧々香おはよー』

 急な電話はよくあることだ。

 が、話を聞くに、どうやら今は最悪のタイミングらしい。

『真斗くんに電話を代わるね。――はい』

 ちょっとわけがわからない。


『もしもし鷲尾さん?』

 彼がゆっくりと話しかけてきた。

「苗倉君……? いったいなに?」

『わか――てる』

「へ。……ワカテル? 『わかってる』って言ったの?」

 声の間がおかしい。

 どうやらマイクに指を咬ませて『声』を区切っている。

『ここ――いるよね』

「えっ!」驚いた。

 その通りだった。

 今通話している『ここ』は『ショッピングモール駐車場』なのだ。

「あの、苗倉君。なんでうちがここにいるって、近くにいるって、わかったの?」

『おと――きいた』

「音? もしかして着信音のこと? 聞こえていたの?」


 彼には彼女が電話をかけた時、着信音が聞こえた。それは隣にいる彼女のスマホから聞こえた音ではなく、雑踏の騒音に紛れて周囲から聞こえた音だった。

 さらに不自然に伝わらない音声通話。この件について『電波が悪い』と解釈したが、音声が不調になったのは彼女が『ショッピングモールにいる』と発言してからだ。彼女が近くにいると気が付いて、その場から急いで移動したから通話ができなかった。それを電波が悪いと解釈したのだ。――それで彼は事情を悟った。


『――バレ――たら――ダメだよね』

「バレたらって、なにを……苗倉君は、なにを知ってるの?」

『――オタク――』

「っ!」驚愕。

 彼は一つの単語しか伝えてこなかったが、その一言の意味はとてもよく理解できた。

 そう。

 鷲尾寧々香は、隠れオタクだった。ゲームや漫画という文化を楽しむ人間だった。

 そしてそれをひた隠す理由は――

『皆元さんに――キモーイって――思われて――やりづらい』

「……うん」

 鷲尾寧々香の生きる女子中学生の世界で『オタク』とは、マイナスなイメージが付随する。

 親友である彼女に、自分をそんな眼で見て欲しくない。思われたくない。絶対に。

 だから、オタクだとバレる訳にはいかない。


『そんな眼で見てないって。思ってないよ!』

 彼女の大きな声が、電話口から聞こえた。


『ははは。まあこんな感じだよ』

彼女は一面だけを見て判断する人間ではない。そういうことを彼は伝えたかったのだろう。


『でも――かく――したいこともあるよね』

「いいのかな……? みっちゃんは、うちのこと親友だって言ってくれるし、思ってくれてるのに隠し事なんて……こんなつまらないこと隠して……でも、伝えるのは怖くて……」

『――――――――いいと思うよ』

「苗倉君……」

『かく――した――ままで』

「それしかない……うちもそれがいいと思ってる。けど」


『――僕もそうだし』


 ――?

 そこで彼女の大声が割り込んだ。

『もーいい加減ストップぅ! 関係ない会話をし過ぎ。本題に入りなさいっ!』

『おっと、ごめん皆元さん。ところで鷲尾さん『ポーモン』ってゲーム知ってる?』

 その問いに鷲尾寧々香は、安心して口元をゆるめて答えた。

「うん。実は大好き」

 そう。予約をして発売日の早朝に店頭に取りに来るくらいに。

『そっか。そうだったか』

「苗倉君。分かってくれて、ありがとう」

『うん。じゃあ皆元さんに電話代わるよ、――鷲尾さんまた学校で。はい』

 そうして、鷲尾寧々香は、いつもどおりに親友と会話した。


 ☆


 彼はうんざりしながら隠していた思いを吐きだした。

「鷲尾さんは『シピスキ』の話題のとき、もしかして『コチラの世界に理解のある人』かと思っていたけど、やはりそうだったか。――あと皆元さんには、わざわざ付き合って来てもらったのに、自分から提案した賭けで自爆に突っ走るなんて、酷過ぎ。これで僕が賭けに勝ってしまったら、僕が申し訳なさすぎる……」

 その呟きは、通話していた彼女には聞こえない。

 

 電話を切って上機嫌に話してくる。

「うふふ。さーてさて、やっぱりだったわねー。やっぱり常識的なのは私のほうだったみたいだね真斗くん。――さーてどんなお願いを聞いてもらおっかなぁ。うふふのふ。フフフフフ」

「うん。そういうことにしておくよ」

「もっとあせったら? 賭けで負けたから私の言うことなんでも聞かないといけないんだよ」

「え……なんでも、とは?」

「そうだなぁ。ゲーム購入したら、並び疲れたから全身マッサージ。夏休みの宿題を全部一緒にやって。あ、カラオケに行きたいから奢って。それから、お風呂掃除を――」

「いやいやムリだから。要求が多すぎる。一回って言っただろ。皆元さんが」

「ちっ……おぼえていたか」

「普通おぼえてる。てか本気で悔しそうな舌打ちしないでくれよ」

「じゃこれから、ずっと私の奴隷、ってことで、どうかな?」

「どうかなじゃねえよ! こんなショボイ賭けで人生を弄ばれてたまるか。無茶や無理や無謀はダメって、予防線を張ったのも皆元さんだろ?」

「くっ……記憶力いいなぁ。……いや、まって。まってください真斗くん。『私の奴隷になれ』というお願いだけど、そこまで無茶や無理や無謀じゃないよ? 一回だし」

「無茶無理無謀ではない? 奴隷は人道に反するという理由から国際法で禁止されてるんだよ。無茶無理無謀そのものだ。――あと一回だから? その期間がこれからずっととか言っている時点で、回数問題は遙か彼方に通り越しておるわい!」

「おわぁ、真斗くんのツッコミがきびしいっ」

「そりゃそうなるでしょ。調子に乗り過ぎでしょ!」そしてボソリと呟く。「……てか真実バラして逆に奴隷にしてやろーか、もう」

「ん。なにか言った、真斗くん」

「イイエ。ベツニナンデモナイデス……」


「ははは。君たちおもしろいね」

 その笑い声は後ろから聞こえた。振り返ると青年が立っていた。


 大学生であろう風貌。爽やかな笑顔に清潔感のあるカッターシャツ。二枚目だ。

「ああ、ごめん。悪かったね。あんまりにも君たちが面白い会話をしていたから」

「あ、いえ。少し声のボリュームが大きかったかも。ごめんなさい」

 彼が謝った。

「えー、そんなに声、大きかったかしら?」

 声の大きな彼女が疑問に思った。

「いいや、謝ることじゃないさ。こちらこそ、立ち聞きしてしまった上に、つい笑ってしまって失礼だったね。ところで少年。君に言いたいことがあるのだが……」

「え。はい、なんですか」

 彼は思考する。

 ――この人、どこから聞いていたんだ? 何を言われるんだ?

 話の聞き方によっては、彼が彼女をダマしていることさえ看破されている。

 その男は、人当たりの良い爽やかな笑顔を浮かべて、言った。


「先の奴隷にならないかという彼女の提案だが――いいんじゃないか?」


「ん?」

「我々の業界ではむしろご褒美ではないかい?」

「…………………………あんた何言ってんの?」

「我々の業界ではむしろご褒美ではないかい?」

「言い直さなくても聞こえてるから。僕が問いたいのは、その内容についてだから」

「つまりだ。これは美少女の奴隷になれる、絶好の機会であり、欣幸の至りであり、光栄な名誉であり、拒否するのはもったいない。ぜひとも生足で踏んでもらえばいいじゃないか」

「これダメだろ。完全に変態の思考と発言だ!」

 彼は青年に、もはや敬語を取っ払ったツッコミをした。

「そんなに褒めてくれるなよ、少年。照れるだろう」

「褒めてないし、照れる要素は一切ない! この人……なんて残念なイケメンなんだ……」

「ま、オレが言いたいのは、別に奴隷なってあげてもいいんじゃないか、ということだ」

「お兄さん、ナイスアシスト! ほら、真斗くん、『レッツ私と始める奴隷生活』。ど?」

「嫌だってってるだろ。てか、何そのラノベタイトルみたいなキャッチ」

「しかし少年。かの『ポーモン』の主人公ティルも、始めはライ姫の奴隷だろう」

「うぐぐ……」彼はこれには返す言葉が用意できなかった。

「え、どういうこと?」彼女は無垢な顔で尋ねた。

「おっと少女よ。まじめに知らないのか。ならば説明しよう。前作ポータブルモンスターの物語は、ライ姫の一族が治める光の王国で奴隷モンスターテイマーのティルが、闇の帝国から攻入る悪魔軍のモンスターを退けることで、周囲から認められて仲間と共に成り上がってゆく。そういうゲームだ」

「へー。意外におもしろそう」

「皆元さん。意外に、じゃなくて、おもしろいんだよ。ポーモンは」

「ああ、神ゲーにも程がある。ちなみに、オレが一番好きなルートは、魔法狂人ライヒメ・アナザーが乱入してくるルートな。ティルがエンディングまで奴隷の」

「えっ! まさかチュートリアルを敗北するって条件で派生するという、あの?」

「真斗くんなんなのそれ、どゆこと」

「数多のルート中、最もヤバイとされる険路だよ。ルートに入るだけ――チュートリアルに敗北するだけでも、最速で二時間弱。ティルの指示で仲間モンスターが言うこと聞かない。それでは敵が倒せない。最悪のハードルート」

「うん?……うーん」唸る。わからん。

 とりあえず、お兄さんのゲーム熱意が異常であることは伝わった。

「しかし少年、この狂人裏姫ルートの存在を知っているということは、……君は案外、業の者らしいな。ちなみに少年の一番好きなルートはなんだい?」

「僕は、光陰和解ルートが好きです」

「ほお。敵も味方も、ひとりも死なせてはならないという、アレか。味方を守護しつつ自身は特攻し、敵はすべて峰打ちで倒す。少年、君もなかなか修羅の道を歩んでいるらしいな」

「いいえ。お兄さんほどじゃないよ。――僕はお兄さんのことを誤解していたみたいだ」

 少年と青年の視線が交わる。

 互いを認め合った理解の眼差しだ。

「あなたは、まごうことなき変態俳人だ!」

 スッと右手を前に差し出した。

「フッ。少年よ。君がそう言っただろう?」

 手をがっしりと掴み、握手を交わした。

「んー。」

 彼女は、訳がわからなかったが、まあ、なんか和解した雰囲気だけ伝わった。

「ところで少年少女よ。実は、だがな」

「え。なにか」 「ん。なに」

「いや、なに、そろそろ時間のようだ」

 列が動き出していた。

 彼と彼女は、前方の黒いタンクトップの若者に続いて前に進む。







 この世には、天国と地獄が混在している。

「うそだうそだうそだやだやだやだ!」

「そんなこと言っても、売り切れてしまったものは仕方ないでしょう?」

「ううぇわあ――ん!」

 困り顔の保護者、そして泣き叫ぶ小さな子どもの姿があった。

 彼女は見ていられなくなって、その親子から視線を外した。

「いやー、よかったよかった。無事に買えてよかった。皆元さんのご協力により、しかと2バージョンとも確保することができました。感謝いたします。どうもありがとう」

「………………」

「あの、皆元さん。怖い顔してるけど、どしたの?」

「……別に」

「……あの子はかわいそうだったよね……。整理券配布のとき、あと一人差で券を手に入れられなかった子だよね。僕も、手に入っていなかったら、あんな風に泣いてたかも」

「…………ふうん」

「でもさ、他にも手に入れられなかった人は大勢いるし。在庫に限りがあるというルール上、入手できない人もでてしまうというのは仕方ないというか……」

「……そうだね。わかってるよ」

「だから僕は2バージョン両方を所有しているけれど、これを提供するというのは、ちょっと違うような気がするのでありますが……やっぱ、さっきの罰ゲームの権利を使って、あの子に渡せってことなのかな、皆元さん?」

「……ううん。違うよ。それは私と真斗くんがきちんと列に並んで手に入れたモノだもん」

「そうだよ。うん、戦利品だ。それじゃあ、なぜ皆元さんは――って皆元さん?」

 偶然みつけた。

 彼女は彼から離れて歩いてゆく。大きな歩幅で。早い歩調で。

 彼女は黒いタンクトップの青年の背を叩き、声をかけた。


「あなた、列に割り込みしましたよね。ズルをして手に入れたゲームは、お店に返品するべきじゃないですか!」






「は? おいおい、言いがかりはやめてくれへん?」

 銀ドクロのネックレスを揺らす大柄な男は、しかめ面で不満を口にした。

「ワイが割り込みしたて? そんな訳ないやろ。何か証拠があるんか」

「はい」彼女は怒りにまかせて堂々と言った。

 そこで後ろから彼が追いついた。

「皆元さん、いったい何を――」

「ねえ、真斗くんも覚えているでしょ? 私たちが行列に並んだとき、私たちの前にはすこし痩せたおじさんが順番待ちしていた。でも、時間になって店員さんが整理券を配りだしたときには、この人が前にいた。いつの間にか、私たちの前に割り込みされていたのよ!」

「んーっと、僕らが行列に並んだ時と、整理券を配られた時と、前にいた人が違うってことか。……ごめん。まったく覚えてない……」

「もうっ! しっかりしてよ。真斗くん」

「んで、それがなんや?」

「だから、あなたが列に割り込んだのは明らかです」

「ふざけんな。ワイはちゃーんと並んだで。朝早よぉから来てな」

「でも、前にいた人が違って――」

「そもそも人違いやないんか。こんなぎょーさんヒトが居んねん。同じような服装で似たような体格のヤツも居るやろ。嬢ちゃんものことも、あんちゃんのことも、ワイは見覚えがない。ワイがアンタらの前に並んでいたっちゅうのも怪しいもんやで」

「それならちゃんと証拠があります。真斗くん」

「え、なに?」

「ゲームショップの店員さんから渡された整理券があるでしょ。アレだして」

「ああ、うん」

 呆気にとられながらもゲームの入った袋から紙を取り出した。

「あなたも出してください」彼女は彼から紙を受け取った。「うん、やっぱり。真斗くんの番号が98、私の番号が99。つまり、この整理券の番号はちゃんと順番に渡されている」

「まあ、そうだよね。整理番号なんだから。抽選券じゃないんだし」

「せやな。言いたいことの意味、理解したわ」男はポケットから整理券を取り出した。「ワイの番号は確かに97や。アンタらの一つ前にワイが並んでいたのは確かみたいや」

「やっぱりそうでしょう。あなたは私たちの前に並んでいたんです。なんで見覚えがないって嘘を付いたんですか。列に割り込んだことが、バレそうだからじゃないんですか?」

「はあ、割り込みなんてしてへん。それに見覚えがないって言うたんも嘘やない。そもそも普段、自分の後ろなんか見んやんけ。気にせんやんけ。見覚えなんか、ないんが普通や。実際、見覚えがないんやから」

「私たち結構大きな声で話してましたよ。後ろのお兄さんに話しかけられるくらいに」


 彼は――え、それ皆元さんが言うの?――と感じた。

 しかし、話の腰を折るし、また、お怒りの彼女の前では滅多なことは言えなかった。

 あと、『私たち』ではなく『私』だと思ったが、それも声にはしなかった。


「んなこと言われてもなぁ。ワイにはうるさくて聞こえへんかったんや。辺りも混雑しとる。後ろの話声なんか気にならんわ」


 彼は、たしかに道理にかなっている、と思えた。

 あの駐車場の一角には、整理券の番号からして少なくとも100人以上の人間が列を成していた。購入できなかった人もいる。予約購入の人もいる。目算で300人以上。それは、つまり300の声。そんな混雑では、背後の会話なんて気にならないだろう。


「話がずれとるやないか。ワイが行列に割り込みしたんやないかっちゅう話しや。この際、ワイらがどこに並んでいたかは、問題やあらへん。――ワイが割り込みをしたっちゅうなら、その根拠を示せちゅうねん。コンキョや、コンキョ」

「根拠って……さっきも言ったけど、前に並んでいたおじさんが――」


「そのオッサン、帰ったんやないか?」


「……え」不安を浮かべる彼女。

「そや、その白髪交じりのオッサンは、並んでいる最中に、なんか用事を思い出して帰ったんや。それで行列から居らんなったんや。んで、その前に並んでいたワイがアンタ等の前になったんや。そう考えるんが普通やないか。ハイ、ロンパ」

「……でも、そんなの、ありえないんじゃ……」

「ありえへんことない。人を疑うよりも、よっぽど常識的な判断や」

「……」やりきれない顔の彼女。

 そして、自分の意見に自信を失っていた。

 見ていられないと思った。だから――彼が引き継いで話した。

「でも、その可能性は低いと思いますよ」

「なんや、あんちゃんも、ワイが割り込みしたとおもてるんか?」

「別に僕は、あなたがルールを破って列に割り込みをしたと思っているわけじゃないですけど。でも、僕らの前に並んでいたおじさんがポーモンを諦めて帰ったというのは、納得いかない、と思うから……」

 相手の目付きが鋭くて怖いので、少々尻すぼみになるが、言う。

「せやから、なんでや」

「まずポーモンが至高の神ゲーだから、というのも理由で前程だけど」

「それがどした」


「おじさんってことは、大人ですよ。そして今日は月曜日だ。夏休みである僕ら学生ならいざ知らず、平日の朝に大人がゲームを買いに並ぶということは、仕事を休むなりして来ているはず。有給とか半休とか、もしくはサボるとか。それだけのことをして、行列に並んでまで購入しようと考えたゲームを諦めて帰るなんて、簡単に容認できないんじゃ……?」


「まあ、たしかに、せやな」

「でしょ? ゲーマーとして、認められませんよね」

「うまいこと言うやんか、彼氏のあんちゃん」

「いえ、ただ一般論を言っただけで……それに、僕、彼氏とかじゃ――」

「それなら、そのオッサン、見つけて連れてこいや」

「え」

「結局あんちゃんもワイが割り込んだとおもてんやろ。なら、そのオッサン、見つけてこいや。それでワイが割り込みしたて、証明できるんやったらな」

「それは……」

 ほぼ不可能だ。

 店員より整理券が配布、行列が解散、店舗が開店、特設レジに並び、整理券を提示して代金を払ってゲームを購入――そんな手順を経て、今だ。

 開店したショッピングモールは人が溢れている。

 300人どころではない。この混雑の中で、名前も知らない人間ひとりを探し当てるのは、困難だ。

 すでに帰っているかもしれない。

「見つけてもワイが割り込みしたて、証明できんで? 嬢ちゃんの勘違いかもしれへん」

 そこに、後ろから声が掛かった。

「どうした、少年少女よ。揉め事か?」

 流れが変わる感覚があった。




「ん? なんや知り合いか?」

「お兄さん。私たちの後ろに並んでいた、あの……」

「あ、変態俳人の……」

「ああ、その通り。君たちの後ろに並んでいた整理券番号ピッタリ100のオレだ」

「なんや、はいはい。そういうことか」

 男は納得したように頷いた。

「ええ。僕らの後ろに並んでいた人です。ちょっとポーモンの話で盛り上がって」

「なにがあったのかオレに話してくれないか。袖振りあうのも他生の縁。知り合いは助けるのがオレの流儀だ。もしかしたら、力になれるやもしれん。お兄さんに相談してみろ? ん?」

「実は、私たち、行列に並んでいたときに、割り込みがあったんじゃないかって、疑っていて」

「ほう……割り込みか」

「私たちが行列に並び始めたときは、痩せた白髪交じりのおじさんが前にいたの。でも、いつの間にか、この人が私たちの前に並んでいて……」

「そのおじさんはポーモンを購入せず、列を抜けて帰ったから前方の人物が替わったのではないか、という見解もあるんだけど、僕は納得がいかなくて」

「ああ、それはオレも納得いかない。ポーモンは神ゲーだ。諦めるなんぞ、ありえないな。たとえ神や仏や大魔王が許しても、オレが許さん」

「いや……許さんといわれても……」

 どーしろというのだ。彼はあきれた。

「んで、あんちゃんと嬢ちゃんから、ワイが割り込み犯なんやないかて、疑われとるんや」

「なるほどな。事情は呑み込めた」

「それでお兄さんは、割り込みをしたところや、私たちの前におじさんが並んでいたことを、見たり覚えていたりしてない?」

 彼女がそのように訊ねて、青年は考えるように腕を胸の前で組む。

「うむ。そうだな。まずオレは、誰かが割り込みをしているのは見ていない」

「まあ、そうだよね」

「うん。見ていたら直接言いそうよね」

「あと、君たちの前に並んでいたという痩身の男性のことも、覚えがないな」

「そっか。まあ、僕も覚えてないし……」

「細くて、白髪交じりで、少し背の低いおじさんだったと思うんだけど。思い出さない?」

「いいや、やはり思い出せないな」

「そっかぁ……だれも覚えてないのね……」

「いや……だが、しかし、な」

 青年は少し言いづらそうに、話した。


「思い出してきたのだが、その黒タンクトップの彼は、オレが並び出したときには、すでに並んでいたような気がするんだ」


「うそっ」彼女の顔が、青白くなった。

「ははっ。ほら見てみ」男は得意げに笑った。

「ねえ、それ本当?」彼が確認する。

「ああ、そのドクロのアクセサリーが印象的だし、暑いからオレも彼のように軽装で来ればよかったと後悔したからな。そこは、よく覚えている」

「ふうん。なるほど」

「そっか……そかそか」

 声の張りの無さから、彼女の落胆が伝わる。

「さーて、よかったよかった。疑いが晴れてなによりや」

 男は晴れ晴れしい笑みで言う。

「そんじゃ、嬢ちゃん、謝れや」

「えっ」

「謝れ言うてんや。無実の人間を疑ったんやで。わざわざ立ち止らせて、時間つぶしたんやで。謝るのが人として当然やろが。ホレ」

「それ、は……」彼女の顔が沈む。

「別に、土下座せえて言うてんと違うで。ただ謝れていうとるだけや。謝罪や、シャザイ。ごめんなさい、とか、すみませんでした、とか、そういう一言でええねん。冤罪やったんやぞ」

「……でも」息が詰まる。

「なんや悪いことしたのに謝りもせんのか。最近の子供はこれやから……いや、年齢は関係あらへんか、ワイもまだ学生や。そう年も離れてへんやろ。せなら、人間性の問題ちゅうことか。自分の掛けた迷惑を認められんのは」

「……」瞳が揺れる。

「おいおい。もしかして泣いてるんか。泣くなや。嬢ちゃんが泣いたらワイが悪いみたいに見られるやん。なにも悪いことしてへんのに。――通行人のみなさん。これ、ワイは悪くありませんで、吹っかけてきたんは、こっちの嬢ちゃんの方で!」

 正当性を主張するように、男は大きめの声で辺りに吹聴する。周囲の人たちは、眼を向けるだけで淀みなく流れてゆく。無関心なのか、関りたくないのか。どちらも、か。

「そもそもワイが本当に割り込みをしていたとしてもや、嬢ちゃんがよそ見して、順番に割り込まれるんが悪いやんけ。ちゃんと前見とけや」

「違うぞ。それなら順番に割り込む方が悪いに決まっている」

 男の一言を青年がしれっと訂正した。

「ま、まあ、せやな。――しかしや。間違ったことしたら謝る。そりゃ当然のことやろ。ほれ、早よ言いや。それで許したるさかい」

 手打にしてやるから早く謝れ、そんな圧力に屈したように彼女は口を開き。

「……ご、ごめ――」

 スッと。

 彼が手を伸ばして、彼女の言葉を止めさせた。




「すみませんでした」

 彼が頭を下げた。

「真斗くん……」

「勘違いでご迷惑をかけてしまって、すみません」

「せやな。そうやって謝ってもらえればこちらとしては、快く許せるっちゅうもんや」

「そういって貰えると、助かります」

「あんちゃんも大変やな。難儀で堅物な彼女と付き合うて、同情するで」

「…………っ」

 わなわなする唇を噛んで、零れ落ちそうな涙を堪える。

「だがまあ、少女よ。割り込みの真偽はともかくも、間違っていることに声を上げることは、人間なかなかできないことだと思うぞ」

 青年がフォローを入れた。

「ま、間違っていないことに声を上げてもアカンがな。ただの迷惑や。無実の人間を割り込み犯に仕立て上げるやなんて、下手したら侮辱罪で訴訟もんやで。ワイはもう冤罪やと証明できたから、ええけどな。――ちょっとしっかりせんといかんで嬢ちゃん」

「ええ。彼女、ちょっと勘違いしやすい性分みたいで……」

「……」もう、何も言えなかった。

「たびたび、すみませんでした」

「もうええわ。一度迷惑かけたくらいで、そないに謝らんてもええわ。それにホンマに謝らんとアカンのは、あんちゃんやのォて……」

「一度じゃないですけど?」

「なんのことや。まあ、結構な時間引き止められたさかいな」

「そうではなくて、朝の件も含めて、です」

「なんのこっちゃ。朝て?」


「あれ。忘れちゃいましたか。僕と彼女が開店前、整理券配布の行列に並んだとき、ちょっと事を起こしてしまったことを」


「……は?」男は気の抜けた声を漏らした。

「……あ。」彼女は思い出した。

「店員さんが様子を見に来て、僕と彼女が謝ったじゃないですか」

「……」男は何も言わなかった。

「やっぱり迷惑でしたよね、朝早かったし。結構目立って恥しかったなあ」

「……」

「整理番号からして、すぐ前に並んでいたようだし、見ていない、聞いていない、なんてことはないでしょう? あの件も、どうもお騒がせしました」

「……」

「どうしたんですか。思い出せますよね。覚えていますよね」

「……」

「僕たちよりも前に行列に並んでいたということは、もちろん僕たちよりも朝早く駐車場に来ていたということ。それならば、当然、どんな迷惑を掛けたのか、なぜ店員さんに謝ったのか、知っているはず」

 彼は、鋭い視線で、射抜くように言い抜く。

「言ってみろよ」


 



 彼の質問に男は答え返せなかった。

「ふ、ふんっ。胸くそ悪いわ。もう別にええ。帰らせてもらうわ」

 男はそう吐き捨て、去っていった。

 この場には、彼と彼女、そして青年が残った。

「少年少女よ。あまり力になれずに、すまなかったな」

「いえ、お兄さんはなにも関係ないのに、証言してフォローしてくれたし。私、感謝して――えっ」

 スッと、彼が手を伸ばして彼女の言葉を止めた。

「それじゃあ、僕たちはこれで。――僕はお兄さんのこと、誤解していたみたいだ」

「そうか。――君がそう思うなら、そうなのだろうな……」

 彼は彼女の手を握り、引き連れて、この場を後にした。


 



 彼はずっと無言で彼女の手を引いて、人もまばらな立体駐車場の方までやってきていた。

 彼の雰囲気がおかしい。

 怒っているような、悲しんでいるような、内に秘めた感情を彼女は察した。

「あの、真斗くん。えっと、手、それに、まだ私、お兄さんにお礼を――」

「謝罪も感謝も必要ない。だから止めたんだ」

「……あの……真斗くん。それはどういうことでしょうか」

「…………………………………………………………ごめん。皆元さん」

「え、どうして。なんのこと」

「僕がもっとしっかりしていれば、辛い思いをさせずに済んだのに……だから、ごめん」

「え、いやいや、そんなことないよ。だいたい何のこと。別にわたし辛くなんてなかったし、さっきの件は先走って問い詰めた私の自業自得だから。ところでところで私たち、どこにいくの。真斗くんに手を引かれたまま、これ、どこまで――」

「あ、いた。間に合ってよかった」

 不意に彼が言って、彼女の手をはなす。

 大泣きしていた子どもと、その保護者がいた。車に乗り込む寸前だった。

 彼が近寄りながら声を掛けた。

「すみませーん」

「ぐすっ……ん?」まだぐずっているようだ。

「きみ、『ポーモン』を買いに来たんだよね?」

「うん。売り切れで、ダメだったけど……ぐずっ」

「それじゃあ、ちょうどよかった。僕たちも『ポーモン』を買いに来たんだけど、こっちのおねえちゃんが、あーやっぱり要らない、っていうんだ。だからさ、きみに譲るよ」

「え! ほんと」――信じられない。そんな顔だ。

「うん。それで、『太陽』と『月』どっちが欲しかったの?」

「たいよう」

「おっ、これまたちょうどよかった。きみ運がいいね。きみに譲ろうとしていたのも『太陽』の方だったんだ。はい」

 彼は袋からソフトを取り出して、本当に渡した。

「やたあ! やたあ! やったあぁ!」

 弾ける笑顔で跳ねて喜ぶ。


 その後、保護者と話して代金を受け取った。譲ってくれたお礼にと、少し多めの代金を支払うと言われたが、彼はきっちり定価で譲り渡した。


 



「よかったの? 真斗くん」

「ん。皆元さん、よかったって何が?」

「さっきの子に『ありがと。ゆいこ、おにいちゃんとケッコンしてあげる』ってプロポーズされていましたけれどっ! 結婚しなくてよかったのかってこと! ぷくーっ」

「幼女とは結婚できないだろ。僕も年齢的にできないけど。だいたい女の子だったなんて知らなかったし。てか、なんでまた頬を膨らませてハムスターのモノマネしてるの?」

「だけどゆいこちゃんって、泣き顔じゃわからなかったけれど、笑ったらキレイな顔していたよね。将来きっと私みたいな美人さんになると思うよ、って、そうじゃなくて!」

「さりげなく自分を持ち上げたなぁ」

「そうじゃなくて、ゲーム譲っちゃって本当によかったの? 真斗くん、戦利品とか、買えなかった人は他にもいるとか、いってたじゃん」

「ま、いいよ。まずはこの『嘘の月』をクリアしてから『真の太陽』購入するから。また一ヶ月弱で店頭に再入荷するだろうし。――それに、……いや、やっぱりなんでもない」

「ねえ。……それって、やっぱり、真斗くんも、ちゃんと列を見ていれば、割り込みを見逃さなければ、あの子は泣かなかったのに、って責任を感じちゃったの?」

「……そうだったら、なに?」

「気にすることないよ。ほら、確かあの100番のお兄さんも言っていたでしょ。悪いのは、割り込みをされたほうではなく、順番に割り込みしたほうだって。その通りだよ。だがら、気にする必要ないんだよ」

「ちなみにさ。『真斗くんも』ということは、『皆元さんは』そうだったんだね」

「ん?」

「だから、そういうことでしょ」

「あ。」盛大なブーメランをくらったことに気が付いた。「……ああ、うん」


「ただ僕は、冷静になって、いま両方のソフトをもっていてもメリット薄いと思っただけだよ。同時に二つのゲームはプレイできないからね。昔は正志が一緒にプレイしてくれたんだけど、今はやってくれないからさ。だから、あの子に譲っただけ」

 ーー感慨深く彼は語った。

「いやいやわかってるよ。それって照れ隠しでしょ。私に拝み倒してまで長蛇の列に並ばせて2バージョン購入しようとしていた人が何言ってんの?」

「……む」

 彼は、この場が暑くて薄暗い立体駐車場でよかったと思った。

 熱くなった顔をごまかせるからだ。





「でも、結局のところ、真斗くんは私を信じてくれたってことだよね」

「ん、なんのこと、皆元さん」

「私と《あの男》が口論していたときのこと」


「だって、私たちの前に並んでいたおじさんのこと、まったく覚えていないって言っていたでしょ。それなのに今朝のこと引合いに出して私を助けてくれた。でもさ、あれって《あの男》が『ああ、この嬢ちゃんが叫び声を上げたときンことか』とか言いだしていたら、取り返しがつかなかったもん。それは――」


 彼女は彼の前に回り込んで顔を正面で見据える。彼の照れ顔を拝みたかったのだ。


「――私を、私の言ったことを信じてくれたってことだよね?」

 にっと、はにかみながら答えを聞く。


「違うけど」

「はい?」笑顔が崩れた。

「正直、皆元さんがあの男に突っかかっていったときは、『皆元自滅伝』にまた新たなページが加筆されるところだと思った」

「えっ!」

「口論の最中も、皆元さんと《あの男》、どっちが正しいかわからなかったし」

「ええええぇっ!」

「思い出してみれば『前に並んでいたおじさんが帰った説』だけど、アレの方が『あの男が割り込みした説』より有力だよね。マトモに考えたら」

「ちょっとおぉぉぉおおおっ!」

「たしかに僕らオタクゲーマーならポーモンは何においても勝る神ゲーだけど、皆元さんもポーモンなんか知らないって言っていたし。モノの価値は人それぞれ。行列の長さを見て帰りたくなってもおかしくないよね」

「で、でも、真斗くんは、私の言ったこと信じてくれたんだよね?」

「長蛇の列を見て叫び声を上げる情緒不安定なヘッポコ探偵を信じるって、無茶じゃない?」

「まさかだよっ、まさかの裏切りだよ、これ!」

 彼女の中で、彼への好感度がダダ下がりだった。

 彼女の精神が沸騰した。

 ――ぬぁんなのよ、この男は! じゃあ、なんでなのよ!?

「もうっ、じゃ、なんで『今朝のこと』を引き合いに出したの? もしかして、本当は私を追い詰めるためだったかんじ?」

 うん、そうだよ。

 とか聞こえたら殴ってやろう。そう思った。 


「あの口論の途中から、《あの男》が『黒』だと確信が持てたからだよ」


「ん、え?」

 首を捻る。かくしん? なにそれおいしいの。

「だから、《あの男》は割り込み犯だから、絶対に答えられないと思ったんだ」

「ちょ、え。」予想外の答えに、ひるんだ。「えっと、真斗くん、どこにそんな要素あったの? 口論の最中は、声をかけた私でさえ、もしかして間違いだったかも、って不安になってたのに」

「皆元さんが言っていた『僕らの前に並んでいたおじさん』だけど、僕はその人のこと、本当に覚えていなかったんだ。だから、どんな人か思い出そうとしていた。まあ、結局思い出せなかったけれど」

「で、それがなに、どうしたと?」


「《あの男》は『白髪交じりのオッサン』って言ったんだ。それでおかしいと思った」


「あれあれ、でも私、その特徴、話したよね?」

「たしかに皆元さんもそのあとに同じことを言ったけれど、それより前は『すこし痩せたおじさん』としか話していなかったんだ。白髪交じりって特徴は正しかったみたいだけれど。そもそも、その特徴を《あの男》が知っていることは、おかしい」

「え。そうなの?」

「そうだよ。例えばだよ、『おじさんが帰った説』が正しかったなら、《あの男》は前に並んでいたことになるから、列に並ぶ順番は――《あの男》、白髪おじさん、僕、皆元さん、――ということになるよね?」

「うん、そうだね。あれ、でもでも……それなら、《あの男》がおじさんの髪のことを覚えていても別におかしくないよ。すぐ後ろに並んでいたんでしょ」

「《あの男》は、後ろにいた僕や皆元さんのことを、見覚えがないと言った。そのとき『普段自分の後ろなんか見ない気にしない』って、そう言っていたでしょ。すると、後ろに並んでいたはずのおじさんの髪の毛を知っているのは、おかしい。矛盾する」

「あー、たしかに、言われてみれば……」

「それでも《あの男》は白髪交じりのオッサンと言った。口が滑った。――それはつまり《あの男》は、おじさんのことを覚えていたんだ。今度は『あの男が割り込みをした説』が正しいとすると、僕の前に割り込みをしたら、前の人は白髪おじさんになる。そして、前を向いていれば嫌でも目に入る。それでおじさんの特徴を覚えていたんだ。そう考えると納得できる」

「そうかもそうかも。ありえる。それで、つい言っちゃった、ってことね」

「そういうこと。それであやしいし、おかしいと思ってたんだ。――そういうことだよ」

 彼が理由を語り終えた。



「なるほどーう。――で?」

「で?――とはなに、皆元さん」

「まだ続きがあるんでしょ。他にも理由があるんでしょ」

「え」

「真斗くんが『確信』と言ったんだから。さっきの話しでは、あやしい、おかしい、そして恐らく、と決定的な話しじゃなかったし。《あの男》が、おじさんだから白髪混じりだろう、と考えて『ただうっかり』で言葉にしただけ、ってことも可能性としてはまだありえるもん。だから他にも理由があるんでしょ」

「ヘッポコ探偵なのに、なんでそんなところは気づくのかなぁ」

「ヘッポコ言うなし!」

「ここからは自分で考えればいいじゃないか。あの男は割り込み犯であるって、今朝の皆元さんの咆哮を答えられなかった時点で決まりなんだから」

「咆哮って、そんなに叫んでないっての。――んー。でもでも、それは結果論だよ。私は真斗くんが、なんで《あの男》を割り込み犯だって確信したのか、それが知りたい」

「……」彼は何も言わなかった。

「それに、まだおかしなところとか、説明が付かない部分があるよね。あのお兄さんだけど、なんで《あの男》が先に並んでいたなんて勘違いしたのかな。やっぱり後ろ姿だから見間違えたのかな。でも、あのドクロのアクセ見たって言っていたし。なにかトリックがあるのかな。印象操作、とか。……うむーん」

「……」

 悩んでいる風な彼女に、彼は何も話さなかった。

「……そうか。思いついた。もしかして、《あの男》、あのドクロのアクセが、トリックだったんじゃないかな」

「は?」


「まず《あの男》は、誰よりも朝早く来て、列に並ぶ体格の同じような人、その全てにドクロのアクセを配るの。これをつけて並んでください、と言いながらね。そうすれば、誰を見てもドクロのアクセをつけている。あのお兄さんもその印象操作に巻き込まれたの。でもお兄さんが見ていたのは、実は他人。そうやって自分が実はそこにいたという視覚的トリックを――」

「絶対ないだろっ! それ」

 さすがにツッコミをした。

「ま、だよね」

 彼女はヘラっといった。

「てか、そんな朝早く来るなら列に並べよ! 割り込みの全部が無駄じゃん。ドクロアクセを配布するって、いったい何の宗教だよ。そんなことしていたら絶対に気づくだろ」

「たしかに……」

「ひどい……これはひどい。こんなにひどいトリックは初めて聞いた……」

「うん。私も言いながら『コレありえないわ』って思ってた」

「思ったなら言うなよ……」

 彼はげんなりした。


「うむーん。ほかに何かないかなー」

 彼女は考える。考える考える。

 《あの男》がお兄さんを勘違いさせたトリック。

 わからない。わからないわからない。

 でも知りたかった。――思いついた。

「あー降参。だから、教えて」

「……さっきも言ったけど自分で考えれば」

「フフ。あれ。忘れちゃったのかな、真斗くん」

 彼女は得意になって挑発するように言う。


「キミは私の言うことを、なんでも一つ聞かなければいけないということを!」


「あ。」忘れていた。

「だから真斗くんに命令します。――私に真実を教えなさい!」

「真実って……」

「だいたいなんで嫌がってるの。真斗くん別に悪いことなんて何もしてないじゃん」

「……つまるところ自分の失敗談を話すことになるからだよ」

「へー。どういう事かわからないけれど」

「…………」彼は、やるせない顔だった。

「さあさあ、続き続き。なぜあのお兄さんは、あの《割り込み男》が、前から並んでいたと勘違いをしたのか」

「いや、皆元さん。僕も『確信』と言ったけれど、個人の見解だし。これが本当に真実かどうかなんてわからないよ?」

「それでもいいから、真斗くんの考えを話しなさい。確信してるなら、きっと真実だから」

「いや、さっきは真実を言いなさいって言ったじゃん。僕の個人の考えは、真実とは――」

「いい。いいから真斗くんの考えを言いなさい。言いなさい言いなさいよ。言わないと明日から毎日、苗倉家にピンポンダッシュするよ?」

「とんでもない脅迫だ! 個人情報って大事だなっ! てかうちの住所どこで聞いたの?」

「それは、まあ、置いといて」

「置いとけないんだけど!」

「早く、真斗くんの考えを聞かせてよ」

「なんか、皆元さんって、白状させる技術(?)ハンパないよね……。もしかして血縁関係者に、自白剤とかいらっしゃるの?」

「話をそらすな早く言え。まじでピンポンダッシュするぞコラ」

 せっついてくる彼女に、もういい加減楽になりたい彼が話した。

「結論から言えば――」

「うんうん」


「――あの《割り込み犯の男》と、僕らの後ろにいたお兄さん、あの二人はグルだったんだ」


「え。」空白になる。虚しさが心に来た。「それ、ほんと?」

「さっきも言ったけど、僕の個人の見解だから、真実じゃないかもしれない、けど」

「あ。でもさ、あのお兄さん、助けに入って来てくれたよ。アレは何で」

「逆だよ。話に入ってきたのは、僕らを助けるためじゃなくて、《あの男》を助けるためだったんだ。お兄さんが会話に入ってきたのは《あの男》が、前方に並んでいたおじさんを連れてこい、と言った時だった」

「うん。覚えてる。でも、見つかる可能性は低いし……無茶な話で……」

「それも逆だよ。もしも本当にそのおじさんを見つけてきた場合、おじさんが証言すれば、《あの男》が割り込んだことがバレる。僕と皆元さんは騒ぎを起こしているし、すぐ前に並んでいたなら絶対に覚えている。僕たちがおじさんを本当に捕まえてきたら言い訳ができない。だから、あのお兄さんは話に割り込むことで、それを防いだんだ」

「ああ、なるほど」

 彼女は悲しげだった。やるせない。


「お兄さんと《あの男》がグルならば、いろいろと疑問が解決する。《あの男》が、そもそも、いつ、どうやって、僕らの前に割り込みをしたのか、とかね。列に並んでいる人は、前を向いている。その条件下で《あの男》は割り込みを行った。当然、僕らも基本的に前を見ていたよね。でも、後ろを向いていたときもある。割り込みが行われたのは――」

「私たちが確実に後ろを向いたとき、後ろのお兄さんが私たちに話しかけてきたタイミング、ということだね。そのときは、私も真斗くんも後ろを向いていた」

「うん。僕もそうだと思う」

「親しそうに話しかけてきたのは、割り込みを誤魔化すためのスキを作るためだったのね。自分が話しかけている間に、《あの男》に割り込みをさせるために」

「うん。そう考えると辻褄が合う。少しでも前に並んだ方が――前に割り込んだ方がソフトの在庫的に入手し易くなるからね。僕ら中学生ならば騙せると、舐められていたんだろう」

「……そうだね」

「これでわかったとおもうけど、これが僕の失敗。並んでいるとき、ちゃんと前を注意していれば、割り込まれることはなかったから。一つ前なのに気付けなかったのは、なさけない」

「……」言葉は返せなかった。



「それと、これまでの流れで、もう分かっていると思うけれど。だからお兄さんが《あの男》が以前から並んでいたと言ったのはブラフ。――有り体に言えば、嘘だ」

「そうか。そうだね」

 裏切られた気分だった。

 彼女は思い出した。彼と青年の別れ際の会話を。

 ――「僕はお兄さんのこと、誤解していたみたいだ」

 ――「そうか。――君がそう思うなら、そうなのだろうな……」

 その言葉の意味が、今、わかった。

「でも、真斗くんはなんで気が付いたの。お兄さんがグルだって」

「皆元さんも言っていたけれど、ドクロのネックレスだよ」

「それってやっぱり《あの男》が首から下げていたアクセのことだよね。それがあのお兄さんとなにか関係があるの?」

「関係しているわけじゃないけど。僕があのお兄さんに本当に《あの男》を見たのかどうか、確認したよね。そのとき、ドクロが印象的だった、彼のように軽装で来ればよかった、あのお兄さんはそう話していたよね」

「うん。覚えてるよ。でもそれが……なに」

「――お兄さんには、あのドクロがわかるはずがないんだよ」

「それは遠目から見たら形がよくわからないってことかな。いや、でも、あのアクセ、結構な大きさがあったし、視力のいい人なら見えるんじゃないかな」

「ちがう。そうじゃなくて、僕たちやお兄さんは、あの男の後ろに並んでいただろ」

「うん」


「ならば、《あの男》の『後ろ姿』しか見えないはずなんだ。正面に吊り下がっているネックレスが見えるはずがない。印象に残るはずがない」


「あっ!」

「《あの男》は後ろなんか気にしないと発言をしているし、後ろを振り向いたとは考えづらい。振り返ったとしても、お兄さんの前には僕と皆元さんが並んでいた。胸元のドクロネックレスは僕と皆元さんの二人が壁になっているから、見えないはずなんだ」

「そうか。……そうだね」

「ドクロを知っているのなら、それは嘘。もしくは始めから二人は面識があるのだと思った。だから、お兄さんが割り込みの片棒を担いでいると気づいたんだ」

「なるほど」

「《あの男》の方も学生って言っていたし、二人はあまり年齢差があるように見えない。大学の友達かもしれないし、同級生、先輩後輩――接点の可能性はいくらでもある」

「うん。そうだね。親戚とか――は、ないかな。似てなかったし。でも近しい関係なのかも」

「しかし、悔やまれるよ。僕がしっかり前を見ていれば割り込みなんかされなかったのに」



 あ、れ。

 ――ふと、彼女は気が付いた。

 行列に並んでいた時のことだ。彼は彼女と話しをしていた。前にいる彼が、後ろにいる彼女と話すためには、彼は後ろを向かなければならない。そうすれば彼は前が見られないので、前を見るのは彼女の役目で――それなのに。

 ――「一つ前なのに気付けなかったのは、なさけない」

 ――「僕がしっかり前を見ていれば」

 ――私に、気づかせないように、責任を感じさせないために、そんなことを言ったの?



「…………うわっ」

 彼の優しい一面に触れて、心が熱くなってくる。

 感情をごまかすために、口を開く。

「で、でもでも、ま、真斗警部もヒトが悪いざます」

「ん。皆元巡査、なぜ山の手言葉?」

「それだけわかってありんすなら、わっちが口論したときに、それを《あの割り込み二人組》におっしゃれば、よかったでありんす」

「なにその妙な吉原言葉!」

「うんうん。やっぱりやっぱり、口論しているとき、真斗くんが面と向かって二人に『お前たちは割り込み犯だ。大人しくお縄を頂戴しろ』って弾劾すればよかったのに」

「あ、皆元言葉に戻った」

「え、皆元言葉ってナニ!?」


 彼は、しぶしぶ弱弱しくぼそぼそと言った。

「……いや、まあ、あのとき指摘する事も、考えなかったわけじゃないけどさ」

「なに、もしかして、《あの男》が威圧的だったし、怖かったの?」

「……うん」彼は正直にいった。

「うわ。なっさけないなぁ」

 軽い挑発で放ったジャブが、顔面にクリーンヒットした感じだ。

「言ってくれるなよ……そりゃ、僕だって怒ってなかったわけじゃないけどさ」

「……そうだったね」

 思い出す。


 スッと伸びてきた手。

「言ってみろよ」感情を燃やした鋭い眼。

 ――もしかして、あれは私のために怒っていたの?

 感情が揺れるのを自覚する。

 熱い心を抑えつける。

 冷却冷却。


 彼が、情けなく言葉にした。

「でもさぁ、やっぱり怖いじゃないか。直接あの二人に問いただして、カッとなって襲われたりでもしたら、……皆元さん守れないし……」

「……えっ?」

 ――皆元さんを守れない?


「僕があそこで、二人でグルになって割り込みをしたと指摘したら、逆上して襲ってくるかもしれないじゃん。通行人の目があるといっても、二人同時に殴りかかってきたら、皆元さん庇えない。そりゃ僕だって殴られたくないし、安全策に走ってもいいだろ?……はい、言い訳です。ごめん」

 

 ――私のため?

 彼はただ、彼女の身を案じて、冷静に一番安全で情けない方法を選んだ。それだけだ。

 それは彼が優しくて強いからできる行動。感情のままに不正を叫ぶより、尊い、と思った。

「……」

 何も言えない。



 何も言わない。彼女は、急に何も言わなくなった。

 ――え、僕なんか、地雷踏んだ?

 あせる。

「で、でも皆元さんは勇気あるよね。列に割り込みした、なんてよく指摘したよ。あのお兄さんも言っていたけど、間違っていることを正すのは勇気がいるからね。いやはや、まったく、かっこいいたらもう、皆元()()()()()()

 彼はおどけて空中に()()()をなぞった。


 ――そんなことはないよ。本当にカッコいいのは――

 気が付いたら、もう、熱いものが溢れるのを止められなくなっていた。


「……ねえ真斗くん。ちょっとホッペ貸して」

「へ? なに。急に、もしや、またつねるつもりじゃ……「ちゅ」………………え?」

 一瞬、頬に柔らかいモノが触れた。

「え。あの、み、皆元さん?」


「苗倉真斗くん。私は、わたし、は、……あなたのことが、好きです」

お読みいただきありがとうございました。

そしてお疲れさまでした!


ちなみに、1つ前の話が、この続きになります。

テンションが高いです。

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