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燃える熱さに焼ける空

 真新しい綺麗な洋式の一軒家。表札には苗倉(なえくら)の文字が彫られていた。

 インターフォンの音。玄関を開けた彼は、赤くなった空の下に立つ彼女を見つけた。

「……ありえない。皆元(みなもと)さん何でここに……」

「あの真斗(まこと)くんだよね。こんばんは。でもでも出合い頭にアリエナイとか言われても、反応に困るよ。たしかに今は夏休みだから会うのは久しぶりだけど、そんなに私に会いたかったの?」

「ああ。会いたかった」

「あ、あの、真斗くん? そんなにストレートに言われると、さすがの私も照れるけど。冗談のつもりだったし。まあ、嬉しくないこともないこともないこともないけれど……」

「今、僕には皆元さんが天使に見える」

「ええっ、あの、比喩表現ですかなっ。真斗警部、どうしたのでありますか」

「いや、織天使――セラフィムか。それくらい今、皆元さんが綺麗だ。美しい。――かわいい!」

「か、かわいいって……。そ、それより、私、忘れ物を届けに来たの。忘れ物というか借り物というか、実は今朝、ね――」

「そんなことはどうでもいい!」

「どうでもいいって、私がここに来た目的なんだけど……」

「実は、皆元さんにお願いがあるんだ」

「あの、真斗くん。なにを改まって。なんか、真剣だし……。なにが言いたいの?」


「僕に付き合ってほしい」


「…………ふぉえ?」

 彼の迷いのない真っ直ぐな言葉に遅れて、彼女から戸惑う声が漏れた。

 庭で綺麗に咲いたアサガオの花が辺りを彩っていた。実はかなりいいムード。

 ――なぜ、こんなことになったのか。なにかがおかしい。わからない。

「とりまやばたん…………えっとこれ、夢かな。真斗くんどういうこと。なんで――」

「皆元さん、返事は」

「あ、あの、その、いきなり……その、今じゃなきゃダメ?」

「当り前だよ。さあ、返事は」

 彼の真剣な眼差しが、彼女を捉えて離さない。熱意が伝わる。あついあついあつい。

 その視線に耐えられない彼女は、現在の空のような色に頬を染めて、うつむいて絞り出すような小さな声で。

「……………………はい」






 時間は逆行する。

 入道雲がそびえる青空の下。彼女はベンチに倒れ込む。息絶え絶えだ。

「はあ、はあ、はあ……か、からだが、あつい……」

「バテすぎだろ、皆元。たしかに暑いけどよぉ。まずは息を整えろ。ほら、水でも飲め」

「はあ、う、ん、はあ、どうも、はあ、ありがと、ね、はあ、正志(ただし)くん……」

「まったく……」

「ごくごく。あっ……いまの正志くんのあきれかえった仕草。真斗くんにそっくりだね!」

「だから比べんな。一緒にするなっつてんだろ」

「あはは。ごめんごめん」

「ったく。てか皆元よぉ。おまえ、真斗のことが好きなんだよな?」

「うん、まあそうだね……ちょっと照れるんだけど。言わせないでよ。――って、何その正志くんの怪しむような訝しむようなそんな顔は。私、ちゃんと真斗くんのこと愛しているけれど……って、ハズいじゃないの! 言わせないでよ!」

「自分で言ってんだろが。まあそれなのに、だ。なんで俺らと、こんなことヤッてるわけ?」

「え? 怪しいことなんてしていないじゃん。正志くんとアオカンした訳でもあるまいし」

「さらっと爆弾的発言を投下してんじゃねえ! 誤解を生むだろうが」

「でもでも、この一連の会話だけを切り取って聞いたら、事後に見えちゃうかもだよね」

「だから怪しいことなんて何もしてねえだろうが。――俺とエビヤがこのテニスコートで練習していたら、急に皆元がやって来て、勝手に交じってテニスしただけだろうがよ」

「うん、そうだね。――でも正志くんったら必死に打ち込んできて、私、受けとめるのが大変だったよ。身体がもたなかった……もー、がんばり過ぎ」

「誤解を膨らませるように所々で単語が抜けているのに悪意はねえんだよな?――俺はテニスボールをラケットで打っただけ。皆元は体力不足でついていけなかっただけだろ」

「あはは。もちろんそうだよ?」

「ったく。で、皆元がバテたから、エビヤが例の小学生軍団を相手してやっている間に、俺と皆元は休憩を挟むことにしたわけだが……――そんなわけだが」

「うん」

「――なんで皆元は俺たちとテニスしてんの?」

「え。どういう意味? しかも今更じゃない? さっきも聞いていたよね」

「皆元はアイツのこと好きなんだろ? 俺たちのとこじゃなくってアイツんとこにでも行けよ」

「え。真斗くんのところに行けって? 私、真斗くんの家知らないし、連絡先も知らないし。ーーもしかして教えてくれるの?」

「嫌に決まってんだろ。俺の個人情報までいっしょに漏れる」

「ぶうー」彼女は頬を膨らませた。

「ハムスターかよ」

「ーーま、別にいいよ。理由もないのに女の子から男の子のとこに遊びに行くなんて、真斗くんに軽い女と思われたらヤダし」

「皆元……おまえ行動と発言が一致してねえんだよ。じゃ、なんで、ここで俺たちと楽しくテニスしてんだよ!」

「あ、やっぱり正志くんも私とテニスできて楽しかった?」

「話をそらすな。テニスは誰とやっても楽しいモンなんだよ!――で、なぜここにいる?」

「私はたまには身体を動かそうとテニスコートに来ただけ。そこに、たまたまの偶然にも正志くんとエビヤくんがいたから、一緒にテニスをしただけ、だよ?」

「ちげーだろ。ぜってー俺たちと会うために、ねらって来てんだろーが! 校区内には他にもテニスコートはあるし、この川沿いテニスコートは交通の便の悪い、いわば穴場だぜ。テニスをしようと思っても普通は選ばねえ。それに俺たちが毎週日曜午前中にここで練習しているのを皆元は知ってんだろ。会う気がねえならこの場所この時間を避けて来るはずだ」

「そこまで推理するとは……さすが真斗くんの弟。血は争えないね」

「フツー分かるわっ」

「……まあそうだね。白状するよ。私はたしかに意図してこの時間にココに来た」

「そりゃそうだろーよ」

「理由は、まあその通り、キミたちに会うため――っていうか、正志くんに会うためだね。その動機は四つあります」

「動機が多いぜっ!」

「えーっと、まず……ね……」

「ああ。ナニ盛り下がってんだおまえ」

「この前、叩いちゃったのをちゃんと謝ろうと思って――ごめんなさい」

「はあ。そんなことかよ。それは別にいいつっただろ。アレは俺が悪い。頭下げんな」

「いや、でも、手を出しちゃったし……」

「別にいいって言ってんだろ。女に殴られたところで蚊に刺された程度だ。そんなことを気にされて落ち込まれても、俺の方が困んだよ」

「ずいぶん簡単に許しちゃうんだね。私なんて、この謝罪が申し訳なくて不安で、昨日あまり眠れなかったくらいなのに」

「――で、それだけじゃねえんだろ?」

「あとあと正志くんにお礼を言おうと思ってね。――ありがと」

「はぁ? 意味わかんね」

「私に叩かれたこと、真斗くんに内緒にしてくれたでしょ。だから」

「ああ。それは俺の為だ。女に殴られたとか、恥だろ。避けられなかったのか、とか聞かれてもシャクだしな」

「それでも、ね。正志くんが真斗くんに叩かれたことを話していたら、彼に軽蔑されて、私の恋は終わっちゃっていたかもだし。暴力的な女の子ってヤでしょ?」

「てか皆元、おまえ自転車で突撃とか言ってたじゃねえか。それはいいのか?」

「ちゃんと断りを入れてからするのはいいの。スキンシップみたいなものでしょ」

「基準がわかんねえ。まあ、で、謝罪と感謝がここに来た理由の一つ目と二つ目なんだろ。三つ目はなんだ?」

「三つ目はかなり個人的な理由なんだけど。――今は夏休み。毎日会っている人にいきなり会えなくなるわけですよ、はい。だから私の中の苗倉成分が不足して禁断症状に――」

「ならねえよ! なんだ苗倉成分って」

「まあ、そういう理由。私がここに来たのは」

「ちっ。なんだ皆元。おまえ結局、同じ顔ならいいってわけ。俺は代用品ってこと?」

「違うよ。そういう事じゃない。私、正志くんも好きだよ。真斗くんとは別に。でもでもそれは、恋愛とかじゃあなくて、お友達とか、弟みたいな、そういう感じの好きなの」

「皆元と俺は同い年だっつーの! なんだ弟って」

「ま、つまり、夏休みで真斗くんに会えないから、真斗くんとの繋がりを感じたかったの」

「皆元、おまえ惚気てんなぁ……残念ながら手遅れだ。ご愁傷さん。葬儀には参列してやろう」

「えっへっへ」

「そこは気持ち悪く笑うところじゃなくて、ツッコミ返すとこだろ!」

「ええっ! 別に気持ち悪くなんてないでしょ。乙女に向かってひどい」

「ハイハイ」

「テキトーだなぁ。真斗くんと違って、正志くんはからかってもあまり面白くないなあ」

「……やっぱ、からかってるだけなんだろ?」

「え」

「前にあったとき、俺、言ったよな。アイツはやめとけって。どうせ大して好きでもないんだろ。なら――」

 

「やめないよ」

 彼女は冷静に、彼の言葉に割り込んで返した。


「たしかに私、恋愛経験乏しいし、彼のことどれだけ好きかとか、よくわかんないよ……」

「……」

「でも、感情の大きさは別にして、ちゃんと彼のことは好きだって、気づいたから」

「……」

「だから、訳のわからないまま、好きなことをやめたりしないよ」

「……そーかよ」

「それに、好きって感情はやめろと言われて、やめられるようなものじゃないし」

「……ま、そだな」

「あと、お兄さんの恋愛のアレコレに弟くんがクチを出すのは、違うんじゃない?」

「……ム」

 彼はやるせない顔をした。

「それで、最後の理由、四つ目の理由、私がここに来たのは正志くんが前に言っていた真斗くんが、異常――」

 彼が割り込んで答えた。

「それは予想ついてたし、俺も返答する気がないから、別に言わなくていい」

「え」

「さ。そろそろ休憩も終わろうぜ。――って、もう昼前か。もう終了しねえと」

 彼は小学生と中学生が打ち合っているテニスコートに向かって大声で呼びかけた。

「おーい、エビヤぁ! 時間だぞ、上がろうぜ」

「えーっ! もうちょっとやろうよー。今日はミナモトさんも来てくれてるんだしぃ」

「おまえ夏期講習あんだろーがっ! 遅れるぞ。赤点ギリギリ手前野郎」

「ぐああぁ。ボクの精神に大ダメージがぁっ」

 彼らは手早く帰り支度をした。質問の答えは、はぐらかされた。





 自宅に戻ってきて、間違いに気が付いた彼女は、とある人物に電話をかけた。

「正志くんの水筒、間違えて私の荷物に入れたまま帰っちゃったの」

『ねえ、ミナモトさん。今さらの質問で恐縮なんだけど、なんでボクに電話するの? 直接、正志に電話したらいいんじゃないの?』

「イヤイヤそれが、私、苗倉くんの連絡先を知らないんだよね。この電話番号は、今日会ったときに聞いていたから。――だからエビヤくんに連絡するしかなかったの」

『なるほ。で、ボクに連絡してきたのか。でもミナモトさん、正志の連絡先を知らないの?』

「うん。ほんと、あの男は、むかつくわ。訊いたんだけど教えてくれなかったの」

 彼女がイライラを込めてグチると、電話口からおちゃらけるように言われた。


『うそだー。だって、正志はミナモトさんのこと好きだよ』


「……………………………………………………え?」

『好きな女の子に連絡先教えないなんておかしいし。何かの間違いじゃない?』

「……ちょっと待ってください、エビヤさん。あなた今、水爆級の爆弾的発言を投下したよ。正志くんが私を好き? 冗談でしょ。友達として好き、みたいなオチ?」

『いいや。女の子としてだけど。たぶん絶対そうだよ。ボクと正志、小学生のころからの結構長い付き合いだけど、あんなに女子と楽しそうに会話すること無かったし。――あれは正志、君に惚れてるよ』

「…………うそ」

『てゆーか、二人は付き合っていると思ってた。前のストーカー事件の時から、勘繰っていたけれど、この感じだと交際はしていなかったんだね。てっきりボクは今日、末永くリア充爆発してろーって思いで、二人を見守っていたんだけど』

「いやいやいやいや。正志くんが私を好きなんてことはナイと思うよ。っていうか私が好きなのは正志くんの兄である真斗くんの方だし、それを正志くんも知っているし。あ、これオフレコでお願いします」

『ああ、そうなんだ。正志、フラれていたか……。じゃあミナモトさんは正志のお兄さんの真斗くんの彼女だったのか』

「い、いやいやいやいやいやいや、私は真斗くんの彼女とかじゃないよ。ただのクラスメイト。で、警部と巡査の関係」

『クラスメイトはわかるけど、ケイブとジュンサって、なに?』

「そこは気にしなくていいところだから。スルーしてください」

『でもそういう感じか。三角関係なのか。ずいぶんドロドロした関係だ。メロドラっぽい』

「あれれれれ……つい数秒前まではそんな愛憎劇は存在しなかったはずなのに……」

『そういえばミナモトさんが正志の水筒を間違えて持って帰っちゃった件についてだっけ……あれ。ミナモトさんが正志の水筒を使用したってことは、それ間接キ』

「うわああ! ストップ。小学生みたいなこと言わないの。意識しちゃうでしょうが。――それよりも水筒の件。エビヤくん、この水筒の処遇について相談したいから、私に正志くんの連絡先をおしえてくれない?」

『あー、ごめん。それはできない』

「え。なんで?」

『確かに僕は正志の連絡先知っているけれど。実はボク、詐欺に引っかかりやすい性格しているからって、もし知り合いでも、他人の個人情報を漏らすなって言われていて』

「あー。なるほど。まあ個人情報だものね。って、私に普通に電話番号をおしえているけれど、それはいいの?」

『それはボクのだから大丈夫。自己責任だから。ダメなのは他人の個人情報だよ。特に正志には口がすっぱくなるほど言われているよ。「厄介事になりたくないから、俺の情報をどこの誰にも漏らすなよ」って。――そこまで心配するな。おまえボクの保護者かよ!』

「あははは」

『そういう事情で教えられないんだ。悪いけど』

「いいよ。でもでもたしかにエビヤくん、詐欺に引っかかりやすそう。単純そうだし」

『失礼なっ。言われているだけで、実際にはそうそう簡単に引っかかったりしないって』

「そういえばエビヤくん。夏休み明けから法律が変わって、木曜金曜土曜は完全休日になって週休四日制になるんだけど知ってた?」

『え、そうなの? 知らなかったなぁ』

「ウソに決まってるでしょうが!」

『な、なんだと。ミナモトさん騙したな』

「騙したとかそういう次元じゃないからね。……ダメだこれは。早くなんとかしないと」

 確かに単純で純粋で、悪事に耐性がなさそうだ。

 小学生レベルだ。――そういえば実際、小学生とかなり仲が良い。

『それよか、正志の水筒の件だけど』

「ああ、うんうんそうだったね」

『ボクがミナモトさんと正志の間を中継してもいいんだけど、実はそろそろ夏期講習が始まるから……行かないといけないし、電話できなくなるんだ』

「ああそうなんだね。そういえばそれが理由で帰ったんだもんね。それなのにごめん」

『いや、別にいいよ。――で、ところでなんだけど。ミナモトさんこれから用事ある?』

「いいえ。何もないけど」

『よかった。それなら直接、正志の家に水筒を届けてやってくれない? これからミナモトさんのスマホに正志んちの住所とか諸々を送るから。あのテニスコートを利用できる場所に住んでいるなら、そんなに遠くないと思うし』 

「って、ええーっ」

『ミナモトさんが持って行けば正志も喜ぶと思うし。――じゃ、そんな感じでよろしくね』

「ちょっ! エビヤくんエビヤくん? おいエビヤくん!」

 ツーツーツー。――電話は切れていた。

「いやいや、それダメでしょ……」

 住所という最強の個人情報を漏らす。

 彼の心配と配慮はどうやら間違いではないようだ。

「でも、この情報はーーありがたいっ! やったいえいっ!」





 そんな事情で彼女は、運動後の汗をシャワーで流し、母の作った遅めの昼食を摂取し、疲労感から睡眠をとり、所持している洋服の中でもかわいい物を選んで纏って身支度をして、薄暮の空の下で自転車に跨って、緊張しながら苗倉家に向かったのだ。

 そして水筒を届けたお宅で彼と会話して――

「どうしてこうなった?」

「ん? どうしたの皆元さん」

「なぜなぜ私は、連れられるまま苗倉くんと一緒に駅まで行って、電車に乗って、こんなところまで歩いて来ているわけでしょうか?」

「それは皆元さんが付き合ってくれると言ったからだけど。もう少しで目的地だから」

「てか苗倉くん普通すぎるよ! 付き合ったんだよ? もっと、こう、いろいろあるでしょ。心情的なものがあるでしょ。あたふたしたりしないの? ――なにこの余裕そうな男」

「いろいろ? あたふた? いや、ぜんぜん。もう覚悟できているから」

「なにこの男らしい苗倉くん……余裕ってこと。らしくないんだけど。それと、いきなり連れだして何のつもり? こんな時間だし帰った方がいいよ。私たち中学生だよ。法令的にも……」

「大丈夫だよ。あと何のつもりって、実は皆元さんも知っているんでしょ? あんなにタイミングよく家の前に現れたんだから。皆元さんの方が僕を誘っているのかと思った」

「わ、私の方から理由もなく遊びに誘ってなんかないよっ! 軽い女じゃないよ!?」

「なんのこと?――いやあ、でもこれから楽しみだ。ねえ、皆元さん」

「そんな輝くように微笑まれても……私の心臓、限界なんだけど」

「へーそうなんだ。でも僕もだよ。正直、少し緊張で震えている」

「嘘付けっ! 超余裕そう。――とにかく私、いったん落ちつきましょうっ! ――深呼吸。すーはーすーはー」

「なんでそんなに緊張してるの?」

「……ねえ。ちょっとホッペ貸して」

「へ? なに。急に――って、いててててててててぇ!」

「うん。頬をつねったら痛がった。夢じゃないっぽいなぁ」

「当り前だよ。つねるなら自分の頬でやりなよ!」

「いやいや、夢の中で自分の頬をつねっても、頬が痛いって夢を見ている状態だから、夢だと判断できないらしいんだよね」

「すると結局のところ夢だというのは証明できないから、僕、つねられ損じゃないか?」

「でもでも、わかってきた。落ち着いて、確信した。――私の推理を聞いてほしい。そうよ。推理。ここからは解決編よ!」

「推理? 解決編ってナニ?」


「私と一緒に歩いているこの男。実は苗倉真斗くんではなく――弟の正志くんだ」


「はい?」

「苗倉家の玄関から出てきた時点で、すでに彼は真斗くんではなく正志くんだったの。そして私をからかうために一芝居打ったってわけだ。俗に言う『双子トリック』だね。正志くんが私をからかった理由は……まあ、なんとなくだけど見当が付くよ」

 すでに聞いていた。電話にて。

 彼が自身に好意を寄せてくれていることを。

 ――邪魔したい。

 そう思うのは当然の心理だ。理解できる。

 だから、彼は――

「いや皆元さん……?」

「まだ、真斗くんのフリするの?――わかっているんだよ。時間がないとか何とか言って、私を急いで連れて行ったのは、家の前から早く遠ざけたかったからでしょう? 家の中から本物の真斗くんが出てきてしまうかもしれないから」

「あの、皆元さん……?」

「気が付いた理由かな。――それはあまりにもキミが堂々としているからだよ。なんの緊張もないみたいだもん。だから私も途中から気が付いた。だから『苗倉くん』って呼んでいたんだよ。そういえばキミは自分の名前を一度も答えていないよね?」

「いや……僕、真斗だけど。正志じゃなくて……」

「乙女の純情を弄んでおいてまだ嘘付くの? まだ私をだませると思っているのかな? そこまで私、単純じゃないし鈍感じゃないよ、正志くん。いい加減にしてほしいんだけど。――それならば証拠を見せてよ。自分は苗倉正志ではなく、苗倉真斗だと証明できる?」


「うん。できるよ」


「へ?」

 彼女は呆気にとられた。あまりに堂々とすんなり言われたからだ。

「僕を僕だと皆元さんに証明する、か。……じゃ、ハンカチの持ち主は鷲尾寧々香さん。実のところ恩地先生はヅラ。というのが証拠ってことで、どう?」

「……うそ。あれ。それは、……私と真斗くんしか知らないはずの情報なんだけど。もしかして正志くん、真斗くんから聞いたの?」

「だから、僕が真斗だってば」

「うっそぉっ! えっ、ホントに真斗くんなの?」

「そうだよ。まず正志は僕を嫌っているから、僕のフリなんかしたくないと思うけど」

「あ、そかも……」

「てか、皆元さんと正志、知り合いだったの?」

「え、あ。うん、まあ」

「そうなのか。家じゃ話さないからなぁ」

「そうなんだ」

「あと僕が正志じゃない証明として、玄関で僕は『皆元さん』って呼んだよね。正志は、学校で僕が皆元さんをなんて呼んでいるか知らない。ちゃん付け、下の名前、あだ名。色々パターンがある訳だけど、ちゃんと『皆元さん』と答えただろ」

「なるほど。たしかに……そうかも」

「ヘッポコ探偵にも程があるだろ、皆元さん……」

「うわっ! ヘッポコ探偵って言った。こりゃ確定だ。真斗くんだ」

「だからそう言ってるじゃん」

「うわー。じゃあこれまでの話しが全部ムダじゃん……なにこの今までのミスリード……」

「ミスリードというより、ただのミスだろ、皆元さんの……」

「うっわ。ハズカシっ! 私! 恥ずかしすぎるでしょぉ!」

 彼女が顔を手で覆った。合わせる顔がなかった。





「あと、それから皆元さんがもう一つ勘違いしていると思うことがあるんだけど」

「え……私が勘違いしてるって……」

「今、何時だと思う?」

「えーっと、さっきまで夕焼けで日が傾いていたから、8時前くらい? あれ、でもそれにしては妙に……」

「明るいだろうね。今は、午前6時前だよ。朝なんだけど……」

「ええっ! そんなバカな」

「やっぱり。会ったときに『こんばんは』と言っていたから、もしかしてと思っていたけど、時間を十二時間ほど勘違いしているよ。どうしたの?――まあそりゃ夏休みだし、体内時計がくるったりもするか。僕も徹ゲーした次の日とか、疲れて眠り過ぎて時間がわからなくなったりするけど。皆元さんの状態は、俗に言う『時間勘違いトリック』だ」

「……あ」

 彼女には思い当たる節があった。

 先日、物思いに耽ってあまり眠れずーー

 テニスで疲れて、帰って眠ってーー

「朝5時半に家にやってくるのは変だと思ったけれど、そういう事情だったのか……。まあ、さっきまで空が赤かったしね。綺麗な朝焼けだった。雨が降らなければいいけれど」

 謎が解けた。




「でも……一つだけ、確認したいんだけど。真斗くんはさ。私に『付き合って』って言ったよね。あの言葉は、嘘じゃないんだよね?」

「それは本当だけど。嘘付いてどうするんだよ」

「ホント! それ本当に本当?」

 彼女は破顔で彼に詰め寄る。

「う、うん。本当だけど……さあ、それより、到着だ」

 そこはショッピングモールだ。開店前の店舗群は照明が点いておらず薄暗い。しかし、ある店舗前と駐車場には人が溢れていた。その人たちは区切りに従い、行列を作っていた。

「えーっと、真斗くん、なにこの行列。あ、看板がある……んーっと、当日販売整理列?」

「うん。その通り。ほら僕、先月から言っていたよね。大型新作ゲームが出るって。それがコレだよ。今日が発売日なんだ! いやぁ熱いね! まったく」とても嬉しそうに言う。

「そういえば言っていたね。お小遣い足りないうむぅ、とか嘆いていたけど、けれどなに?」

「ポータブルモンスター、シリーズ最新作。真の太陽、嘘の月。2バージョン全世界同時発売。でも僕、店頭予約するのを忘れてしまってさ。夏休みだし当日販売に賭けることにした。けれど、当日の店頭販売ではお1人様お1つまでとさせていただきます、なんだ」

「…………それは、つまり?」

「だから皆元さんに一緒に並んでもらうんだよ。それなら2人になって2バージョン購入できる」

「人数要員? じゃ、付き合ってっていうのは――」

「え。言っただろ。『僕に』付き合ってほしいって。いま付き合ってもらってるじゃん」

「なっ……な、な――」

 勘違いに気が付いて感情の爆発を押さえられない。そんな彼女の渾身の叫びが、轟いた。


「なんなのよそれはぁああああああああああああああああああぁ!」


 早朝の店舗前で大きな声。店員が様子を見に来た。平謝りした。

お読みいただきありがとうございました。

お疲れさまです。


『推理モノ』ならば思い付くであろう『ドレッドノート級に定番』なトリックでした。……いや、違いましたけど。



『もうひとつ』の方は、私の経験から取り入れたものです。

「……なん、だと」(朝日に向かって)

あの時の気持ちは今も忘れられずにハズいです。


次次回は、この続きから始まります。

よろしければまた。

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