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3/11

ドッペルな彼・追う彼女

 休日。人通り多めな駅前で。

「あっ、苗倉(なえくら)くん」

「ん?」

「あー。やっぱやっぱり苗倉くんだ。お出掛けかい。って外出だよね。どこに行くの?」

「…………」

「なんで無反応なの。どったの?」

「…………」スタスタ。

「ちょっとちょっと、なぜ私を無視してスタコラサッサと歩いていってしまうわけですか?」

「…………」スタスタ。

「もしかして、制服じゃないと女の子を判別できない設定? 私、今ジャージだもんね。コレ似合ってる? もしかして、かわいすぎて直視できないの? あ、苗倉くんもジャージだし、オソロと思われてハズいのかな?」

「…………」スタスタ。

「ここまで言っても、よどみなく歩き続けるとは……。あなたに話しかけているんですよ?」

「…………」スタスタスタスタ。

「私だってば私。皆元光乃里(みなもとみのり)。クラスメイト。お友達。で警部と巡査の関係。――これだけ言っても無視して歩き続けるとは、どれほど強靭なメンタルをお持ちなの、苗倉くんは! 私だってば!」

 ついに彼は振り返って告げた。

 怪訝な顔で彼女をにらみながら。

「……………………いや、アンタなんか知らないから」

「……………………ふぇ? いや、あの…………え」

 呆然とする彼女を残して、彼は歩き去った。



 少年二人。のどかな川沿いの道を歩いていた。

「後ろから尾けてきてる女、おまえの知り合いか?」

「え。あの子、何度か見るとは思ったけど、付いてきていたのか。知らない子だけれど。てか、尾行されているなんて、被害妄想じゃないの?」

「ちげえよ。なんで気付かねえんだよ。駅からずっとだろーがよ」

 後方を確認。女子が不審な動作で看板に身を隠していた。河を大切にしよう、の看板だ。

 しかし、身体が陰からハミだしているので隠れているのがバレバレである。

「あの女のこと、知ってんの誤魔化そうとしてんじゃねえか。友達とかなんじゃねえの?」

「そんなわけないじゃん。それに正志(ただし)。ボクに友達がいると思っているのかい? しかも、女の子の」

「おいおい、堂々というセリフじゃねえぞ?」

「うん。言ってから気付いたし、傷付いたよ……」

「ご愁傷さん」

「あ、でもボク、マジのボッチだけど友達、一人はいるし」

「おいおい、嘘は泥棒の始まりだぞ。早いとこ自首を勧めぜ?」

「ボクの友達、非道すぎる!」

「でも実際のとこ、俺ら、別に友達じゃねえだろ?」

「好敵手と書いて、『とも』って読む、そんな関係だよね。……燃えるなぁ!」

「そんな少年漫画みてぇな例えをだされてもなぁ。――まー、間違ってねえけども」

 後方にて、耳を済ましている気配がある。

「……でもどうする、後ろの子。正志が気になるようなら巻く? 走る?」

「……いや、やめとこうぜ。ここで走って体力消耗してゲーム落としたら、たまらねえ」

「ま、そだね。ボクもそれはヤだな。そっちのが大切だ」

「それに、あの尾行者、悪意がありそうな感じじゃねえし、な」

 彼らは川沿いの道をゆく。



 そんな彼らを後方から追っている彼女はスマホで通話していた。

「で今、私を知らない人扱いした苗倉くんを尾行している」

『みっちゃん。日曜の朝にいきなり電話と思ったら、ストーキングの実況中継なんて……。うち、どんな反応をしたらいいのか、わからない』

寧々香(ねねか)。私はストーキングなんてしてないよ。追っているだけ」

『その行動は、もうストーカーなんだって。心配なんだけど大丈夫なの?』

「へーきへーき。相手は苗倉くんだもん」

『そ、そうなのかなぁ?』

「そうなんだって。――それに私のこと、本気でウザイと思ったら、走って逃げるはずだよ。そしたら諦めるけど。それをしてこないから大丈夫」

『なるほど(?)……いやでも、それで納得していいのかな』

「いいのいいの。でも、苗倉くん、なんで私のこと知らないなんて言ったのかな?――それを考えてるの。寧々香にも考えてほしいの。アドバイザーとして」

『それはいいんだけど。――ねえ、みっちゃん。そこに苗倉君いるんでしょ? 尾行しているんだから。直接もう一度、聞けばいいんじゃない?』

「それは、ちょっとダメ。私を知らないフリしたのが大事件に関わる理由だったら、困るし」

『大事件に関わる理由って、なに?』

「たとえば、残虐非道なテロリストに人質を捕られて、国家の秘密組織と協力して、人命救助のために極秘ミッションを遂行しているところなのかも――」

『絶対に違う! 突飛な発想すぎるよ』

「あはは。まーね。苗倉くんの雰囲気からして、ふつうに楽しそうだし、遊びに行くんだと思う。さっきの理由はあり得ない。て、わかっているんだけど、だけど」

『……だけど?』

「また苗倉くんに無視されたら、……ちょっと、心が沈んじゃうから」

『…………』

「ほ、ほら! 友達にシカトされたら、ショックでしょ?!」

 照れ隠しに声が裏返りそうになった。

「……」

『……』

「……寧々香?」

『……ねえ、みっちゃんは苗倉君のこと、好きなの?』

「わあ、ど直球だなぁ」

『急に聞いてごめんね。言いたくないなら、言わなくてもいいから』

「急でもないよ。話の流れ的にそうなるよ。うん、そうだねー」

 彼女は、逆に冷静になっていた。


 冷静に、自分の心を考える。

「……わかんないや」

『え、えっと、どういうこと』

「苗倉くんのこと、もちろん友達としては好きだよ。一緒に話しても楽しいし、からかうといい反応してくれるし、リズムが合うっていうのかな」

『うん』

「はじめは地味だしオタクだし友達も少なくて、なんなんだろうって思ってた。けど、用事があって話してみたら、彼が親切で優しいとことか、いいな、って思うようになった」

『うん』

「だけど、男女の恋愛を前提に彼のことを考えたら、わからない。っていうのが今の気持ち。もちろん、彼に告白されたら嬉しいだろうし、付き合うことも考えると思う」

『うん』

「でも今は、わからない、というのが私の正直な気持ちであります。はい」

『うん。なるほど』

「も、もう、よろしいでしょうか? 寧々香さん」

 慣れない恋愛トークに冷静な思考は、オーバーヒート寸前まで熱されていた。

『あ、うん。ありがとう』

「ふぅー。はい、まあ、私はそんな感じ。――ところで寧々香は? もしかして苗倉くんのこと、気になってたりするの?」

『えっ、ええ?! うち? うちは――』

「あ、そういえば先月、恩地先生の事件の時、好きな人いるって言ってたね。あれ、もしかして、苗倉くんだったりするの?」

『……違うよ。彼とは違う。うん。』

「なんか、ひっかかる言い方だけど」

『ね、ねえ、みっちゃん。ところで尾行は?』

「おっととと、そうだった。――ちょっと距離があけすぎたか。もう少し近づかないと」

 彼女は彼らとの距離を測る。

『うん。気を付けてね』

「ありがと。でもでも、気を付けるもなにも、ないけどね」

 交信終了。ミッション再スタート。 

 

 スマホが震えた。

「もしもし寧々香? まだ通話終了から1分も経過してないけど」

『あの、うち、あれから「知らないフリをした理由」を考えていたんだけど――』

「あ、もしかして、なにか思い付いたの?」

『うん。あの、その、みっちゃん。落ち着いて聞いてね』

「? うん」

『……たとえば、ほら。彼は、これから、デートなのかも……』

「え……」

『もしかしたら苗倉君はお付き合いしている彼女と会うんじゃないかな……。そんな時にクラスメイトと出会ったら。そこを彼女に見られたら浮気を疑われる――まではしないかも――でも彼女を嫌な気分にさせるかもしれない。だから、みっちゃんを知らないフリしたのかも』

 彼女は、ざわつく心を押さえる。

 冷静に、冷静に。

「……うむーん。理屈はわかるけれど、彼は、苗倉くんだよ? 彼女いるのかな?――いや、でもその前に、彼女の心情に気を回すタイプじゃないよ。てか、気づかないってゆーか……。ど直球で寧々香に恩地先生が好きなのか、と訊ねるデリカシー無し男クンだよ?」

『たしかに……そうだったね』

「あ、それに、いま苗倉くんに同行してる人、男子だ」

『ああ、それは、違うね。――いやもしかして男子二人で、デート?』

「寧々香ストップ。邪推。――仲良く話しているけれど、聞こえた単語は『友達いない』とか『ゲーム』とか。苗倉くんらしいワードだけだったし。ただ遊びにいく、みたいな感じだよ」

『あ、でも苗倉君、男子の友達と一緒なんだ』

「うん。二人とも大きな変な形のリュックを背負ってる。それから苗倉くん、いつもよりちょっとオシャレな感じがする」

『リュック、男の友達と一緒……。――なら、漫画やアニメグッズ、オタク系の買い物に行くところなんじゃないかな。自分がオタクだって隠したいこともあるだろうし、自分の趣味って他人に踏み込んでほしくないって気持ち、うちもわかるし。だから、知らないフリで、みっちゃんを避けようとした』

「違うと思う」

『え、なんで』

「苗倉くんはオタクってバレることを気にしていないもん。苗倉くんって教室で堂々とカバー無しでラノベを読んでるし。それにもう私は、苗倉くんがオタクであることを知っている。そもそも自分で言っているし。今さら隠す必要がないもん」

『たしかに。思えば苗倉君は、うちに嬉々としてシピスキの話題を振ってきた。オープンオタだね、彼』

「でも、買い物に向かっているのかも。オタクの人って大きなリュック背負うもん。テレビで見た。そうすると――あっ!」

『どうしたの、みっちゃん』

「わかっちゃったかも……」

『え。本当? どんな理由なの』

「うーん。あまり大きな声では言えないけど……」

『……うん。なに』


「……えっちなもの、買いに行くところなんじゃ……」


『……は?』

「……苗倉くんは、漫画やゲーム、ラノベ――それよりも、もっと過激な、人に言えない、いわゆるアダルトなモノを買いに行こうとしているのではないでしょうか?」

 だから、知らないフリをして、遠ざけようとした。

 しかし、それでも彼女は付いてくる。

 そんな彼女に、彼は

 ――付いてこれるか。

 自分を明らかにする覚悟を決めて、彼女を試している。

 ――僕の性癖に!

 そんな妄想。

『うち、頭痛がしてきた……』

「寧々香、大丈夫?」


『みっちゃん、それ違うよ』

「え、なんで」

『理由はいろいろ考えられるけれど。まず、ふつう、「そういうモノ」を買いに行くときは、――いや実際のところはうちにはわからないけれど、一人で行きたいと思うんじゃないかな?』

「……まあ、たしかに、友達と買いに行くようなモノじゃない、のかな?」

『それにね。そういうエッチなモノって年齢制限がちゃんとあるでしょう。そういうお店への入店だって中学生では厳しいだろうし』

「うむうむ」

『そもそも、そういうモノとして、うちの世代で許されている文化が、アニメやゲームなんじゃない?』

「そうなの? アニメやゲームって性欲の対象だったの?」

『せ、性欲の対象って……』

「ああ、だから漫画やアニメやゲームって、いかがわしいモノと思われて風当たりが強いのかな?」

『話がズレてるよ。いや、うちが歪めてしまったのかも。ごめん』

「いいえ。べつにべつに」

 メンタルリセット。


『みっちゃんの意見を否定するのに、うちが言いたいのは、――買い物に行くにしても、大きなリュックを背負っていく必要がないってこと。だって買い物したら袋に入れて貰えるでしょう?』

「でも、オタクの人は――」

『大きなリュックを背負って買い物にいくオタク。それはテレビのイメージが強い気がする。巨大なイベントがある時だけじゃないかな。要らないもん。リュックとか。先入観だよ』

「なるほど。それはあるかも」

『それに前提として、うちらは、中学生。大きなリュックを持っていっても、そんなに商品を買えないよ。金銭的な面で』

「そうかも……」

『苗倉君のお家――苗倉家ってお金持ちなの?』

「うーん、苗倉くんの家がお金持ちっていうのは聞いたことない。あ、でもこの前、苗倉くんが――『小遣いが足りない。来月は大型新作ゲームも発売だし。うむぅ』と、嘆いているのは聞いた」

『うん。じゃあ、やっぱり買い物は違うんじゃないかな』

「そうかも。でも、そーすると変な形のリュックの説明がつかないけれど」

『ちなみに、みっちゃん達はどこを歩いているの?』

「川沿いの道。のどか。公園とかある。どんどん街や駅から離れていく」

『買い物じゃなさそうだね。その辺りはオタクな人の求めるお店はないだろうし。――もしかして、ただの散歩?』

「それなら私を知らないって言った理由が不明すぎるよ」

『たしかに、そうだね』

「それに苗倉くんのイメージに合わない。この前、彼に休日の過ごし方を聞いたら『引きこもってゲーム、昼に起きて夜遅くまで』との回答をいただいております」

『だらけてるね……』

「ま、休日だしね」

『ねえ、みっちゃん。不安になってきた。いま尾行してる人。本当に苗倉君なのかな?』

「え、どうして」

『だって、うちも彼が朝早くから無意味に出歩くと思えないもん。――クラスの隅の席、あまり目立たない、帰宅部、オープンなオタク、インドア派――そんな苗倉君の人物像と噛み合わない』

「まあ、そだね。――午前中から友達と待ち合わせして川沿いをウォーキングするアクティブな苗倉くん。おかしいよね」

『だから、苗倉君じゃない別人なんじゃないかな? だから、みっちゃんは無関係の人を尾行している訳だから、……その』

「大丈夫。安心して、彼は苗倉くんだから」

『でも、世の中には同じ顔の人が3人存在するって』

「ドッペルゲンガーのこと?――はっ。じゃあ大変だ! ドッペルゲンガーに出会ってしまうと死んじゃうんだよね? ヤバい。苗倉くんが死んでしまう!」

『そうじゃなくて! 落ち着いてみっちゃん』

 なだめるように、優しい声で告げる。

『だから、その人は無関係。赤の他人。うん、他人の空似だよ。さっきも言ったけど別人』

「他人の空似? 別人?」

『うん。それならば、その人がみっちゃんのこと知らないのも納得できる。――つまり、その彼は無関係の他人だよ』

「無関係の他人?」

『そうだよ。世の中は広いし、似たような顔の人だっているよ。芸能人のソックリさんだって、よく紹介されたりしるでしょ?』

「ソックリさん?」

『うん。だから、もう尾行はやめた方がいいよ。その人に迷惑になるから、もう中止した方が――』

「違うよ。あの人は苗倉くんだよ」

『人間の視覚なんて曖昧だよ。うちが先月、恩地先生を見間違えた出来事と同じ。――なぜ、みっちゃんは苗倉くんだって断言できるの?』

「だって、顔が同じだし、苗倉くんだし、他人とはどうしても思えないもん」

『でも、その人はみっちゃんのことを知らないって言ったんでしょ?』

「……本人じゃなくて、他人じゃないとしたら、あっ――わかったあぁぁ!」

『え?! どうしたの、わかったって――』

「あの彼は、苗倉くんだけど、苗倉くんじゃないんだ」

 彼女は結論を出して、スッキリした。





 夏の太陽の下、川沿いの公園のテニスコート。

 彼はベースラインの後ろに構えていた。

「くらえ、正志。ボクの渾身の一撃。――受けてみろおっ!」

 飛来する球に、合わせて打ち抜く。

「はっ」

「ぐぁああ! リターンエース決められたぁ」

「オーバーでうるせえ。疲れねえか? 暑いのに」

「暑いからこそ、熱きテンションで熱気をぶっ飛ばしてやろうという作戦」

「あーはいはい。とりあえず、俺がゲーム取ったし、ちょっと休もうぜ」

「えー。勝ち逃げかよー」

「それに、さっきからコート外で先週相手してやった小学生軍団がこっち見てんぞ。相手してやれよ。俺、休憩してくっから」

「しかも自分だけ休憩かよ! ちょっまて――」

 彼がネットで区切られたコートからで出ると、小学生に言ってやった。

「ガキたちよ。そこの兄ちゃんが、また相手してやるからかかって来い、だとよー」

「ちょっ正志ぃ」

「うっしゃあ」「なめんなー」「勝つどー」

 彼と入れ替わりに小学生3人がコートに突撃してゆく。

「おいエビ兄ちゃん。小学生だからって手加減するなよ」

「シングルス対トリプルスね! エビ兄1人でこっちは3人」

「ラインはダブルス用ので。エビのにいちゃん、今日は負けねー。いくぞ!」

 騒がしい少年軍団に対して、

「ボク以上に熱いなぁ。これはしんどい!――あ、てか、3人同時にボール3球サーブしてくるとか、ナシ! 絶対捕れないから――って、どわあ」

 ツッコミするが追い付かなかった。3つの球に翻弄される。

「よし、この作戦ならいけるぞ」「おう」「うん」

「それ作戦とかじゃないからね? ハンデにも程があるだろう小学生よ?!――まあいい、タネは割れた。次は返してやるっ」

「おいやべーぞ、あのエビ兄ちゃん」

「本気で3球返してくるつもりだ」

「ヤバいなにあのエビのにいちゃん」

「うおおおおおぉぉぉ!」

 楽しく盛り上がった。




 盛り上がるコートから、彼は少し離れたベンチまで歩く。

 ラケットを置き、どかりと腰を下ろすと、バッグからスポーツドリンクを取り出して、あおる。

「ぷうー」

「お疲れさま」――ベンチの後ろに隠れていた彼女が話しかけた。

「おわぁ!?」

「おっと大丈夫? 飲み物こぼしたらもったいないよ。でもでも驚いたとこ、かわいいし面白いなぁ。あはははは」

「悪趣味だな。てか話すべきところはそこじゃねぇ。――あんた、駅で話しかけてきた奴か」

「うん。そ。皆元光乃里です。苗倉くんのクラスメイト」

「だから俺は、あんたのことなんて――」

「知らないんでしょ? ま、当然だよね」

「ん?」


「もう全部わかってるよ。苗倉真斗(まこと)くんの弟の――苗倉正志くん」


「………………」

 彼は、ただ無表情で彼女を見ていた。

 彼女はふてぶてしく、彼と同じベンチに腰掛けた。

「ふふふ。驚いたかい? なあに、簡単な推理だよワトスン君」

「驚いてねえし、簡単すぎる推理だよな」

「キミは私を知らないフリしたんじゃない。はじめから知らなかったんだもんね。ごめん」

「別にいい。『正志』って名前を知られてんのも、ツレがあれだけ呼んでりゃ聴こえるわな。だからそういう野暮なことは聞かねえ。――けど、なんで弟だって思ったんだ? 他人の空似とは思わなかったのか」

「うん。だって、私が駅で見かけて声をかけたとき、反応してくれたじゃん。『苗倉くん』って声をかけて『ん?』って。名前を呼んでいるんだから、『苗倉くん』以外は返事しないよ。だからキミは苗倉くんだと確信してたの」

「なるほど。ミスった。無視すりゃよかった」

「ミスってないし、無視したじゃん。――なんでシカトして行っちゃうのよ。弟だって言ってくれればよかったのに」

「……あんたにゃわかんねえだろーけど、けっこーウンザリしてんだよ。間違えられたりすることに」

「なるほどねー。双子ならではの苦労ってやつね。わからないけど、わかるよ」

「てか、あんたも――」

「皆元光乃里。もう3回目だし、そろそろ名前覚えてよ」

「ミナモト、な。――皆元も酔狂だな。よくもここまでストーカーしてきたな。友達に――エビヤに要らん心配をさせないがために、エビヤが尾行されていることにしたりと、苦労したぜ」

「友達に罪を擦り付けてんじゃん」

「お前がストーカーしてくるからだろ」

「だって気になったし。正志くんが本気で嫌がるようなら、止めようと思っていたけれど。走って振り切ったり、注意したり、最寄りの警察への通報も、してこなかったし」

「…………」

「ねえ、なんでなんで」

「……駅ではアイツに間違えられてイラッときてたけど、そもそも皆元にはなんの非もねえし。……まあ、好きにさせとけ、と」

「なるほほー。ちょっとは私に悪いと思ってくれていたわけか」

「しばらく見てりゃ、『アイツ』とは別人だと――他人だと理解して、どっかいくかと思ったんだが」

「残念。私の執念を甘く見ていたようだね」

「でも、尾行技術に関しては三流だな。バレバレだったぞ。もっと上手く隠れて尾行しろよ」

「いやいや、今回はあえて『バレるように尾行した』んだよ。あからさまに尾行してますよ、って雰囲気だったでしょ。さっきも言ったけど、嫌がられたら止めようと思ってたから。――私がマジで尾行したら、すごいよ? 自転車で突撃されるまで、尾行に気づかないくらいに」

「自転車で突撃ってなんだよ」

「あっはっは」

 彼女は笑ってごまかした。

「でもでも、かわいい女子が尾行してくるて、ドキドキのシチュエーションじゃん?」

「自分でかわいいって言うな」

「私がかわいいのを否定しないんだね?」ニヤリ。

「ちっ、うぜえ」

 事実なのが質が悪い。そんな不機嫌顔だった。

「はっはっは。正直な弟くんよのぉ。――ま、私も正直、キミが何者か、だいぶ悩んだけどね。ドッペルかと思った。苗倉くんから家族構成を聞き出したときに、弟がいると聞いていなければ、絶対わかんなかったね」

「でも、弟いるって知ってんなら、もっと早く結論出そうぜ? 駅で見つけた時にでも気づけただろ。言動を『見て』りゃアイツと別人だって、すぐにわかるだろ」

「うーん。たしかに。でも、そっくりすぎるもん。瓜二つだもん。しゃーないよ。――ていうか、同じなのに違う人間、すごいよね。テンション上がっちゃうよ」

「ったく。そーいうのが嫌なんだつーの……」

「でもでもヘアワックス使っていたり、着てるジャージもセンスがいいし、正志くんの方がオシャレだけどね。暗がりに生きるオタクな兄と違って、リア充な感じ?」

「当たり前だろ。アイツと俺は違うんだ。あとそれから、俺とアイツ、いちいち比べんな」

「おっ。なんか偉そうだねぇ。俺様系かい。弟くんは。――うりうりぃ」

 彼女は遠慮なく指で――ツンツン。

「さわってくんな。うざってぇ」

 スキンシップを行う。距離を測る。

 怒り方が弱い。本気で拒絶してはいない。

 結論、彼はいい子。

 いい友達になれそうだ。仲良くやれそうだ。

 ――彼女の結論である。


「しかしかしかし、その大きいリュックサックには、テニスラケットが入っていたんだね。変な形だと思ったよ」

「ラケットバッグなんだから、ラケットが入ってんのは当然だ。見りゃわかんだろ」

「いやいや、見てもわからなかったんだよ」

「は?」

「私は正志くんのことを、兄の真斗くんと勘違いしていたんだからね。キミのお兄さんのいつもの様子を知っていたら、日曜日の朝に友達とテニスをしにいく、なんて絶対にありえない、でしょ? だから、彼がラケットバッグを背負っていても、そういう先入観があったから、変な形のリュックとしか考えられなかったんだよ」

「……なるほどな」

「それに私の勘違いは、正志くんにも原因がある」

「あ?」

「私、尾行していたときに、会話を少し盗み聞いたんだけど――」

「盗み聞くなよ」

「――正志くんから『ゲーム』なんて単語が聞こえたものだから、それでますます真斗くんだと思っちゃったの」

「俺、そんなこと言ったか?」

「うん。『ゲームを落とす』とかなんとか。――それでGPSを利用したゲームアプリでもしているのかと思っていたの。私は後ろから尾行しているから、きみたちの手元、つまり正面は見えない。ゲーム機やスマホを落とす、ってことだと解釈してた」

「……それで?」

「でも、あれは、いま考えれば『テニスの試合ポイント』のことだったんだね」

「ああ、そのゲームか」

「苗倉真斗くんだったら、無駄に歩くわけないし、外出するなら、ゲームアプリを起動させているんじゃないかと思ってね」

「まあ納得できるぜ」

「うん。そういうわけです。――でもでも、苗倉くん――真斗くんと正志くん、二人は双子なんだよね? 正志くんを学校で見たことない気がするんだけど。ほかのクラスだとしても、私が気が付かなかったなんて――」

「ああ。俺は中高一貫の樹海(じゅかい)中学に通ってんだ。受験したんだ」

「なるなるなっとく。樹海ね。(もり)中では見ないはずだよ。――ってあれ、お兄さんのほうは?」

「通ってねえんだから落ちたに決まってんだろ」

「あちゃあ。そーなのかぁ。まあまあでもでも、人生いろいろだよね。――そういえば、いっしょにテニスしていたお友達も私、知らないや。あのエビヤくん(?)も樹海中なんだね」

「いや、アイツは……――まあいいか。そんな感じの認識でいい」

「ん?――ま、とにかく、キミは苗倉真斗くんではなくて、弟の正志くん。こんなに顔や雰囲気そっくりだけど、別人ってことでいいんだよね?」

「当たり前だ。顔は仕方ないにしても、雰囲気はちげえだろ。あんな奴といっしょにすんな。ムカつくから」


「やっぱそうだよね! うんうん。私の好きな苗倉くんとは何か違うと思ったんだよねー」


「はぁ?!」

「ん? どうした弟くんよ。そんな鳩鉄砲な顔して」

「鳩鉄砲ってなんだ! ちゃんと鳩が豆鉄砲って言わなきゃ伝わらねえだろ――って、んなことどーでもいいわ。皆元、おまえ、アイツ――真斗のこと、好きなのかよ」

「へ?」先ほどの自身の言葉を反芻してみる。「はっ! ああっ!! 私、なんて言葉をォ」

 つい気が緩んで本音が漏れた。本心だった。

 考えてもわからなかった感情だった。

「い、いやいあいや、私が彼を好きというのは、そうだけど、そうじゃないというか、でも、そうじゃなくって、もちろん友達としては好きだし、うん。いや、あの好きだけど、あれ? あれれれ?!」

 彼を『好きじゃない』という言葉が、出てこなかった。

 いや、なぜだか、否定の言葉を出したくなかった。

 彼と同じ顔をした、彼の前では。 

()()()()()()にも程があるだろうが」

「ぐわぁ……やってしまった……」

「流れるような自滅だな……」

「あの、正志さんや。このこたァお兄さんにゃあ秘密にしといてくれませんかいのォ?」

「なんだその言葉遣いは……まあ、べつに構わねえけど。皆元、趣味悪いな」

「えー。そんなことないよ。かわいいじゃん、苗倉くん」

 ――認めてしまえば、開き直って堂々と笑顔で話すことができた。

「うん。かわいい。うん。いいじゃん。趣味悪くないよ」

「かわいいってのは、男に使用する言葉じゃねえと思うが……」

「ほら、あのつぶらな瞳とか、無邪気な笑顔とか」

「……それ、俺と同じじゃね?」

「はっ!?」――気が付いた。同じだった。「いやいや違う。私はそんな少女漫画や昼ドラみたいなドロドロな関係を望んでいるわけではありませんので。ジャンルが違う。うん。そうだそうだ。冷静になれ。ドロヌマヨクナイ。――だから正志くん、私に惚れちゃーいけねえぜ?」

「ねえわ! 俺が皆元に惚れるみたいな展開、ありえねーから」

「私が好きなのは真斗くんのほう。うん、私が愛しているのは真斗くんのほう」

「おまえ、そんなこと言って、ハズくないのか?」

 彼は、うんざり、ため息をついた。

「はあ。あんな奴のどこがいいんだか……」

「ワーオ、ため息が真斗くんにそっくりだ」

「アイツと比べるな。言っただろーが。…ムカつく。……おい、皆元」

「ん? なに」

「アイツ、オタクだぞ。キモくないのか?」

「え。キモいって……」

 彼はまるで憎んでいるように語る。

「アイツ、カスで、根性なしで、受験だって兄のくせにバカだから落ちてやがるしよ。生きていて恥ずかしくないのかねぇ? 俺はハズいぞ。双子に生まれたのは人生の汚点だ。あいつ、もういっそ死んで――」

 

 スパァーン。

 乾いた音だった。彼女の平手が頬を薙いだ音だ。


「痛つって。おまえ、叩きやがったな……」

「そんなこと言わないでよ!」

 彼女の眼は潤んでいたが、強い感情に満ちていた。

「私、彼のいいところたくさん知ってるよ。何度か助けられたし、助けてくれた。自分に利益がないのに、人の為になることができる優しい人だもん。それなのに、それなのに――」

「ちっ……そーかよ。……ま、好きなモン否定されたらフツー怒るか」

 冷静になって、申し訳なくなった。お互いに。

「……ごめん。叩いちゃって。ついカッとなっちゃって……」

「いいや、かまわねーや。こりゃ俺が悪い。でも皆元は趣味が悪い。もしくは目が悪い。眼科に行け。頭も不安だ。脳外科も受診しろ」

「ご心配ありがと。でも、私はすこぶる健康ですので」

 彼はゆっくりベンチから立ち上がる。ラケットを手に取る。

「……あと、それから、アイツは、――絶対にやめとけ」

「だから、なんでそんなことを――」


「――アイツ、異常者だぜ?」


「え?」

 言葉の意味を捉えきれない彼女。

 彼女はそのままに、彼は再びコートに戻った。

 コートでは友達の海老井(えびい)克也(かつや)が待っていた。

「おかえり、正志。――ねえ、あのストーカーさんと何かあったのか? さっき叩かれていたような気がしたけど……」

「なんでもねえよ、エビヤ。痴情の縺れってヤツだ」

「そ、それは大丈夫なのか?」

 





 翌日の朝。

 彼女は深呼吸。

 自分の気持ちを理解して、心の準備をして、自席に座す彼に声をかけた。

「おはおはよーよー真斗くん。今日はいい天気で――って、どうしたのその顔っ!」

 よく見ると彼の左頬が赤くなっていた。

「ああ、おはよ皆元さん。いやちょっとDVに……」

「DVD? 3D映画でも見たの?」

「DVだって。Dが一個多いよ。あと3D映画って実際に飛び出しているわけじゃないから。安全だしケガとかしないから。――ただの家庭内暴力だよ」

「ああそっちね。って、えっ。ただの家庭内暴力って、それは大丈夫なの?」

「ただの兄弟ゲンカみたいなものだよ。ただ一方的にやられたからケンカじゃないだけ。――昨日、弟が家に帰って来たと思ったら、いきなりビンタされた」

「え……」

「で、痛いし何すんだと思ったんだけど、よく見たら弟の頬も赤くなっていて『お前のせいで殴られた。これ仕返しだから恨むなら自分自身を恨みやがれ』って」

「そ、それは、また……」

「弟と僕は双子だし、よく似ているから、僕と間違えられて叩かれたんだろう、と解釈した。それなら仕方がないと割り切ったんだけど、ただ僕自身がビンタされるような相手が思い浮かばなくって……。基本ボッチの僕が、誰かの恨みを買うはずないし、誰なんだろう……?」

「あはは……真斗くんも災難だね」

「うん。まったくだ。――あれ? そういえば皆元さん。いま真斗くんって言った? これまで苗倉くんだったのになんで……」

「そ、それより真斗警部。本日はいい天気ですなぁー。ねえ?」

 と、彼女は窓の外を見て、お茶を濁した。

基本的に、謎――考える――即解決の流れですが、前の話にヒントがあったりします。


もしもこの話だけご覧になった方、いらっしゃいましたら、前の話もぜひぜひ目をお通しくださいませ。

どこかで重要なことを言っていたり、特に言っていなかったりするかもしれません!

……あれ? やっぱり言っていなかったかなぁ……


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