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シークレット オブ ボーイズ

警告。

この話は、いきなり『解決編』です!


前話をご覧になりたい方、

もう少しご考察されたい方、

バックボタンなどでお戻りください。















それでも良い方、

覚悟ができている方、

全部推理してご承知の方、

ーーーーどうぞ『正解』をご覧ください。

「やほやほ。どもども。真斗(まこと)くんヒマかい。ヒマかな。ヒマだね」

 そんな風に声をかけてきた彼女に、彼はうんざりした顔で返した。

「……皆元(みなもと)さん。放課後の教室に残っていてほしいと、今朝、お願いしてきたのは皆元さんだろ。いったい何の用なのさ」

「用件がなかったら放課後にカレシと二人になっちゃダメなの?」

「いや、そんなことはないけど……」少し照れる。「でも、放課後の教室にわざわざ残すくらいなんだから、何かあるんじゃないか、とは思うよ」

「うん。まあ、ちょっと、話したいこと、確認したいことがあってね。他の人に聞かれたくなかったし」

「ふーん。いったいなに?」

「その前に、お手を拝借」彼女は彼の手を取った。

「あの、皆元さん?」

「うん。絆創膏を貼っていたところの傷、きれいに治っているね」

「ああ、そういうことか。そりゃあね。もう二か月も前のことだし」

「あのときのL・Mってヤツ、私に関係していたんじゃないかな」

「ん?」

「ちょっと考えてみたの。――このクラスって、イニシャルMは私だけでしょ、奇跡的に」

「うん。まあそうだね。でも、関係ないよ。仮称にMを使ったのは、皆元さんに人物を特定されないように、誰もいないイニシャルを使っただけだから」

「本当に?」

「……それに、もうL・Mくんとの確執は、解決しているから」

「じゃあ、なんでその確執は解決したの?」

「…………」彼は答えない。

「思えば、イニシャル『L』も奇妙だよね。ラ行を示すなら『R』もあるし、そのほうが一般的だよね。L・Mというのは何か暗示しているんじゃないかな。『M』が『ミナモト』だとすると『L』は、何を意味しているのか。……そういえば『L』といえば初歩的な英語の動詞があるよね。人間として大事な感情を表わす動詞。『LOV――』」


「皆元さん!」彼が少し大きめの声を出した。


「わっ! どしたの真斗くん」

「その話は、あまりしたくないから、忘れてもらってもいいかな」

「ん。わかった。真斗くんがそういうなら、いいよ」

「うん。ありがと」

「――でも、あのときの真斗くんは、私に対して酷いことをしていたよね。二か月も、宙ぶらりんの状態で私のことを放置したりして。そのことが『どこかから漏れて』しまったら、恨まれちゃうかもしれないよね。――だから、本当に、ごめんなさい」

「……皆元さんが謝ることじゃないだろ。悪くないのに。悪いのは僕の方だから。――それで、そんな『妄想』を話すために、僕を教室に残したの?」

「いや、これは前座。本題の前にちょっとしたお話し。――ここからが本題」

「うん。なに」

 彼女は眼を伏せて言い淀むも、覚悟を決めた。





「……正志(ただし)くんのこと、なんだけどね」

「うん正志? 弟がどうかした? あ、そういえば、いっしょにテニスしたりするらしいね」

 彼は優しく笑うが、彼女の顔はすぐれない。

「…………」

「ん? どうかしたの。やっぱり言いづらいことかな」

「……まあ、ね」

「……もしかして、だけど、正志のこと、好きになっちゃった、とか?」

「………………うん。まあ」

 衝撃だった。彼にとって。


「……そっか。……まあ、正志は、かっこいいからね」

 声が震える。それでも普通に聞こえるように取り繕う。

「あいつ、勉強もできるし、運動もできるし、オシャレだし、実はいいヤツだし。顔は……まあ、僕と同じだけど。悪いわけじゃないよね。心情的に応援はできないけど。でも、そういうことなら――」

「まって。真斗くんと別れたいとか、そんな話しじゃないの」

「え、なに。二股かけようってことなのかな。それは……」

「……ちがうよ」

 彼は少し苛立ちながら、確認する。

「なに、どういうことだよ。皆元さんが僕じゃなくて、正志のこと好きになってしま……いや、好きになった、という話しだろ?」

「そうだけど、ちがうよ」

「なにが言いたいんだよ。皆元さん」

 彼女は、迷うも、心を決めて打ち明けた。


「だって、正志くんは……真斗くんなんでしょ?」


「は?」呆気にとられた。

「正志くんも、真斗くんなんだから、それは……好きといっても、あたりまえのことだから」

 きっかり五秒、沈黙した。

「……いや、皆元さん。その話しは、もう終わったよね。『双子トリック』はもうやったよね。この流れ、ミステリ小説だったら駄作決定だよ……」

「ちがう。今度は本当」

 彼女は、真剣だった。熱を宿した眼が彼を捕らえて逃がさない。


「はあ」彼はうんざり。「じゃ、なんでそう思ったの?」

「きっかけは、手袋だったんだ」

「てぶくろ?」

「うんうん。先月、正志くんといっしょにテニスの試合の応援にいったのね」

「そういえば話していたね。皆元さんが。――浮気じゃないからね、って」

「その道中、犬の散歩をしている寧々香と出会ったの。犬の名前はゴンザレス。で、そのゴンを正志くんが撫でた。そのとき、彼は手袋を外さなかったの。ふつう動物に触るときは手袋を外すでしょ。毛が付いちゃうし。それが、気になっていたの」

「ふうん。で?」

「それは、素手を見られたくなかったんじゃないかと思っていたの。理由はわからないけど。で、それから大会が終わって森中が優勝して、正志くんが非公式で試合することになった。本人かなり渋っていたけれど。――そこで正志くんは手袋を外したんだけど、指に絆創膏が貼られていたの。人差し指。真斗くんと同じところに。同じメーカーの絆創膏が」

「さすが絆創膏オタ。よく見てるね」

「でしょ?」

「でも、偶然じゃないかな。同じところをケガしたのは。指なんてケガしやすい代表格だろ。それに同じ絆創膏だって、家族なんだから、そりゃ同じものを使うだろ。当り前だけど」

「たしかにそうかもね。でも、それがきっかけで正志くんが真斗くんなんじゃないか、と思い始めたの。――これまでのこと、ぜんぶ」

「ずば抜けた発想だね。……つまり正志は僕の作りあげた虚構の人物だと皆元さんは考えているわけかな。推理モノだったら王道なネタだね」

「いいえ、私は正志くんが実在しない人間とは考えてないよ。それは無理。――正志くんが実在していた人間と考えてる。実際に『いた』ヒトだよ。正志くんは」

「なにが言いたいのか、よくわからないな。皆元さんは」

 彼はげんなりしていた。


「まあ、そんな訳で私、正志くんは真斗くんなんじゃないか、と思い始めたの。すると、いろんな不自然が驚くほどすんなり解けちゃったの」

「不自然?」

「まず、ピンポンダッシュ」

「ピンポンダッシュ?」

「うん。これは私が真斗くんや正志くんを脅迫するときの鉄板ネタなんだけど――」

「正志にもやっていたのか……」

「――なんでそれで、言うこと聞いちゃうの?」

「は?」

「だって、ただのピンポンダッシュだよ。恐ろしいことないじゃん。例えば寧々香に言っても『あはは。なにそれ』と笑われてお終いだよ。――脅しになんてならない。ジョーク脅迫だよ。それなのに二人は渋々と私の言うことを聞いてくれる。それは、私を家に近づけさせたくない。もっと踏み込めば、家の中に入れたくないからじゃないかな」

「…………」

「私を苗倉家にあげたくない理由は、家の中に当然あるはずのモノがなかったり、おかしいモノがあったりするんじゃないかな。――例えば、お部屋とか、仏壇とか」

「なにが言いたいのかな、皆元さんは」

「ただの推測だよ。不自然なことをあげつらっているだけ」

「……」

 彼は不満ありげだったが、何も言わなかった。


「それから、夏休みにいっしょにゲームを買いに出かけたけど、あれも不自然だよね」

「どこが不自然なのさ」

「あの時も、私を家にあげてくれなかったよね。暑い中わざわざ自転車をこいできた私を。すぐに家の前から遠ざけようとした」

「時間がなかったからね。遅くなるとゲーム買えないかもだし」

「それから真斗くんは二種類のゲームを『お一人様お一つまで』ルールで、二種類とも入手しようとしたけれど。あれ、私じゃなくって正志くんを誘えばよかったよね。兄弟なんだから、私を誘うより気楽だよ。彼だって部活に入っていないんだから、ヒマでしょ」

「世の中、兄の言うことを素直に聞いてくれる弟ばかりじゃないんだよ」

「でも、頼み込めば、押し通せるんじゃないかな。正志くん」

「じゃ、理由をつけるよ。あのとき僕はすでに皆元さんのことが好きだった。だからゲームを口実にして、いっしょに出かけたかった。――と、そういえば満足でしょうか皆元さん」

「ご、ごちそうさまです……」照れた。「あ、いや、それはそれとして、まだ不自然があるよ。真斗くん話していたよね。――もうやってくれない、って」

「ん? なにそれ」

「真斗くんの言葉だよ。昔は正志くんがいっしょにゲームをしてくれたけど――ってくだり。それを言った真斗くんが、妙に、さびしそうだったから」

「そりゃ、ね。――いっしょにプレイしてくれなくなったんだから。それはさびしいさ」

「それはそうだろうけれど、でもそれって、ホントにそういう意味だったの?」

「……なんのことやら」

 彼は肩をすくめた。わからないようだった。


 まだ彼女は理由を語る。再開する。

「他にも不自然に思ったのは、ホッペ、だね」

「ほっぺた……」彼は頬に方手を当てた。「えっと、……皆元さんが僕にキスしたときに、なにか気づいた、ということでしょうか……?」

「あ、いやいや! そっちじゃないよ!」思い出した。恥ずかしくなった。赤面と片手をブンブン振って否定する。「あ、あのときは、早まった行動をしたと思うけど、ジョークと思われたくなくて、私の本気度を知ってほしかったというか……とにかく、それじゃなくて!」

「それじゃなくて?」

「私が不自然に思ったのは、叩いちゃったときのこと」

「そんなことあったっけ。つねられたことならあるけれど」

「うん。叩いたのは――ビンタしたのは真斗くんじゃなくて、正志くんだから。いや真斗くんだけど正志くん」

「え? なにか、よくわからないけど……」

「私がはじめて正志くんと出会った日。私、彼をストーカーして会話をしたんだけど、その時、ついカッとなって――彼の頬を、張っちゃったんだ……」

「いま皆元さんから衝撃の事実が明かされた件について」

「うん。衝撃だったよね。そのままの意味で。それで次の日、真斗くんの頬が赤くなっていた。正志くんにビンタされたって話していたよね」

「あれ、皆元さんだったのか。ごめん。正志がなにか怒らせること言ったんだよね……」

「それは別にいい。私が怒った理由をいうのはハズイし。それに、わかっていると思うけど。――真斗くんの頬が赤くなっていたのは、正志くんに叩かれたからじゃない。あれは、私に叩かれたからじゃないかな。辻褄あうよね」

「……なるほど。面白い考えだね。でも僕をビンタしたのは正志だよ。でも、情けないなぁ、正志。皆元さんのビンタくらい避けろよ……」

「この真斗くんのコメントに対して……さすが双子、というべきか。さすが本人、というべきか。悩ましいなぁ……」

「前者が正解だよ」

「今それを確認しているところだから」

「はあ。左様で……」

「それに、その日、正志くんが私に、真斗くんについて忠告したの」

 彼女は、言いづらそうに、けれど告げた。


「――異常者だって。だから関わるなって」


「へえ。そんなこと言っていたんだ。正志。悪口もほどほどにしてほしいよ」

「それが、ずっと引っかかっていたの。――異常者っていうのは、『このこと』を暗喩していたんじゃないかな。弟のフリをしている。他人を演じている。そういう意味で、普通じゃない。だからあの忠告は、自虐だったんだろうね」

「……深読みしすぎだと思うけどなぁ」

「関わるなと忠告したのは、真斗くんと正志くん、二人に関りすぎたら、同一人物だとバレてしまうからじゃないかな……」

 彼は、あきれながら、彼女の意見を整理する。

「はあ、まあ、わかったよ。皆元さんは、正志と僕は、同一人物ではないかと疑っているわけだね。そうすれば、今まで感じていた不自然さが解消されるから。実際のところ、正志は……――みたいなことまで考えているようだけど……」

「うん。正志くんは、真斗くん」

 揺るぎなく断言した。


「あ、皆元さん。正志といっしょにテニスの試合を見に行ったときに、鷲尾(わしお)さんと会ったんだよね。鷲尾さんも正志のこと僕なんじゃないかと疑っているのかな?」

 彼女は思い出す。

 あのとき彼は鷲尾寧々香と会話した。小学生の頃のことを話題に。

「それは、わからないし、知らない……」

「そっか。そうだよね。でも、なにか正志に違和感があったのならば、きっと鷲尾さんは、皆元さんに伝えるはずだよね」

「そうかもね。けれど、正志くんが寧々香とお話ししたとき、()()()()()()()()()()()()じゃなくて、()()()()()()()()()()()()――()()()()()()で会話すれば、矛盾のない会話ができるよね?」

「……なるほど」

 彼は感心するように漏らした。


「それでね……。これが、最後の不自然で、一番大きな違和感で、私が真斗くんを問い詰めようと思った理由なんだけどね」

「うん。なに」

「エビヤくん――海老井克也(えびいかつや)くん」

「ん?」

「もちろん。知っているよね」

「えーっと、あ、うん、3年5組の不登校だった子だよね。そういえば正志のテニス友達らしいね。僕らと小学校が同じだったよ」

「ちがうでしょ。どうしてそんなに他人行儀なの?」

「え。まあ、そりゃあ……あまり知らないし」

「そんなわけないでしょ」

「皆元さん、どういうこと?」


「ずーっと前、5月。MNハンカチの件。放課後にこの3年2組教室で、私と真斗くんが始めてまともにお話しをしたとき。――途中で真斗くんは『エビヤ』って愛称をいって、そして友達だって……そういった」


「……あれ? 僕そんなこと言ったかな」

「言ったよ。私、覚えてる。思い出したよ」

「皆元さんの記憶違いじゃないかな」

「いいえ。絶対に私が正しい。海老井なんて、そうそうある名前じゃないでしょ?」

「……そうかな?」

「そうだよ。――エビヤくんと友達として繋がりがあったのは、正志くんだけだったんだね。エビヤくんと真斗くんには、繋がりがない」

「……まあ、うん。そうだね。実際、僕と彼は関わりがない」

「私とも関係がないからと安心していたんでしょ?――まさか、少し会話しただけの女の子が、その後、自分の彼女になるなんて思わないよね。だから、つい、いっちゃった」

「……」

「私、夏休みに正志くんの水筒を間違えて持って帰ってしまって、エビヤくんに電話で相談したんだ。そのときにエビヤくんが『正志のお兄さんの真斗くん』って、そんな風に遠回しにキミのことを表現したの。それが、おかしいと思ってた。これが不自然だったの」

「……うん。さっきも言ったけど、僕と彼は関わりがないから」

「でも、正志くんとエビヤくん、二人の間にはある」

「……」


「だから、もうやめようよ」


 彼女は諭すように、彼に優しい眼を向けた。

「私だけだったら、かまわないんだ。べつに、真斗くんが私を騙していてもいい。秘密があってもいい。許してあげるよ。――まあ、好きだし」

「……皆元さんは、優しいね」

「はは。そうでもないよ」

 それから彼女は責めるように、彼に冷たい眼を向けた。

「でも、エビヤくんを騙している。それは、許せない。本当はいない人物を装って、友情を取り繕って、他人のフリをして、エビヤくんを嘘で欺いている。悲しいし、やるせないよ」

「…………皆元さんは、きびしいな」

「うん、そうだね。でもエビヤくんは、正志くんのこと本当の友達だと思っている。その信頼を裏切るのは、最低だよ。だから、今からでも、エビヤくんに本当のことを話して――」



 ぷるるるるるるるるるるる――――――――――

 着信音が鳴り響いた。




「あ、ごめん。僕だね。電話だ。皆元さん、出てもいいかな?」

「え、あ。うん。どうぞ」

 彼は片手をポケットへ。騒ぐスマホを取り出して、方手で操作、通話を開始した。

「も、もしもし、――え、ああ、正志か」


「えっ! ええええええええええええええええええええええええええええぇ!」

 彼女が驚き、とどろいた。


「ちょ、皆元さん。うるさい。もうすこし静かに」

「ウソでしょ! ちょっと、電話代わってよ」

 彼が渋々スマホを渡そうとしたところで、彼女がひったくる。耳元に当てた。

「もしもしっ、正志くん?」

『……皆元?』

「そうだよそうだよ。あのあの、ホントに、正志くん?」

『……ああ、あったりめぇだろ』

「ええっ! じゃあじゃあ、私の今までの推理は、いったいなんだったの。なに、この盛大な無駄話は、私の羞恥心が上限突破しちゃいそうなんだけど!」

『………………知るか』

「うわっ……このおざなりなかんじ、正志くんだぁあああ!」

 そこで彼が彼女に手を伸ばした。

「皆元さん、電話返してくれよ」

「え、あ、うん。ごめん。――はい、どうぞ」

 彼女が差し出したスマホを片手で受け取り、そこで――

「なんで皆元さんがくっついてくるの?――顔を寄せられると、すごく通話しづらいし、やりづらいし、恥ずかしいし、なんだけど……」

「真斗くんと正志くんの会話、聞いてみたい。顔が近くて、私も嬉し恥ずかしだから、気にしないで」

「いや、気にしないでといわれても、邪魔だし気にはなるんだけど……まあ、もういいや」

「うんうん」

 彼はゆっくりと通話を再開した。

「ごめん、お待たせ正志、でも電話してくるなんてめずらしいな。――どうしたの?」

『……どうしたの、じゃねえよ。おまえ今日、夕飯当番だろうが』

「あ。」

『忘れてやがったのか。今日は母さん遅せーんだから』

「ごめん。早めに帰るよ」

『ったく。しかし、まだ帰ってねえと思ったら、やっぱ皆元とイチャついてやがったのか』

「ぶはっ!」彼女が噴き出した。

「ち、ちがうよ。なに言ってんの、正志」

『あー、はいはい。とにかく早めに帰って飯作れよ。――じゃな』

 通話終了。


 沈黙が訪れた。






 静寂に包まれる3年2組教室で、彼はスマホをポケットに戻した。

「……あー、えーっと、皆元さん?」

「真斗警部! 申し訳ありません。すいませんっしたぁ!」

 彼女は土下座せんばかりの勢いで、低頭!

「いや、別にいいよ。勘違いしそうな不自然な要因がいっぱい重なっていたし、――それに、皆元さんがヘッポコ探偵なのは、今に始まったことじゃないよ」

「はい! 私がヘッポコ探偵で申し訳なくごめんなさいでした!」

「認めたぁ?! びっくりした。まさか皆元さんがヘッポコ探偵を認めるとは……」

「うん。ごめん!」

「それじゃ、僕は帰るので、惜しいけど、()()()()()()()()()を放してもらってもよろしいでしょうか」

「あ、はい。ごめん」彼女は彼の手を放した。

「謝ることじゃないよ。って、これも懐かしいな。以前とは立場が逆だけど。――ま、帰るから、それじゃあね」

 彼は鞄を背負って、教室を出ようとする。


「あ、まって、真斗くん。最後に聞いて」

「え。なに」

「私……真斗くんに内緒にしていることがあるんだ」

「……ん?」

「あ、いや、浮気しているとか不倫しているとか、そういうことじゃないよ。……私、その、一途だし。いや、自分でいうのは恥ずかしいけど……。おっと、ごめんね。話がそれてた」

「あの、皆元さん?」

「そんな訳で、秘密があるの。いや、秘密なんてキレイなものじゃなくて。だました、という方が正確かも。それに、秘密を知られたら幻滅されるかもしれない……」

「いや、あのさ……これって」

「うん。そう。でも私はその秘密を知られたくない。ハズいから。恥ずか死んでしまう」

「って、これは、やはり……」

「だから真斗くんのことが怖かったりする。名探偵だから、いつか秘密がバレるかもしれないから。でも、……それでも、もういいや。とは思えない」

「もう、いいって。これは――」

「だから、私にも秘密があるから、真斗くんはなにか秘密があっても、気にしないで。そういう条件で、なら」

「え。あの、皆元さん。これってやっぱり……」

 彼女は決意と共に、言葉を紡ぐ。


「真斗くん。私は、キミのこと、好きだ」


 彼はその言葉を唖然として聞いていた。

「だから、よかったら、……付き合おう」

「もう付き合ってるからっ! てか、これ、僕の告白のトレースじゃん!」

 放課後の教室に、彼のツッコミが響いた。

「皆元さん。なんてキレイに改変すんのっ! 僕、めっちゃハズいんだけど! それと、よく覚えてたな。あの長いセリフ」

「あははっ。うんうん。まーねまーね。私、記憶力いいから。ははは」と快活に笑い。そして彼に聞こえないように、呟く。「……ま、うれしかったし。忘れられないよね……」

「なんだ、皆元さんは……僕を憤死させたいのか!」

「大事で大切で大好きなカレシに死んでほしいわけないでしょ?」

「ヴっ……」不意打ちだった。

「それにそれに私、正志くんにも、……いなくならないで、ほしいな。正志くんは、私にとっても大事で大切な友達だから」

「……そっか」

「だから、もういいよ。――それじゃ、ごめんね。引きとめちゃって、どうぞお帰り下さい。また明日ね。真斗くん」

「うん。それじゃ、また明日」

 ――こりゃ、バレてるな。

 教室を後にしながら彼はそう思った。


 ★


 弟が死んだ。

 火事だった。部屋で使っていたコンセントとプラグがショートして熾きた火花が原因だ。トラッキング現象というらしい。眠っていた父と母、そして僕は異変に気付き避難した。大きな怪我はなかった。でも弟は部屋から出てこなかった。火元は弟の部屋だった。

 あの夜の父と母――両親の狂ったかのような姿が、怖かった。近所のおばさんやおじさん、消防署の人に押さえつけられてなにもできない。弟が火の中にいると分かっているのに、なにもできない。吐きだす場所のない怒り、無力感と絶望。なにもできなかった。

 この眼からあふれ出す涙で炎が消えてくれないかと、願った。

 ただただ響くサイレンと暗闇に赤く輝く光と熱が、心に焼きついた。


 葬儀に参列した。仏は見せてもらえなかった。あの木箱の中に、本当に弟が入っているのか確信が持てないままに出棺して――すべては灰になっていた。

 それからは流れるように日常が作られていった。

 小学校にも今までと同じように通った。どうやら緘口令が敷かれているようで、火事について訊かれることはなかった。

 ホテル住まいから、市の運営する借家へ移り、その後に現在も住んでいる新居に移った。両親は、僕に対して努めて明るく振る舞ってくれた。当時の家に在った物のほとんどを失くしたが、特に不自由は感じなかった。――ただそこに、弟がいないだけで。

 別に仲のいい兄弟ではなかったと思う。眼が合えばケンカばかりだった。

「ナニ見てんだよ、うぜえ」

 口を開けば、文句ばかりだった。

「おまえ、こんなこともできねえのかよ。本当にお前の方が兄貴なのか?」

 ただ鏡を見るたびにアイツを思い出してしまう。僕らは双子だったから。


「アニキなんだから我慢しろよ」――父が絶対にそんな理不尽を言わなくなった。差別だと批判していたことを言われなくなっても、それが嬉しいと思えない。喜べない。あんなにも、言われたくなかった、のに。

「ゲームばかりしてないで早めに宿題やりなさいよ」――母が絶対に僕と弟を間違えなくなった。元から間違えることなどほどんどなかったが、母に間違えられるのはイタズラが成功したみたいで、少しだけ楽しかった、のに。

 ――堪らなく感情を掻き立てられた。

 壊れそうだった。いや、もう壊れてしまったのかもしれない。僕の心は。

 火事が起こるつい先日、弟にテニスの試合で負けた。接戦の末、負けた。

 ――勝ち逃げかよ。アイツ。

 このどうしようもない気持ちは、どうすればいいんだ?


 ランニングに出かけた。空からの雨粒が、冷たかった。

 どうしようもない。どうにかなっていしまいそう。

 そんな気持ちをひっさげて。

 ただただ走って。走って走って、駆け続けた。心が落ち着くまで。

「……あれ。もしかして、苗倉、正志くん?」

 そんな風に声をかけられた。雨の中、あの川沿いのテニスコートだった。

 その彼には見覚えがあった。

 僕は、一つ、思い至る。

「……ああ、そうだけど。あれ、おまえ、あの決勝のときの――」

 と、俺は返事をしていた。


 ★



 下校途中、校門で声をかけられた。

「今から帰るところかな。ボクもこれから帰るところだから、途中までいっしょに帰ってもいいかな。真斗くん」

「いいよ。そうしよう。僕も話したいこともあったから。用事もないし。こちらとしても、ちょうどよかったよ。海老井くん」


 彼らは下校路をゆく。

「まずはコレ、真斗くんに返しておくよ。はい」

「うん。どうも、ね」

 彼はポータブルボイスレコーダを受け取った。

「今日はビックリしたよ。急に『もしよければ、助けてほしい』なんて」

「うん。びっくりさせたよね。今日はごめ――」

 スッと彼の前に手を出して言葉を止めた。

「いいや。ボクは何もしてないよ。その録音機も使い方わからなかったし」

「ん?」

「だいたい、キミは、昼休みにボクのところにやって来て、あの一言をだけ告げて、録音機を預けただけじゃん。何の説明もなく、それでわかるはずがないだろ?」

「まあ、それは、ごもっとも……」

「だから、ボクは何もしていないから、キミがお礼を言う必要も、謝る必要もないから」

「なるほど……。そういうことか」

「うん。そういうことだよ」

 彼はそういうことで、納得した。


「海老井くんって、……実は頭いいよね」

「うわあ……その顔で、頭いいとかほめられるとビックリする。正志ならまず絶対に言わないセリフだからさ。――あ、そうだ。知っていると思うけどボク、真斗くんの弟の正志と仲良くさせてもらってるから」

「ああ、そうなんだ。――いやこちらこそ。弟と仲良くしてくれて、ありがとう」

「いやいや、こちらこそだよ。――いっしょにテニスしてるんだ。最近は正志の友達のミナモトさんも参加したりしてる。あと時々だけど、正志には勉強みてもらったりしてるよ」

「へー」

「そういえば、ボクこの間、大白鳥公園に行く機会があってね。真斗くんも覚えてるよね、小学生テニストーナメントの場所。それで正志とリターンマッチをしてきたんだ。――その時、ボクは正志をたきつけるために、提案したんだ」

「そうなんだ……?」

「キミの秘密をミナモトさんにバラすぞ、ってね。――そしてボクは試合に負けた。だから、ボクは、正志の秘密をミナモトさんにバラしてはいけないんだ」

「えっと、なんの話しかな。海老井くん」

「まあ、ただ、そういうことだよ」

「ああ、うん、そういうことか」

 そういうことだった。


「ところで真斗くんの方も、ボクに話したいことがあるんだろ? なにかな」

「あ、ああ。僕が海老井くんに訊きたいことは、さっき話題にあった『正志の秘密』の件だけど、いったい、いつからキミはその秘密に気が付いていたのか、と思って」

「ほぼ始めからだけど」

「…………」

「いいや。絶対的に正志なんだけど、どうしても『違和感』があることがあってね。いや、確実に正志なんだけど。小学生のときは、あまり交流なかったけれど。やっぱり違和感があってね。でも、どうしようもなく正志なんだけど」

「……」

「でもさ。違和感のことは口にできなかったんだ。――正志は ボクの恩人だから」

「ん? 恩人って」

「ボクさ、不登校だっただろ? 実はテニス部で軋轢があって。一年のとき三年生の先輩を負かしちゃって、それでちょっと天狗になっていたのもあるんだけど、孤立して、辛くてさ。勉強もできる方じゃないから、学校のなにもかもが、つまらなくって。休みがちになって。――そんな時に逢ったのが正志だったんだ。別の学校だから気兼ねなく話せるし、テニスも気分転換になるし強いから練習にもなるし、――学校に戻ることができたのも、正志のおかげだ」

「なるほど、ね」

「そんな訳で、ボク、正志には感謝してるんだ。――本人の前では言えないけどね」

「……そういうことか」

「そういうことさ」

 そういうことであった。


「それに、ボクは、あの場所が気に入っているんだ。日曜日の川沿いテニスコート」

「……」

「正志がいて、時々ミナモトさんがいて、小学生軍団のケンとトラとルイがいて――大好きなテニスができる。みんなのことも大好きだ。だから、あの場所がなくなるのは嫌だし、寂しいし、容認できない。何をしてでも守るよ」

「……なるほど。たぶん正志も同じ気持ちだよ。日曜日の朝は、いつも楽しそうに家を出ていくから」

「そっか。それはよかった。――あ、そうだ。真斗くん。勘違いしないように、ボクがミナモトさんを好きなのは、友達としてだからね。テニス仲間としてだから。――ミナモトさんは、キミのこと好きって言っていたから」

「えっ!? そんなこと話してたの? てかそれ、僕に言っていいの?」

「あ、しまったぁっ! ミナモトさんに秘密にするように言われていたんだったぁ!」

「自分から詐欺にひっかかりに行くようなタイプだよね。海老井くんって……」

「い、いや、まあ、そういうことだよ!」

「いやいや、これは、そういうことで曖昧にしていいのか! 無理やりすぎるよ」

 そういうことにした。




「ところで、真斗くん。さっき言っていた、正志の『違和感』についてなんだけど」

「あ、うん」


「実は、正志はお兄さんの真斗くんのこと、尊敬しているし、好きだったりするんだよ」


「へ?」

「小学生テニストーナメントの決勝戦。試合が終わって握手して、そのとき正志が言ってたんだ。興奮しながら。負けてちょっと泣き顔っぽかったけれど。――

『ありがとな。めっちゃ楽しかった。準決勝もヤバいほど面白くて、あのレベルの試合はもうねえだろうな、と思っていたんだけど、まさか一日に二回もサイコーの戦いができるとは思わなかった。こんなに楽しくて大丈夫か、俺死ぬんじゃねえか』

――てさ。そう言ってた」

「……へー。」

「今の正志に足りないのはお兄さんへのリスペクトかな。反抗期だろうね。それからあのとき――

『おまえもすげえ強かったけど、俺の兄貴のが強いかもな。いや、わかんねえけど。今度、対戦してみろよ。マジでやべーからな』

――と嬉しそうに話していたよ」

「……ふーん。」

「真斗くんも、今度やろうよ。テニス」

「ま、機会があったら、ね」

 シニカルに、平然を取り繕いながらそう言った。




 その夜、彼は、久しぶりに昔を思い出して、泣いた。

お読み下さり、

ありがとうございました。

お疲れさまでした。



タイトル回収です。

「ツイン」=双子

「スタンダード」=標準、基準


あまり多くを語るのは、

趣がありませんので、やめておきます。


質問、感想、疑問点、推理の欠点、などございましたら、活動報告のコメントなどから、どうぞ。


次回は最終回です。

最後は笑って終わってほしいと思います!

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