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ハンカチ落とし難事件

初「謎」です。

「やほやほ。どもども。苗倉(なえくら)くんヒマかい。ヒマかな。ヒマだね」

 お気楽な声をかけてきた彼女に、彼はうんざりした顔で返した。

「……皆元(みなもと)さん。どうして僕がヒマだと決めつけるのさ」

「だってだって、みーんな帰った教室で文庫本を開いていたら、ヒマなんだって思うよ。なに読んでるの?」

「昨日発売のストーカーアンドデッドラインってラノベだけど」

「へー。らのべ?」

「あ、もしかして興味ある?」

「ぜんぜん」

「……ずいぶんバッサリ切り捨てやがったね」

「それじゃ私は苗倉くんの話を聞いたから、次は、私の相談を聞いて」

「え、それは、なにか、おかしいんじゃないか……話しかけてきたのは皆元さんだし……」

「実は私、困っているのだ」

「……僕に拒否権が無い件について……本の続き読みたいんだけど」

「コレなんだけど」

「ん。ハンカチ?」


「そ。純白花柄レースのハンカチーフ。コレ、苗倉くんのモノでしょ?」


「…………えっと、ごめん。突拍子もない展開で理解が追いつかなくてフリズってたよ。いいや、それは僕のじゃないよ。それ女の人向けのデザインじゃん」

「え。ちがうの?」

「ちがうよ!」

「そかそかそっか。違ったか。まあ、これが苗倉くんのモノだったら、今後、キミへの対応を変えないといけないし」

「対応って……乙女趣味の変態扱いってこと?」

「んーん。ちがうよ。乙女ならクラスのガールズトークにお誘いしなきゃ、と」

「そっち?!」

「ねえ、今日パフェたべて帰ろーよ、そのアクセかわいー、○○くんと△△ちゃん付き合い付き合い始めたって、まじウケるー、みたいなトークにお誘いし――」

「――ないでくれ。絶対混ざりたくない。オタボッチの僕がその場に加わるとか地獄か。皆元さん『それ面白そう』って笑顔を止めてくれないかな?」

「えー」

「不満そうな顔もしないで。――でも何で皆元さんはそのハンカチが僕のだと思ったの?」

「だってだって、名前、書いてあるよ。――ほら、この左下のタグに」

「うそっ。……って、イニシャルじゃないか」

「うん。MNって書いてある。マコト・ナエクラ。ほら、苗倉くんの物でしょ」

「イニシャルだけじゃ判別できないよ。他のMNさんのハンカチなんじゃないの?」

「ちがうよ」

「え。なんで」

「だってこのクラス。他にMNなんてイニシャルの人いないもん」

 彼は眉をひそめて首を捻った。




 二人は机を挟んで向かい合って座った。

「このハンカチ、放課後になった瞬間に私が見つけたの」

「うん」

「発見場所はこの3年2組の後方、掃除用具箱の前。落ちていたの。掃除用具箱は外窓の方にある――つまり出入り口のある廊下から遠い。こりゃあこのクラスの誰かの物でしょ? アンダスタン?」

「うん。そうだね。教室の最奥だ。他のクラスの人じゃなさそうだ。てか、そこの掃除用具箱の前だね?」

「そ。この苗倉真斗くんの席、そのすぐ後ろにそびえ立つ、そこの掃除用具箱の真ん前。そこが、この持ち主不明のハンカチーフの発見場所なのであります。警部」

「警部?! なんで僕、警察官になってんの?」

「ノリよ。雰囲気。空気を読んで、苗倉くん。楽しくなってきたじゃーないですか」

「……楽しいんだ?――で、現場の状況は、皆元巡査」

「はっ、警部。あ、この敬礼のポーズ、かっこいいよね。一度やってみたかったの。なかなか機会がないよねー」

「うん、べつにどうでもいいから……」

「ちぇ。まあ、事件解決が大事か。――でも状況といわれても、ただ落ちていたの。ぽつりと。折りたたまれているのを広げて眺めてみたら、タグの裏側にイニシャルが書いてあるじゃーありませんか。MN。これはつまりマコト・ナエクラくんの所有物だと、私は推理したのだよ。ワトスンくん」

「警察から探偵に鞍替えしているけれど。まあ見事に推理をはずしちゃってるよね……」

「うぐっ。――だって、苗倉くんの席のすぐ近くだよ、落ちていたのは。それしかない! と思うでしょ。ワトスンくん」

「皆元ホームズ。単純すぎるけど、まず女子の私物であろうということを、考慮して推理してはどうだろうか」

「とにかく、苗倉くんに渡してあげようとしたんだけど、放課後になった直後は人目もあるし、これをみんなの前で渡したら、誤解されちゃうかと思って。ねぇ?」

「誤解って、僕が女性趣味の小物を持ち歩いているってこと?」

「そうじゃなくて……ハンカチを渡す意味的な……縁起が悪いし」

「ん。なにか意味とかあるの?」

「あー、知らないならいい。気にすることじゃないし。ま、そんなわけでクラスのみんなの前で渡すのは気が引けたから、本を読み耽っているトーヘンボクくんが帰るか、一人になるか、それまで待っていてあげた訳ですよ、はい!」

「ちょっとひっかかるけど。つまり僕のために残ってくれた訳か。……どうもありがと」

「いいえー。私と苗倉くんの仲でございましょう? ふふふ」

「ん。あれ? 僕と皆元さんの仲って、ただのクラスメイトだよね。小学校は違うし3年になるまで同じ組になったことなかったから、知り合って2ヶ月くらいの知人ってレベルだよね」

「…………」

「皆元さん。その吊り上げた眼から威圧感が放たれているけど……なにか怒ってる?」

「別に」

「さ、左様でございますか……」

「それより、今はこのハンカチ!」

「そ、そうだね。このハンカチどうしよう」

「決まっているわ! もちろん。持ち主を特定して、返しましょう」

「先生やクラス委員の人に預けちゃえば? 落とし物箱に入れるって方法も――」

「ハンカチの発見場所からして、このクラスのメンバーに持ち主がいることは間違いない。これから落とし主を探しましょう。市立森中学校、3年2組のメンバー総勢32名――犯人はこの中にいる!」

「楽しんでるねぇ……。そしてまさか、ハンカチを落としただけで犯人呼ばわりとは……」

「で、これからどうしよう?」

「え」

「だってみんな帰っちゃったし」

「いや、僕に振られても……」

「……だって、今までこんなこと、経験、したことないんだもの……」

「そういう発言は誤解を生むから控えるように!」

「……あれあれ。もう詰んでる? 犯人を見つけようと思ったのに、ヒントが少なすぎ?」

「はあ、――イニシャルはMNだったよね?」

「イエス。苗倉真斗くん」

「僕のじゃないからな。――それなら苗字、姓がNの人だと思うよ」

「え。でも名前は?」

「氏――ファーストネームもヒントかもしれないけれど、でも大事なのはファミリーネームのほうだ。なにせハンカチは――まあどんな物品も大抵そうだけど――家から持ってくるでしょ」

「あ、そっか。イニシャルMNは家族の誰かかもしれない、ってことね!」

「うん。借り物や間違えて持ってきたモノなのかもしれない」

「なるほ! それならこのクラスのNさんを炙り出せば、犯人が絞れるね。よっし!――えーっと、ナ、ナナ、ニニ、ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌンヌヌヌんう――」

「皆元さん。いつの間にか準備していたクラス名簿を凝視して真剣に探しているようだけれど、ヌの人なんていないだろ。ゲシュタルト崩壊しそうなほど連呼しているけれど」

「ダメだー」

「え。なに」

「このクラス、ナ行の人、多すぎ。8人もいる」

「へー。そんなにいるのか」

「32分の8って、パーセンテージにしたら…………とにかくいっぱいじゃないの!」

「25%、だけどね。でもイニシャルNは8人もいるんだ……」

「ええ、ヤバいわ。えーっと、リストから容疑者を発表するとねぇ、直衛薫(なおえかおる)長岡潤太郎(ながおかじゅんたろう)永野咲月(ながのさつき)蜷川(になかわ)あずさ、野々村朱莉(ののむらあかり)野宮裕介(のみやゆうすけ)野間香憐(のまかれん)、そして苗倉真斗」

「これ見よがしに僕を最後にしないでくれる? 僕以外をぜんぶ出席番号の五十音順でいったのに。――でも、これでハンカチの持ち主は4人、いや5人か、まあそれくらいに絞れたね」

「あれあれ? イニシャルNは8人だけど。なんで」

「そのハンカチは明らかに女の人向け、レディースモデルでしょ。家族兄弟の物でも、男子は学校に持って来ないよ」

「えー、それはどうかなぁ」

「皆元さん。なぜ怪しむようにこちらを見ているんだ。もしかして、まだ僕が落とした物なんじゃないかと疑っているの。ちがうから」

「ところで苗倉くん、家族構成は? 妹とかいるの。最近ハヤっているとかいう血の繋がっていない合法的な妹、みたいな?」

「いないから! うちは父、母、弟の……ごく一般的な核家族だよ」

「へー、そっかー。えへへ」

「なんで嬉しそうなの?」

「ちなみに私の家は、お父さん、お母さん、私の三人家族。お父さんが娘をたいへん大事に愛情もって育てているから、彼氏や旦那さんになる人はちょっとだけ大変だろうなぁ」

「なんでその情報、僕に言うの?」

「なんでかなー?」

「そういう誤解を生む発言は控えた方がいいと進言しておくよ。――で、話し戻すよ。ハンカチの件だけど」

「ぷうー」

「そんなハムスターみたいに頬を膨らませられても……。とにかくクラスのイニシャルN、そして女子。その条件で検索したら、えーっと、さっきの人たち――」

「直衛薫ちゃん、永野咲月ちゃん、蜷川あずさちゃん、野々村朱莉ちゃん、野間香憐ちゃん――この5人に絞り込めるわけだね」

「うん、そういうこと。ああ、直衛薫さんて女子なのか」

「あたりまえでしょ。失礼ねぇ苗倉くん。薫ちゃん、あんなにきれいなロングヘアなのに。クラスで一番長いよ。いや、寧々香(ねねか)といい勝負かなぁ。でもーいやあ、やっぱギリギリ薫ちゃんに軍配が上がるかなあ。今度、二人に測らせてもらうよ」

「別にどうでもいいんだけど。でも、あの髪の長い人が直衛さんっていうんだね」

「なんで知らないの? 同じクラスになってもう2ヶ月だよ」

「まだ2ヶ月だよ。2ヶ月じゃあそんなに仲良くないクラスメイトの名前なんて覚えられないよ」

「えー。……あ。でも、そーか。そかそか。うん、そうだね。2ヶ月じゃ、親しくない人は覚えらんないよね。えへへー」

「不満ありげだったのに、なんで笑顔になったの?――とりまハンカチは、その5人のNさんの誰かのモノなんじゃないかな」

「うんうん。すごい。それっぽい! よし。じゃあ、メッセ送ってみるよ。――スマホスマホ、と」

「連絡先わかるの?」

「当然! クラスの人は、ほぼ全員知ってるよ」

「そっかすごいな。――あ、ちょっと待って皆元さん。もしかしたら持ち主、特定できるかも」

「え、どうして、どうやって」

「そのハンカチが落ちていたのは掃除用具箱の前なんだよね?」

「うん、そのとーり。そこだよ。このド真後ろ、教室後方のスペース、窓際の掃除用具箱の前。この苗倉くんの座席のすぐそば。――あ、苗倉くんの言いたいことわかったかも」

「うん。それならよかった」

「謎はだいたい解けた。発見場所に縁のある人が犯人。掃除用具――ホウキや雑巾バケツに用のある人物。つまり、この3年2組教室の清掃を担当しているNさんが、犯人だぁ!」

「その通りだけど。簡単な推理に、演出過剰だよなぁ」

「ま、そだね。へへ。――でも教室掃除担当でもないと掃除用具箱なんて用事ないもんね」

「うん。教室掃除が終わり、掃除用具を片付けた後、ハンカチで手を拭いて落とした。そういう理に適った動機――というか動向も考えられるし」

「なるほほー。たしかに。――ふつう用事ないもん、掃除用具箱。それに、その数メートル前には『僕は本を読んでいるから邪魔すんじゃねえよ』というオーラを纏っているダレカさんの席もあるし、近寄りがたいよね」

「……いや、そのダレカさん、別にそんなこと思ってないんじゃないかなぁ?」

「あはは。ま、ありがと苗倉くん。クラスの掃除場所一覧表、確認してくるよ」

「うん。教室掃除のNさんがハンカチの落とし主。――事件解決おめでとう。お疲れさま。じゃ、僕はラノベの続きを読むから」

「はいっ! ご協力に感謝いたします。苗倉警部。感謝の証として警部には私から『名探偵』の称号を授けましょう」

「うん、ありがと、いらないけど。……ま、もう本読むから」

「おっけー。じゃ、ばいばい……………………苗倉くぅーん!」

「クラス前方に掲示している掃除場所一覧表のところに移動してから、大声で僕の名を叫んで、いったいなに。いい感じに事件解決したと思うんだけど」

「た、大変なんだよ」

「なんで僕の席の前まで戻ってくるの?」

「大変だから。さっき言われたようにクラスの掃除場所一覧表を確認したんだけどね」

「もしかして、教室掃除のNさんが二人いたとか? それなら、もう双方に連絡すればいいのでは? いや大変って言ってたね。もしや5人全員が教室掃除だったってミラクル?」

「ちがうの。逆なの」

「逆って?」

「いないの。だれもいないの。教室掃除担当の10人に、イニシャルNの女子5人、誰もいないの!」

 どうやら彼の『名探偵』の称号は、返上しなければならないらしい。



 スマホを操作していた彼女が、彼の机に突っ伏した。

「全滅だぁー。なんなのよもー」

「まさかだね」

「そーそー、まさかこんなことになるなんて……。容疑者と思われるイニシャルNの女子5人全員にメッセ送って確認したけど、誰の物でもないなんてぇー。5人全員ちがうってどういうこと。このクラスで見つけた落とし物なのに、まさか別のクラスの人? 下手したら別学年の子の持ち物ってこと?」

「でもこの教室に落ちていたのなら、3年2組の誰かの気がするけれど」

「だよねだよね。私もそう思う」

「ちなみに教室掃除の10人って、誰なの?」

「えっとね――安東公康(あんどうこうすけ)宇山日真理(うやまひまり)金木元親(かねきもとちか)佐々木大悟(ささきだいご)清家美穂子(せいけみほこ)高橋康祐(たかはしこうすけ)竹田玲奈(たけだれな)畑大将(はたたいしょう)山西柑菜(やまにしかんな)鷲尾(わしお)寧々香、以上10名であります!」

「すごい。よく記憶できるなぁ。……でも、いないね。Nさん。見事なほどに」

「うん。いない。Nの人、女子だけでなく男子までいないとは……全滅の中の全滅。ですとらくしょーん!」

「なにか、根本的なことを勘違いしているのかも……」

「根本的なことって、なに?」

「あ、いや、わからないけど。でも、ミステリ小説ではこういうセリフは鉄板――お約束だから。つい」

「知らないって。私、小説とか読まないし」

「そうなんだ。――とりま、わからないことばっかりだけど。ハンカチの持ち主MNさんは――MNではないってことは、わかってきたね」

「MNじゃない? どゆこと?」

「あー、うん。説明が下手で不十分だった。とにかくこのクラスにはイニシャルMNはいない」

「キミ」

「ああ、うん。まあそうなんだけど、僕は関係ないから取り除いて」

「えー。苗倉くんもクラスの仲間なのに……。私、そういう仲間外れキライ」

「好き嫌いの問題じゃないから。捜査の上での推論だから。――で、とにかく、Nが姓というのも、いま連絡して違うと証明された。MNは名前じゃない。ミスリードなのかもしれない」

「捕手の配球失敗? 走者がベースから離れすぎてアウトにされた?」

「なぜここで野球?! それはリードのミスだけど。――いや、ごめん。ミステリ読まないって言ってたね。ミスリードは、間違った回答に誘導される、みたいな意味だよ」

「へー」

「でも野球に関連付けられるのは純粋に凄いと思うよ。女の子なのに」

「あー。いけないのにー。『女の子なのに』って性差別するのハンターイ」

「ぅえっ! ほめたのに、これ差別なの? その、すみませんでした」

「よろしい。許す。ただそのお詫びとして、この机は私が突っ伏すのに占領させてもらうぞ」

「さっきから皆元さんはずっと突っ伏して占領しているじゃないか。僕の机なのに」

「……ねえ、本当は苗倉くんの物なんでしょう? ハンカチ。自分の物だって認めるのは恥ずかしいかもしれないけれど、いい加減、吐いちまった方が楽になれるぜ?」

「自白強要しないで。ちがうから。――花柄の女子用デザインのハンカチだってば、これ大事。ジェンダー無視しないで」

「ジェンダーとか性差別とか、放課後の教室で二人っきりだからって、そーいう男女関係を意識させる発言ばかりして……苗倉くんのヘンターイ」

「うぐぁあっ! 反対と変態と、同じような語感なのに、心のえぐられ方が桁違いだ。精神HPが全損してしまう…………ん。でも、性差別とか言ったのは皆元さんの方だよね? きっかけは皆元さんだよな。これ僕、悪くないんじゃないか」

「ふひう。ふひーう」

「口笛を吹いてごまかそうとしているみたいだけど、出来てないから! 机に突っ伏しているから、吹けないだろ」

「とにかくともかく、MNの話でしょ。話をそらすのハンターイ」

「いやいや、話をそらしているのは皆元さんの方だし、それを反対って――……反対って。あ。」

「どうしたの苗倉くん」

「……閃いた。なんか背筋にゾッとするものが走った」

「それ、風邪ひいたんじゃない?」

「――きっと反対なんだ」

「なにが? もしかしてMNのこと?」

「ああ、その通り。MNってアルファベットからしてこれはイニシャルだと思う。ファーストネームがM、そしてファミリーネームがN」

「ええ。そうね。姓と名。俗にいう、上の名前、下の名前、ってことを言っているんだよね」

「うん。でも、もしかしたら、それが『反対』なのかもしれない。日本と海外では、氏名のルールが異なっている。日本での姓と名は、外国のファーストネームとファミリーネームとは、名乗る順番が逆――反対になっている。でも、英語の授業で、最近は海外でも、敢えて日本人らしく、順番を入れ換えずに名乗る人も増えているって聞いたことあるんだ」

「つまり、MNじゃなくって、……NM?」

「そう! 皆元さん、このクラスにイニシャルがNMの人はいないかな?」

「あのう。苗倉くん? このクラスにNMの人はいないよ」

「あちゃー。そうなんだ……。じゃ、Mの人はいる? あ、勘違いしないでね。マゾな人という意味ではないよ。姓、つまりファミリーネームがMって意味だから。さっき話したように、家族の誰かがNMで、借りたハンカチなのかもしれない」

「……ファミリーネームがMは、この3年2組で、奇跡的に、とある女の子、その一人だけなんだけど」

「ファッ!? ビンゴ! じゃあ、その子のハンカチだよ。でも、すごいな。Mって松山とか森本とか、多いイメージだけど一人だけなんて、奇跡的だなぁ」

「…………マジですか苗倉くん」

「で、皆元さん。そのMっていったい誰なの? その人で確定じゃないか」

「………………」机上で覗く彼女は、あきれ顔だった。

「ミナモトさん? ………………………………あ。」

 彼は机に突っ伏したい心情だったが、先客がいるのでそうするわけにもいかず、天井を仰ぐことにした。



 彼は恥ずかしさから正気を保つために、女々しい言い訳を口にした。

「このまえエビヤが――あ、本名は海老井克也(えびいかつや)っていうんだけど――僕の友達が、さ。英語の新しいノートにクールに名前を書くとか言って、その記入した名前が『Ebii Katuya』ってパソコン入力ままのローマ字でしかも上と下の名前もそのままだったから、それを連想して、引っ張られちゃったんだと思う……」

 彼女はニマニマしていた。

「ふーん。そっかー。そりゃーそりゃー仕方がないよねー。てか苗倉くん友達いたんだねぇ」

「そりゃ、少しくらいはね。――てか、皆元さん笑いすぎだろ」

「ふふっ。まあ、ね。目の前で盛大に的を外したダレカさんのおかげでね。本人、目の前にいるのにねぇ。笑えてきて、元気出てきたよ。ぷっふふふ」

「くっ、もういっそ殺せ。クッコロ申請」

「あははは。殺人教唆じゃん。やめてよねー」

「ああ、そうだよ。さっきのは完全に僕のミスだ。認めるよ。僕は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した」

「わお。羞恥心が伝わってくる。そんなに頭を抱えて苦悩しなくてもいいのに」

「そりゃあこうなるよ。大失態だもの。よくよく考えれば、皆元さんのことを僕が知っているのも、それが理由だし」

「え。どういうこと」

「ん。だから僕が皆元さんのことを知っていたのはソレが理由。イニシャルMって、松田とか森とか、ポピュラーで多いはずなのに、このクラスには皆元さんしかいない。その話を、先月くらいにSHRで上村(うえむら)先生が話していただろ」

「……そだね」

「それを覚えていたから、僕は皆元さんのことを知っていたわけで。それなのに、っていうか、目の前の皆元さんを忘れているって、どういうわけだよ。僕のバカ野郎が」

「ちなみに苗倉くん。質問」

「なに、皆元さん。ハンカチのこと?」

「私の名前はなんでしょう?」

「へ。皆元さんでしょ」

「そうじゃなくって下の名前。……って、目線! 机の上のクラス名簿を見るの禁止。カンニング。――いや、もしかして私の胸を見てた? それもあんま自信ないからダメ」

「いやいやっ! 見てないよ、見てない」

「じゃ、私のフルネームは?」

「あー、ちょっと、わかんないな……」

「そかそーか。そっかー」

「え。なに、その質問、どんな意味があったの?」

「……あーあ、私、バカだったなぁ……」

「急にどうしたの、皆元さん」

「べっつにー。なんでもないよー。――うだーん」

「なんでもないのにまた僕の机に突っ伏さないでくれよ」

「まー、それよりもハンカチの件、片付けよーよ。この事件を解決しなきゃ。いつまでたっても帰れないし」

「……」

「いったいなんなの、この無駄に難事件」

「まあ、こういっちゃなんだけど、無駄に難事件としているのは皆元さんなんだけど……」

「どういう意味、苗倉くん? まさか、なにか、この事件を解決する妙案を、また閃いたの?」

「いや、閃いたとかじゃなくてね、解決の手段として一番初めに提案したことだけど……――先生に預けちゃえばいいんじゃないかな? ハンカチを」

「ど正論!」

「上村先生に事情を話して渡せば、明日のSHRでクラスのみんなに聞いてもらえる。もし持ち主が見つからなくても、職員室の遺失物保管ボックスに入れてもらえばいい。それで、解決、するけど」

「…………たしかに、解決だけど……」

「…………納得いかない、って顔してるね」

「……うん。だって、SHRで先生が確認したら、持ち主、見つかるかもしれないけど、その人自身は、嫌な思いをするんじゃないかなって。そう思うの。ハンカチは戻ってくるけれど、クラスのみんなの前で落とし物をした、って明らかにされるわけだし。ハズいでしょ? ドジで不注意だって思われるでしょ?」

「自分の落とし物を発表されることがどれほど恥ずかしいか、それはその人の精神強度によるから、わからないけれど。でも、例えば持ち主が僕なら気にしないよ。だから、もういいんじゃないかな」

「でも私たちが持ち主を見つけることができれば、誰かが少しでも嫌な思いをするって可能性を消せるわけだし。少なくともみんなの目の前で先生に発表されるよりも、私たちが直に返したほうが、絶対ダメージが少ないでしょ?」

「でも、それは、落とした人の自己責任だから、皆元さんが気にすることじゃ――」

「それに、もったいない!」

「ん。なにが?」

「せっかく苗倉くんが一生懸命に考えてくれたのに、途中で諦めるのは、これまでの時間を無駄にするような気がして、……だから、もったいない!」

「……ここで終わっても、僕気にしないよ。これ、本心だから」

「ふふ。苗倉くん……優しいよねー」

「は? どういうこと」

「私を慰めてくれてたんだよね? いや慰めるのとはちょっと違うか。このハンカチの件は無茶な難題で、やらなくてもいいのに取り組むだけ偉い。解決できなくっても仕方がない。そういうことでしょ? ――ある種の『重さ』を、取り除いてくれようとしてる」

「そ、そういうことじゃないよ。僕はラノベが読みたいから、事件を終わらせたいだけで」

「うん。そういうことにしといてあげる。でも――」

「でも?」

「ごめんね。それでも、私、まだ諦めきれないや。これはくだらないかもだけど、無駄だとは、思わないから」

「そっか」

「ありがとね。苗倉くん。ここまで協力してくれて。読みたい本もあったのに。あとは私ひとりで探し――」

「わかった。じゃあ、もうちょっとだけ考えてみようか」

「へ。苗倉くん?」

「乗りかかった船だよ。僕もハンカチの持ち主が気になるし。ラノベの続きは帰ってから読めるし。徒労になっても別にいいと思ってね。失うものも何もないし、さ」

「ふふ。苗倉くんやっぱ、優しいじゃん」

「そうじゃないよ。僕はただ、ハンカチの持ち主が――」

「ハイハイ。こういうのって、『ツンデレ乙』っていうんだよね?」

「違うと思う!」

「あはは」

「とにかく、ハンカチの件だよ」

「そうだね。ハンカチの件だね」

「もっとヒント、手がかりはないかな。生地が高級そうだ、とか。家庭の経済事情で推測するのは、気が進まないけれど、他にないし」

「そういわれても、どこにでも売っていそうな一般的なハンカチなんだよねぇ」

「そのハンカチ、僕にも見せてもらってもいい?」

「わかった。はい、どうぞ。――でも、においとか、嗅いだりしないでね?」

「嗅がないよ! また変態扱いか」

「あ、でも、においを嗅げば、洗濯に使っている洗剤とか分かるかもね。分かったところで持ち主を特定できないから、どうしようもないけれど」

「だから嗅がないってば。――えーっと、記入があったのはどこだっけ?」

「そのタグの裏側。洗濯表示のとこ。――あ、そいえば、洗濯表示って、いま日本では世界統一のマークに変更が進められているんだよ」

「へーどうでもいいけど。――タグの裏だね。ああ、あった」

「ね? イニシャル――いや、イニシャルじゃないかもだけど、とにかくMNって書いてあるでしょ?」

「うん。そうだね。油性ペンかな。それ以外は、なにも書いてないか」

「うん。それだけ。フツーのハンカチでしょ」

「うーん。そうだね。うーん。なんの特徴もない普通のハンカチだ。うん」

「……あんまりオンナノコの布をマジマジと見ないでよ……苗倉くん……」

「ハンカチでしょ! 意味深な表現は自重して。――はい、返すよ」

「はい。受け取りました。――で、どうだった苗倉くん、なにか気づいたことはあった?」

「うーん。ないなぁ。ない。――でも持ち主はいいセンスだと思うよ。布地の触り心地が良かった。汚れもなくてキレイだし」

「え。生地の触り心地? それは……もしかして苗倉くん。ホ、ホントに変態なの?」

「一般的な意見だよ! マジな口調で狼狽しながら訊いてこないでくれ」

「でも苗倉くんが変態でも、私は、別に……――気にしないし、気にならないけど」

「不自然に明後日の方向へ目線を向けるのやめてくれますか? たしかに皆元さんは僕と無関係だから、僕が変態でも気にしないだろうけれど、その前に! 僕は変態じゃないから!」

「……大丈夫だよ!」歪んだ笑顔だった。

「なにが?! それはクラスメイトが変態でも、気にせず生暖かく見守ってくれるという意味かな。それは心が広いなぁ、って、そうじゃないって! 前提である僕が変態説を断固として否定するっ」

「ぷっ。あっははは。苗倉くんて、変則ノリツッコミもできるんだねぇ。だいじょぶだいじょぶ、わかってるわかってる、からかっただけだよ。あはは」

「ったくもー……。なんで皆元さんは僕をからかうんだよ?」

「だって楽しいもん」

「いや、楽しいって……」

「そーげんなりしないでよ。でもでも、ハンカチの触り心地っていうのは、本当に変態っぽかったよ。うん、ヘンタイっぽい」

「そんなことないだろ。ふつうの意見だよ。僕にヘンタイヘンタイ連呼しないでよ。変態いうの反対! 反対……はん、たい…………はっ!」

「ん。どしたの? 苗倉くん」

「そうか。…………………………わかった。ハンカチの持ち主」

「え、うそ」

「やっぱり、――『反対』だったんだ」

「あれあれ。でもでも、さっきも『反対』ってワードで閃いて、盛大に外してらっしゃいましたが?」

「こ、今度こそは大丈夫だから。具体的に誰が落としたかまで、推測できたから」

「えー。じゃあ誰が落としたの? 犯人は?」

 名探偵の登場する推理モノなら、長々と推理話を展開するのであろうが……

 彼は、すぱっと告げた。

「鷲尾寧々香さん」


 彼女が驚いた。

「はぁ? ええっ! 寧々香?!」

「うん。鷲尾さん」

「なんで? もしかして当てずっぽう?」

「そうじゃないよ。ちゃんと確信がある」

「MNの『N』が当てはまっているから、ってこと? でも寧々香の『N』はファーストネームだよ。寧々香の家族は寧々香じゃないよ?」

「それはそうだし当たり前」

「ぷっ。くはは。――って家族がみんな寧々香……ははは。オール寧々香ファミリーって、ちょっとツボる」

「話がそれてるよ」

「おとと、そうだね。で、なんで寧々香が犯人だと思ったの?」

「このクラスの女子であり、この3年2組教室の掃除担当であり、そしてもちろん、ハンカチに書いてあるイニシャルが当てハマるからだよ」

「……このクラスの女子、教室掃除担当、それは事実なのでよいでしょう。けど――」

「けど?」

「MNだよ。ハンカチに書いてあるイニシャルは。だから『鷲尾寧々香』とは違うよ」

「じゃあ、皆元さん。もう一度、ハンカチを見て」

「うん。――はい、ここに取り出したるは種も仕掛けもない布切れにございー」

「なぜ大道芸風に……手品とかしないよ。――それじゃイニシャルをもう一度よく見て」

「はいはい。タグをぺらっと裏返して、うん、間違いなくMNって記入してあるね。――苗倉くん。なんで笑ってるの?」

「それじゃあ、それを反対にしてみて」

「え、反対? ――はい」

「いや違う……反対って、裏表を逆にするって意味じゃないんだけど。種も仕掛けもございませんよ、ってアピールはもういらないから」

「反対ってこうじゃないの?」

「あ、マジボケだった……。とにかくそうじゃなくって、――こうやって」

「えっ、苗倉くん?」

「ぐるっと、イニシャルが記入してあるタグを180度――半回転させて見るんだ」

「あの、苗倉くん……?」

「さて、皆元さん。――なんて書いてある?」

「いやそんなの、MNって……て、ん――あ、NW。って、ああ!」

「ご明察だね。このハンカチの持ち主はMNじゃなくて、NWなんじゃないかな」

「な、なるほど!」

「タグの裏側って記入場所は、どちらから裏返すかによって見方が変わる。手前に引っ張るように裏返せばMNって見えるけれど、奥に押し上げるように裏返せばNWに見えるよね」

「うんうん。NWに見える。読める」

「記入の向き。洗濯表示や注意書の記入が正しい向きなのだろうけれど、このハンカチの持ち主は、タグに印字されている文字を無視して上からイニシャルを書き込んでいるわけだから、そういうことは考えていなかったと思う」

「ていうか、正しい向きとかあるのかな。まちまちじゃない? 大抵は横書きだし」

「そして、イニシャルNW。これはぴったり当てはまる人物がいる。このクラスの女子で、さらにこの3年2組教室掃除担当のNWさんが――」

「ネネカ・ワシオ。――NWは鷲尾寧々香!」

「その通り」

「……すごい。すごいすごいすっごい! それしかないそれしかないっ! 苗倉くん天才! この名探偵め! 解決だぁ! ありがとう」

「そんなに誉めちぎられても……。見え方によっては一瞬で解決することだったけど。もっと鋭い人が見ればもっと早く――」

「んーん。そんなことないよ。この事件を見るだけで解る人もいるかもだけど、それでも、この事件を解決したのは苗倉くんだよ。この場にいてくれた苗倉くんだから」

「そっか。まあ、ちょっと照れちゃうよね」

「うーん。そこでテレるかー。もっと照れるところあると思うんだけど」

「ん。どういうこと」

「なんでもない。それじゃあ苗倉くん。私、寧々香に連絡してハンカチを落としていないか聞いてみるよ」

「うん。そうだね。よろしく」

「そこでなんだけど、ね」

「うん?」

「名残惜しいことではありますが、スマホを操作しなければならないので、ハンカチを回転させた時から握っている私の手を、放してもらってもよろしいでしょうか」

「え、あ、しまった。――その、ごめんっ」

「そんなに慌てて放すようなことでもないけどね。謝ることでもないし」

「いや、でも、そのごめ――」

 彼女がほえた。

「だ・か・らぁ、謝るようなことじゃないんだってば!」

「ええっ?! すみま、……おっと、うん」

「うん。よろしい。苗倉くんってちょっと自意識が低すぎるとこあるよね。――まあ、じゃ、寧々香に聞いてみるよ」

 彼女はスマホを取り出してタプタプと指を触れさせる。

 彼は事件が片付いたと思われるので、ようやく本を開いた。

「……苗倉くん」

「……うん。どうしたの。もしかして、また違った?」

「いやそうじゃないよ。まだ返事は来ていないから。……別件。お願いがあるんだけど、『この事件』に関しては、寧々香には、内緒にしてもいいかな?」

「ん? なんで」

「あの子は優しくて良い子だから。今回の件で、私や苗倉くんがハンカチの落とし主のことを考えて、頭を抱えていたって知ったら、責任――というには重いけど、そういう気持ちを感じちゃうと思うんだ。申し訳ないって考えちゃうと思う。だから――」

「なるほど」

「だからハンカチは私が拾った瞬間にNWを見て寧々香の物だと気がついた。と、そういうことにしても、いい?」

「うん。わかった。僕も賛成。そうしてくれた方がいい」

「ありがとう。でも今回の苗倉くんの活躍は、私がちゃんと覚えておくから」

「別にいいよ。活躍もなにも、なにもしてないし。――皆元さん、友達思いだね」

「そんなことないよ。……あと半分は、いや半分以上は自分のためだし……」

「え、なんで?」

「この事件を解決したのは苗倉くんの手柄だから……この件を丸々全部はなしたら……無いとは思うんだけど、寧々香が苗倉くんに興味を持って、もしかしたら……」

 彼女がボソボソ小声で呟くので、

「皆元さん。聞こえないし、意味わからない」

「だから! 苗倉くんはわからなくていいってことで!」

「え?」

 彼が疑問符を頭上に浮かべたところで、スマホが震えた。

 それを見た彼女がニカッと笑みを浮かべて、拳を握った。

 よっしゃ正解だ、と。

お読みいただきありがとうございます。

そしてお疲れさまでした。


読んだ感想といたしましましてはーー

「うわっ、簡単すぎワロタ」とか

「ちいっ、ひっかかっちまったぜ」とか

「んん? これもしかして」とか

いろいろあると思いますが、1話目なので

平にご容赦を。


推理モノなので読者さまが、「謎」に対して、

苗倉くんや皆元さんといっしょに、「あーでもないこーでもない」と考えながらお読みいただくと、私はとても嬉しくニヤニヤします。


……キモチワルいですかね? ご容赦を。


とにかく読んでいただきましてありがとうございました!

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