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風來少年の夢幻魔法<ドリーム・ワークス>  作者: ほしくん
1.-魔法の国のデアイ-
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風のタビビト - 4

 『噂』というのはいつの時代も困ったものである。

 僕に他人の願いを叶えるなんて大層な力はない。


 夢幻魔法(ドリームワークス)は確かに人のもつ願いを創造する魔法ではあるんだけど、それはあくまで夢の力を現実に投影しているだけであって、夢幻魔法で作られたものは決して現実のものであるとは言えない。


 夢幻(ゆめ)夢幻(ゆめ)でしかないから。

 願いを現実にするには自分の存在を賭けて、結果を積み上げていくしかない。

 この力はあくまで、不確かなもの・失われたものを現実に仮定義するだけのものだ。


 夢幻(ゆめ)はいつか、醒めてしまうものだから――。


「僕には、貴女の願いを叶える事は出来ません」


 まずきっぱりと宣言しておく。

 出来ないものは出来ないから、嘘をつく訳にはいかない。


「そんな……ま、まだ、何も言って」

「ですから、僕には人の願いを叶える力は無いんです。どういう噂を聞いたか分かりませんが、そんな事が出来るのはそれこそ"雷神ラムゥ"のような神様だけだ」


 ガタリと椅子にヘタリ込むプエルタさん。彼女を案じてか、ミュウは神妙な面持ちで僕の顔を覗く。

 そんなミュウに、『心配しないで』という意味を含めて笑みを返す。


「『願い』は、人の力を使って叶えるものじゃない。『願い』は結局自分の力でしか叶えられないものだから。誰かに全部任せて得られた結果なんて、決して自分のものではないんですよ」

「そ、そんなのわかって……」


「わかっています」と言いかけたんだろうけど、プエルタさんは口ごもってしまう。


 願う力が強過ぎて、現実と虚構を分別する為の判断力を欠いてしまう人はたくさん居る。

 偉そうな事を言ってる僕だって、例外ではない。


 願いは人に力を与えてくれるけど、その力の強さの分だけ人を惑わせてもくる。

 願いの重さに押し潰されて、本当の願いを失ってしまう人も居る。

 『願いを叶える』というのは辛く厳しい道のりだけど、その誘惑を振り払ってこそ、真に人は願いを叶えられるのだと僕は思う。


 そして彼女はそれを解っていた。解っていたから、今の自分の状態に気付いて口ごもったんだ。

 ――うん、きっとこの人なら大丈夫な筈だ。


「それでもきっと、藁をもすがる思いで僕に話をしてくれたんですよね」

「え……」


 立ち上がって、右手を差し出す。

 困っている人が、頼ってくれているのを無下にするものじゃないしね。


「だから、僕には貴女の願いを叶える力は無いけれど、一人の人間として貴女の願いの助けになる事は出来るかもしれない。それで良ければ、僕にもっと詳しい話を聞かせてもらえますか?」

「……か、カザキさん」


 願いは自分の手でしか叶える事は出来ない。

 だけど、願いを叶えようとしている人を支えてあげることは出来る筈だ。


 彼女は僕の右手に触れようとして、気が引けたのか一度手を退く。


「ご、ごめんなさい。わ、私、勝手に願いを叶えてくれるって期待して……こんな私の我儘に、あなたを巻き込む訳には――」

「それは違いますよ。貴女はちゃんと自分自身に気づく事が出来た。それだけでも、貴女は貴女の願いに一歩近づいた筈だ。僕は、貴女なら自分の力で願いを叶えられると思ったんです。だから、僕たちに願いを叶えるお手伝いをさせてください」


 数拍の沈黙の後、彼女は僕の手をとる。


「こ、こんな私の願いでも……手伝って頂けるのなら、お、お願いします」

「ええ、こちらこそ」

「俺は手伝うとは一言も言ってないがな」


 手を握ってない左腕で、イドニスの頭をはたく。


「今そういう雰囲気じゃないでしょ! 空気を読んでよ空気を!」

「俺はお前に着いて行ってお前とお嬢ちゃんを守るだけだ。自分の抱えたもんくらい自分で処理しろ」

「あのさあ……! いやホントすいません! 無愛想な上に素直になれない不器用な奴なんで!」


 必死にフォローをしようとするが、何故かプエルタさんは僕たちを見てクスクスと笑っていた。

 出会ってから数時間ほどしか経っていなかったが、一度も見られなかった笑顔を見られて少し安心した。


「な、仲が良いんですね、お二人は。な、なんだか羨ましいです」

「へ? 僕が? この偏屈を具現化させたような奴と?」

「てめーも似たようなもんじゃねえか」

「なんだと~~~っ!? お前とだけは絶対に一緒にされたくないよ!!」

「相変わらずやかましい奴だ」


 さっき図書館前で殴り損ねた分も含めて一発お見舞いしてやろうとしたその時、カフェの扉が慌ただしく開く。

 入って来たのは、ボロボロの作業用のツナギを着たお爺さんだ。


「お、おじいちゃん!?」


 酷く怯えた様子で、プエルタさんは入ってきたお爺さんに反応する。

 お爺さんもその声に気付き、こちらを睨みつける。


「んな所で何油売ってやがんだプエルタァ! テメェ、魔導書を図書館に借りに行くんじゃなかったのか!? あぁッ!?」


 ズカズカと大きな足音をたてながら、プエルタさんのお爺さんはこちらに近づいてくる。


「……ご、ごめんなさい、カザキさん。わ、私帰らないと……」


 声を震わせながら、プエルタさんは立ち上がって向かってくるお爺さんの方へ向かおうとする。

 その時、彼女は振り返って僕たちに聞こえるくらいの小声で


「よ、夜に『雷神の神槌(トールハンマー)』の寄宿舎に、き、来てくれますか」


 そう言って、彼女は紙を差し出してくる。

 それを素早く受け取り、コクリと頷く。

 ありがとう、と声には出さなかったけど、彼女は笑顔で言ってくれた。

 彼女は慌てて、歩いてくるお爺さんの元へとパタパタと駆け出す。


「ご、ごめんなさいおじいちゃん。と、友達と偶然会って」

「テメェにはんな時間ねえのはわかってんだろうが!! そんなんで魔法もロクに使えやしねえ鈍臭いテメェが、『操舵師(そうだし)選定試験』に合格するとでも思ってんのか!!」

「ご、ごめん……な、さい……」

「誰が謝れっつったんだぁ!? もたもたしてねぇで、さっさと家に戻れ!!」

「…………は、はい」


 彼女たちのやり取りを見て気持ちが抑えきれず、彼女のもとに駆け寄ろうとする僕の腕をミュウが掴む。


「ミュウ……?」

「願い叶える、手伝うなら、耐えなきゃ。今行ったら、会えなくなるかも」


 確かに、一筋縄ではいかなそうな人だ。

 僕らと会っていた事を快く思っていない今、下手に刺激しない方がいいんだろうけど……。


「何も出来ねえのが辛え、なんて戯けた事を思ってるんじゃねえだろうな」

「……なんだよ、その言い方」

「お前が手伝うっつったのは、あの嬢さんの願いを叶える事だけだ。家族の事にまで突っ込む義理も権利もねえ。何より、あの爺さんの事をなんとかしてほしいなら、この場を離れるんじゃなくて今頃お前に縋り付いてる筈だろうが。つまり、嬢さんの願いはあの爺さんの事とは別のものだ」


 ……こういう時だけ、的確に鋭く真理を突いてくるから本当に食えない奴だ。

 確かに僕には彼女とお爺さんの関係に口を挟む事は出来ない第三者(たにん)だ。

 だけど、願いを叶えるのを手伝うと言った以上、もう友達みたいなものじゃないか。

 友達が怒鳴られているのを黙って見てることしか出来ないなんて……。


「冷たいんだな、お前」

「他人の言うことを一々素直に聞かなくても良いんだぞ。面倒を引き起こしたいなら、今から走ってあの爺さんをぶん殴るなりなんなりすりゃいい。だがな、他人のものを一緒に背負うと決めたなら、お前の言葉、行動には責任が付いて回るのを忘れるな。それが分からないなら、他人の事情に首を突っ込むな」


 ぐうの音も出ない正論だ。

 僕の言葉や行動一つで、彼女の願いが叶えられなくなってしまう可能性もある。

 ――ここは気持ちを抑えて堪えるしか、無いらしい。


 プエルタさんとお爺さんはカフェを出て行く。

 二人の背中をただ黙って見送るしか出来ない自分が、すごく腹立たしかった。


「カザキ……だいじょうぶ、だよ」

「うん…………ありがとう、ミュウ」


 僕の手をギュっと温かく握ってくれるミュウに、心配をかけさせないように笑みを返す。

 イドニスはコーヒーを飲み干して、席を立つ。


「随分時間が過ぎた。宿取れなくなっても知らねえぞ」

「あ、やば……すっかり忘れてた」


 カップにまだ波々と注がれていたコーヒーを一気に飲み干す。

 その後、僕たちは急いでカフェを出て、今日の宿を取った。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「――けど、なんだろうね。プエルタさんの願いって」


 ミュウとこの国の観光ブックを布団の上で寝転がって読みながら、疑問を口にする。


「さあな、誰かさんが中身も聞かずに気前よく引き受けたからな」

「あの人は心の底から困ってた。勇気を出して頼ってくれたのを無下に出来ないでしょ」


 プエルタさんのお爺さんが言っていた『魔法もロクに使えない』という言葉がどうも引っかかる。

 魔法の才能が無いなら、そもそも『雷神の神鎚』に入隊する事さえ叶わない筈だ。

 だけど、彼女が嘘をついているようにも思えない。


「どちらにしろ、魔法関係となると難しいかもしれないなあ……」

「なんだ、諦めが早いな」

「誰も諦めるなんて言ってない。……操舵術(そうだじゅつ)は、星霊魔法(せいれいまほう)の分類だったっけな」


 実は、僕は夢幻魔法以外の魔法はすべて使えない。

 以前、身を守る術として星文魔法(せいもんまほう)を教わったことがあったんだけど、その師匠(せんせい)が言うには、僕の中に流れているマナは異質で、この世界の人々が持つマナとは異なるらしい。

 夢幻魔法は、強く願う事で真の効果を発揮する魔法だ。

 その『願う』という行為が、特殊なマナエネルギーである『夢幻(むげん)』へと変換されているそうだ。


 話が逸れてしまったけど、つまるところ僕にはこの世界で使えるマナを身体に保有していない。

 だから、この世界の魔法は使えないんだそうだ。


「私、星療魔法(せいりょうまほう)以外、使えない」


 ポリポリと好物のりんご飴をかじりながら、ミュウは窓から空を見上げて言う。


「そうだよね……魔法が浸透しているとはいえ、ひとつ使えるだけでも凄いことなんだから、そう簡単には……」

「星霊魔法なら俺が使えるが」


 ――長旅の疲れからか、幻聴が聞こえたような気がした。

 イドニスが……星霊術師(せいれいじゅつし)だって?


「冗談はよしてよ、そういう顔してない」

「見た目で判断するんじゃねえ、学者の卵」

「だって今まで一度だって魔法使ったこと無いじゃないか!! 見たこと無いよ僕は!?」

「使う必要が無かったからな」


 今明かされる衝撃の真実とはまさにこの事だ。

 剣しか能のない大男だと思ってたけど、まさかの魔法剣士だったなんて……!


「いや、使えるとこいっぱいあったでしょ!」

「魔法使うより斬ったほうがはえーだろうが」


 前言撤回。やっぱりこいつは剣しか能がないらしい。


「いいや、やっぱり信じられないね! 使うとこ見せてみろよ!」

「あぁ? おらよ」


 イドニスは懐から茶色の魔導石――『オパール』を取り出す。

 そうして、魔導石に意識を集中させたかと思うと、魔導石が輝き出す。


「『顕現せよ、不動の土竜(サモン・ノーム)』」

「は? う、嘘でしょ……?」


 魔導石から、一体の星霊が飛び出してくる。

 それは、一般的な星霊術師の中でも扱うことが難しい中級星霊である"ノーム"種だ。

 

「これで満足か?」

「中級星霊クラスを扱えるなんて……」


 なるほど、実力は本物だ……認めよう。

 しかし、本当にこの男に任せられるだろうか……?

 いや、そもそもこの男が快く僕の頼みを聞いてくれる奴だとは到底思えない……!


「……それで、僕は何をすればいい」

「そうだな、飯当番五回分っていったところか」

「なんで五回も!?」

「今回の件を引き受ける事で一回。星霊魔法を行使させたので一回。馬鹿やらかそうとしたのを止めたので一回。図書館で殴ろうとしたので一回、カフェで頭を(はた)いたので一回。全部で五回分だ」

「前三つはまあいいとして、後ろの二つおかしいでしょ!?」

「呑めないなら交渉決裂だ。この世は等価交換が原則だからな」

「ぐっ…………」


 ミュウは苦笑を浮かべている。無理もない。ここまで低レベルな等価交換に悩む人間の姿を見て、苦笑しない筈がない……!

 ここで条件を呑まなければ、『手伝いをする』といったプエルタさんとの約束を守れなくなってしまう……!

 呑むしか、ないのか……!


「あーもうはいはいわかった!! わかったよ!! きっちり五回だからね!!」

「あーあと飯のときは俺の好きなものを食わせろ」

「この上まだ追加するんかいっ!!」


 こうしてイドニスの協力をご飯の当番五回分で取り付けた頃には、辺りはすっかり暗くなり月が顔を覗かせていた。

 もうすぐ約束の時間だ。支度をして、部屋をあとにする。


 ミュウと手を繋ぎ、外に出ると街は昼の雰囲気とは打って変わって静けさに包まれていた。

 活気あふれていた市場は畳まれていて、人気はない。

 たまに酒場から呑み騒ぐ声が聞こえてくるものの、


「カザキ」

「ん?」

「当番、手伝ってあげる、から」

「え? あ、ああ。あはは、ありがとう。その気持ちだけ、受け取っておくよ」


 その、意気込みはいいんだけど、正直なところミュウの料理レベルは――。

 この子は、一度決めたことはしっかりとやる子だからなあ……。

 次の野宿の際に摂る料理に一抹の不安を覚えながら、僕たちは月が見下ろす夜の街を歩いて行く。

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