傘をさした(著:雨蛇
雨が降りそうな空だった。
文学的に言えば『泣き出しそうな空』みたいな。
(せっかくのお出掛けなのにこんな天候か……)
傘を持っていくことにした。わたしの傘は白地に青い水玉模様の、端にフリルのついた可愛い傘で、このデザインはよく気に入ってる。なんかこう、わたしにぴったりの花の女子高生! 爽やか! っていう感じが滲み出ているのが好き。
「いってきまーす!」
それを片手に、玄関で声を上げると、のそのそとおばあちゃんがこちらへやってきた。
「いってらっしゃい。でもね、こういう日はね──」
「赤い雨に気を付けなさい、だって」
友達にそう伝えると、彼女は不思議そうな顔をした。
「赤い雨って、なに?」
「分かんない。昔はそういうのがあったのかな?」
錆が浮かんだ雨とか──いや知らないけど。酸の雨が降っていたくらいだから、錆の雨もありそうじゃあない? 確かにそれは、体に悪そうだ。傘も汚れてしまいそう……。
「それにしても、映画、楽しみだね!」
「うん! どんな内容なんだろうね? 前作は見てないんだけど……」
友達の言葉に、わたしはこたえる。そう、今日は友達と『ちくわの逆襲』という映画を見に行く。前作の『ちくわの侵略』は見ていない……というか誘われなければ興味すら沸かないような練り物映画だ。
あまり期待はしないでおこう……。
映画は案外面白かった。特にちくわがはんべんと魚の骨を交わす熱いバトル。焦げ目までしっかりだ。
まだ四時だと言うのにすっかり暗いのは、分厚い雨雲が空を覆い始めているからだと思う。何とか、帰宅まではもってくれそうだが。
「じゃあ、今日は楽しかっ──」
「あ! カエル!」
シメに入ろうとしたわたしの声を遮って、友達は叫んだ。
「ほら!」
と、彼女の指差す方には、いかにもカエルですっていう雰囲気の……アマガエル? が、居た。アスファルトの上で緑色のシミのようになりながら、げこげこ鳴いている。
こちらに気が付くと、ぱっとどこかへ跳んでいった。
「待って!」
何故か、それを友達は追いかけ始めた。
さすがにそのまま放置して帰るのもどうかと思ったので、わたしは彼女の後についていく事にした……理解できない突発的なその行動に、若干の苛立ちを感じつつ。
帰りたい。
(近くにこんな場所があるなんて)
たどり着いたのは、まるで森の中のように、草木の生い茂った場所だった。昼間に来ればまだマシだろうが、この時間帯で暗いと、得たいの知れない恐怖を感じざるを得ない。
周囲に気をとられている間に、友達を見失ってしまった。
そこまで遠くには行ってないはずだが……どうしよう。正直、自分だけでも帰宅してしまおうか。視界も悪いし、こんなところをガサガサ探してても、別の、意図しないものを見つけてしまいそうだ。
振り向くと、そこには、茶色い壁があった。
壁?
ぽつり。
頬に雨粒。
ぐちゃりぐちゃりと、頭上で音が鳴る度、わたしは『雨粒』で濡れ。
視線を上に向、
「げこげこ」
蛙。大きな。
わたしの三倍はあって。
口にあるのは、わたしの友達かな。
ぐちゃり。
赤い雨に、もう濡れたくなかったので。
傘をさした。




